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東京高等裁判所 昭和55年(う)233号 判決 1980年5月01日

控訴人 弁護人

被告人 佐々木祥氏

弁護人 藤沢抱一 外三名

検察官 加藤泰也

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審における未決勾留日数中右刑期に満つるまでの分を右刑に算入する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤沢抱一、同杉井健二が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第二(公訴権濫用の主張に対する原判決の認定、判断の誤りの主張)について

所論は、弁護人の公訴権濫用の主張に対する原判決の事実認定ないし判断は誤りである、というのである。

そこで、所論の当否について検討すると、検察官が公訴提起の権限を濫用したものとしてその公訴提起手続を無効とすべき場合があり得るとしても、それは検察官が公訴提起の裁量権を著しく逸脱し、起訴猶予とすべきものを起訴し、あるいは特定の人又は団体構成員を政治的に弾圧する意図のもとに起訴したと明らかに認められるような場合に限られると解すべきところ、本件の起訴がそのような意味において検察官の公訴権濫用にあたることは記録上明確でなく、また、本件公訴提起手続を違法、無効とする事由も認められないことは原判決の判示するとおりである。原判決の認定ないし判断に特段の誤りはなく(ただし、後述する犯行の動機、目的の点を除く。)、原審が本件公訴を棄却しなかつた点に訴訟手続の誤りがあるということもできないのであつて、論旨は理由がない。

二  控訴趣意第一、三(審理不尽の主張)について

所論は、本件においては、旅券法一三条一項三号や二三条一項一号の規定の憲法適否を判断するため、旅券発給に関する審査の実情を審理、認定する必要があり、そのために弁護人が外務省関係者の証人尋問を請求したのにかかわらず、原審がその請求を却下したのは審理不尽であつて、違法である、というのである。

しかし、所論にかんがみ原審記録を調査しても、原審の訴訟手続に所論のような違法があるとは認められない。旅券法一三条一項三号に該当する者からの旅券発給申請に対する許否が外務大臣の健全で公正な裁量に委ねられていると解され、そのように解しても、右一三条一項三号が憲法二二条二項、一四条一項、三一条等に違反しないというべきことは後記のとおりであり、また、本件において被告人が執行猶予中であることを申告したとしても、旅券の発給をうける可能性がないでもなかつたのではあるが、そのことが本件虚偽記載と旅券受給との間の法律上の因果関係を否定する理由となるものではなく、本件旅券法違反の罪の成立を否定する事由とならないことも後記のとおりである。従つて、旅券発給に関する外務大臣の審査の実情を審理することは本件において格別必要がないというべきであり、原審の措置に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

三  控訴趣意第一、一(旅券法一三条一項三号に関する違憲の主張)について

所論は、旅券法一三条一項三号の規定が憲法二二条二項、一四条一項、三一条の各規定に違反し無効であるとし、右旅券法の規定が合憲であることを前提として被告人を有罪とした原判決は法令の適用を誤つたものである、というのである。

