大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(う)2013号 判決

所論は、要するに、原判決は、原判示第二の事実に関する証拠として、新潟県警察本部科学捜査研究所長作成の「鑑定結果について(回答)」と題する書面(以下、単に鑑定書という。)二通を挙示しているが、右鑑定書中、被告人の尿に関する鑑定書は、被告人が、任意の採尿に応ぜず、これを拒否し続けていたのに、被告人が、拘禁されていた新潟東警察署八号房内の水洗便所において排尿するや、警察官が、その排水を止めたうえ、被告人の承諾をうることなく、右便器内から採取した尿を、その鑑定資料としたものであつて、違法収集証拠を資料とした証拠能力のないものであるから、これを証拠として採用した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、関係各証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、

被告人は、昭和五四年一一月二一日午後六時四〇分ころ、原判示第二の借家において、原判示第一の事実(但し、逮捕罪名は、暴力行為等処罰に関する法律違反)により逮捕されたが、その際、被告人は、自ら警察官に対し、「一時間位前に覚せい剤を注射した。」旨供述したことから、警察官においては、被告人に対し、覚せい剤取締法違反についても容疑があると考えるに至つたこと、そのため、新潟東警察署に引致後、担当上司である藤田警部補の指示を受けた遠藤金一巡査部長が、同日午後七時三八分ころから同八時一五分ころまでの間、同署調室において、被告人に対し、覚せい剤取締法違反の事実について尋ねるとともに採尿に応ずるように説得したが、被告人は、注射痕のある左腕は見せたものの、採尿については、「そんなことは、あんたのところで止めておいてくれるのが人情ではないか。今捕まると、会社の従業員が路頭に迷うことになる。今、採尿すれば、反応することは判りきつている。あんたのところで止めておいてくれていいじやないか。そうすれば、他のことはみんな話す。」等と言つて採尿に応じなかつたこと、そこで、遠藤巡査部長は、被告人に対し、「あんたが小便したら採らせてもらう。」旨告げた後、上司に対し、被告人が採尿に応じない旨報告したところ、前記藤田警部補から、房内の水洗便所を洗浄して置き、被告人が排尿したら、これを採取するように指示されたこと、そこで、遠藤巡査部長は、金子巡査部長に命じて、被告人を収容する同署八号独房内の水洗便所を洗浄させた後、被告人を右八号房に入れたこと、右八号房は、房内に専用の水洗便所が設けられていたが、これの排水装置は房内になく、看守係の処にあり、看守係が、留置人からの排便終了の合図によつて、その排水装置を作動する構造となつていたこと、遠藤巡査部長は、翌二二日午後七時二〇分ころ、看守係であつた岡村巡査部長から、被告人が排尿した旨の連絡を受けて、被告人が収容されていた八号房に赴き、当時、布団に横臥していた被告人に対し「尿を採らせてもらうよ。」と告げたうえ、右房内水洗便所の便器内から、被告人が排泄した尿をポリ容器に汲み取つて採取し、これを、その後、所定の手続を経て、科学捜査研究所に鑑定嘱託したことが認められる。

以上の事実関係を前提として、本件尿の採取行為の適法性及び鑑定書の証拠能力の有無について検討してみると、本件尿は、原判示第一の事実により適法に身柄を拘束され、かつ、覚せい剤使用の疑いが濃厚となつた被告人において、なんら強制されることなく、自己の意思で独房内の便所に排泄したものであるところ、もともと、人が自然的生理現象として排泄した尿のごときものは、一般的には、財産権の対象ともならないような無価値かつ無用の物であるから、承諾なしにこれを採取したからといつて、格別財産権を侵害するものではなく、その他の面でも人権を侵害することにはならない(身体に対する有形力の行使もなく、かつ、その生理的機能に障害を与える可能性も全くない。)から、本件尿の採取が、令状なくして許容されることは明白というべきである。

もつとも、本件尿を遠藤巡査部長が採取した際、被告人において、「遠藤さん、それはきたない。採つても認めない。」旨口頭で抗議した事実が存することは、所論のとおりであるけれども、排泄した尿を自己の占有下において、係官に手渡すことを拒んでいる場合は別として、本件のように、係官において尿を採取した直後に、被告人から口頭の抗議があつたからといつて、これを理由に、本件尿の採取行為を違法視することはできない。

結局、本件尿を採取し、これを鑑定資料として作成された鑑定書は、証拠能力に欠けるところはないから、右鑑定書を証拠として採用した原判決には、訴訟手続の法令違反はなく、この点に関する論旨も理由がない。

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