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東京高等裁判所 昭和54年(行ス)15号 決定

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【主文】

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

【判旨】

抗告人は「原決定主文第一項を取消す。本件申立を却下する。本件申立費用は一、二審とも相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由は別紙抗告理由書及び抗告理由補充書記載のとおりである。

一抗告人は「原決定が、在留特別許可を与えるべきか否かの判断の適否は本件裁決の違法事由にならないとする抗告人の主張に対し、判断をしていないのは失当であり、仮に右裁量判断の適否が本件裁決の違法事由の存否に関連するとしても、原決定認定事実をもつては未だ裁量の範囲を逸脱していないことは明らかであつて、本件申立は本案について理由がないとみえるときにあたるものである。」旨主張する。

しかし、原決定は理由三において、「被申立人(抗告人)の主張する法的見解をも含めて、本件が本案について理由がないとみえる場合にあたるものとは認めがたい。」とし、「現段階において既に本件退去強制処分に裁量権濫用の違法がないとすることはできず、その点の判断は今後の本案審理にまつべきものというほかはない。」と判断しているのであつて、右の趣旨は、出入国管理令第五〇条第一項に基づく在留特別許可は同条第三項により同令第四九条第四項の適用については異議の申出が理由ある旨の裁決とみなされるところから、右在留特別許可を与えるべきか否かの裁量判断に誤りがあるときは、退去強制令書の発布を違法ならしめるものであるところ、訴訟の現段階においては、右裁量権濫用の違法がないとすることはできない、としているものと解されるのであつて、本件退去強制令書に基づく執行の停止に関しては所論のように原決定に判断遺脱があるということはできない。また、本件記録により認められる原決定の認定事実(但し、原決定二丁裏五行目から同六行目にかけての「韓国には申立人の親族はいないこと」を「韓国には祖母一人及び叔父二人がいること」に改める。)によれば、相手方は旅券法違反等により刑事処分を受けるなどその行動に非難されるべき点があることは否めないが、同人が昭和二二年以来本邦に在住し、その後在留特別許可を得て長期間にわたり本邦において親族らとともに生活関係を築きあげてきた諸事情も無視できないものがあり、本件退去強制処分に裁量権濫用の違法がないとにわかに断定することはできず、本訴において慎重に審理判断するのが相当であるとした原決定の判断が、不当であると断定することは困難であつて、所論はいずれも採用することができない。

二次に、抗告人は「原決定が、特段の理由を示すことなく、回復困難な損害を避けるための緊急の必要があると判断したのは、理由不備であり、そもそも本件には右事由は存在しないから、原決定は失当である。」旨主張する。

しかし、前記認定のように、本邦で出生し、長期間本邦に在住してきた相手方が、強制送還により生活の本拠を失い、本邦在住の両親、養子、弟妹と分れて、祖母、叔父がいるとはいえ、疎遠な韓国で生活をしなければならない結果になることは、その後においても右親族らとの従来は可能であるなどの所論の事情を考慮しても、相手方に回復困難な損害を与えるものというべきであり、また、本停止決定がなければ、相手方は数か月後には強制送還されることが必至であるから、これを避けるための緊急の必要があることは明らかであつて、原決定の判断は結局正当であり、所論はいずれも採用できない。

三更に、抗告人は、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある旨主張する。

しかし、所論の事情が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるものということはできず、記録を検討しても右おそれを認めることはできず、所論は採用できない。

その他、原決定を取消すべき事由はない。

よつて、本件抗告は理由がないから棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(外山四郎 清水次郎 鬼頭季郎)

【抗告理由書】

抗告人が、本件申立てを理由がないとする論拠は、原審における抗告人の意見書のとおりである。

原決定は、抗告人が、原審における意見書で述べた在留特別許可を与えるべきか否かの判断の適否は、本件裁決の違法事由にならないという主張に対して判断していない。

また、仮に、右裁量判断の適否が本件裁決の違法事由の存否に関連するとしても、原決定の認定した事実をもつては、未だ裁量の範囲を逸脱していないことは明らかであるというべきであつて、今後の本案審理をしなければ明らかでないとの判断は誤りである。

更に、原決定は、本件令書の送還部分の執行により申立人が回復困難な損害を受けると判断しているが、その前提として原決定が認定した事実からは直ちにそのような結論を導くことはできず、原決定には、この点で理由不備の違法がある。

よつて、申立人に対しての退令の送還部分の執行を停止した原決定は、全く失当であり、すみやかに取消されるべきものであるから、抗告に及ぶ次第である。

【抗告理由補充書】

一 本件申立ては、本案について理由がないとみえるときにあたるものである。

相手方は原審の申請理由補充書において「国際人権規約は内外人平等を原則とすることとし、規約で規定された権利について、これを“すべての者”に保障すると表現している(A規約第二条)、わが国に生れ、あるいは数十年も生活している在日韓鮮人に対して出入国管理令等を適用して退去強制手続をすすめることの不合意は多くの論者によつて指摘されているところである」と述べ、相手方に退去強制手続を適用すべきでないかの如くに主張するが、次に述べるとおり失当である。

いわゆる在日朝鮮人といえども、いつたん出国してしまえば、わが国の居住権は喪失してしまうものであり(ただし、再入国許可を得て出国した場合を除く)、相手方は昭和五二年五月日本人旅券を冒用して出国した時点において、わが国における居住権を喪失したものであるから、相手方が合法的在留者であることを前提とする主張は失当である。