そこで、所論について検討を加えると、先ず、原判決は被告人の所為につき旅券法(昭和五二年法律第八二号による改正前のもの。以下同じ。)二三条一項一号を適用して被告人を有罪としているのであつて、同法一三条一項三号は本件についての罰則そのものではないのであるから、右一三条一項三号が違憲である旨の主張は、適用された罰則自体の違憲をいうものではないといわなければならないが、本件においては、被告人が旅券法三条一項一号、二二条の二、旅券法施行規則(昭和五二年外務省令第六号による改正前のもの。以下同じ。)一条一項により提出すべき一般旅券発給申請書に虚偽の記載をして旅券の交付をうけたことが犯罪事実とされており、その虚偽の記載というのは、被告人が、刑の執行猶予の判決を受け、その猶予期間中であるのに、執行猶予の処分を受けていない旨の記載をしたというものであるから、被告人の行為の実質的違法性を検討するについては、旅券法一三条一項三号の規定の合憲、違憲の問題も重要な前提事項になるものということができる。そこで、進んで右規定の違憲をいう所論の当否について判断すると、所論指摘の諸点を十分に考慮しても、旅券法一三条一項三号の規定が憲法二二条二項、一四条一項、三一条の諸規定に違反するものとは到底解することができない。もともと、外国旅行の自由が憲法二二条一項所定の自由に属するのか又は同条二項の自由に該当するのかは争いのあるところであるが、憲法上の自由権として認められているものであつても、それが公共の福祉のための合理的な制限に服すべきものであることは最高裁判所昭和三三年九月一〇日大法廷判決(民集一二巻一三号一九六九頁)の判示するとおりであり、旅券法一三条一項三号の規定は国家の刑罰権の執行の確保という見地からする合理的な制約と解するのが相当であるからである。所論は、執行猶予を受けた者については、新たな犯罪行為について右猶予期間中に有罪判決の宣告が行われ、右判決が確定しないかぎり、執行猶予の言渡を取消されることのない法的地位を保障されていると主張するのであるが、その新たな犯罪行為に関する有罪判決が確定していないかどうか、そして執行猶予が取消されていないかどうかなどの点を審査することが前記刑罰権執行の確保という目的のために必要なのであり、例えば既に新たな犯罪行為に関する有罪判決が確定している者や執行猶予取消手続中の者などについて旅券の発給を拒むことは右目的からして当然といわなければならない。形式的に右一三条一項三号に該当する者から旅券発給の申請があつた場合、外務大臣がどのような事案についてその発給をし、あるいはその発給を拒むことができるかについて、旅券法や同法施行規則の条文上明確な基準は定められていないのであるが、その点は、前記のように、刑罰権の執行の確保という見地に立つたうえで、外務大臣の公益の考慮、平等への配慮等の観点を加えた健全で公正な裁量に委ねられていると解すべきであり、そのように解しても、違法な発給拒否処分に対しては、その取消を求める行政訴訟を提起することも可能なのであるから、右一三条一項三号の規定が所論のように憲法三一条に違反するものとは考えられない。以上のとおり、旅券法一三条一項三号の規定が違憲であるとの所論は失当であり、被告人の行為の実質的違法性を肯定するについて右規定が支障となるものではなく、被告人を有罪とした原判決に所論のような法令適用の誤りはないというべきである。論旨は結局理由がない。

四  控訴趣意第一、二(旅券法二三条一項一号の規定ないし適用の違憲の主張)について

所論は、旅券法二三条一項一号の規定が憲法三一条、一九条、三八条一項などの諸規定に違反し無効であるとし、あるいは右二三条一項一号を本件に適用することが右憲法の各規定に違反する、というのである。

そこで、所論の当否について判断すると、旅券法二三条一項一号は旅券発給申請書等に虚偽の記載をすることその他不正の行為によつて旅券等の交付を受けた者を処罰する旨規定しているところ、旅券発給申請書の記載事項については、旅券法自体に規定がなく、同法二二条の二に基く旅券法施行規則一条ならびにその別記第一号様式に具体的な定めがなされていることが明らかである。しかし、そのように申請書の記載事項が旅券法自体に規定されていないからといつて、右旅券法二三条一項一号の罰則が犯罪構成要件として不明確なものであると解するのは相当でなく、憲法三一条に違反するものとも解することはできない。右二三条一項一号の規定からすれば、申請書に虚偽の記載をして旅券の交付を受ければ、その虚偽記載が申請書のどのような事項に関するものであつても、犯罪構成要件に一応該当するものとみられるのであるが、そうであつても、後述する因果関係の問題や違法性、責任の問題、あるいは検察官の訴追裁量による不起訴処分又は公訴権濫用を理由とする公訴棄却判決などの諸点により不当な処罰を十分に回避することができると考えられるから、右二三条一項一号の規定が憲法三一条の趣旨に反するものということはできない。

