東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)61号 判決 1980年1月30日
原告 日清フーズ株式会社
被告 特許庁長官
主文
特許庁が昭和五二年審判第一一四一八号事件について昭和五四年三月二日にした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は、主文と同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四六年一二月三日、別紙第一のとおり「日清フーズ」の漢字及び片仮名文字と「NISSHIN FOODS」の欧文字を上下二段に左横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき第三一類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」を指定商品として、商標登録出願をしたところ、昭和五二年六月二四日拒絶査定を受けたので、同年八月二六日審判を請求し、特許庁同年審判第一一四一八号事件として審理されたが、昭和五四年三月二日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年三月一七日原告に送達された。
二 本件審決の理由の要点
本願商標の構成及び指定商品は前項記載のとおりである。
これに対し、登録第三八〇六五六号商標は、別紙第二の(1)のとおり、「日新」の漢字を左横書きしてなり、旧第四五類「他類に属しない食料品及び加味品」を指定商品として、昭和二三年七月九日登録出願、昭和二五年一月一二日設定の登録、昭和四六年五月七日商標権存続期間更新の登録がなされたものであり(以下「引用(1)商標」という。)、登録第七一〇五九四号商標は、別紙第二の(2)のとおり、「NISSIN」の欧文字を左横書きしてなり、第三一類「砂糖、氷砂糖、角砂糖、ぶどう糖、果糖、はち蜜、乳糖、麦芽糖、水あめ、人工甘味料、粉末あめ、乳製品」を指定商品として、昭和三九年九月四日登録出願、昭和四一年六月一七日設定の登録、昭和五二年一〇月三日商標権存続期間更新の登録がされたものであり(以下「引用(2)商標」という。)、登録第八五六三九四号商標は、別紙第二の(3)のとおり、「ニツシン」の片仮名文字を左横書きしてなり、昭和四二年一〇月二七日登録出願され、昭和四五年五月一六日に指定商品を第三一類「醤油、ソース及び酢」として設定の登録がされたものであり(以下「引用(3)商標」という。)、登録第八八八二八八号商標は、別紙第二の(4)のとおり、「ニツシン」の片仮名文字、「日清」の漢字、「NISSHIN」の欧文字を三段に左横書きしてなり、第三一類「食用油脂」を指定商品として、昭和四一年八月一六日登録出願、昭和四六年二月五日設定の登録がされたものである(以下「引用(4)商標という。)。
本願商標の構成は、「NISSHIN」と「FOODS」の各欧文字を間隔を置いて書し、その上段に各欧文字の読みを漢字と片仮名文字とをもつて書したものとみられる。しかして、後半の「FOODS」は、「食物、食糧」等を意味する英語として親しまれたものであるばかりでなく、食品を取扱う業界においては、本願商標の指定商品等を包括的に表わす「食品」の意味合いに捉え、商品の品質表示として普通に使用されている。そこで、上記の事実をもとにして本願商標をみれば、構成中後半の「FOODS」「フーズ」の文字部分は、単に商品の品質を表示する文字と理解されるにとどまるものであつて、自他商品識別の機能を果しうるのは、前半の「NISSHIN」「日清」の文字部分である。そうであれば、本願商標は、書された全体の文字に相応して「ニツシンフーズ」と一連に読まれる場合があるとしても、単に「ニツシン」の称呼をも生ずるものである。
他方、引用各商標は、それぞれの構成文字に相応していずれも「ニツシン」の称呼を生ずる。
したがつて、本願商標と引用商標とは、「ニツシン」の称呼を共通にする類似の商標であり、かつ、本願商標の指定商品中に引用各商標の指定商品と同一又は類似の商品を包含しているから、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号の規定に該当し、登録を受けることができない。
三 本件審決の取消事由
本願商標が「日清フーズ」の漢字及び片仮名文字と「NISSHIN FOODS」の欧文字とを上下二段に左横書きにし、かつ、「NISSHIN」と「FOODS」との間に若干の間隔を置いたものであることは争わないが、本願商標は、原告会社の商号「日清フーズ株式会社」に由来するものであつて、「ニツシンフーズ」の称呼のみを生じ、「ニツシン」の称呼を生ずるものではない。
