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東京高等裁判所 昭和55年(う)949号 判決 1982年4月21日

被告人 藤井正道

昭三〇・一一・二八生 農業兼建設業手伝い

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山嵜進、同丸井英弘連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官田代則春名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第二(不法に公訴を受理した違法があるとの主張)について

所論は、要するに、被告人らが警察官らの職務質問に応じたにもかかわらず、警察官らが徒らに車内の検査を求め、かつ、当時被告人の運転していた自動車を激しく叩く、蹴る、揺すぶるなどの行為に出て、被告人らに下車を要求したうえ、右車両に歯止めをかけようとしたので、被告人は、運転免許証を放棄してまで自車を後退させたものであつて、このような警察官らの違法行為がなかつたならば、本件には発展しなかつたのであり、したがつて、このような場合、国家はもはや刑罰権を行使することができないのであるから、原裁判所としては、本件公訴を棄却するか、免訴の判決を言い渡すべきであつたのに、これをなさず、不法に公訴を受理した違法があるというのである。

そこで、検討してみるに、本件当時、職務質問に当つた警察官らが被告人に対し、被告人車の内部の検査を求めたことは所論指摘のとおりであるが、後記説示のとおり、その際、右警察官らにおいて、所論が指摘するような違法行為に出たことは全く認められないから、所論はその前提を欠くものというべく、したがつて、本件につき、原裁判所が公訴棄却あるいは免訴の判決を言い渡すことなく、被告人を有罪とする実体判決を言い渡したことはもとより正当であつて、不法に公訴を受理したものとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(判決に理由を附さず、または理由のくいちがいがあるとの主張)について

所論は、要するに、原判決が、弁護人らの主張に対する判断の項において、「取締に当つた警察官らは、被告人らが、同車内に用法上の兇器である鉄パイプ、パチンコ、砕石などのほか、火炎びんの原料であるガソリンなどを隠し、これらを右要塞に持込もうとしているのではないかと強い疑いを抱いた」と判示し、そして、そのような判断をしたことにつき、「当時の成田空港周辺における物情騒然たる情況下において、かつ被告人車の状況、同乗者の服装、その他右検問の場所が横堀要塞の至近の地点であつたことなどからすれば、右判断を不合理なものとして一概に斥ける訳にはいかない」とし、結局、警察官らが抱いた嫌疑には合理性があつて、警察官らの職務執行も適法であるとの結論を導いておりながら、他方、量刑の理由の項において、「判示のような経過で反対派の被告人車両に兇器等が積載されていると思いこんだ警察官らの職務質問もやや執拗と思える節がないわけではなく」と判示している。これは明らかに矛盾するものであつて、原判決には理由のくいちがいがある、というべきであり、仮にしからずとするも、量刑の理由において、「警察官らの職務質問もやや執拗」と判断している以上、弁護人の主張に対する判断をする際にも、この点について十分吟味すべきであるのに、これをなさなかつた点で理由を附さない違法があるというのである。

なるほど、原判決が弁護人の主張に対する判断ならびに量刑の理由の各項において、所論指摘の如く判示していることは判文上明らかである。しかしながら、その趣旨とするところは、警察官らが被告人に対し、やや執拗と思える節のある職務質問を試みたのは、成田空港周辺が物情騒然とした状況の下で、火炎びんに使用する空びん多数が横堀要塞に搬入されたとの情報を得た警備当局が兇器等の搬入を阻止するため機動隊員をしてその警備に当らせた本件検問の目的、検問時に警察官らが現認した被告人車の汚損状況、被告人の態度、同乗者らの服装とその所属関係、開港反対派によるそれまでの激しい闘争の繰り返し等、後記認定の事情に徴し、被告人車に鉄パイプ、パチンコ玉、砕石、ガソリン等の兇器を隠匿し、これを開港反対派の拠点となつていた横堀要塞へ搬入するのではないかとの強い疑念を抱いたためであつて、右のような事情を考慮した場合、前記のような職務質問もその程度では警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問としてその要件を欠いておらず、したがつて、刑法九五条一項にいう職務の執行としても適法と認めたためと解される。そして、原審が右のように判断したことは十分首肯できるから、原判決には所論のような理由のくいちがいないしは理由不備の違法はないものというべく、論旨は理由がない。