また、右二三条一項一号の規定のほか、前記施行規則一条(その別記第一号様式)、旅券法一三条一項三号等によれば、仮出獄中の者や執行猶予期間中の者などが旅券の発給を申請しようとする場合、自分が仮出獄中であることや執行猶予期間中であることなどを申告しなければならず、その申告をすれば旅券の発給を受けられなくなるおそれがあることになる。しかしながら、右旅券発給申請の手続は刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、刑事責任追及のための資料収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続でもないのであつて、右のように仮出獄や執行猶予の期間中であることを申請者本人に申告させることは、前記のように国家の刑罰権の執行の確保という合理的な目的に基く必要やむを得ない手続ということができるのであるから、前記旅券法や同法施行規則の諸規定が憲法三八条一項に違反するということはなく(最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決、刑集二六巻九号五五四頁参照)、もとより、内心におけるものの見方ないし考え方を制約するものではないから、憲法一九条に違反するものでもない。

さらに、所論は、旅券法二三条一項一号該当の罪が成立するためには、虚偽申請と旅券発給との間に、前者がなければ後者が存しないという必要条件関係があることが必要であり、本件においてはそのような必要条件関係の存在が立証されていないとし、この点に関する原判決の解釈は誤つており、いずれにしても、右二三条一項一号所定の「よつて」という文言は、漠然としていて不明確であるから、罪刑法定主義に反し違憲、無効であると主張する。しかしながら、本件において、被告人が旅券発給申請書に原判示のような虚偽の記載をして旅券発給の申請をしたこと、ならびにその結果、原判示のとおり、旅券の発給がなされ、被告人がその交付を受けたことはいずれも証拠上明らかなところであり、被告人の虚偽申請と旅券受給との間に条件的因果関係の存在することは明白である。もつとも、旅券法一三条一項三号の規定自体からも明らかなように、執行猶予期間中の者でも、常に必ず旅券の発給を受けられないわけではないのであり、従つて、本件において被告人が執行猶予中であることをありのままに申告したとしても、あるいは旅券の発給を受けることができた可能性も否定できないのであるが、それだからといつて、被告人の虚偽申請と旅券受給との間の条件的因果関係を否定すべきものということはできない。そして、虚偽記載の内容が、旅券発給の審査にほとんど影響を及ぼさないような軽微な事項に関するものであればともかく、本件のように、旅券法一三条一項三号所定の事由に関するものであり、それによつて外務大臣の旅券発給に関する健全で公正な裁量判断を誤らせるおそれのあるものである場合には、その虚偽記載と旅券受給との間に法律上の相当因果関係があるとみてよく、旅券法二三条一項一号所定の罪の成立を肯定してよいと解すべきである。右二三条一項一号所定の「よつて」という文言は、右のように、同条項同号の罪が成立するためには、虚偽記載その他の不正行為と旅券等の受給との間に法律上の相当因果関係が存在することを必要とする趣旨を示すものであつて、その因果関係の存否は各事件についてそれぞれ判断することができるものであるから、「よつて」という文言が不明確であり漠然としているから、二三条一項一号が違憲無効であるとの所論も失当といわなければならない。

以上のとおり、旅券法二三条一項一号の違憲をいう所論はいずれも採用することができず、原判決が同法条を適用して被告人を有罪とした点になんら誤りはないから、論旨は理由がない。

