大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(ネ)3031号 判決 1981年11月25日

控訴人

韓平治

被控訴人

右代表者法務大臣

奥野誠亮

右指定代理人

布村重成

外三名

主文

原判決中控訴人の被控訴人に対する金二万三〇〇〇円の支払いを求める請求を棄却した部分を取消す。

被控訴人は控訴人に対し前項の金員を支払え。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じその一〇分の一を被控訴人の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人は、本件において府中刑務所長が控訴人に対してなした差入不許可処分が違法な公権力の行使であるとし、被控訴人に対しこれによる損害の賠償を請求しているものであり、被控訴人は、府中刑務所長が右差入不許可処分をなしたこと自体はこれを認めている。しかしながら、監獄法(以下「法」という。)第五三条第一項によれば、差入の許可もしくは不許可の処分はもともと差入をなさんとする者に対しなされるそれであつて、差入の相手である控訴人に対してなされるはずもなく、また<証拠>によれば、郵送差入にかかる本件各図書はいずれも刑務所当局により刑務所内部の処置として控訴人の釈放のさいこれに交付することを予定して保管することとし、かつそのことを控訴人に告知しないこととされたに過ぎず、とくに差出人に対する差入許可もしくは不許可の意思表示はなされなかつたことが認められるから、本件において行政処分たる差入不許可処分があつたとは解しえられないものであり、控訴人のいわんとするところは府中刑務所長の右の処置が違法な公権力の行使であり、よつて控訴人から在監中に右各図書を閲読する機会を奪い、ひいて控訴人に精神的苦痛を与えたというにあり、被控訴人が本件不許可処分のなされたことを認めるというのも、府中刑務所長が右の処置をなしたことは認めるという意味であると解される。よつて以下右処置の適否について考えることとする。

二まず受刑者に対する差入のあつた場合の目的物の占有関係について考えてみる。差入には差入人が受刑者に対し、金品を贈与し、貸与し、あるいは返還するなどの場合があるが、いずれの場合でも、差入人が受刑者に対し目的物の占有を得させることを目的とする行為である。ところが、受刑者は在監中私物の所持、使用を禁じられ、受刑者の私物は刑務所長がすべてこれを受刑者から領置保管することとなつており(法第五一条第一項、第五四条、監獄法施行規則(以下「規則」という。)第一四〇条)、受刑者が私物を所持、使用するについては、刑務所長の特別の許可を要することとされている(法第三一条、第三二条、規則第八六条、第九二条等)。従つて、法第五三条第一項、規則第一四七条ないし第一五〇条の規定により差入人の差入が許される場合においては、まず刑務所長が差入人から目的物を受取り差入人のためにこれを保管し、その間に差入物の検査及び差入人の身上調査等を行い、差入を許すこととなつた場合は受刑者にその旨を告げてこれを領置し、爾後刑務所長は受刑者の私物としてこれを保管することとなり、更に受刑者がその所持使用を望む場合は、通常の私物の使用と同じく刑務所長の特別の許可を求めることとなるべきものと考えられる。なお、規則第一四九条は雑誌については領置の手続をしなくてよいことを定めているが、雑誌についてもその他の図書と同様差入の許否と閲読の許否とが別箇の問題として考えられる以上、右に準じて処理すべきものであろう。これに反し、規則第一四二条、第一四三条、第一四六条等により差入人の差入を許さない場合は、刑務所長は目的物を差入人に返却するか、あるいは法第五三条第二項によりこれを没入、廃棄するかのいずれかであり(右各処置に至る間の刑務所長の目的物保管が差入人のためにする代理占有であることはいうまでもない。)、また受刑者に対し差入申出のあつたことを告知する必要もない。しかし差入を許さずとしながら、差入申出のあつたことを受刑者に告げることもなく、刑務所長が釈放時に受刑者に交付することを予定して目的物を受刑者のために保管することは、そのような保管の途中で目的物が滅失した場合における権利義務の不明確の問題を生ずることを考えると、法及び規則の予定するところとは到底考えることができないし、又刑務所長が法及び規則によらないで、差入人又は受刑者の金品を預り保管することの許されないことはあらためて喋々するまでもないであろう。

