東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2401号 判決
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【判旨】
一被控訴人の主張するような記載がある東京法務局所属公証人梶川俊吉作成昭和五四年第六六八一号金銭消費賃借契約公正証書(本件公正証書)が存在することは、当事者間に争いがなく、<証拠>を綜合すると、訴外株式会社エイ・エム・シー・インターナショナル(代表取締役訴外荒井戦治)は、昭和五四年九月一三日、控訴人より金四四五万八〇〇〇円を借り受け、訴外荒井戦治が自ら及び被控訴人を代理して右訴外会社の債務につき連帯保証契約をなすとともに、前記公証人に対し執行認諾の意思表示をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二そこで、荒井戦治の代理権の存否について判断する。
被控訴人は、原審における本人尋問において、戦治とはかつて夫婦であつたが、昭和五四年五月中旬頃から離婚する意思で別居していたこと、本件公正証書作成のために使用された委任状に被控訴人が署名、捺印したことはないこと、戦治からは保証人となつて欲しいとの依頼は一度もなかつたことをあげて、被控訴人が戦治に代理権を与えたことはない旨供述する。
然し、<証拠>を綜合すると、被控訴人は、昭和五四年五月中旬頃、その居所を東京都港区六本木三丁目二番二一号六本木スカイハイツ三〇六号室に移転したが、右部屋の鍵の一つを戦治に渡しており、同人は自由に同室に出入していたこと、被控訴人は、右転居後も住民登録を従前のまま東麻布二丁目一六番地にとどめ、同年七月七日には、自らの意思で右住所地で印鑑登録をなしていること、本件公正証書作成のために使用された被控訴人の印鑑証明書は、右登録申請の六日後の同月一三日に交付されているものであること、本件公正証書作成嘱託のために使用された委任状(甲第五号証)の被控訴人名下の印影は、被控訴人が前示登録をした印鑑による印影と同一であること、被控訴人と戦治との離婚届は、昭和五四年九月二六日になされているが、これは、戦治の経営する前記訴外会社が倒産して債権者らの追及が始つた同月二五日、戦治から電話で届出をするようにとの指示を受けて、被控訴人において届出をなしたものであることが認められるのであつて、この事実に対比すれば、被控訴人本人の前記供述部分は、これを事実としてそのまま受け入れることには、躊躇を感ずる。
然しながら、本件公正証書作成嘱託のために使用された被控訴人の委任状(甲第五号証)の署名については、これを原審における被控訴人の供述により同人の自署と認められる記録編綴の被控訴人の原審訴訟委任状並びに被控訴人が自署したことの明らかな原審における本人尋問の際の宣誓書の各署名と対照してみると、右三個の署名は、同一人の筆跡と断定することはできないから、甲第五号証の委任状の被控訴人の署名を同人の自署であると認定することはできない。しかも、前示被控訴本人の供述によれば、被控訴人は、自己の印鑑及び印鑑登録票を鍵のかからない机の引出に入れており、戦治はこのことを知つていたというのであり、かかる事実に鑑みると、戦治による印鑑盗用もありえないことではなかつたとみられるから、甲第五号証の委任状の被控訴人名下に同人の印章が押捺されているからと云つて、直ちに、当該印影が被控訴人の意思によつて顕出されたものと推定することはできない。また、被控訴人が、署名、押印の代行を含めて右委任状の作成の全部を戦治に委任したことを認めうる資料はなんら存しないから、結局、甲第五号証の委任状が真正に成立したことを認めることはできないといわなければならない。そして、他に被控訴人が戦治に対し代理権を与えたことを認めるに足る適確な証拠は見出せない。
以上のとおりで、被控訴人が戦治に対し代理権を与えたことの証明は、結局十分ではないといわざるを得ないから、控訴人の抗弁事実は、これを認定することができないことに帰する。
(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)