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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2189号 判決 1981年10月28日

<一部仮名>

控訴人

桐生信用金庫

右代表者代表理事

増山作次郎

右訴訟代理人弁護士

下山博造

石川道夫

山崎竜一

控訴人補助参加人

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

窪田之喜

被控訴人

高橋清八

右訴訟代理人弁護士

足立博

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金四〇二万八一五〇円とこれに対する昭和五三年一〇月二九日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを一四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とし、補助参加によつて生じた費用は補助参加人の負担とする。

この判決は主文第二項に限り仮に執行できる。

理由

一  当裁判所も、当事者間に争いなき事実、控訴人が補助参加人甲野春子を本件定期預金の権利者と認めて元利金の払い戻しをなしたこと及び本件各預金の権利者が被控訴人であること等についての原判決の認定判断を相当と認めるので、次のとおり付加訂正をなしたうえ、当該理由部分(原判決理由一ないし三)を引用する。

1  原判決九枚目裏一行目から二行目の「甲第一三号証の一、二」を「甲第一三、第一四号証の各一、二」と、同五行目「原告本人尋問」を「原告本人尋問(一部採用しない部分を除く)」と、同一〇枚目裏末行目「原告から」を「甲野から」と、同一一枚目表七行目「原告が知らないでいる間に」を「会社の内紛から」と、それぞれ訂正する。

2  同一一枚目裏一行目「三か月後位には」以下四行目までを、「なお追加予納命令があることも予想され、また、当時原告は業務上横領罪で前橋地方裁判所桐生支部に起訴されていたので、この関係での出費も考慮されていたのである。」と、同一二枚目表八行目「昭和五三年二月頃武に対し」以下同裏八行目までを「昭和五三年三月二九日原告は前記堤町の甲野方に武を呼び、甲野の普通預金からの金の払い戻しについて苦情を述べ、今後右普通預金の払い戻しについては原告に報告し、原告名義の定期預金は原告本人以外は一切払い戻しができないよう手配してくれるよう依頼し、その際、本件普通預金から五〇万円を払い戻して定期預金とするよう指示したところ、翌三〇日、武が「高橋星八」名義の右証書を持参したので、改めて定期預金の支払差止めの依頼をした。その結果、本件定期預金を除く原告名義の四口の定期預金(うち二口は高橋星八名義、他の二口は高橋清八名義である)については、昭和五三年四月二一日支払差止の措置がとられた」と、それぞれ改める。

3  同六行目「証人武宏」の次に「(原審及び当審)」を、同一一行目から一四枚目表一行目の「表示されている」の次に「うえ、これを設定したのは、被控訴人とその子二名の共有名義にかかる桐生市仲町の土地が群馬県によつて買収され、その代金が桐生市から振込まれるのを前提としていた」を、それぞれ加入する。

4  同一四枚目表末行の記載の次に「ところで、控訴人は被控訴人が昭和五二年一二月頃、桐生市から振込まれる土地代金を補助参加人古河に贈与することを約していた等として、本件各預金の権利者は右甲野であると主張し、前掲証人甲野はこれに副う供述をなし、原、当審証人武宏は古河からその旨聞いていたと供述しているけれども、これを否定する被控訴人の供述に照らし、また、何故にこのような少額とはいえない金員を、前示時期に甲野に特に贈与したというのか、その理由も明らかでないのに加え、《証拠》によれば、本件各預金申込に用いられた印鑑は被控訴人のものであることが認められ、前記認定のように本件各預金の名義人は被控訴人或は被控訴人を表示する「高橋星八」とされていること、被控訴人は本件普通預金について昭和五三年三月二九日補助参加人甲野の払い戻し振りについて前記武宏に対し苦情を述べ、以後甲野による払い戻しについて報告するよう指示していること、被控訴人は前記のように右同日頃武宏に申込んで本件普通預金から五〇万円を払い戻して別途「高橋星八」名義の定期預金としていること、更に《証拠》によれば、被控訴人は被控訴人に課せられた昭和五二年度の市民税等税金四一万九四九〇円について武宏に依頼して本件普通預金から振替納入していることが、また前掲《証拠》によれば、武宏は後記のように預つていた本件普通預金通帳に甲野からの申出による払い戻しについての心覚えとして「奥さん」と記載している部分があることが、それぞれ認められること等に鑑みれば、前掲控訴人主張に副う証人甲野、武の各証言はたやすく採用できず、丙第一、二号証も右判断を左右するものではなく、右主張はこれを認めることはできないものというべきである。と同時に、前記のように本件定期預金の用途として武宏に告知された内容、右預金の申込、最初の書替の際にいずれも被控訴人が同席していたこと等の事情を併せ考えると、武宏としては当時当然に本件各預金の権利者が被控訴人であることを承知していてしかるべきであつたと認められる。」を加える。

