東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)87号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決取消事由の存否について判断する。
1 原告は、審決は本件発明の要旨をその明細書中の特許請求の範囲に記載したとおりとしながら、これを審決のいう「プロセス」と「作用効果」とに分離し、結局において本件発明の要件は「プロセス」部分のみにあるものとしたが、その解釈は誤つていると主張する。
なるほど、成立について争いのない甲第二号証、甲第三号証によれば、本件発明の特許請求の範囲の記載は事実摘示第二、二のとおりであるところ、審決は本件発明の要旨をその特許請求の範囲に記載されたとおりであるとし、その要旨を更に審決のいう「プロセス」の部分と「作用効果」の部分に分けて説明していることが認められるけれども、審決が、右分離説明の結果、本件発明の要件は審決のいう「プロセス」の部分のみにあるものとしているとは認められないから、審決は本件発明の解釈を誤つているとの原告の主張は理由がない。審決が本件発明の要件から審決のいう「作用効果」の部分を除外して本件発明の解釈をしているのではないことは、例えば第一、第二引用例においても有効な遠心力がマスに働いており、マスは公転軸より最も遠いバレル内面上に常時不離を保つて位置しようとするとか、第三引用例におけるバレル内のマス自体の運動は本件発明におけるそれと本質的に異なるところはないとして、本件発明の審決のいう「作用効果」の部分の要件と各引用例とを比較して本件発明と各引用例の記載事項の異同を判断していることが認められる点からしても明らかである。
そこで次に、本件発明と各引用例との一致点、差異点についての審決の判断に誤りがあるかどうかについて考える。
2 第一引用例について
成立について争いのない甲第七号証(名古屋工業試験所報告第七巻第四号第二九一頁、第二九二頁)には、内容物に有効な遠心力が働くよう高速公転が与えられ、自転は与えられず、公転軌道に等間隔に四個対称配置され、それ自体の軸線は公転軸線に平行な内面円筒形のボールミルについての記載があることが認められ、第一引用例に、右のようなボールミルに鋼球とバレル研磨用研磨材を装入して運転した摩耗試験が記載されていることは、当事者間に争いがない。
ところで、審決は、第一引用例記載の摩耗試験は実質的に旋回バレル研磨作業にほかならず、旋回バレル研磨が行なわれる点については、本件発明は第一引用例のものと変るところはない、とする。
しかしながら、成立について争いのない甲第一二号証(日刊工業新聞社発行「図解機械用語辞典」)によれば、「ボールミル」とは、球入り粉砕機であり、円筒内に粉砕しようとする品物を鋼球とともに入れて円筒を回転し、互いの衝突で粉砕するものであり、物を研磨するものとして用いられる装置ではないことが認められるところ、第一引用例には、「高能率の粉砕を行なうボールミルでは鋼球の摩耗がどのようになるかを調べるために、当所に設置されているドイツSichert社のエンゲルス式B―1型のハイスイングボールミルを使用して実験を行なつた」と記載されている(甲第四号証第七六八頁)ように、第一引用例に示された試験は、異なる製造法によつて製造された鋼球の摩耗度をハイスイングボールミルを使用して試験したものであつて、そこで行なわれる試験は実質的には旋回バレル研磨作業であるとは到底いうことができない。
3 第二引用例について
第二引用例には、「公転軸線と平行な軸線をもつ内面長方形箱容器を公転軌道上等間隔に四個対称配一置し、その容器中に工作物及び研磨材、さらに所望に応じ水を装入し、その容器に対して自転を与えぬまま内容物に有効な遠心力が働くよう十分な速度で公転を与える仕上げ方法」が記載されていることは、当事者間に争いがない。
ところで、審決は、第二引用例においても有効な遠心力がマスに働いていることは明らかであり、公転軸の回転によりマスは公転軸より最も遠いバレル内面上に互に常時不離を保つて位置しようとし、バレルの自転をなくすバレル軸の回転によつてマスは全体としてバレル内面上を移動しようとするのであり、その状態下で旋回バレル研磨が行なわれる点については、本件発明は第二引用例のものと変るところがないものとする。
