東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2772号 判決 1984年10月30日
控訴人(原審第三一五号事件被告、第五三四号事件原告) 株式会社 城北ゴルフ
代表者代表取締役 山本英司
訴訟代理人弁護士 高橋正則
訴訟復代理人弁護士 福地領
被控訴人(原審第三一五号事件原告、第五三四号事件被告) 展望株式会社
代表者代表取締役 増田恵一
被控訴人(原審第五三四号事件被告) 望月通男
右両名訴訟代理人弁護士 富田和雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
(申立)
控訴代理人は、「一 原判決を取り消す。二 被控訴人展望株式会社の請求を棄却する。三 被控訴人展望株式会社及び被控訴人望月通男は控訴人に対し、連帯して、金四五二一万円及びこれに対する昭和五五年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。四 訴訟費用は、控訴人と被控訴人展望株式会社との間に生じたもの(原審第三一五号事件関係)は同被控訴人の、控訴人と被控訴人両名との間に生じたもの(原審第五三四号事件関係)は右両名の各負担とする。」との判決及び第三項につき仮執行宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
(主張)
一 被控訴人展望株式会社の請求原因
1 被控訴人展望株式会社(以下、被控訴人展望という。)は、昭和四九年一〇月三一日、控訴人との間で、その所有にかかる原判決別紙(四)物件目録記載のゴルフ練習場(以下、本件ゴルフ練習場という。)について、期間五年、使用料一か月金一二〇万円の約で同被控訴人がこれを使用する旨の契約を締結し、同日保証金として金四八〇万円を控訴人に預託し、同年一一月一日本件ゴルフ練習場の引渡を受けた。
2 右契約は、書面上は経営委託契約と題されているが、その実質をみるに、ゴルフ練習場の営業より生ずる一切の収益は被控訴人展望が取得するとともに、必要な諸経費をすべて同被控訴人が負担し、控訴人は何ら営業上の危険を負担せず、営業の損益に関係なく一か月金一二〇万円の定額金を得ることを本旨としているのであるから、その法律上の性質は賃貸借というべきである。
3 被控訴人展望が本件ゴルフ練習場の営業を開始してのち、ネット破れ等の補修を要する事故が頻発し、その都度同被控訴人において補修を施して営業を続けて来たが、昭和五一年一二月頃以降本件ゴルフ練習場施設に次のとおりの破損が生じ、これを放置すればポールが倒壊して他に大きな迷惑を及ぼすおそれが強く、昭和五二年四月以降ゴルフ練習場としての使用が不可能な状態となった。
(一) 正面ポールのうち中央の二本が彎曲して北西側に傾き、このためコンクリートブロックに亀裂が入り、ポールを支えるため地面に固定しているワイヤー(トラ張り)が切れた。これを修理するには、いったんワイヤーを全部はずしてポールを起こし、ブロックを固め直したうえで再度トラ張りをする必要がある。
(二) 西側補助ポールが彎曲すると同時に、土台のコンクリートブロックが浮き上り、補強工事を必要とする状態となった。
(三) 南側元ポール(メインポール)がブロック亀裂、トラ張り切断のため根元から彎曲し、打席によりかかる状態になった。
(四) 二階天井シート(打席の屋根)が張替えを必要とする状態となった。
4 前述のとおり、本件契約の実質は賃貸借であるから、民法六〇六条一項の規定により、控訴人は賃貸人として、前記補修を要する個所の修繕をなすべき義務がある。仮に、控訴人主張のとおり本件契約が経営委託契約であるとしても、前記の損傷は構造物自体の破損であって、被控訴人展望の責に帰すべき経営上の事由から生じたものではなく、同被控訴人が一か月一二〇万円の使用料を支払っていることからしても、民法六四九条の法意に照らし、控訴人において右の修繕をなすべき義務がある。
5 被控訴人展望は、再三にわたり、控訴人に対し右の修繕をなすよう催告したのにかかわらず、控訴人は一切これに応じようとしない。