二  そこで、次に控訴人主張の抗弁について検討する。

1  本件普通預金について

《証拠》によれば、被控訴人は昭和五二年一二月二八日、前示のとおり本件普通預金から七二〇万円の払い戻しを受け、その残額については自分と甲野との同棲のための生活費として、甲野が払い戻しを受けてこれを使用することを認めたので、甲野において、本件普通預金通帳とその払戻請求書用紙に被控訴人の押印をなしたものを武に交付し、連絡の都度、これらを用いて払戻手続をして金員の送付をすることを依頼した。以後武は、これに従つて、甲野からの連絡を受けると右預金から払戻手続をしたうえ、その金員を甲野に送金等の方法で届けていたことが認められる。右事実によれば、被控訴人は甲野に対して右普通預金から払戻手続をすることを委任し、同人に被控訴人を代理して払い戻しを受ける権限を付与していたものと認めるのが相当である。ところで、被控訴人は、昭和五三年三月二九日武に対して以後被控訴人名義の預金は同人以外には一切払い戻しができないようにする手配を依頼したと主張するのであるが、当裁判所は、右三月二九日には、本件普通預金についてまで被控訴人の支払差止めがあつたとは認めないのであつて、右の事実関係のもとにおいては、甲野は右同日以降控訴人との関係では依然として被控訴人を代理して控訴人から本件普通預金の払い戻しを受ける権限を有していたものというべきである。従つて、控訴人がその主張のように右同日以後、甲野の請求に応じて三回にわたり合計三〇万五二〇〇円の払い戻しをしたのは、何れも正当な弁済受領権限をもつ者に対する弁済として有効である(前認定のように五月二一日被控訴人が控訴人の許を去つた後である五月二二日の払戻については表見代理の法理による)といわなければならない。そうすると、本件普通預金の残高は六一三六円であると認められるので、被控訴人の本件普通預金に関する請求は、控訴人に対して右金額の払い戻しを求める限度で正当であるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

2  本件定期預金について

前示各証言と供述、当審証人馬場芳雄の証言と右各証言によつて成立の認められる《証拠》によれば、昭和五三年七月一〇日、甲野が控訴人西支店において本件定期預金の払い戻しをなした状況について次の事実が認められる。前認定のように被控訴人は昭和五三年五月二一日外出先から甲野の許を去つて、いわば着のみ着のままで甲野と別れ、以後甲野の暴力等をおそれて甲野の許に寄らなかつた。それで本件定期預金証書と届出印はそのまま甲野方に遺留された形となつた。甲野は同月八日、被控訴代理人足立弁護士から本件定期預金等の払い戻しをしないよう警告を受けたに拘らず、同日控訴人西支店に赴き、武に対して本件定期預金の中途解約による払い戻しを求めたが、当時既に被控訴人と甲野とが別居するに至つたことを知つていた同人から被控訴人と相談したらどうかとすすめられ、また、当日は土曜日であつたため払い戻しを受けられなかつた。翌々日の七月一〇日、甲野は小林弁護士を伴い、控訴人西支店に来店し、被控訴人と相談したとも言わず、専ら、乙第五号証の本件定期預金証書と届出印である「高橋」の印鑑を示して、同店の武及び支店長の馬場に対して「私の定期で、印鑑をもつて来ている」旨を述べて預金契約の解約とその払い戻しを求め、同行した小林弁護士も「払い戻しをしない法的理由はないだろう、何か問題が起きたら自分の方で責任をもつ」と言つたことが認められる。前掲証拠中右認定に副わぬ部分は採用しない。

前記認定のように控訴人は本件払い戻しをするにつき甲野を預金権利者と認めて払い戻しに応じたものであつて、古河を被控訴人の代理人ないし自己の名において弁済を受領する権限を有する者としてその支払いをなしたものということはできない。また、当時、甲野がさような代理権ないし弁済受領権を有していたと認むべき証拠もない。そして、前認定のとおり、被控訴人は控訴人担当者武宏に対し同年三月末頃以来、何回か被控訴人の定期預金につき甲野の払い戻しの請求に応じないように支払差止めの措置をとるべく求めていたのに、特に右要求をする必要性の高かつた本件定期預金について武宏が右措置をとつた形跡がないのは、理解に苦しむところで、それが武宏の証言するように、本件定期預金の権利者が甲野であるとの見解によるものとすれば、その点で既に前記認定のところからして不注意であつたといわねばならない。

以上の認定判断にかかる本件定期預金の開設からその解約払い戻しまでの経過に徴すれば、控訴人の右払い戻しには担当者について重大な過失があるものというべく(甲野が弁護士を同道して来たことは、却つて本件定期預金の払い戻しについて紛争が伏在するとの疑念を生じてしかるべきであつたといえる)、表見代理ないし債権の準占有者に対する弁済の抗弁は何れも採用できないし、約款の存在を援用して免責の効果を主張することも許されず、右解約、払い戻しは、被控訴人に対抗できないものといわなければならない。

三  そうすると、被控訴人の本訴請求は、本件定期預金四〇二万二〇一四円及び本件普通預金については六一三六円、合計四〇二万八一五〇円とその主張の日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきであり、これと一部その趣旨を異にする原判決は変更を免れない。

(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 安部剛 岩井康倶)

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