大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)3038号 判決

いわゆる乗合バスを運転する運転者は、乗客の安全に十分注意を払いながら運転すべきであることはいうまでもないが、特に本件事故現場付近のようにカーブの多い急坂の山岳部の道路を運行する場合において、座席に座れず、通路に立っている乗客があるときには、転回や急制動によってこれらの乗客が転倒する危険を避けるため、予め乗客がそのような道路状況を知り得るような措置を講じて乗客の注意を促し、また、道路状況に応じて減速し、転回や急制動による乗客への衝撃をできる限り軽減するよう注意して運転すべき義務があるというべきである。

そして、前記のとおり、被控訴人湯山は、本件事故現場の直前において、乗客に対し、改めて急カーブがあるから注意するようにとの警告をしてはいないが、本件事故現場付近を含む箱根山一帯の道路がカーブが多く急坂の続く道路であることは公知のことであり、これについて注意を促す車内放送が行われていた上、被控訴人湯山は、控訴人に対し、途中の停留所において後方に移動するよう注意しており、本件事故現場で急転回するについては時速一〇ないし二〇キロメートルに減速していること等前記のような運転の状況を考慮すると、被控訴人湯山は、本件事故当時、乗客の安全に対し十分注意を払いつつ、道路の状況に応じた安全な速度で本件バスを運転していたものであり、同控訴人には過失はないというべきである。<中略>

そこで、被控訴会社の免責の抗弁について検討する。

(1) 前記三のとおり、本件事故につき被控訴人湯山には過失がなく、被控訴人湯山は、本件バスの運行に関し注意を怠らなかったものである。

(2) 次に、控訴人の過失の存否について検討すると、乗合バスの乗客としても、走行中の当該道路の状況等から通常予測されるような事態に対しては、自らの安全を守るための注意を払うべきものというべきであるが、本件事故現場付近の道路が幾重にも折れ曲ったカーブを含む急坂の続く状態であることは控訴人も承知していたのみならず、後方に移動するように被控訴人湯山から注意を受け、車内の状況からは後方に移動することが可能であったにもかかわらず後方に移動せず、万一転倒した場合転落する可能性のある乗車口ステップの近くに立っていたものであり、しかも、前記のとおり、被控訴人湯山は、十分減速して転回していたのに控訴人が転倒したことからすると、控訴人は鉄製パイプを確実に把持していなかったことが推認されるから、結局、控訴人は、本件事故について、乗客として自らの安全を守る上で過失があったものというべきである。

(3) また、≪証拠≫によれば、被控訴会社では、本件バスのような登山バスの運転手には経験年数の多い技倆優秀な者を配置しており、被控訴人湯山は、本件事故当時、自動車の大型免許を取得してから二〇年、被控訴会社におけるバス運転歴一四年に及んでいたこと、被控訴会社では、本件バスを含む全車両について、毎日、整備管理者による仕業点検、終業点検を行うほか、運行前に、運行管理者による運転手の心身の状況の確認及び運転手に対する運行上の注意がなされていること、毎月二ないし三回、全車両につき所定の項目について定期点検と整備を行っていること、毎月一日、バス運転手に対し、事故防止対策等の研修を実施していること、本件事故当時、本件バスのハンドル及びブレーキには欠陥は存しなかったこと、本件バスは、構造の上における法令上の基準は十分充たしていること、本件バス内で座席に座れず、通路に立っている乗客は、支柱や、通路上部や座席の背の横に設けられているパイプや把手を把持することによって、転回や急制動の際の遠心力の作用や、衝撃に対して安全を確保する構造となっていること、右の構造は、山岳部を走行するバスを含め、大型バスについて広く用いられている構造であり、乗客が乗車口ステップに転落するという事故は極めて稀であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実に、前記のような車内放送を行っていたことを併せ考えれば、被控訴会社は、本件バスの運行に関し注意を怠らなかったものであり、また、本件バスには構造上の欠陥及び機能の障害はなかったというべきである。本件バスには乗車口ステップに乗客が転落するのを防止するための特別の設備は設けられていないが、右認定の事実からすれば、右のような設備が設けられていないことをもって本件バスに構造上の欠陥があるとすることはできないというべきである。

以上のところからすれば、被控訴会社の免責の抗弁は理由があり、控訴人の自動車損害賠償保障法三条本文による主張は失当である。

(香川 菊地 柴田)

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