五  控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

所論は、原判決は量刑の基礎となる事実の認定を誤り、不当な量刑をしたものであり、未決勾留日数の算入も過少であつて不当である、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における被告人の供述をも参酌して判断すると、本件事案の内容は、原判示のとおり、被告人が旅券発給を申請するにあたり、刑の執行猶予期間中の身分であることを秘し、執行猶予の処分を受けていない旨虚偽の記載をした旅券発給申請書を提出し、旅券の交付を受けたというものであり、被告人の所為は、外務大臣の旅券発給に関する健全で公正な権限行使を誤らせるおそれのあつたものであるから、実質的違法性に欠けるものではないことが明らかである。そして、被告人のこれまでの前科や生活状況、被告人が原判示のように「東アジア反日武装戦線を救援する会」の代表者の地位にあり、右反日武装戦線や日本赤軍と称される組織を支援する立場にあつたとみられること、被告人が本件により交付を受けた旅券を用いてパキスタン、アテネ方面に出国し、その後帰国していることなどをも考え合わせれば、被告人の罪責は決して軽くはないといわなければならない。

ところで、原判決は、罪となるべき事実の摘示として、「被告人は、……日本赤軍と称する組織の構成員との連絡をはかるため渡航する際に使用する目的で」本件の所為に及んだものであるとし、証拠の標目を掲げた後、本件犯行の動機、目的について説明すると述べ、「前掲各証拠ならびに公知の事実および裁判所に顕著な事実によれば、次の事実が認められる。」として種々詳細に事実認定をしたうえ、「以上の事実を総合すると、被告人は、日本赤軍との連絡をはかるため渡航する際に使用する動機、目的のもとに本件犯行に及んだものと合理的に推認できるのである。」と結んでいる。また、原判決は、量刑事情としても、「被告人は、判示動機、目的のもとに本件犯行に及んだものであり、……本件犯行は極めて悪質な事犯であるといわなければならず……」と説示しており、前記のように推認した動機、目的を被告人に不利益な情状として取扱つていることが明らかである。原判決が前記のように犯行の動機、目的を推認する前提として種々詳細に認定判示している諸事実をみると、その中には原判決挙示の各証拠によつては認めることのできない事実や公知の事実ともいい難い事実が多く含まれており、それらは原判決のいう裁判所に顕著な事実にあたるものとみるほかはないのであるが、このように犯行の動機、目的に関係する重要な事実を裁判所に顕著な事実であるとして証拠による証明なしに認定することには、疑問があるのみならず、原判示の諸事実を総合しても、原判示のように被告人が「日本赤軍との連絡をはかるため渡航する際に使用する動機、目的のもとに本件犯行に及んだもの」と認定することは推論にすぎるものであつて、失当といわなければならない。

そこで、右動機、目的の点は考慮外に置いて、原判決の量刑の当否を判断すると、前記のように、本件事案の内容、被告人の前科や生活状況、被告人が前記「救援する会」の代表者の地位にあり、日本赤軍などを支援する立場にあつたとみられること、本件旅券を用いて出入国していることなどの諸点からして、被告人の罪責は決して軽くはないというべきであるけれども、被告人が秘した執行猶予中の前科は、原判示のとおり、強制わいせつ致傷罪によるものであつて、その執行猶予は取消されることがないままに猶予期間を経過し終つていること、本件旅券法違反の罪の法定刑が行為時において一年以下の懲役又は三万円以下の罰金であつたことなどをも勘案すれば、原判決の量刑は重きにすぎ、不当であると認められる。論旨は、未決勾留日数算入の点について判断するまでもなく、右の限度において理由があり、原判決は破棄を免れない。

六  破棄自判

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実(ただし、「同組織構成員との連絡をはかるため渡航する際に使用する目的で」とある点を除く。)に法令を適用すると、被告人の所為は、行為時においては昭和五二年法律第八二号による改正前の旅券法二三条一項一号に、現時点においては右法律第八二号による改正後の旅券法二三条一項一号に該当するので、刑法六条、一〇条により軽い行為時における旅券法二三条一項一号の規定により処断することにし、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期の範囲内において被告人を懲役六月に処することにする。なお、刑法二一条により原審における未決勾留日数中右刑期に満つるまでの分を右刑に算入し、原審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることにし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村法 裁判官 高山政一 裁判官 千葉裕)

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