6 そこで、被控訴人展望は、昭和五三年一月一七日の原審第五三四号事件口頭弁論期日における答弁書の陳述をもって、控訴人に対し、本件ゴルフ練習場の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右契約は解除された。
よって、被控訴人展望は、控訴人に対し、前記のとおり預託していた保証金の返還として、金四八〇万円及びこれに対する右契約解除の日の翌日たる同年同月一八日以降支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する控訴人の認否及び主張
1 請求原因1項は認める。
2 同2項は争う。
本件契約は、受任者(被控訴人展望)が専ら自己の利益のために委任者(控訴人)の営業の経営を引受け、営業の名義は委任者とするが、経営上の損益計算はすべて受任者に帰属し、委任者は受任者から一定額の報酬を受けるにとどまるもので、講学上経営委任と呼ばれるものに該当する。このことは、本件契約書(乙第一号証)の文言から明らかである。
3 同3項中、次の限度で瑕疵の存在を認め、その余は否認する。
(一) 正面ポール中央の二本のそれぞれ上部約三分の一が打席に向って右側に曲がっており、ワイヤーの何本かが弛み、アンカーボルトがはずれている。
(二) 西側補助ポールが「く」の字型に折れ曲がっている。
(三) 南側元ポールが根本の部分から右側(打席に向って)に彎曲しており、これを支えるワイヤーが弛んでいる。
(四) 二階天井シートが老朽化のため破損している。
4 同4項は争う。前述のとおり、本件ゴルフ練習場使用契約の法的性格は経営委任であって、賃貸借ではない。そして、本件契約書(乙第一号証)の第八条には「税金(固定資産税を除く)その他経営上必要とする一切の経費は乙(被控訴人展望)の負担とする。」と明記されており、本件ゴルフ練習場の維持、管理及び補修工事を含む一切の経営上の責任は被控訴人展望にあって、その費用は当然に同被控訴人の負担に帰すべきことが明らかである。また、本件契約書の第五条但書には「ゴルフ練習場の大修理、大改装その他営業に関する重大な行為をするについては事前に書面による甲(控訴人)の許諾をえなければならない。」と定められており、これは被控訴人展望が修繕義務を負うことを当然の前提としているものである。
5 同5項は認める。
6 同6項について、控訴人に保証金四八〇万円の返還義務があることは争う。仮りにその返還義務があるものとしても、控訴人は後記のとおり被控訴人展望に対し報酬請求債権を有するので、昭和五五年七月一日の原審第一八回口頭弁論期日において右債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
7 被控訴人展望の主張する本件ゴルフ練習場の瑕疵は、同被控訴人が善良な管理者としての義務を怠ったために生じたものである。すなわち、同被控訴人は本件ゴルフ練習場の引渡を受けた後にネット張り用の鉄柱(ポール)に自然風化による塗装剥離、錆の露出等が生じたのにかかわらず、同被控訴人は塗装直し等の必要な措置をとるのを怠った。また、昭和五〇年一、二月頃、被控訴人展望は、本件ゴルフ練習場の建設にあたった訴外大成建設株式会社(以下、大成建設という。)から、本件ゴルフ練習場の使用に関する注意事項として、「風速一五メートル以上になったときはネットは全部はずすこと」、「ネットを吊っているワイヤーは八ミリ以下とすること」、「八ミリ以上のワイヤーを使用した場合はヒューズ装置を取り付けること」等を記載した書面を交付されたのに、同被控訴人は右注意事項を全く無視した。殊に、同被控訴人は昭和五一年七月頃にネット張替工事を実施したのであるから、その際にワイヤーを八ミリにし、あるいはヒューズ装置を取り付ける機会があったのにかかわらず、依然としてヒューズを取り付けていない一二ミリのワイヤーを使用し、そのうえ、風速に常時細心の注意を払って必要に応じネットを降ろすなどしてネットに風圧がかかるのを避けるべき注意義務を怠ったことにより、本件ポールの瑕疵等を生ずるに至ったのである。
三 控訴人の主張に対する被控訴人展望の反論
