東京高等裁判所 昭和55年(ツ)16号 判決 1981年7月16日
上告人
早川ミツ
右訴訟代理人
青山揚一
管野悦子
被上告人
堀内計男
主文
原判決を破棄する。
本件を横浜地方裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人青山揚一、同管野悦子の上告理由第一点について
使用貸借において、当事者の信頼関係が地を掃い、借主をしてその利益のために目的物の使用収益を継続させる合理的理由がなくなつたような場合、貸主が民法五九七条二項但書の規定を類推適用して、使用貸借契約を解約することができる場合のあることは、否定し得ない(最高裁判所昭和四二年一一月二四日第二小法廷判決、民集二一巻九号二四六〇頁参照)。
ところで、原審は、(1)被上告人の被相続人堀内節次は、訴外横山孝吉から同訴外人所有の本件六三八番一の土地のうち原判決末尾添付物件目録記載(イ)、(ロ)、(ハ)の部分(以下、単に「(イ)、(ロ)、(ハ)の土地」という。)を賃借し、(ロ)の土地の上に建物を所有して、これに居住し、また、上告人の被相続人早川留三郎は、前記横山から本件六三八番一の土地のうち同目録記載(ニ)、(ホ)の部分(以下、単に「(ニ)、(ホ)の土地」という。)を賃借し、(ホ)の土地の上に建物を所有して、これを居住及び営業(製綿業及び燃料商)の用に供していたが、留三郎は、昭和二四年一一月一五日、節次から同人の賃借地の一部である(イ)の土地を転借(賃貸借)し、同土地の上に製綿工場を建築し、残余の部分を石炭・コークス等の置場として使用してきた、(2)右(イ)の土地の転貸借に伴い、留三郎は、右営業のため自動車を(イ)の土地に乗り入れる便宜から、節次の賃借地の一部である(ハ)の土地をもあわせて同人から転借(賃貸借)し、(ハ)の土地を自己の賃借地である(ニ)の土地とともに、(イ)の土地への通路として使用してきた、(3)昭和三四年六月二四日、留三郎が死亡し、相続により、上告人が(ニ)、(ホ)の各土地の賃借権と(イ)、(ハ)の各土地の転借権を承継するとともに、留三郎の事業をも受け継いだ(但し、その後、製綿業を縫製業に変更した)、(4)昭和四〇年ころ、上告人と節次の代理人である被上告人との間で、(ハ)の土地について従前の賃貸借を使用貸借に更改し、その後昭和四八年六月二八日、節次が死亡し、相続により、被上告人が前叙土地貸借関係の当事者としての地位を承継した、(5)ところで、これより先、昭和四三年七月一日、上告人は、節次に無断で、前記横山から直接(イ)の土地を賃借し、爾来、上告人は、(イ)の土地の賃料を節次あるいは被上告人に支払わず、横山に直接支払つている、という事実を確定したうえで、「本件(ハ)の土地の使用貸借が(イ)の土地の転貸借に伴つて締結された経緯に照らすと、節次から(イ)の土地を転借していた上告人が、昭和四三年七月一日、被上告人側(当時の(イ)の土地の賃借人兼転貸人は節次)に無断で、所有者である前記横山から(イ)の土地を直接賃借し、(イ)の土地の転貸借を事実上解消させた行為は、節次に対する重大な背信行為というべく、右は、(イ)の土地の転貸借と一体関係にある(ハ)の土地の使用貸借における信頼関係をも破壊するに足る背信行為である。」と判示し、このことを主たる理由として、被上告人が昭和四九年三月一四日上告人に対してした(ハ)の土地の使用貸借契約解除の意思表示の効力を肯認したのである。
判旨しかし、上告人が前記訴外人から(イ)の土地を直接賃借したからといつて、節次が従前有していた(イ)の土地の賃借権及び該賃借権に基づく転貸権が法律上当然に消滅する理はない(この場合節次の賃借権と上告人の賃借権との間に二重賃貸借の問題が生ずるが、一筆の土地の一部である(イ)、(ロ)、(ハ)の各土地を一括賃借した節次が、そのうちの(ロ)の土地の上に所有していた建物につき登記を経由しているとすれば、節次は、その賃借権をもつて上告人に対抗することができるものというべきである)。したがつて、上告人が(イ)の土地を前記訴外人から直接賃借したことが(ハ)の土地の使用賃借における信頼関係を破壊するに足る背信的行為であるというためには、単に上告人が(イ)の土地につき節次に無断で直接賃借の措置に出たというだけでは足らず、さらに、それが節次の賃借権を奪取する意図をもつてなされ、かつ、それにより節次が(イ)の土地の賃借権の放棄を余儀なくされ、不当に利益を毀損された等上告人の右措置に非難するに足る特段の事情が認められなければならない。
しかるに、原審が、前叙のごとく、上告人において節次に無断で前記訴外人から(イ)の土地を直接賃借し、これにより(イ)の土地の転貸借を事実上解消させたという一事のみにより(しかも、右転貸借が事実上解消されたという判示には、格別の理由付けもない)、(ハ)の土地の使用貸借における信頼関係が破壊されたとした判断は、民法五九七条二項但書の規定の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、該違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。それ故、論旨は、理由があり、その余の上告理由について審究するまでもなく、原判決は、破棄を免れず、さらに、右特段の事情の有無(殊に、解除事由とされた行為の発生後解除がされるまでの間に約六年の日時を閲している理由)について審理を尽させるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条に従い、主文のとおり判決する。
