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東京高等裁判所 昭和54年(行ス)13号 決定 1979年7月31日

抗告人

東京都知事

鈴木俊一

右指定代理人

坂井利夫

外四名

相手方

川西弘

日本信販商事株式会社

右代表者

藤瀬晃

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状写<省略>に記載のとおりである。

二よつて、抗告人が抗告理由として主張するところにつき、順次検討する。

1  抗告人は、原決定は行政事件訴訟法(以下、単に「法」という。)第二五条第二項にいう「回復の困難な損害」の解釈を誤つたもので、本件効力停止に係る各処分(以下、「本件各処分」という。)により相手方両名に生ずる損害は「回復の困難な損害」に当たらない、と主張する。

しかしながら、当該処分により生ずる損害の性質、態様、程度からして損害発生前の状態に回復することが社会通念上容易でないと認められる場合は、その損害は法第二五条第二項にいう「回復の困難な損害」に当たるというべきであり、当該処分の結果本案判決の確定までに被処分者の経営が破綻しその事業の存続が脅かされると推認されるような場合もその一つであるということができる。そして本件の場合、疎明によれば、本件各処分の結果相手方両名はまさにそのような損害を受けることが一応認められるから、これをもつて右「回復の困難な損害」に当たるとした原審の判断に誤りがあるとはいえない。

また、抗告人は相手方川西の診療に代替性がないことはない旨を主張するが、疎明によれば、現実に患者の多くは相手方川西の診療を求めてロイヤルクリニツク新宿に来院していることが一応認められるから、たとえ申立人主張のように相手方川西の行なう診療に代替性があるとしても、相手方川西が右診療所において保険診療を行なうことが不可能となれば、原審が正当に疎明ありとしたその余の事実と相俟つて、右診療所の経営が事実上困難となることが明らかである。したがつて抗告人の右主張事実は、相手方川西が同人に対する本件処分により「回復の困難な損害」を蒙ると判断するにつきなんら妨げとなるものではない。

2  抗告人は、本件は法第二五条第三項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当する旨を主張する。

しかしながら、全疎明によるも、本件各処分に取消し得べき瑕疵がないとは一応にも判断することはできず、この点は今後の本案の審理の結果にまつほかはないから、いまだ本案について理由がないことの疎明がないというべきであること原決定に説示するとおりであつて、その判断に誤りはない。

3  抗告人は、本件各処分の効力を停止することは公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。

(一)  抗告人は、本件効力停止は、それ自体保険医療全体の秩序を破壊し、また他の療養指定機関等の非違行為を助長しこれらに対する今後の指導・監督を極めて困難ならしめるなどし、ひいては国民の医療保険制度への信頼を失わしめると主張するが、本件効力停止は単に本件各処分の効力を本案判決の確定に至るまで停止するに過ぎず、裁判所において、本件各処分の理由となつた相手方両名の行為を是認し、あるいは本件各処分が違法であるとの判断を下したものではないから、本件効力停止自体によつて直ちに抗告人主張のような悪影響が現われるとは容易に考え難く、またそのような疎明もない。よつて抗告人の右主張は採用し難い。

(二)  次に抗告人は、本案において抗告人の勝訴判決が確定すれば、本件効力停止期間中に相手方両名が行なう保険診療は遡及的に保険診療でなかつたことになり、これに対し保険者から支払われる保険診療報酬につき、保険者が法律上その返還を求め得ることを前提として、その返還を得ることが事実上困難であること、他方患者は遡及的に自由診療の取扱いを受ける結果ぼう大な診療費用の支払を余儀なくされることを挙げて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。

しかしながら、相手方両名が本件各処分の効力停止期間中に保険診療を行なえば、本案において抗告人の勝訴判決が確定しても、右保険診療がさかのぼつて保険診療でなかつたこととなるいわれはないから、保険者はその保険診療報酬の返還を求めることはできず、また患者が自由診療としての費用の支払を求められることもないのであつて、右主張はその前提において失当である。

(三)  さらに抗告人は、本件効力停止期間中相手方両名が本件各処分の理由となつたような非違行為や不正請求を継続するおそれがあるとして、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。

しかしながら、抗告人の適切な行政指導と監督により相手方両名のそのような行為の防止を期待し得ることは原決定の説示するとおりであるのみならず、仮に相手方両名が今後そのような行為を継続するとしても、一診療所ないし一医師又は一薬局に過ぎない相手方両名がそのような行為を行なうおそれがあることから、直ちに公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるということは容易に首肯し難く、またそのような疎明もないから、抗告人の右主張も失当である。

三してみると、原決定には抗告人主張の違法はなく、記録を精査してもその他にもなんら違法な点は見いだし得ないから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(石川義夫 三好達 柴田保幸)

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