被控訴人展望が本件ゴルフ練習場の管理を怠った旨の控訴人の主張は争う。同被控訴人は、仮に万全とは言えないまでも、強風時のネットの下げ降し等につきできる限りの注意を払った。また、同被控訴人の従業員横山猛が大成建設の従業員から控訴人主張の注意事項を記載した書面を渡されたことは認めるが、同人は直ちにこれを控訴人代表者山本英司の許に持参、手交したもので、右書面は控訴人に対して交付されたものである。しかるに、その際及びその後も、被控訴人展望は控訴人から何の指示も受けていない。更に、同被控訴人がネットの張替えを実施したことは認めるが、ネットは従前と同一のものを使用し、ワイヤーも従前用いられていたのと同一の太さの一二ミリのものを使用したのであって、同被控訴人が責められるべきいわれはない。
四 控訴人の請求原因
1 控訴人は、昭和四九年一〇月三一日、被控訴人展望との間で、主として次の条件による本件ゴルフ練習場の経営委任契約を締結し、本件ゴルフ練習場を同被控訴人に引渡した。仮りに右契約が経営委任契約でないとすれば、それは本件ゴルフ練習場施設の賃貸借契約であって、被控訴人展望の支払うべき一か月金一二〇万円の金員は賃料である。
(一) 被控訴人展望は控訴人に対し、一か月につき金一二〇万円を毎月末日に支払うこと。
(二) 同被控訴人は、委託された営業を控訴人の名義で行うこと。
(三) 同被控訴人は本件ゴルフ練習場を善良な管理者の注意をもって管理すること。
(四) 同被控訴人は、固定資産税を除く税金及び本件ゴルフ練習場の経営上必要な一切の経費を負担すること。但し、昭和五二年一月一日以降にネット張替えの必要が生じた場合の経費は控訴人と被控訴人展望が折半で負担すること。
(五) 同被控訴人が(一)の金員の支払を一回でも遅滞し、又は契約条項の一つにでも違背したときは、無催告で契約を解除されること。
(六) 同被控訴人は控訴人に対し、契約解除後本件ゴルフ練習場の明渡しまでは前記(一)の金員相当の損害金を、明渡後期間(昭和五四年一〇月三一日)満了までは一日金三万円の割合による損害金を支払うこと。
(七) 契約が終了したときは、被控訴人展望は速かに本件ゴルフ練習場を原状に復したうえ控訴人に明渡すこと。
2 被控訴人望月通男は、右同日、本件契約から生ずる被控訴人展望の一切の債務を連帯保証した。
3 本件ゴルフ練習場を被控訴人展望に引渡したのち、ネット張り用ポール等に自然風化による塗装剥離が生じ、更に錆が露出したのにかかわらず、同被控訴人はこれを放置し、かつ、前記のとおり大成建設作成の書面による注意事項を順守しなかったため、本件ゴルフ練習場に前記のようにポール彎曲等の損傷を生じさせた。
4 被控訴人展望は、前記のとおり、右損傷を自己の費用で補修すべき義務があるのにこれを怠ったばかりか、不当にもその補修を控訴人に請求し、控訴人がこれに応じないことを理由にして、昭和五二年四月以降一か月金一二〇万円の経営委任報酬金(本件契約が賃貸借だとすれば賃料)の支払をしない。
5 被控訴人展望の右所為は、本件契約書(乙第一号証)第九条に定めた契約の解除理由(第三条・報酬ないし委託料(又は賃料)の支払、第六条・善管注意義務、第八条本文・修繕義務、経費の負担義務)に該当するばかりでなく、控訴人、被控訴人展望間の信頼関係を著しく破壊し契約解除原因となるので、控訴人は被控訴人展望に対し、昭和五二年九月七日付同月一〇日到達の内容証明郵便をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をした。その後、被控訴人展望は昭和五五年五月二一日控訴人に対し本件ゴルフ練習場を引渡した。
よって、控訴人は、被控訴人両名に対し、連帯して、昭和五二年四月一日から同年九月一〇日まで一か月一二〇万円の割合による延滞報酬金(又は賃料)、同月一一日から昭和五五年五月二一日まで右と同一の割合による報酬金(又は賃料)相当の損害金合計四五二一万円及びこれに対する同月二二日から支払ずみまで法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五 控訴人の請求原因に対する被控訴人両名の認否及び主張
1 請求原因1項記載の内容による契約が締結されたことは認める。但し、その実質上の法的性格が賃貸借であることは前記のとおりである。
2 同2項は認める。
3 同3項中、ポール彎曲等の損傷を生じたことは認めるが、それが被控訴人展望の責に帰すべき事由を原因とすることは否認する。その詳細は前記のとおりである。
