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東京高等裁判所 昭和55年(う)767号 判決 1980年11月26日

被告人 有限会社つかれ酢本舗 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人村下武司、同板谷洋、同柏木義憲、同白石篤司連名作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意書訂正の申立と題する書面に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事中川秀作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

一、控訴趣意第四、法令の解釈適用の誤りの主張について

所論は、要するに、薬事法制定の経緯、立法の目的、趣旨に照らすと、同法二条一項二号、三号にいう「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物」、あるいは「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」とは、客観的な薬効と無関係に、製造者、販売者等の主観的な意図や、販売の際の演述、宣伝の内容によつて決せられるべきものではなく、その物自体の成分、本質から、客観的に、薬としての薬用作用、薬効があるか否かによつて、その目的性の有無が決せられるべきものであるところ、本件「つかれず」は、食品衛生法上「食品添加物」とされているクエン酸をそのまま使用したものであり、また、「つかれず粒」は、右クエン酸にクエン酸ナトリウム、乳糖を混合して錠剤としたものであるに過ぎないから、「食品添加物」が「食品」と一体となるときは、それ全体が一つの「食品」と観念されることに照らして、「食品」と同様の取扱いを受けるべきものであつて、薬事法上の医薬品には該当しないものと解すべきであるのに、本件「つかれず」及び「つかれず粒」がいずれも同法二条一項二号の医薬品に該当し、被告人らの行為が、その無許可販売であつて、同法二四条一項に違反する旨認定処断した原判決は、同法二条一項二号、二四条一項、八四条五号の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると、被告人らが、原判示のとおり、法定の除外事由がなく、東京都知事の許可を受けることなく、昭和五一年五月中旬ころから同五二年一一月上旬ころまでの間、原判示の各日時・場所において、原判示二九名の者に対し、前後一三六回に亘り、高血圧、糖尿病、低血圧、貧血、胃下垂、リユウマチ等に薬効を有する旨宣伝したチラシを添付して、「つかれず」及び「つかれず粒」を販売したことは、優にこれを認めることができ、右認定に反する証拠は全くない。

そこで、本件「つかれず」及び「つかれず粒」が、薬事法にいう医薬品に該当するか否かについて検討するに、この点について、原判決が(弁護人の主張に対する判断)一において詳細に判示するところは、すべてこれを是認することができる。すなわち、薬事法は、医薬品、医薬部外品等が、国民の保健衛生の維持、増進に深く関わるところから、これらの製造、販売、品質管理、表示、広告等について適正に規制し、もつて、国民の生命、身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活の確保に資することを目的とするものであり、その二条において医薬品の定義を規定しているところ、この法令の解釈については、立法の趣旨、目的に照らし、一般通常人の理解において合理的な判断がなされるべきである。この見地から、或る物が同法二条一項二号にいう「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物」に該当するかどうかについては、医学的知識の乏しい一般人には、その物の内容を識別して薬理作用の有無を判断することは不可能であつて、専ら、その外観、形状、説明等によつて判断するほかはないから、もし、右のような使用目的をもつ物が、何らの規制もなく、ほしいままに製造、販売、授与がなされるときは、一般人がこれを不相当、かつ、安易に使用、服用することによつて、国民の多数の者に正しい医療を受ける機会を失わせ、その疾病を悪化させるなどして、その生命、身体に危害を生じさせる虞れがあるので、これらの危害の発生を未然に防止することを立法趣旨とする薬事法のもとでは、何らかの薬理作用を有する物についてはもとより、薬理作用上の効果のない物であつても、薬効があると標榜する場合をも含めて、客観的にそれが「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることを目的としている」と認められる限り、同法二条一項二号にいう医薬品に該当し、同法の規制の対象となるものと解するのが相当である。従つて、右のような医薬品に該当するか否かは、その物の成分、形状(剤型、容器、包装、意匠等)、名称、その物に表示された使用目的、効能、用法用量、販売の際の演述、宣伝等を総合的に判断し、一般通常人の理解において、一見して、社会通念上、食品と認識される果物、野菜、魚介類等の場合を除き、その物が前記目的に使用されるものと認識され、あるいは薬効があると標榜されている場合には、これが医薬品として薬事法の規制の対象になるものと解すべきである(最高裁判所昭和四六年(あ)第一四七号、同年一二月一七日第二小法廷決定、刑集二五巻九号一〇六六頁、昭和五四年(あ)第六五四号、同年一二月一七日第二小法廷決定、刑集三三巻七号九三九頁参照)。