なお、「FOOD」に複数形としての「S」をつけた「FOODS」「フーズ」の語は、たとえば、米国の大企業「GENERAL FOODS」のように、一個の標章の一部分としてのみ用いられ、一連に称呼されるものである。
本願商標の一部分「日清」は、わが国の産業界にあつては、多くの会社がこれを他の文字と結合させて、それぞれの会社名にしており、したがつて、「ニツシンフーズ」のように必ず他の文字を結合し、併せて称呼しているのが一般である。東京証券取引所に上場されている会社だけでも、「日清食品」、「日清製粉」、「日清製油」、「日清紡績」の各社があり、また、株式の取引では、常々簡略にした呼び名を使うことは顕著な事実であるが、ここでさえ必ず、「ニツシン」に他の文字を加えたものを、一体として称呼している。
原告日清フーズ株式会社は、製粉業界のトツプ企業として周知の訴外日清製粉株式会社(明治四〇年三月創立、資本金七八億八七〇〇万円)の子会社であつて、昭和三七年一〇月設立され、現在の資本金二億円の一〇〇パーセントを日清製粉株式会社が出資する、農、畜、水産加工品、冷凍食品、調理食品その他加工食料品、各種飲料水、調味料、酒類その他の製造販売等を業とする会社である。したがつて、原告会社は、日清製粉グループの一員として、グループ内外を問わず他の兄弟会社と区別するために、一連に「ニツシンフーズ」の称呼で呼ばれている。すなわち、日清製粉グループには、親会社の日清製粉をはじめ、いくつかの関係会社が「日清」を社名の一部に付して、各種食品をそれぞれ製造販売しており、「ニツシン」だけでは、どの会社を指すか判然とさせえないため、原告会社は、これを指示する際は、常に「ニツシンフーズ」として称呼されている。
以上のとおり、本願商標は、会社商標として、「ニツシンフーズ」の称呼のみを生ずるものであつて、本願商標から「ニツシン」の称呼をも生ずるとした審決は誤りである。
第三被告の陳述
一 請求原因一及び二の事実は、いずれも認める。
二 同三の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。
1 原告は、本願商標は、いわゆる会社商標であつて、その「日清フーズ」「NISSHIN FOODS」が一体不可分に「ニツシンフーズ」としてのみ称呼されると主張する。
しかしながら、食品を取扱う業界においては、「Goodfoods」、「COKOLESS FOODS」の文字をカレー粉の包装用外函に使用し、あるいは、「Baby Foods」、「American Foods Fair」、「FOODS&DRINKS」、「ヘルスフーズ」、「ワールド・フーズ・フエステイバル」等の文字を食品の広告等に使用しているように、本願商標の構成中の「FOODS」「フーズ」の文字は、「食品」の意味合いにとらえ、商品の品質を表示する語として普通に使用されているものであるから、「FOODS」「フーズ」の文字部分は、自他商品識別の機能を果しえない。
このことは、商品「カレー粉、ラーメン」等を取扱つている「株式会社レナウンフーズ」、「ハウス食品工業株式会社」あるいは「日清食品株式会社」が、「カレー粉」の包装箱に「レナウン」、「ハウス」の文字を使用し、「ラーメン」、「中華そば」のラベルに「日清」のラーメン、「日清」の焼そばのように「日清」の文字を使用し、自他商品識別機能を有する「レナウン」、「ハウス」、「日清」の文字部分を取り出して商標として採択使用している事例からも明らかである。
したがつて、本願商標は、全体の文字に相応して「ニツシンフーズ」との一連の称呼を生ずるとしても、また、「ニツシン」の称呼をも生ずるものである。
2 原告は、「日清」の文字を一部に有する会社は多数存在するところ、常々簡略にした呼び名を使うことの顕著な株式取引においてさえ、全体として一連に称呼され、単に「ニツシン」とは略称されないと主張する。
しかしながら、本件は、商品に付して自他商品の識別標識として使用することを目的とする商標の類否を問題にするものであるから、たとえ株式取引において全体的呼び名が使用されているとしても、それは会社の商号の問題であつて、商標に係る本件に当てはまるものではない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
二 本願商標については、「ニツシンフーズ」の称呼のみが生ずるとしうべきものか否かにつき検討する。