4 同4項中、被控訴人展望が控訴人に対し損傷部分の補修を求めたこと、昭和五二年四月以降の賃料(控訴人主張の報酬金)の支払をしていないことは認めるが、その余の控訴人主張は争う。本件ゴルフ練習場の損傷につき補修の義務が控訴人に存することの根拠については、前記のとおりである。
5 同5項中、控訴人主張のとおり契約解除の意思表示がされたことは認めるが、その余は争う。
(証拠)《省略》
理由
(被控訴人展望の請求について)
一 請求原因1項の事実は当事者間に争いがないところ、本件ゴルフ練習場の使用を目的とする契約の法的性質について、被控訴人展望はこれを賃貸借契約であると主張し、控訴人は経営委任契約である旨主張するので、まずこの点について判断するに、《証拠省略》を参酌すると、乙第一号証の契約書には「ゴルフ練習場経営委任契約書」なる標題が付されてはいるものの、右契約書の各条項を総合して考察すれば、本件契約は、要するに、控訴人が被控訴人展望に対し、同被控訴人のゴルフ場使用、経営のため本件ゴルフ練習場の使用を許諾し、他方、被控訴人展望はその使用の対価として毎月一二〇万円を控訴人に支払うことを内容とするものであり、これは本件ゴルフ練習場施設の賃貸借契約であると解するのが相当である。この点につき敷衍する。成立に争いない乙第一号証(契約書)の標題は「ゴルフ練習場委任契約書」となっており、前文には「ゴルフ練習場の経営を委任する。」とあり、同五条には「被控訴人展望は控訴人の名義をもって経営する……営業に関する重大な行為をするについては……控訴人の承諾を要する。」、第六条には「被控訴人展望は控訴人の求めに応じて営業に関する事務処理状況の報告をしなければならない。」等とあり、成立に争いない乙第二号証(契約書)の前文にも「経営業務に関する委託契約を締結した。」とあり、これらによると、本件契約は賃貸借ではなく経営委任であるかのようである。しかしながら、《証拠省略》を総合すると、(イ) 控訴人は、ゴルフ練習場を経営していたが、営業状態も悪く、共同して経営していた杉山(土地賃貸人)と控訴人代表者山本の仲も悪く経営は行詰っていたところ、訴外丸仲商事株式会社が社員の福利厚生、営業上の社交等を兼ねてゴルフ練習場を経営したいと考えていたため、同社が子会社として設立した被控訴人展望に、ゴルフ練習場の土地、設備一切を賃貸することとなったこと、(ロ) 右契約は終始賃貸借ということで進められたが、山本において、賃貸借とすると土地についての権利関係が複雑となり、被控訴人展望に強い権利が生じないか等と懸念し、弁護士に相談した結果「経営委任契約」としたこと、しかし、賃貸借と経営委任との差異については山本も丸仲商事の社員久保田も被控訴人展望の望月も意識していなかったこと、(ハ) 被控訴人展望は控訴人の名称を使用していたが、従前の名称を使用することが営業上有利と考えたからであり、被控訴人展望の営業は控訴人と全く関係なく行われ、両者間で営業上の報告とか連絡はなかったこと(但し本件紛争のもととなった設備の補修関係は別として)、(ニ) 営業利益の分配等はなく、営業成績と関りなく一か月一二〇万円の定額を支払うこととされ、かつ、右金員は被控訴人展望においても控訴人においても賃料として計上処理されていたことが認められるのであり、これらの事実に照らすと、本件契約は、土地、設備一切を含むゴルフ練習場の賃貸借であると認めるのを相当とする。
二 請求原因3の事実中、正面ポール中央二本の彎曲、ワイヤーの弛み、アンカーボルトの外れ、西側補助ポールの彎曲、南側元ポールの彎曲、ワイヤーの弛み二階天井シートの破損の点については当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、本件ゴルフ練習場に生じた破損の態様、程度は被控訴人展望の主張するとおりであって、昭和五二年四月以降、右破損個所に所要の修繕を施さない限り、本件ゴルフ練習場を使用するのは不可能となったこと、右損傷はたびたび吹く強風による風圧のためであったことが認められる。そして右損傷が被控訴人展望の責に帰すべき事由によって生じたものと認めるに足りないことは後記四のとおりである。