控訴趣意第四の一、二(事実誤認ないし法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、本件当時、警察官らの行なつた自動車検問は、昭和五三年三月二三日に実施された空港公団によるバリケード作りと雑草防除のための薬剤散布作業に関し、予想された開港反対派の抗議活動に対する保安警備の一環として実施されたものであり、しかもその検問に際し、被告人車が近づくや、大盾を構えた警察官ら三名は、道路上に横に一列に並んで被告人車を停止させた後、職務質問にかかり、被告人らに対する警察官職務執行法二条一項所定の嫌疑の存在しないことが明らかとなり、あるいは右嫌疑があつたとしてもこれが解消したにもかかわらず、なおも被告人に運転免許証の提示を求めたうえ、これを返還しないで事実上停止の継続を余儀なくさせ、さらに被告人車を激しく叩く、蹴る、揺すぶるなどして、被告人らに下車を要求し、挙句の果てには被告人車に歯止めまでかけようとしたものであつて、これらの所為は警察官職務執行法二条一項により許容された職務質問の範囲を超えた違法な行為であるのに、これをすべて適法とした原判決は、事実を誤認し、ひいては憲法三一条、三五条、警察官職務執行法二条一項の解釈を誤り、その結果刑法九五条の適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、検討するに、原判決の挙示する関係各証拠によると、次の事実が認められ、これに反する(証拠略)は、他の関係各証拠と対比し、にわかに措信することができない。すなわち、

一  新東京国際空港公団(以下「空港公団」という。)は、千葉県成田市内に建設した新東京国際空港(以下「成田空港」という。)の供用開始(開港)を昭和五三年三月三〇日と予定していたところ、これより先の同年二月五日から同月七日までの間に、プロレタリヤ青年同盟(以下「プロ青同」という。)を含む開港反対派と成田空港の警備に当つていた警察官らとの間で激しい衝突があつたほか、開港反対派が開港を阻止すべく、同年三月二五日から長期の闘争を予定していた。

二  そのような状況の下において、警備当局は、開港反対派の予定した右闘争に備え、火炎びんの製造に使用する空びん等約一〇ケースが千葉県山武郡芝山町内に建設されている通称横堀要塞に搬入されたとの情報を得たので、その警備に当らせるため、昭和五三年三月二二日午後一一時三〇分ころ、関東管区所属の機動隊員を非常招集した。そこで、右招集を受けた千葉県警察本部市川警察署勤務警部補武藤三郎ら一一名の警察官は、警備当局の指示に基づき、芝山町方面から成田市古込方面に通ずる道路で開港反対派が兇器等の搬入にしばしば利用している原判示の横堀公民館前道路において、開港反対派による火炎びん等兇器の搬入阻止とゲリラ活動の警戒警備を目的とする検問に従事したが、その際、左手に大盾を持つた村上巡査部長は右道路の西側端に、同じく鈴木巡査はそのほぼ中央にそれぞれ位置し、警杖を持つた工藤巡査も道路の中央に位置していた。

三  被告人は、同月二三日空港公団が木ノ根部落の畑で除草剤を散布している旨聞き、その状況を確認して抗議しようと考え、普通貨物自動車に被告人の所属するプロ青同の谷裕史および鵜野吉雄を乗せて運転し、同日午前八時二六分ころ、横堀公民館前路上にさしかかつた。前記検問に従事していた警察官らは、接近して来た被告人車を認めるや、その車体が汚損しており、同乗者らの服装等も開港反対派所属の者らのそれと共通していたことなどから、右車両も開港反対派が使用しているもので、その車内には兇器等が積載されているのではないかとの強い疑念を抱き、これを停止させて検問することとした。

四  そこで、まず、工藤巡査が道路西側端に移動した後、所持していた警杖を差し出し、鈴木巡査も道路中央で右手を上げて合図をし、被告人車を停止させた。そして、工藤巡査は、直ちに運転席の右横まで行き、被告人に対し、運転免許証の提示を求めるとともに、行先きを尋ねた。これに対し、被告人は、正面を向いたまま顎を前方へしやくつたのみで、行先きを明らかにしようとしないばかりか、免許証もなかなか提示しようとせず、重ねての要求に渋々取り出し、これを運転席右脇の窓ガラスに押し付けて提示したが、窓ガラスが汚れていたことなどもあつて十分確認できなかつた同巡査からこれを車外に出すよう要求されるや、漸く窓ガラスを若干開け、そこから免許証を出して同巡査に手渡した。同巡査は、右免許証を確認した後、石川巡査を介して武藤警部補に渡したところ、同人もこれを確認して石川巡査に返したうえ、同巡査に右免許証の記載事項を記録するよう命じた。そこで、同巡査は、その一部を記録したが、その時点で被告人から特に返還を求められなかつたので、後刻全部を記録し、しかる後に返還しようと考え、所持していたバインダーに挾んだまま他の警察官らとともに被告人車の検問に当つた。

