東京高等裁判所 昭和55年(う)1574号 判決 1980年12月08日
被告人 金子隆良
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数のうち七〇日を原審の言い渡した本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人近藤康二作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事中川秀作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。
一、弁護人の控訴趣意第一、法令の解釈適用の誤りの主張について
所論は、要するに、被告人は、原判示第五の窃盗の事実によつて逮捕、勾留されていた際、原判示第一ないし第四の窃盗、強姦等の事実については、未だ捜査官憲に判明していなかつたのに、自ら、進んで捜査官に右犯罪事実を自供したものであるから、右各事実については、刑法四二条一項の自首をした場合に該当し、法律上の減軽をすべきであるのに、「別件で逮捕、勾留中の余罪の自白は、たとい、捜査官に未だ発覚しないものであつても、これだけで直ちに法律の自首にはあたらないと解する………。」として、原判示第一ないし第四の罪につき、法律上の減軽をしなかつた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、(証拠略)によれば、被告人が、同年五月二〇日以降、原判示第五の窃盗の事実によつて逮捕、勾留され、右事実について、警察官から取調を受けていた際、未だ警察に判明していなかつた原判示第一ないし第四の各事実についても、自ら進んで取調警察官に供述したものであることは認められるが、被告人が右のように供述するに至つたのは、警察において、被告人が、原判示第二の窃盗も行なつたのではないかという情報を入手していたことや、当時群馬県内で発生していた女子高校生殺人事件についての関連性を訊ねるため、「他にもシンナーを窃取しているのではないか。」とか、「共犯者がある事件は、後日共犯者が自首すれば、判つて検挙されるので、この際、全部、悪いことをしている事件があれば話してしまいなさい。」などと追及された結果、被告人においても、当初、共犯者に迷惑がかかるとして供述することを躊躇していたものの、「この際、自分でやつていることをありのまま警察に話して、出直しをしよう。」と考えて、同月二五日までの間に、余罪を順次、供述するに至つたことが認められるところ、このような状況のもとにおいては、既に、原判示第五の窃盗の事実により逮捕、勾留され、捜査官の取調を受けていた被告人が、右事実について取調中、余罪を追及されて、さらに他の犯罪事実を自ら供述したとしても、刑法四二条一項にいわゆる自首に該当しないと解するのが相当であつて、この点に関する原判決の判断は正当であり、原判決に、所論のような法令の解釈適用の誤りは存しない(かりに、これが自首にあたるとしても、右自首は、任意的(裁量による)減軽事由であるに過ぎないから、原判決が、自首にあたらないとして、裁量による減軽をしなかつたからといつて、それだけで直ちに判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがあるとも認められない。)。論旨は理由がない。
二、弁護人の控訴趣意第二、量刑不当の主張について
所論は、要するに、犯情に照らして、被告人に対しては、刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件の事実関係は、原判決の認定判示するとおり、被告人が、昭和五四年一〇月一七日ころから同五五年四月一七日ころまでの間、いずれも、原判示遊び友達らと共謀のうえ、前後三回に亘り、原判示作業所等から、シンナー一八リツトル入り缶一缶、一六リツトル入り缶二缶、六〇〇ミリリツトル入り缶一缶、五三〇ミリリツトル入り缶二缶、スパナ五本等の入つた工具箱一箱を各窃取し(原判示第一、第二及び第五の事実)、シンナーを窃取する目的で、原判示第四の日時・原判示塗装場内に侵入したうえ、木製棚の上などを物色したが、シンナーを発見することができなかつたため、その目的を遂げず(原判示第四の事実)、原判示第三の日に、原判示塩野善八郎、生方重夫らとともに、女性を誘つて自動車に乗車させたうえ、適当な場所へ連行して強姦することを共謀のうえ、沼田市内を自動車を乗り廻して適当な女性を物色中、原判示日時・場所において、同所を通行中の甲野春子(当時一六年)を見かけるや、同女と顔見知りであつた塩野において、原判示のような甘言を用いて同女を右自動車に乗車させたうえ、原判示のように申し向けながら原判示農道に至り、同所に停車させた自動車内において、「やだ。止めて。」などと叫び、手足をもがいて必死に抵抗する同女に対し、被告人らにおいて、原判示のような暴行を加えてその反抗を抑圧したうえ、生方、被告人及び田中哲夫の順に、強いて同女を姦淫した(原判示第三の事実)、というものである。関係証拠によれば、本件各犯行は、原判決が、(罪となるべき事実)の冒頭において詳細に認定判示するとおり、被告人が、シンナーに溺れ、定職に就いて真面目に働こうともせず、無軌道、自堕落な生活を送つていた間に敢行されたものであるばかりでなく、被告人が、各犯行に積極的に関与し、主導的であつたこと、殊に、原判示第三の犯行は、遊び仲間とともに、さしたる抵抗感を抱くこともなく、安易に女性を誘い込んで輪姦することを共謀し、僅か一六歳の少女を甘言を弄して自動車に乗せたうえ、人里離れた農道上に連行し、右自動車内で、被告人ら三名が次々と姦淫したというもので、少女の貞操、人格を全く無視した極めて悪質、重大な犯行であることなど、本件各犯行の動機、態様、被告人の性行、経歴、生活態度等を総合すると、被告人の刑事責任は甚だ重いものといわなければならない。
してみると、被告人が、本件を機に立ち直ろうと決意し、原判示第一ないし第四の犯行について、自ら進んで警察官に供述したこと、本件を深く反省悔悟し、今後、心を入れ替え、兄の許で真面目に働く旨誓い、兄及び母においても、被告人を十分監督する旨誓約していること、原判示各窃盗の被害者に対し、それぞれ、各被害の弁償を済ませたほか、原判示第三の被害者甲野春子に対し、慰藉料一五万円を支払つて示談が成立し、右被害者においても、被告人を宥恕し、被告人に対して寛大な裁判を希望する旨の嘆願書を提出するに至つていること、その他所論指摘の諸事情(なお、所論は、被害者甲野春子にも落度があつた旨主張するが、同女が、同級生の兄でもあり、顔見知りでもあつた塩野から声をかけられたため、同人の言葉どおり勤務先の病院に送つてくれるものと信じ、安心して自動車に乗つたものであること、その後の行動についても、被害者は、性経験のない僅か一六歳の少女であつたうえ、走行中の自動車から、同女がドアーを開けて飛び降りようとしたところ、これを掴んで引戻し、後部座席の中央に坐らせ、その左右両側に共犯者の田中らが坐つて同女を押えるなどしていたことなどを考慮すると、被害者にさほど非難されるべき落度があつたものとは認められず、また、これが被告人の刑責に影響を及ぼすものとも認められない。」を被告人の有利にできるかぎり斟酌してみても、本件は、到底刑の執行を猶予することのできる事案でないことはもとより、原判決の量刑(懲役二年六月、求刑同三年六月)はやむをえないところであつて、これが重きに失して不当であるとは認められない。この点に関する論旨も理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中七〇日を刑法二一条により原審の言い渡した本刑に算入することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 綿引紳郎 三好清一 石田恒良)