三本件において府中刑務所長のとつた処置は、前述した意味において、既に正当とはいいがたいが、本件各図書の差入についてこれを許さなかつたことが正しいとすれば、その後の保管関係に誤りがあつたからといつて、控訴人に物質的にも精神的にも損害があつたとすることはできないはずである。そこで次に府中刑務所長が本件各差入を許可しなかつたことの適否を考えてみる。

受刑者を一般社会から隔離し、これを一定の場所に拘禁することが制度として是認される以上、差入又は私物の使用が無制限に許されるはずがなく、法がこれらについて制限規定をおいているのは当然であるが、前述したように差入が許されたからといつて目的物が自動的に受刑者に到達する訳ではなく、図書についていうならば、閲読の許可があつてはじめて受刑者はこれに接することができるのであつて、それ故当然のことながら、差入に対する制限よりも閲読に対する制限はより一層きびしいものとされている。すなわち、差入に関する規則第一四二条は「在監者ニハ拘禁ノ目的ニ反シ又ハ監獄ノ紀律ヲ害ス可キ物ノ差入ヲ為スコトヲ得ス」と規定するが、閲読許可に関する同第八六条は「文書図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セス且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定していて、その差異は明瞭である。つまり、「拘禁ノ目的ニ反シ監獄ノ規律ヲ害ス」るか否かが明らかでないものは差入許可の対象になりうるが、閲読許可の対象にはなりえないことが明らかである。そうして規則第一四二条をそのように解する以上、同第一四六条第二項の「……其差入カ在監者ノ処遇上害アリト認ムルトキハ之ヲ許サス」との文言についても、「在監者ノ処遇上害」があるか否かが不明な場合は、その差入は許可の対象たりうると解するのが当然であろう。なお、法第五三条第一項が「……命令ノ定ムル所ニ依リ之ヲ許スコトヲ得」と定めているのは、差入許否の基準を命令に委任するとの意であると解すべく、一定の事由のある場合には必要的禁止とするが、その他の場合には許否一切を刑務所長の裁量に委ねることとし、右必要的禁止の事由についてのみ命令に委任した趣旨であるとは到底解しえられないから、刑務所長は規則第一四六条第二項にあたらない差入については、第一四二条等他の禁止規定にあたる場合は格別、差入人と受刑者との間の人的関係を理由にこれを拒むまでの裁量権を有しないと考えるほかはない。

四しかるところ、本件弁論の全趣旨ならびに<証拠>によれば、府中刑務所長が本件各差入を不許可扱いとしたのは、もつぱら本件各差入人が控訴人の処遇上害があるか否かが判明する程度にその続柄等が府中刑務所長に了知されていなかつたことを理由とするもので、他にこれを不許可とすべき事由は存しなかつたことが認められ、このことは結局本件各差入が差入人と受刑者との人的関係の面から考えて、受刑者の処遇上害があるかどうかが不明であつたことを意味し、従つて前述の規則の解釈に従う限り、本件差入はこれを不許可とすることはできなかつたのに、府中刑務所長はその権限を逸脱して、違法にこれを不許可としたものであるといわざるをえず、かつ府中刑務所長には、これにつき少くとも過失の責があつたといわざるをえない。

五そこで控訴人の損害について検討する。

前説示によれば、府中刑務所長が許すべき差入れを違法に許さなかつたからといつて、控訴人が在監中当然本件各図書を閲読できたのに、それをさせなかつたということにはならず、単に閲読願出の機会を失わせたに過ぎないといわなければならない。しかし、受刑者に対し違法に図書閲読願出の機会を失わせることは、受刑者にとつてそれなりの精神的苦痛をもたらすことは否定できないし、弁論の全趣旨によれば本件差入図書のうち相当部分について、これと同一の図書がそのころ府中刑務所に受刑者として在監していた太田敬次郎に対して閲読許可となつていることが窺われるから、右精神的苦痛を評価するに当つては、この点も十分斟酌されなければならない。そうして当裁判所は、その他一切の事情を考慮したうえ、本件各差入不許可の処置によつて控訴人のうけた精神的苦痛は合計して金二万三〇〇〇円に相当するものと判断する。

六それ故控訴人は被控訴人に対し国家賠債法第一条に基づき、右損害金二万三〇〇〇円の支払いを求める権利があるから、控訴人の本件請求は右の限度で理由があり、その余は失当というべきところ、これを全部棄却した原判決は一部不当であるので、これを右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(石川義夫 寺澤光子 原島克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例