しかしながら、成立について争いのない甲第二号証によれば、第二引用例に記載の内面長方形箱容器は本件発明の願書に添付された図面中の第12図に図示されたものと同じであると認められるところ、本件発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、「第12図は、四角柱状のバレル内におけるマスの乱流状態を示す図である。四角柱状のバレル内においては、対辺距離と対角距離の比が大きいため(正方形で一対一・四)に槽の旋回に伴うマスの流動が困難になり、波打つことになる。したがつて、第13図に示すように研磨量が著しく少なくなるにも拘らず、第14図に示すように表面あらさが大きくなりマスの乱流による打痕の発生を示している。」(甲第二号証第四頁左欄第二二行ないし第二九行)と記載されており、第二引用例における四角柱状のバレルによる旋回研磨は、本件発明の内面正六角柱状又は正八角柱状のバレルを用いて、「バレル内装入物の上層部のみを循環流動させ、この流動層を流動する遊離工作物と研磨材を常時不離の接触状態を保ちつつ」表面研磨を行なう方法に比べ作用効果が格段に劣るものであることが明記されているものと認められる。
そうすると審決が、あたかも第二引用例記載の四角柱状のバレルによる旋回研磨も、本件発明における旋回バレルにおける「バレル内装入物の上層部のみを循環流動させ、この流動層を流動する遊離工作物と研磨材を常時不離の状態を保ちつつ工作物の全量を均等不断にタンブリングなき摩擦を行つて表面研磨をする」(本件発明の特許請求の範囲の項)方法と同じであるかのごとく判断したのは誤つているものといわなければならない。
4 第三引用例について
審決は、第三引用例に記載されたものも、マスに有効な遠心力を加えるべく公転するバレルによる旋回バレル研磨であり、ただバレル自体が公転速度の約<省略>の速度で自転する点で本件発明と相違するとはいえ、筒状バレルの内面の断面については、場合によつては多角形の方が適切であるとされているところ、第三引用例の場合も公転軸の回転による遠心力によつてマスは公転軸より最も遠いバレル内面上に互に常時不離を保つて固つて位置しようとし、バレル軸の回転によつてマスはバレル内面上を移動しようとし、そのバレル内のマスの運動は本件発明におけるそれと本質的に異なるところはないものとする。しかし第三引用例に記載されているとする断面多角形の筒状バレルを用いて研磨を行なう際、マスが本件発明のマスにおけるがごとく「上層部のみを循環流動させ」られるものであるかどうかについては、審決はなんらの説明もせず、またそのような循環流動が行なわれることについての証拠はない。
三 以上のとおりであつて、本件発明は、内面円筒形のボールミルについての記載がある甲第七号証及び第一引用例、内面長方形の旋回バレルについて記載されている第二引用例、内面断面多角形のバレルについての記載がある第三引用例に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとした審決は、各引用例の技術内容の認定を誤り、本件発明と各引用例の異同点の誤つた認定に基づくものであつて違法である。
よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註その一〕 本件特許発明に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、第七五九〇〇四号特許(発明の名称を「高速旋回式バレル研磨法」とし、昭和三七年五月一九日特許出願、昭和四〇年八月二七日出願公告、昭和五〇年二月二八日設定の登録がされたものである――なお、その後願書に添附した明細書の訂正をすることについての審判請求に基づいて、訂正を認める旨の審判が確定した――以下、この発明を「本件発明」といい、この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。被告東邦鋼機株式会社は、昭和五〇年一〇月七日、原告を被請求人として、本件特許を無効にすることについて審判を請求し――その後被告福元産業株式会社は被告東邦鋼機株式会社を補助するため審判に参加した――特許庁昭和五〇年審判第八七三一号事件として審理されたところ、昭和五四年四月一六日本件特許を無効とする旨の審決があり、その審決の謄本は同年五月九日原告に送達された。
二 本件発明の要旨
内面が六角又は八角の正多角柱状のバレルの複数個を、主軸を中心とする旋回軌道上の対称位置に等間隔でバレル又はバレルケースの両端の縦軸を前記の主軸に平行に配置してバレルの各点が常に同方向を維持しながら、すなわち空間に対して自転することなく主軸を中心としてマスに有効な遠心力が働くような高速度で旋回するように駆動して、遠心効果をバレル内装入物に与え、同時にバレル内の空間と接するバレル内装入物の上層部のみを循環流動させ、この流動層を流動する遊離工作物と研磨材を常時不離の接触状態に保ちつつ工作物の全量を均等不断にタンブリングなき磨擦を行なつて表面研磨をする高速旋回式バレル研磨法。
(別紙図面参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面
<省略>