大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2345号 判決 1981年6月25日

控訴人(原告) 宮本松蔵

被控訴人(被告) 国

原審 東京地方昭和四〇年(ワ)第六五二八号(昭和五五年九月二九日判決、一二巻二号五五四頁参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇万円の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決の事実欄に摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  控訴人が名称を「模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法」とする発明につき、昭和三〇年一二月二日特許庁に特許出願をし、特願昭三〇―三一四五七号として審査されたが、昭和三二年四月一〇日付拒絶査定を受けたので、これに対し同年五月七日抗告審判の請求(特許庁昭和三二年抗告審判第九〇八号)をしたところ、特許庁は昭和三六年四月二四日本件抗告審判の請求は成り立たない旨の審決(第一回の審決)をしたこと、第一回の審決の理由の要点は、本願発明の要旨を「醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%の割合の混合溶剤にセルロイド及び魚鱗箔を添加することを特徴とする模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法」にあるものとし、本願発明は第一引用例(昭和二三年九月一五日株式会社修教社発行の松本十九著「塗料便覧」第一二四六頁、第一二四七頁)に容易に実施することができる程度に記載されたものであるというにあること、控訴人は東京高等裁判所に右審決の取消を求める訴を提起し、同裁判所は昭和四〇年四月二四日第一回の審決を取消す旨の判決をし、同判決は上告期間の経過により確定したこと、しかし、特許庁は、本願発明につき特許査定をすることなく、昭和四一年四月八日本件抗告審判の請求は成り立たない旨の二度目の審決(第二回の審決)をしたこと、第二回の審決の理由の要点は、本願発明は第二引用例(特許出願公告昭二九―二〇八九号公報左欄第二行ないし第七行及び右欄第一七行ないし第二三行、昭和一四年七月一〇日発行関西ペイント株式会社研究室編「塗料の知識」第二六七頁ないし二六九頁及び第二九一頁、昭和一三年七月二〇日内田老鶴圃発行西沢勇志智著「繊維素塗料」の三刊行物)の記載内容から容易に推考することができる程度のものであるというにあること、第二回の審決に対しては控訴人はその取消を求める訴を提起しなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本願発明につき特許庁が特許査定をしないことに関し、特許庁担当官に故意又は過失に基づく違法行為があるから、本願発明につき特許を受ける権利を侵害されたために控訴人がこうむつた損害の賠償を求める旨主張し、右違法行為として次の三点を挙げるので、順次判断する。

(一)  「第一回の審決が東京高等裁判所の判決によつて取消されたのであるから、本願発明は特許されるべきである」との主張について

成立に争いのない甲第一号証によれば、第一回の審決に対する審決取消請求訴訟において、東京高等裁判所は、本願発明は第一引用例に容易に実施することができる程度に記載されたものとは認め難く、また、第一引用例のみから容易に推考することができるものともいい難いとして同審決を取消す旨の判決をしたものであることが認められる。

しかし、特許庁担当官は、右判決の確定により、当然に本願発明について特許査定をすべき義務を負うものではなく、単に第一引用例をもつてしては本願発明につき拒絶査定をしてはならないという拘束を受けるにとどまるものである(後記(三)参照)。

したがつて、特許庁担当官が、本願発明は第二引用例から容易に推考することができる程度のものであるとの理由により、本件抗告審判の請求は成り立たない旨の第二回の審決をしたこと自体に、なんらの違法はない。

(二)  「本願発明が特許されるべきところ、本願発明につき特許査定をしない意図のもとに本願の後願に当る磯部らの出願につき特許査定をし、本願発明につき特許査定をしなかつた」との主張について

本願発明が当然に特許査定を受けるべきものといえないことは、前項に述べたとおりであり、また、本件にあらわれた全証拠を検討しても、特許庁担当官がことさら控訴人の不利益をはかり本願発明につき特許査定をしない意図を有していたとの控訴人の主張は、これを認めるに足るものがない。控訴人の右主張も理由なしとせざるをえない。

(三)  「第一回の審決を取消した東京高等裁判所の判決の確定により、行政事件訴訟法第三三条の規定するところから、特許庁担当官は本願発明につき特許査定をすべく拘束される」旨の主張について

行政事件訴訟法第三三条第一項は、「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」と規定する。右は行政庁に対し判決の趣旨にしたがつて行政上の措置を取ることを義務づけ、これに反する所為に出ないよう拘束したものということができる。その結果、行政庁は、同一事項の処理に当り同一事情のもとで再び同一の理由により同一内容の処分をすることはできないとの拘束を受ける。しかし、右規定は、行政庁が同一事項の処理に当り、前の処分の理由とは異なる理由をもつて、結果としては前の処分と同一内容の処分をすることをも禁止したものではない。

これを本件についてみると、第二回の審決も、「本件抗告審判の請求は成り立たない」として本願発明の特許を拒絶するものである点において、第一回の審決と同一内容の審決ではあるが、前記のとおり、東京高等裁判所の判決は、第一回の審決が第一引用例を挙示して本願発明の特許を拒絶したのに対し、同引用例のみによつて本願発明の特許を拒絶することはできないとして第一回の審決を取消したものであるところ、第二回の審決は、第一引用例とは異なる第二引用例を挙示し、本願発明は第二引用例から容易に推考することができる程度のものであるとして、「本件抗告審判の請求は成り立たない」と結論したものであるから、同審決は行政事件訴訟法第三三条第一項の規定に反するものでないことは当然である。

三  そうであれば、控訴人主張の右(一)ないし(三)の点はいずれも理由がないから、本願発明につき特許査定をしないことに関し特許庁担当官に違法行為のあることを前提とする本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であり、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石澤健 楠賢二 杉山伸顕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例