三 そうすると、本件ゴルフ練習場の賃貸人である控訴人は、前記破損個所について必要な修繕をなすべき義務がある(民法六〇六条一項)というべきところ、控訴人は、本件賃貸借契約においては、本件ゴルフ練習場の経営上必要な一切の費用を被控訴人展望が負担するとの特約が存するので、控訴人は右修繕をなすべき義務を負わない旨主張する。
案ずるに、前掲乙第一号証の契約書(以下本件契約書という。)の第八条には「税金(固定資産税を除く)その他経営上必要とする一切の経費は乙(被控訴人展望)の負担とする。但し、昭和五二年一一月一日以降、ネット張替えの必要が生じた場合の経費は甲(控訴人)乙(被控訴人展望)折半して負担するものとする。」との定めが、同第五条には「乙(被控訴人展望)は委託された営業を甲(控訴人)の名義をもって経営する。但し、営業資金の借入れ、ゴルフ練習場の賃貸、ゴルフ練習場の大修理、大改装その他営業に関する重大な行為をするについては事前に書面による甲(控訴人)の許諾をえなければならない。」との定めがされていることが認められる。これらによれば、本件ゴルフ練習場のポール(鉄柱)の破損についても被控訴人展望が修繕費用の負担義務を負うようにみえないでもない。
しかし、二階天井シート(打席の屋根)はともかくとしても、ポール(鉄柱)はゴルフ練習場の構造物そのものであって、その破損についてまで借主(被控訴人展望)に修繕義務があるとするにはよほど明確な約定があることを要すると解すべきところ、本件契約書第五条は「ゴルフ練習場の大修理をするには事前に控訴人の許諾を要する。」と定めるのみで、その費用を被控訴人展望が負担することまでは明記されていない。また、本件契約書第八条は、本件ゴルフ練習場の「経営上必要とする一切の経費は被控訴人展望の負担とする。」と定めているが、その意味するところは、本件ゴルフ練習場が使用可能な状態にあることを前提として、その日常の営業の過程において通常生ずることが予測される費用についてこれを被控訴人展望が負担することを定めたものと解するのが自然である。更に、同条但書には「ネット張替えの必要が生じた場合の経費は被控訴人展望と控訴人が折半して負担する。」と定められているのであるが、かような定めがされるに至った理由としては、ネットもまたゴルフ練習場の構造物の一部をなすものではあるけれども、その使用に従い必然的に、かつ比較的短期間のうちに老朽化する性質のものであるため、その取替費用の半額を借主である被控訴人展望が負担することに定めたものであって、これに対し、本来半恒久的な構造物であるはずのポール(鉄柱)については、その維持、補修のための費用を貸主たる控訴人が負担することとしたものと解するのが自然である。
また、成立に争いがなく、《証拠省略》によれば本件契約書の原案となったことが認められる乙第二号証の契約書(案)の第七条は、「本契約期間中に於ける各施設構造物等の修理改装新設等の必要を生じた場合は事前に甲(控訴人)の承諾を得た上で実施し其の費用は乙(被控訴人展望)の負担とす。解約時に於て原形に復すかそのまま無償で甲(控訴人)に残置するか何れかとし其の為の権利又は金銭的要求をしない。」とされており、被控訴人展望の修繕義務がより明確に表わされているようにみえる。しかし、右条項が置かれた理由についてみるに、《証拠省略》によれば、本件ゴルフ練習場を被控訴人展望が控訴人から借り受ける交渉をしていた当時、被控訴人展望としては、本件ゴルフ練習場内の喫茶店を改装し、また、ゴルフポールの飛距離を示す表示板を新設することを考慮していたので、右のような条項を盛り込もうとしたものであるが、これらは結局取止めにしたために、本件契約書の前記各条項が置かれるに至ったことが認められるのであって、右乙第二号証をもって被控訴人展望にポール(鉄柱)の修繕義務があることの証左とはなし難い。
以上のとおりであって、本件ゴルフ練習場のポール(鉄柱)の損傷については控訴人が修繕の義務を負うというべきであり、これに反する控訴人の前記主張は採用することができない。