五  右検問中、武藤警部補は被告人車に乗車している者が予てからの顔見知りでプロ青同所属の谷裕史であることに気付き、また、石川巡査も同所付近で右谷を何度か見かけたことを想起し、一方、職務質問に対する被告人の応対が余りにも素気なく、行先きも明らかにしようとしないうえ、エンジンを切つて下車するよう再々説得したにもかかわらず、これを無視するなど、極めて冷淡な態度を取り続けたことから、武藤警部補は、被告人車に鉄パイプ、空びん、ガソリン等の兇器ないしはその原料を隠匿し、これを前記横堀要塞へ搬入するのでないかとの強い疑念を抱くに至り、工藤巡査らに対し、被告人車を徹底的に検問するよう命ずるとともに、主として、被告人車の左右両脇ないしはその後部付近で検問に従事していた警察官らの危険を慮つて、付近にあつた丸太を持つて来て被告人車に歯止めをかけるよう命じた。

六  そのことを聞いた被告人は、同所に長時間留め置かれることを憂慮して、咄嗟に同所から脱出しようと考えた。そして警察官らが自車の両脇や後部付近で検問中であることを十分承知しつつ、敢えて自車を急発進させた場合、右警察官らに傷害を負わせるかも知れないことを予見しながら、ギヤを後退に入れた後、後方を振り向き、時速約三〇ないし四〇キロメートルの速度で急拠後退発進し、折りから自車の後部付近で検問中の村上巡査部長および石川巡査に自車の後部を衝突させ、同人らをしてその場に転倒せしめ、よつて同人らに原判示のような各傷害を負わせたが追跡されて公務執行妨害罪の現行犯人として間もなく逮捕された。

七  なお、警察官らが検問に際し、被告人車を横堀公民館前路上に留め置いた時間は五分ないし一〇分程度に過ぎないうえ、工藤巡査が指先で二、三度窓ガラスを叩きながら被告人らに車内を見せるよう要求したことはあるが、それ以外検問に当つた警察官らが被告人車を激しく叩いたり、蹴つたり、あるいはこれを揺すぶるなどしたことは全く認められない。また、被告人を逮捕した後、被告人車の内部を捜索したが、鉄パイプ、空びん、パチンコ玉、ガソリン等の兇器を発見することはできなかつた。

以上認定したような本件当時の成田空港周辺の緊迫した状況の下で、警備当局が機動隊員を非常招集して本件検問に従事させた経緯ならびに検問現場における経過、ことに職務質問に対する被告人の態度、被告人車に開港反対派でプロ青同所属の谷裕史が乗車していたこと等に徴すると、検問に当つた警察官らにおいて、被告人車に兇器等を積載しているのではないかとの強い疑念を抱き、被告人に対し、約五分ないし一〇分間に亘る職務質問をしたが、右疑念を晴らすまでには至らなかつたので、なお徹底的に継続して検問すべく、免許証を返還しないまま検問を続行し、また検問に当る警察官の安全のため被告人車に丸太で歯止めをかけようとしたものであつて、その所為は警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問の方法として必要、かつ相当な行為と認められるから、刑法九五条一項にいう職務の執行としても適法であるというべきである。してみると、原判決には事実の誤認は勿論、法令の解釈適用を誤つた違法もないので、論旨は理由がない。

控訴趣意第四の三、四(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、警察官らの下車要求に恐怖を感じた被告人が、丸太で歯止めをかけようとしている警察官の姿を認め、警察官らから暴力的行為を受ける危険を感じたため、自車を急拠後退させたものであつて、その際、自車の後方に警察官らのいることなど全く気付いておらず、したがつて、警察官らに暴行を加える未必的認識もなかつたうえ、自車を急拠発進させたのは、警察官らの違法な検問から逃れたいため、やむを得ずなした行為であるから、右所為は緊急避難に該当し、違法性が阻却されるべきであるのに、これを認めなかつた原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、検討するに、検問に当つた警察官が被告人に下車するよう要求したうえ、被告人車に丸太で歯止めをかけようとしたことは所論指摘のとおりであるが、その際、警察官らが被告人車に乱暴をしたことはないこと、被告人が自車を急拠後退発進させたのは、歯止めをかけようとしている警察官に気付き、検問現場に長時間留置されることを憂慮したためであつて、被告人らの身の危険を感じて避難したためではないこと、被告人は後退発進するに先き立ち後方を振り向いていることは、すでに認定したとおりである。そして、右のような事実関係からすれば、被告人が自車の後部付近で検問に当つていた警察官らに気付かないはずはなく、したがつて、そのまま後退すると、未必的にせよ、自車の後部付近を右警察官らに接触させるのではないかとの認識を有していたものと認めるのが相当である。してみると、原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 海老原震一 新田誠志 浜井一夫)

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