そこで、本件について見ると、本件「つかれず」及び「つかれず粒」は、原判示のとおり、いずれも、クエン酸を成分あるいは主成分とするもので、その成分自体からは薬事法二条一項の医薬品とは認められないが、「つかれず」は、粉末で、ビニール袋で包装され、「つかれず粒」は、錠剤型で、ビニール袋で包装されたうえ、さらに紙箱入りのものであつて、その名称、形状が医薬品に類似しているばかりでなく、被告人らは、前記のように、これらを販売するに際し、高血圧、糖尿病、低血圧、貧血、リユウマチ等に良く効く旨、その医薬品としての効能効果を演述、宣伝して販売したのであるから、同法二条一項二号に該当する医薬品と認めるのが相当であり、この前提に立つて、本件「つかれず」及び「つかれず粒」を、法定の除外事由がなく、東京都知事の許可を受けることなく、業として販売した被告人らの所為を同法二四条一項、八四条五号に該当するものと認定処断した原判決の判断は正当であつて、原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りは存しない。

所論は、原判決の解釈するように、薬事法二条一項二号、三号の目的性の判断に、その物の成分、外観、形状、用法、名称、その他の要素を加えると、「医薬品」と「医薬品でない物」との区別が不明確となり、犯罪構成要件の明確性を著しく損なうから、同法二条一項、二四条一項、八四条五号の各規定は、罪刑法定主義に反し、ひいては憲法三一条にも違反することになる、というのであるが、ある刑罰法規が不明確の故に、憲法三一条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによつてこれを決定すべきものであるところ、薬事法二条一項二号、三号にいう医薬品の定義については、前記のとおりであつて、その判断基準は十分示されていると認められるから、犯罪構成要件の明確性を欠くものとは到底認められず、所論違憲の主張は、その前提を欠くものである。また、所論は、本件「つかれず」及び「つかれず粒」は、いずれもさつま芋から抽出されたクエン酸を主成分とするものであるところ、クエン酸が食品衛生法上「食品添加物」であり、これが食品と一体となるときは、それ全体が食品と観念されることに照らして、「食品」と同視すべきものであるから、いかなる観点から見ても、薬事法の規制の対象とはなりえないものであるばかりでなく、全く有益無害なものであるから、このような食品については、いかなる表示、宣伝をしようとも、職業選択の自由、表現の自由という憲法二二条一項、二一条一項の要請からしても、薬事法の規定の適用は制限されるべきである、というのであるが、関係証拠によれば、本件「つかれず」及び「つかれず粒」は、さつま芋のでんぷん粕に黒かびを作用させて発酵させ、生じたクエン酸を消石灰と化合させて抽出し、これを硫酸によつて分離製造したクエン酸や、これに炭酸ソーダを作用させて製造したクエン酸ナトリウムを主成分とするものであつて、このようなクエン酸が、天然のレモンや梅に多量に含まれているからといつて、また、飲食したときの効用に同じものがあるからといつて、それだけで、直ちに、これら天然の果実と同視することはできないばかりでなく、その外観、形状を見るとき、これが一般社会通念上認められている食品と認められないことも明らかである。従つて、本件「つかれず」及び「つかれず粒」は、いずれも原料をさつま芋とするものの、生物学的、化学的に製造されたクエン酸及びクエン酸ナトリウムを主成分とする粉末あるいは錠剤そのものであつて、たとい、それが有益無害のものであつても、これを前記のように薬効がある旨標榜して販売するときは、まさに、医薬品として薬事法の規制の対象となるものといわなければならず、このように解しても、憲法二二条一項、二一条一項はもとより、所論引用の最高裁判所の各判例の趣旨になんら相反するものではない。その他、所論は、原判決の判断を種種論難するけれども、これらは、すべて、独自の立論ないしは解釈に立脚する主張であつて、到底採用することができない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二、理由不備の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人らに対し、薬事法二四条一項、八四条五号を適用して有罪の認定をしているけれども、同法八四条五号は、販売した物品が健康に有害な場合に限つて適用される趣旨と解すべきものであるから、かりに、本件「つかれず」及び「つかれず粒」が医薬品に該当するとしても、これが有益無害なものであれば処罰することができないのに、この点についての判断を示さないまま有罪の認定をした原判決には、理由不備の違法がある、というのである。