そもそも外国人としての地位にあるかぎり、一定の事由に該当する場合には、その者を退去強制の対象者として扱うことは国家の基本的な立場であつて、国際人権規約は何ら退去強制の制度と抵触するものではない。しかも、退去強制の実際の運用においては、その特別な事情を十分に配慮しているのである。

相手方の場合には、あらゆる事情を考慮してもなお、在留を特別に許可すべき事由がなかつたものである。更に、相手方は「国際人権B規約二三条一項は、社会の自然かつ基礎的な単位である家族の保護を規定しており、退去強制によつて家族の離散・生活の破壊がもたらされる場合には、この家族の権利の侵害であり、従つて、本件処分も又右規約に反し無効である」と主張するが、次に述べるとおり失当である。

右二三条各項は、いずれも通常の社会生活を営んでいる家族について、婚姻、その他の面における保護ないし権利が認められるべきことを定めているのであつて、家族構成員の一部が、例えば出入国管理令の定めるところにより送還されるというような特殊の状況にある場合についてまでも規定の対象としているものではないから、規約に反するという問題は生じない。

なお、同B規約第一三条は「合法的にこの規約の締約国の領域内における外国人は、法律に基づいて行われた決定によつてのみ当該領域から追放することができる。」と定めているが、我が国における外国人の追放すなわち、退去強制はすべて出入国管理令(同令は昭和二七年四月二八日法律一二六号により、法律としての効力を有する。)に基づいて行われており、この点からも問題の生ずる余地はない。

二 本件申立には回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はない。

原決定は、特段の理由を示すこともなく相手方に回復困難な損害を避ける緊急の必要性があるというが、原審における抗告人の意見のほか、次の点からも、本件申立には回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はなく、原決定は失当である。

1 相手方は申請理由補充書において、相手方が強制送還になれば事実上死刑の判決に比すべき苦痛と困難を科することとなると主張するが、相手方は自国語を解するうえ、本籍地には祖母等の親族も居り、現に昭和五二年九月韓国に赴いた際これらの親族と会つている(疎乙第一四号証)。したがつて、仮に相手方の主張する様に同人の韓国語の理解度が低いとしても、相手方の年令及び韓国政府が受入れを決定していること等からみて、相手方が我が国の生活様式とほゞ同じ韓国において生活できないということはありえない。

2 相手方は、申請理由補充書において、相手方が韓国に送還されると思想上の問題から相手方の父や子あるいは妻等と事実上の永遠の別れとなる特殊事情がありこれもまた相手方の回復困難な損害である等と主張するが、相手方は、すでに韓国に日本人菊池博名義の旅券で四回にわたり入国しており(疎乙第二号証)、また相手方と同棲中である韓国人南春子も、墓参のため当局の再入国許可により昭和五二年九月二〇日韓国向け出国し相手方と韓国で落ち合い、同年一〇月一日一緒に我が国に入国している事実が認められる(疎乙第一四号証、同第一五号証)。このように相手方は既に韓国に渡航した経歴を有するもので、その渡航中において相手方の危ぐするように韓国において、朝鮮総連の活動に参加して来た責任を追及されたということもなく、また相手方が韓国に居住することとなつても、相手方は旅券を取得しそのうえに日本国査証を付与されれば、我が国に入国することは可能なことはいうまでもない。さらに相手方らの家族も、韓国を訪問すれば相手方と会えることであり(特に相手方と同棲中の南春子は既に渡航歴を有している)家族と永遠の別れとなるということはない。

3 仮に原決定の理由が、「送還されてしまえば相手方の提起した本案訴訟がその目的を達しえなくなり裁判を受ける権利が実質的に侵害され、回復困難な損害を被る」ものであるとしても、本案の提起ないし訴訟係属という事実自体を理由に執行停止の必要性を認めることにほかならず、行訴法二五条二項についてのかかる解釈は、訴の提起によつては処分の効力・執行が停止されないことを規定した行訴法二五条一項の趣旨を没却することであつて明らかに失当である。

また本件本案については現に代理人が選任されており本案訴訟の遂行にはなんら支障はないものである。

三 本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

原決定は、「送還の執行を停止することが公共の福祉に重大な影響を与えるおそれがあると認めるに足りる疎明はない」とするが、相手方が不法入国者であることに争いはなくまた、韓国政府との送還交渉の結果同国政府の受入が実現したものであつて、かかる不法入国者の送還の停止を行うことは、韓国よりの絶えざる不法入国のある現在、今後の不法入国者の送還事務全般につき支障を来すことは明らかである。この意味において、原決定は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあり、速かに取消されるべきである。特に相手方は、昭和五四年四月一一日付退去強制令書の発付をうけながら、送還日の前々日である同年七月一〇日に本件申立を行つたもので、その目的は目前に迫つた強制送還を回避する以外の何ものでもなく、かかる申立を認容した原決定は失当であるというほかはない。

なお、相手方の送還は、当初七月一二日を予定していたところ、同日までに本件即時抗告に対する御庁の御決定がないため、これを実施することが出来なかつたが、相手方の送還を停止することは前記のとおり公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのあるものでもあり、原決定取消の裁判のあり次第すみやかに実施する予定である。

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