東京高等裁判所 昭和55年(う)1282号 判決
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【判旨】
控訴趣意第一点の四について
所論は、要するに、本件起訴状の罰条の記載としては、「所得税法第二三八条第一項、第二四四条第一項」と記載されているのみで、情状により罰金をその免れた所得税の額以下とすることができる旨定めた同法二三八条二項は記載されていないのに、原判決が、罰条変更の手続をとることなく、同法条も適用したのは、刑訴法二五六条に違反し、同法三七八条二、三号の場合に該当する疑いがあり、かつ、この訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
しかしながら、刑訴法二五六条により求められている起訴状における罰条の記載は、訴因を明確にするための補助的手段として求められているに過ぎないものと解すべきであるから、所得税逋脱罪の公訴事実に対する罰条の記載としては、同罪の構成要件を定めた所得税法二三八条一項(従業者の場合には更に同法二四四条)のみを記載すれば足りるのであつて、同法二三八条二項は、単に裁量により罰金の決定額を変更しうる場合及びその範囲を定めた規定に過ぎないから、必ずしもこれを起訴状に記載することを要しないものというべきである。そうだとすると、本件起訴状に、罰条の記載として、所得税法二三八条二項の記載がなかつたことは、何ら刑訴法二五六条に違反せず、したがつて、また、原審裁判所が所得税法二三八条二項を適用するにあたり、罰条変更の手続をとらなかつたのも、何ら違法な措置ではなく、もとより原判決が起訴状に記載のない同条項を罰条として適用したからといつて、審判の請求を受けない事件について判決したことにはならないことも明らかであるから、原審裁判所の措置が刑訴法三七八条二、三号に該当するとは認められず、同法三七九条の訴訟手続の法令違反があるとも認められない。右各論旨はいずれも理由がない。
控訴趣意第二点について
所論は、要するに、本件犯行は、その動機が素朴で、所得秘匿の態様も幼稚であること、被告人が脱税発覚後は調査に協力し、免れた所得税本税、重加算税等もすでに納付済みであること、その他被告人の従業者としての立場等に照らすと、原判決の量刑が不当に重いというのである。
そこで、検討してみるのに、本件は、被告人が、宅地建物取引業及び建築業を営む藏持徳三郎の従業者として同人の三年分の所得税合計一億円余りを逋脱したという事案であるところ、逋脱した所得税の額が巨額で、その逋脱率も九割前後にも達していたこと、本件脱税の動機も、藏持家の長男として将来に備えようという気持ちがあつたという程度のものであつて、特に酌むべきものがあるとは認められないこと、所得秘匿の態様も、売上の一部除外、外注費や労務費の水増計上、二重契約書や二重帳簿の作成、仮名預金の設定等をしたうえ、更に内容虚偽の決算書類に基づきいわゆるつまみ申告に及んだという計画的かつ悪質なものであること、本件脱税は、被告人が発意し、右のような方法も自分で考えて実行したものであること等の諸点に照らすと、被告人の刑事責任を安易に考えることは許されないのであつて、被告人が国税局の調査を受けたのちは、素直に自分の非を認めて調査に協力し、所得税本税及び重加算税、地方税関係の諸税もすべて納付したこと、家族の者とも協議のうえ、「藏持工務店」を株式会社組織とし、帳簿類も整備して再過なきを期していること等の諸点を斟酌しても、原判決の量刑は、罰金額の点を除き、正当として是認することができる。しかしながら、罰金の額については、前叙の事情に加え、本件所得の源泉となつた事業が家族的事業の観を呈するものであるところ、事業主たる徳三郎については訴追がなされず、被告人のみが訴追されたこと、被告人は、本件事業を事実上主宰する者として、現に同事業から有形無形の利益を得ているほか、事業主たる徳三郎の子として、同人が同事業により蓄積した資産を、脱税による増加分も含め、増与あるいは相続により承継取得しうる立場にあること等の事情も認められるけれども、それにしても、被告人は右事業の従業者に過ぎず、同事業による所得はすべて徳三郎に帰属するのであるから、従業者たる被告人に対する罰金の額を所得の帰属者本人に対する場合と同様に考えることは相当でないといわなければならない。してみると、被告人に対する罰金の額を三〇〇〇万円とした原判決の量刑は、被告人の従業者としての立場に対する配慮に欠けるきらいがあつて、重過ぎて不当であるといわなければならない。右論旨は右の限度において理由がある。
(堀江一夫 杉山英巳 浜井一夫)