しかしながら、薬事法八四条五号は、販売した物品が、薬効を有すると否とにかかわらず、また、有害であると否とにかかわらず、同法二条一項にいう医薬品と認められる物品を、都道府県知事の許可を受けないで販売した場合に、すべて適用されるものであることは、前記一により明らかであるから、原判決が、本件「つかれず」及び「つかれず粒」について、これらが有害であることを認定判示しなかつたからといつて、原判決に所論のような違法は存しない。この点に関する論旨も理由がない。

三、控訴趣意第三、訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、被告人らは、原審において、本件「つかれず」及び「つかれず粒」は健康に有益無害なものであるから、被告人らの行為は、薬事法によつて禁止処罰されている無許可販売の適用範囲外の行為である旨主張したのに、この点についてなんらの判断を示さなかつた原判決には、刑事訴訟法三三五条二項の主張に対する判断を遺脱した違法がある、というのであるが、右主張は、要するに、構成要件該当性の有無に関するものであるに過ぎず、同法三三五条二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由」にあたらないことが明らかであるばかりでなく、原判決は、被告人らの行為が薬事法二四条一項、八四条五号に該当する旨判示しているのであるから、原判決が、右主張について、特に判断を示さなかつたからといつて、原判決に所論のような法令違反があるとは認められない。この点に関する論旨も理由がない。

四、控訴趣意第六、被告人中澤に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人中澤は、被告会社の営業課長という肩書を有していたものの、一従業員であり、代表取締役である被告人長田の指示に従つて機械的に販売を担当していたに過ぎないばかりか、被告人長田との間に本件犯行に関する意思の連絡さえなかつたものであつて、被告人長田と共謀した事実はなく、かりに、共謀の事実が認められるとしても、被告人中澤には、他の適法行為に出る期待可能性がなかつたのに、被告人中澤が、被告人長田と共謀して、原判示犯行を行なつたと認定処断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、原判決挙示の各証拠を総合すれば、被告人中澤が、被告人長田と共謀して、原判示犯行を行なつた事実は、優にこれを認めることができ、原判決に所論のような事実誤認は認められない。すなわち、右各証拠を総合すると、

有限会社つかれ酢本舗は、専ら、本件「つかれず」及び「つかれず粒」の販売を行なつていた会社であるところ、被告人中澤は、昭和五〇年七月、三菱開発株式会社の常務取締役岡村健二の紹介で、当初から営業課長として右つかれ酢本舗に入社し、以後、同社従業員の最高責任者として、同社の従業員や作業員を指揮、監督して、本件「つかれず」及び「つかれず粒」の販売、商品の発送、代金の回収、帳簿類の点検、顧客からの質問や苦情の処理、仕入れ関係の連絡等の事務を行ない、会社業務全般を統括していたばかりでなく、被告人長田とともに、「つかれず」及び「つかれず粒」の価格の決定、宣伝文の内容、配布するチラシの選定をするなどして、本件「つかれず」及び「つかれず粒」の販売を行なつていたこと