成立に争いのない甲第三号証及び証人標智次郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、本願商標は原告会社の商号「日清フーズ株式会社」に由来するものであるところ、わが国の産業界において、「日清」と他の文字との結合からなる会社名を冠している会社は、数多く存在し、東京証券取引所に上場されている会社だけでも、「日清食品株式会社」、「日清製粉株式会社」、「日清製油株式会社」、「日清紡績株式会社」等があること、原告会社は、訴外日清製粉株式会社(明治四〇年三月創立、資本金八八億八〇〇〇万円)の子会社の一つであるが、いわゆる日清製粉グループには親会社の日清製粉株式会社をはじめ、いくつかの関連会社が「日清」を会社名の一部に付して、各種食品をそれぞれ製造販売していること、同グループの内外を問わず、「ニツシン」だけでは、どの会社を指すのか判然としないため、原告会社を指示する際は、常に「ニツシンフーズ」と称呼されていること、が認められる。
右にみたように、わが国の産業界において、会社名に「日清」の文字を含む会社が数多く存在し、いわゆる日清製粉グループ内においても、数多くの関連会社がいずれも「日清」の文字を含む会社名を冠していて、「日清」だけでは、どの会社を指すか判然としない状況にあることは、直接には会社の商号に関する問題であるが、「日清」だけでは、もはや相互の区別ができないという状況にあることは、本願商標のように会社名に由来し「日清」の文字を含む商標における称呼の検討においても、考慮されなければならないことである。
ところで、本願商標は、前記のとおり、原告会社の商号「日清フーズ株式会社」に由来し、「日清フーズ」の漢字及び片仮名文字と「NISSHIN FOODS」の欧文字を上下二段に左横書きに書したものであるが、上段の「日清フーズ」は、「日清」と「フーズ」の間に間隔はなく、各文字は同じ書体、同じ大きさで表わされており、下段の「NISSHIN FOODS」は、「NISSHIN」と「FOODS」の間に若干の間隔があるものの、各文字は同じ書体、同じ大きさで表わされている。しかして、前半の「日清」「NISSHIN」は、訴外日清製粉株式会社を頂点とするいわゆる日清製粉グループの一員たることを表わしたものであり、後半の「フーズ」「FOODS」は、「食物類」「食品類」を意味する英語であることが明らかである。本願商標はこの両者を結合した造語であるが、前半と後半とで軽重に差はなく、全体として「ニツシンフーズ」と一連に称呼しても冗長にわたることはなく、ごく自然に称呼しうるものと認められる。しかして、前記認定のように、わが国の産業界において、いわゆる日清製粉グループの内外を問わず、「日清」だけでは、もはや相互の区別ができない状況にあることを考慮するときは、取引上、本願商標が「日清」とのみ簡略化されて称呼される可能性はまずないものといえよう。
以上を総合すると、本願商標は、「ニツシンフーズ」の称呼のみを生じ、「ニツシン」の称呼は生じないと認めるのが相当である。
被告は、本願商標の構成中の「FOODS」「フーズ」の文字は、食品を取扱う業界においては、「食品」の意味合いにとらえ、商品の品質を表示する語として普通に使用されているものであるから、「FOODS」「フーズ」の文字部分は自他商品識別の機能を果しえず、本願商標は、「ニツシン」の称呼を生ずると主張する。
たしかに、「FOODS」「フーズ」の語は「食物類」「食品類」を指す語であつて、それのみからなる商標は、食品類等の商品については、その普通名称を普通に用いられる方法で表示するものとして、自他商品識別の機能を果しえないことがあろう。しかし、これと「NISSHIN」「ニツシン」が結びついた「NISSHIN FOODS」「ニツシンフーズ」の語は一体のものとして自他商品識別の機能を果しうるものである。被告の右主張は採用することができない。
成立に争いのない乙第九号証、第一〇号証、第一一号証の一、二によれば、「日清のラーメン」、「日清焼そば」等の表示が用いられていることが認められるけれども、特定の商品と一体に表示されていて、かつ、そこには併せて製造、販売者もともに明示されており、「日清」の意味する具体的出所がおのずから明らかであるから、いずれも前記認定を左右するものではなく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
右のとおりである以上、本願商標は、「ニツシン」の称呼を生ずるとしたうえ、引用各商標と称呼類似であるとした審決は、誤りであるといわなければならない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 杉山伸顕)
別紙第一
別紙第二
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