(渡部吉隆 蕪山厳 安國種彦)
〔上告理由〕
第一点 法令違背(民法五九七条二項)
原判決は、本件通路の使用貸借契約につき上告人(通行権者)に背信行為があり本件使用貸借契約の基礎にある信頼関係の破壊を理由に被上告人の解除(解約)を認める。
これは、次の二点において民法五九七条二項に違背し、判決に影響を及ぼすことが明らかである。
1 本件(ハ)土地の通路の使用貸借契約は、被上告人側が訴外横山より昭和二二年に賃借した(イ)、(ロ)、(ハ)の土地のうち公路に面しない奥の(イ)の土地を昭和二四年に上告人側に転貸(実質譲渡)するにあたり、(イ)の土地の通路として使用する目的を定めて締結されたものである。なお(ハ)の土地は昭和四〇年に被上告人の申し入れがあるまで一六年間有償の通路賃貸借であつた。(土地の表示は、本書面末尾添付別紙図面のとおり。以下同じ)
原判決も被上告人の返還期限の合意((イ)土地の転貸終了時に(ハ)の土地を返還する)の主張を採用することなく、本件(ハ)の土地の使用目的の定めを前提としている。
ところで上告人は(イ)の土地の通路として(ハ)の土地を使用する目的を終了していない。
「定めたる目的に従い使用及び収益を終つて」はおらず、背信行為を理由とする解除を認める原判決は法令に違背することは明白である。
なお大審院昭和一一年六月五日民二判決(昭和一一年(オ)七八八号、法学五巻一五〇一頁)は返還期限の定めのある使用貸借につき借主に背信行為があつても、貸主が一方的に解除することはできない旨判示している。
右判旨は本件にも妥当する。
2 かりに、原判決が民法五九七条二項但書の類推適用によるものとしても、類推適用すべき上告人の背信性は存在せず原判決の法令違背は明白である。
原判決は上告人が被上告人から転借した本件(イ)の土地につき昭和四三年七月無断で地主から直接借地し本件転貸借関係を事実上解消させたことは、重大な背信行為であり、一体関係にある本件使用貸借関係でも信頼関係を破壊する背信行為である旨判示する。
(1) そもそも上告人が地主と転借地((イ)の土地)について直接契約するに至つたのは、被上告人が昭和二四年地主に無断で(イ)の土地を上告人に転貸したことに帰因するのである。
この無断転貸を知り怒つた地主が、無断転貸を理由に被上告人との賃貸借を解除することは、被上告人に酷であるとの温情から思いとどまり転貸を黙認することにし、かわりに更新時に実際に使用している者に直接貸すことにしたのである。
(控訴審における控訴人の本人尋問調書一一丁)
法的には、上告人が(イ)の土地について地主と直接契約してもこれが上告人と被上告人間の転借契約を消滅させるものでも優先するものでもないことは、いうまでもなくかつ、被上告人が右直接契約を知つた当時、同人は更新料の問題で地主と争つていた(それで上告人よりも二年も前の賃貸借契約締結であるにもかかわらず更新が、上告人の昭和四三年七月一日より遅れ同年一二月一〇日になつたのである)のであるから右直接契約にも当然異議を述べてもよいはずであるのに被上告人は一言も異議を述べておらず、かえつて、知つてからすぐに地主と(イ)の土地を除く部分の賃貸借契約(更新)に同意している。(一審の証人横山の証人調書最終了裏)
これらは前述の事情があり被上告人自身これを認めていたからである。
又、直接契約は地主の実際に使つているものに貸すとの判断によるものである。
しかも、被上告人側からの(イ)の土地の転借にあたり当時の土地の地価の半分に近い二万円もの高額の金を支払つており本件転貸借は実質的には借地権の譲渡もしくはそれに準ずるものであつた。
(2) 右に述べた事情のもとで地主から「直接貸す」といわれこれを承諾した上告人に背信性がありとすることが出来ないことは明白であろう。
原判決は(イ)の土地の譲渡ではなく「転貸借」であり「無断直接契約」であるから背信性ありとしている。
法律的に素人である上告人にとつて高額の権利金を支払い取得した借地(地代も被上告人に支払うのでなく地主宛の地代を被上告人に預け「預り証」を受けとるという形式)につき譲渡を受けたものと同様に理解していたとしても、これを責むるわけにはいかないであろう。
又、前述の経緯のもとで地主から「直接貸す」といわれこれに応じ、被上告人の了解を得なかつたとしても、これを責むるいわれはないというべきである。
(イ)の土地の被上告人の賃貸権が消滅したのは被上告人が異議なく(イ)の土地を除く借地につき賃貸借契約の更新をしたためである。(被上告人は、要すれば(イ)の土地の賃借権を維持しえたのである。)
(3) 以上のとおり、上告人には使用貸借契約の基礎である信頼関係を破壊する背信行為があるとはいえない事は明白である。(本件とは若干事例を異にするが、転借地の所有権を取得した転借人の転貸人に対する転借料不払いに背信性がないとした東京高等裁判所昭和五一年三月一七日民事七部判決、昭和四八年(ネ)二三七二号判時八一三号三九頁の判旨は、背信性につき同趣旨を判示する。)第二点 法令違背(民法二一〇条、二一三条)
原判決は本件(イ)の土地は囲ぎよう地ではなく民法二一〇条、同二一三条は適用されないと判示する。
しかし、(イ)の土地が上告人所有地(ニ)、(ホ)を通じ公路に到るとしても、この接しているリ、ト間の経路が、(イ)の土地の使用のための自動車の搬入に適しないときは、搬入に必要な限度の囲ぎよう地通行権を有するのである。(大審院昭和一三年六月七日判決、民集一七巻一三三一頁)
この点において法令違背があり判決に影響を及ぼすことが明らかである。