東京高等裁判所 昭和55年(く)140号 決定
そこで、原決定の認定ないし判断の当否について検討を加えると、先ず、関係記録及び本件抗告状に添付されている書類によれば、申立人が前記爆発物取締罰則違反の事件により東京拘置所において未決勾留をうけていた当時の昭和五一年一一月ころ、「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会」(以下単に共同訴訟人の会という)なるものが結成され、申立人もそのころこれに加わり同会の訴訟部長となっていたこと、同会の規約によれば、「本会の目的は監獄における獄中者の不当な処遇・人権侵害・その他様様な形で現われている差別・抑圧に対して、主に共同で訴訟を起す活動を通じて、広範な人人に、この問題解決の活動への参加を求め、監獄の民主化、処遇改善を闘い取ることである。」とされていること、右規約からもうかがわれるように、共同訴訟人の会の活動は訴訟だけに限られるものではなく、訴訟を一つの手段とし他の多様な活動と合わせ、受刑者やこれを支援する者などの団結を図り、獄中闘争を発展させて在監者の処遇改善を期するものであり、ひいては監獄の解体、在監者の解放をも目指しているものであること、以上の諸点が明らかである。
次に、関係記録によれば、前記園梅世から申立人に郵送された手紙のうち山田所長が抹消した三箇所の文面は、(一)申立人が右梅世に発信した手紙の取扱いに関する記述、(二)申立人と行動を共にしていた仲間の消息に関する記述、(三)共同訴訟人の会の具体的活動に関する記述であって、いずれも共同訴訟人の会の活動、発展に直接あるいは間接に関連のあるものであったこと、前記山田所長は、右三点の文面を申立人が知ることは監獄の管理運営上支障を来たすおそれがあり、申立人に対する教化処遇上も不適当であると判断して、右の文面を抹消したものであること、以上の諸点もまた明らかなところである。
ところで、監獄法五〇条は「接見ノ立会、信書ノ検閲其他接見及ヒ信書ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、これをうけて監獄法施行規則一三〇条一項は「在監者ノ発受スル信書ハ所長之ヲ検閲ス可シ」と規定しており、また、監獄法四七条一項は、右検閲を前提として、「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者ニ係ル信書ニシテ不適当ト認ムルモノハ其発受ヲ許サス」としているのであるが、受刑者の特別な法的地位と社会全体の共同利益によってみれば、右各条文による信書の検閲、発受の不許可は憲法二一条に違反するものではないと解される。そして、信書の受領自体を不許可にすることもできる以上、信書の内容の一部が不適当と認められる場合には、その一部を抹消して受刑者に交付することも許されるといわなければならない。問題は、その信書の一部抹消の運用がどのようになされるべきかという点であり、その運用が監獄の長の単なる恣意、主観に委ねられるべきでないことは当然であるが、所論のように、犯罪の容疑とか監獄の存立自体などにかかわるような重大明白なものに限って抹消が許されると解すべきではなく、監獄の長が監獄の管理運営、受刑者の教化処遇、犯罪の防止など諸般の事項を総合考慮したうえ健全で合理的な裁量によってその運用をなすべきものと解するのが相当である。
以上検討したような共同訴訟人の会と被告人との関係、同会の活動目的、本件手紙の抹消部分の内容、山田所長が抹消措置をとった理由、監獄法および同法施行規則の関係各条文の解釈などを総合して判断すれば、山田所長がした本件手紙の一部抹消措置は、同人に与えられた裁量権限を逸脱しない範囲内でなされたものと認められ、これを違法、不当とみることはできないというべきであるから、右山田所長の所為が刑法一九三条の職権濫用罪に当らないことは明らかといわなければならない。とすれば、これと同旨の判断に立ち本件付審判の請求を棄却した原決定は相当であり、その認定、判断に所論のような誤りはなく、論旨は理由がない。
(西村 高山 千葉)