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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)56号 判決 1979年11月20日

原告 レジ・ナシヨナル・デ・ユジンズ・レノー 外一名

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和五三年一一月三〇日同庁昭和五三年審判第一二六五六号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告らは、主文第一、二項と同旨の判決を求め、被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告レジ・ナシヨナル・デ・ユジンズ・レノー(以下、原告レノーという。)及び原告オートモビルズ・プジエオ(以下、原告プジエオという。)は、弁理士田辺義一を共通の代理人として、昭和四八年六月八日、フランス国における一九七二年六月八日出願の優先権を主張し、名称を「遊星歯車箱」(後に「伝動装置」と補正)とし、原告両名が特許を受ける権利を共有する発明について共同して特許出願(昭和四八年特許願第六三九九〇号)をしたが、昭和五三年四月四日拒絶査定を受けた。なお、右拒絶査定書中の特許出願人欄には、「レジ・ナシヨナル・デ・ユジンズ・レノー」とのみ記載されていた。

そこで、同弁理士は、同年八月二一日、右拒絶査定に対する審判を請求したが、右審判請求書の「請求人」欄には、原告レノーのみの住所及び名称を記載した。特許庁は、同庁昭和五三年審判第一二六五六号事件として審理した結果、昭和五三年一一月三〇日「本件審判の請求を却下する。」旨の審決をなし、その謄本は、同年一二月一五日同弁理士に送達された。

二  審決の理由

本件審判は、特許を受ける権利がレジ・ナシヨナル・デ・ユジンズ・レノー及びオートモビルズ・プジエオの共有に係る特許出願の拒絶査定に対する審判であり、かかる審判の請求は特許法第一三二条第三項の規定によつて上記共有者全員が共同してしなければならないところ、本件審判の請求はその一部の者であるレジ・ナシヨナル・デ・ユジンズ・レノーによつてなされたものであるから不適法であつて、その補正をすることができないものである。

したがつて、本件審判の請求は特許法第一三五条の規定によつて却下すべきものとする。

三  審決の取消事由

しかしながら、審決は、次の理由によつて違法であるから、取り消されるべきである。

1  本願発明について特許を受ける権利を共有する原告両名は、かねて、弁理士田辺義一に対し、本願発明に関して、拒絶査定に対する審判請求を含む特許出願に関する一切の手続をなしうる権限を委任するとともに、同一の用紙に右委任事項を明記し、かつ原告両名の各代表者が相並んで署名したところの共通の委任状を同代理人に交付し、右委任状は、本件出願に際し、特許願書とともに特許庁長官に提出された。

原告両名の共通の代理人である弁理士田辺義一に対する当初の授権範囲は、その後も制限されてはいない。

本件出願に対して拒絶査定があつたことから、同弁理士は、原告両名からこれを不服として審判請求をなすよう指示され、原告両名のため審判請求書を作成して特許庁長官に提出したが、審判請求書中の審判「請求人」欄には、原告レノーの住所及び名称のみを記載し、誤つて原告プジエオの記載を脱落した。

なお、右審判請求に際しては、あらためて原告らの委任状を提出しなかつたが、これは、当初の出願に際して提出した委任状に、審判請求手続をなしうる代理権限のあることが明記されている場合には、審判請求に際してあらためて審判請求人の委任状の提出を求めないとするこれまでの特許庁における実務慣行に従つたものである。

2  審判請求書中の「請求人」欄には、前記のごとく原告レノーの住所及び名称のみを記載し、原告プジエオの住所及び名称の記載を落したとはいえ、「事件の表示」欄には、昭和四八年特許願第六三九九〇号拒絶査定に対する審判の請求である旨を表示し、「代理人」欄には、弁理士田辺義一と記名し押印したうえ、「請求の趣旨」として、「原査定を取り消す。この出願の発明は特許すべきものとする。」旨の審決を求める意思表示をしているのであるから、前記1記載のような経緯や、共有者全員から審判請求をなす権限をも与えられた代理人が、特許法第一三二条第三項の規定に反して、敢えて、共同出願人のうちの一名のみのために審判を請求するようなことは特許査定を求める目的とも矛盾するきわめて不自然な行為と目されることなどに照らすと、弁理士田辺義一が、原告両名から授権された代理権限に基づいて原告両名のために特許査定を求めて審判請求という意思表示をなしたものであることは明らかであつて、特許法第一三二条第三項の規定に違反するものではなく、審判「請求人」欄から原告プジエオの記載を落したことによつて、表記の上で特許法第一三一条第一項所定の方式の不備があるにすぎないのである。