四 控訴人は、本件ポール(鉄柱)等の損傷は、被控訴人展望が善良な管理者の注意義務を怠ったために生じたものである旨主張するが、右主張を肯認するに足りる証拠は存しない。すなわち、《証拠省略》によれば、本件ゴルフ練習場は大成建設が建設を請負い、下請業者に施行させたものであるところ、昭和五〇年一二月頃、打席左端のメインポール(主鉄柱)に破損を生じたため、被控訴人展望の現場責任者であった横山猛が控訴人代表者山本英司の指示により大成建設従業員の若杉昭爾と交渉して右破損の修補を行わせた際、同人から控訴人主張の(風速一五メートル以上になったときはネットを全部外す」、「ワイヤーは八ミリ以下とする」「八ミリ以上のワイヤー使用のときはヒューズ装置を取り付ける。」等の注意事項を記載した書面を渡されたこと、横山猛は直ちにこれを控訴人代表者山本英司の許に持参して交付したが、同人は被控訴人展望に対し格別の指示、要望をせず、自らも何の措置もとらなかったこと、本件ゴルフ練習場のネットを吊すワイヤーは、施工当初は八ミリメートルのものが使用されていたが、そのほとんどは被控訴人展望が本件ゴルフ練習場を賃借するまでの間に控訴人の手によって一二ミリメートルのものに取り替えられていたこと、被控訴人展望は昭和五一年九月頃本件ゴルフ練習場のネットの張替えを実施したが、その際ワイヤーは従前と同じく一二ミリメートルのものを使用したことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》
そうすると、被控訴人展望は控訴人より引渡しを受けたままの一二ミリメートルのワイヤーを使用していたのであり、このことをもって善良な管理者の注意義務を怠ったということはできないし、また、同被控訴人が強風時に敢えてネットを張り渡したまま営業を続けたとか、その他管理を怠っていたことを認めるに足る的確な証拠は存しない。
よって、控訴人の前記主張は理由がない。
五 昭和五二年四月以降、被控訴人展望が控訴人に対し、再三にわたり、本件ゴルフ場施設に生じた破損個所の修繕をなすよう催告したが、控訴人がこれに応じなかったことは当事者間に争いがなく、被控訴人展望が昭和五三年一月一七日の原審第五三四号事件口頭弁論期日に答弁書の陳述によって本件ゴルフ練習場の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは原審同事件の調書上明らかである。
そうすると、本件ゴルフ練習場賃貸借契約は有効に解除されたものというべく、控訴人は被控訴人展望に対し、保証金として預託を受けていた金四八〇万円を返還すべき義務があるというべきである。
これに対し、控訴人は、被控訴人展望に対して有する報酬金債権(又は賃料債権)をもって右保証金返還債権と対当額で相殺する旨主張する。
しかしながら、控訴人が主張する報酬金債権(又は賃料債権)が存在しないことは後記のとおりであるから、控訴人の右相殺の抗弁は理由がない。
(控訴人の請求について)
請求原因1項記載の内容による契約が控訴人と被控訴人展望との間に成立したことは当事者間に争いがなく、その法律上の性質が賃貸借であることは前認定のとおりである。
被控訴人展望が昭和五二年四月分以降の賃料(控訴人主張の報酬金)を控訴人に支払わないことも当事者間に争いがないが、その理由は、本件ゴルフ練習場のポール(鉄柱)が彎曲し、使用不可能となったのにかかわらず、控訴人においてその修繕をしないためであることは前認定のとおりである。また、控訴人は、被控訴人らの善管注意義務、修繕義務各違背、信頼関係破壊を理由とする解除を主張するが、既述のところによると右主張も認められない。
そうすると、控訴人の被控訴人らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。
(結論)
以上のとおりであって、控訴人に対し、保証金の返還として金四八〇万円とこれに対する期限後である昭和五三年一月一八日から支払ずみまで商事法定利率年六分(控訴人及び被控訴人展望がいずれも商人であることは弁論の全趣旨から明らかである。)の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人展望の請求は正当として認容すべきであり、控訴人から被控訴人らに対する請求は理由なきものとして棄却すべきである。
よって、右と同趣旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 南新吾 根本眞)