以上の事実が認められ、これらの事実によれば、被告人中澤が、被告人長田と共謀して、本件「つかれず」及び「つかれず粒」の販売を行なつていたことは明らかであるのみならず、被告人中澤につき、所論のような期待可能性がなかつたものとは到底認められない。従つて、この点に関する論旨も理由がない。

五、控訴趣意第一、訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、本件「つかれず」及び「つかれず粒」以外にも、同じような効能効果を標榜して販売している医薬品と目される物品が多数あるのに、本件のみを特別に起訴したのは、不平等、かつ、著しく恣意的な公訴権の行使であつて、憲法一四条に違反するものであり、また、本件「つかれず」及び「つかれず粒」が人の健康に真実有益無害なものであるうえ、被告人らの行政指導に対する遵守の態度等からして、起訴猶予相当の事案であるのに、これを無視してなされた本件公訴提起は、起訴裁量権の範囲を著しく逸脱した違法なものであるから、いずれの点からしても、刑事訴訟法三三八条四号により本件公訴を棄却すべきであるのに、不法にも公訴を受理したうえ、被告人らに対して有罪の言渡をした原裁判所の手続は、同法三七八条二号該当の違法がある、というのである。

しかしながら、本件は、前記のとおり、会社を組織し、多くの従業員を使用して、長期間、多数回に亘つて行なわれた犯行であつて、その犯行の態様、規模、罪質等に徴すると、事案が軽微であるとは認められないから、たとい、同種の他の違反業者が検挙処罰されていないからといつて、それだけで、直ちに、本件公訴の提起が憲法一四条に違反するものと断ずることはできないばかりでなく、起訴裁量権の範囲を著しく逸脱しているものとも認められないことは、原判決が判示するとおりである。この点に関する論旨も理由がない。

六、控訴趣意第五、量刑不当の主張について

所論は、要するに、犯情に照らして、被告人らに対する原判決の各量刑は、いずれも、重きに失して不当である、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件の事実関係は、原判決の認定判示するとおり、「つかれず」及び「つかれず粒」の販売を業とする原判示つかれ酢本舗の代表取締役である被告人長田及び同社の営業課長である被告人中澤が、共謀のうえ、東京都知事の許可を受けることなく、かつ、法定の除外事由がないのに、昭和五一年五月中旬ころから同五二年一一月上旬ころまでの間、前後一三六回に亘り、原判示日時・場所において、原判示二九名に対し、原判示のような薬効を有する旨宣伝したチラシを添付した医薬品である「つかれず」及び「つかれず粒」を合計六四四万六、〇〇〇円で販売し、もつて、業として医薬品の販売をした、というものである。関係証拠によれば、本件犯行は、会社を組織し、多くの従業員を使用して、組織的に、長期に亘つて大規模に行なわれたものであり、年間の売上高も、一時は、二億円を超えるものであつたこと、被告人らは、これまで、東京都の行政指導に対しても、十分な対応をしていなかつたことなどが認められ、これら犯行の態様、規模、罪質、本件犯行における被告人らの立場、果した役割等に照らすと、被告人らの刑責は、決して軽視できないものがあるといわなければならない。

してみると、被告人長田において、本件「つかれず」及び「つかれず粒」が全く有益無害のものであり、国民の健康に資するものと信じ、これが普及、販売を自己の天職と考えていること、被告人らのこれまでの経歴、地位、本件犯行で果した役割、本件について、公訴提起前に、検察官から被告人らに対して略式手続の告知があつたこと、その他所論指摘の諸事情を被告人らの有利に斟酌しても、また、薬事法違反に対する一般の科刑状況に照らしてみても、被告会社を罰金二〇万円(求刑同二〇万円)に、被告人長田を懲役一〇月及び罰金二〇万円、懲役刑につき二年間執行猶予(求刑懲役一〇月及び罰金二〇万円)に、被告人中澤を懲役六月、二年間執行猶予(求刑同六月)に各処した原判決の量刑は、いずれも、やむをえないところであつて、これらが、重きに失して不当であるとは認められない。この点に関する論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎 三好清一 石田恒良)

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