かかる場合、同法第一三三条第一項の規定によつて、審判長は、その点の補正を命じなければならない。

しかるに、本件においては、原告らに対してその補正を命ずることなく直ちに同法第一三五条の規定によつて不適法として却下したものであるから審決は違法であつて取り消されるべきである。

第三被告の答弁

請求原因事実は、すべて認める。

理由

一  請求の原因記載の事実は、すべて当事者間に争いがなく、右事実関係に照らすと、原告プジエオは本件審決の名宛人にはなつていないけれども、本件訴訟は、原告両名の共同出願にかかる本件特許出願において、拒絶査定に対する審判請求が原告レノーのみによりなされた不適法のものであるとしてこれを却下した審決に対する不服の訴であつて、原告両名は右審判請求は共同でなされたと主張して共同で本訴を提起しているものであり、このような場合、原告プジエオには、特許法第一七八条第二項にいう審判の「当事者」と同視すべき訴の利益があるものと認めて原告適格を肯定するのが相当である。

二  そこで、審決の取消事由の有無について判断する。

特許法によれば、特許を受ける権利の共有者がその共有にかかる権利について審判を請求するときには、共有者の全員が共同してしなければならず(同法第一三二条第三項)、また、審判を請求する者は、当事者及び代理人の氏名及び住所その他特許法第一三一条第一項所定の事項を記載した審判請求書を特許庁長官に提出しなければならないとされている。

したがつて、共有者の全員から審判請求を委任された一人の代理人が共同出願人のため、一通の審判請求書を提出することによつて審判の請求をなす場合においても、「請求人」欄に当事者として共有者である共同出願人全員の氏名を記載すべきであることは当然であるけれども、そのうちの一部の者の記載が欠けているからといつて、単純に共有者全員によらないものと確定するのも相当ではない。

原告両名は、かねて、弁理士田辺義一に対し、本願発明に関して拒絶査定不服の審判請求を含む特許出願に関する一切の手続をなしうる権限を委任したので、同弁理士は、昭和四八年六月八日、原告両名の共通の代理人として、本願発明についての特許願書を提出したが、その際、右の委任事項が明記され、かつ、原告両名の各代表者が相並んで署名した一通の委任状を添付したこと、昭和五三年四月四日に拒絶査定がなされ、査定書が弁理士田辺義一に送達されたので、その査定書の「特許出願人」欄には、「レジ・ナシヨナル・デ・ユジンズ・レノー」とのみ表示されていたが、同弁理士は、当然原告両名に対する関係で拒絶査定があつたものと考え、これを不服として、昭和五三年八月二一日原告両名のために審判請求書を作成して特許庁長官に提出したこと、その審判請求書中の「審判事件の表示」欄には本願の拒絶査定に対するものである旨を明記し、「代理人」欄には弁理士田辺義一と記載し、さらに、「請求の趣旨」欄において、「原査定を取り消す。この出願の発明は特許すべきものとする。」との審決を求めたのであるが、「請求人」欄には、原告レノーの名称及び住所のみを記載し、原告プジエオの表示を誤つて落してしまつたこと、出願に際して提出されている委任状に委任事項として審判請求も明記されておれば、審判請求に際しあらためて請求人からの委任状の提出を求めないのが特許庁における実務慣行であつて、同弁理士もこれに従つたことなどは、いずれも当事者間に争いのないところである。

右事実関係のもとにおいて、本来拒絶査定に対する審判手続が出願審査を土台として進行されること、出願当初から田辺弁理士が原告両名から審判請求を含む一切の手続の代理権限を与えられていることは特許庁が明らかに知りうること、弁理士が敢えて特許法第一三二条第三項の規定に反して共同出願人のうちの一名のみのために審判請求をするというのは不自然であつて、かかる不自然な行為を敢えてしたとみられる特段の事情は認められないこと等をあわせて考えれば、本件審判請求人の確定にあたつては、田辺弁理士は原告両名のために審判を請求したもので、ただ共同出願人の一部たる原告プジエオの氏名表示を脱漏したものと判断するのが相当である。

そうすると、右審判請求書は、原告両名の共同請求にかかるものであるのに、その「請求人」欄から原告プジエオの住所及び名称が脱漏していることになるから、特許法第一三一条第一項の規定に定める方式についての不備があるにすぎないことになる。

したがつて、本件審判を担当する審判長としては、特許法第一三三条第一項の規定に従つて請求人原告両名の代理人田辺義一に対して相当の期間を指定して右の表示の不備について補正を命ずべきものであつたことになる。

しかるに、本件において、審判長から右代理人に対して右不備の補正を命ずることなく、直ちに不適法であつてその補正をすることができないとして審判の請求を却下した本件審決は違法であつて、取消を免れない。

三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告両名の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇 高林克巳 舟橋定之)

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