東京高等裁判所 昭和55年(ラ)1079号 決定 1982年1月25日
抗告人
松井吉太郎
右代理人
平原昭亮
相手方
小島静子
外五名
主文
原審判を取消す。
本件を東京家庭裁判所に差戻す。
理由
一本件抗告の趣旨は、原審判を取消し、更に相当の裁判を求めるというにあり、その理由は、まず、原審判には、抗告人の固有財産であつて、本件遺産分割の対象とはなりえない財産をも対象として遺産の分割を命じた違法があるというにある。
二そこで検討するに、本件遺産分割は、抗告人及び相手方らの被相続人である松井大吉が昭和二一年一二月九日に隠居した際旧民法(昭和二二年法第二二二号による改正前の民法第四編第五編)第九八八条によつて留保した財産及び同人が右隠居後に取得した財産であつて、同人が昭和五二年三月七日に死亡した当時も同人に帰属していた財産を対象とすべきものであるところ、原審は、松井大吉が右隠居時に留保した財産であつて同人の右死亡当時も同人に帰属していた財産は原審判書添付の遺産目録記載のとおりであると認定して、これが本件遺産分割の対象となる財産であると判断し、その分割を命じたものである。
しかしながら、右遺産目録記載の財産中少なくとも本決定添付の財産目録に記載の財産については、一件記録を精査しても、これが松井大吉の右隠居時の留保財産に属していたと認めるに足りる的確な証拠資料は存在しない。すなわち、右留保財産に属する財産の範囲を直接に証明する資料としては、松井大吉が右隠居の際に作成したものと認められる財産留保証書及び同人と抗告人とが右留保財産の範囲を確認するために昭和四六年一一月二五日八王子簡易裁判所においてなした裁判上の和解の調書が存在するのみであるが、これらの書面には右財産目録記載の財産は記載されていない。また、右財産目録記載の財産の登記簿謄本によれば、これらの財産については、松井大吉の隠居後も同人が死亡するに至るまで、同人の家督相続人である抗告人への所有権移転登記がなされず、松井大吉の所有名義のままになつていたことが認められるが、このような事実も、右財産留保証書及び和解調書の存在及び記載に照らして考えれば、それだけでは右財産が松井大吉の隠居時の留保財産に属したと認めるに足りる資料とはなりえない。更に、武蔵野市作成の昭和五一年度の土地・家屋名寄帳を見ると、松井大吉が右財産目録記載の財産の納税義務者として登載されている(但し、いずれも現況が道路であるため非課税になつている。)ことが認められるが、これは昭和五一年当時右財産の登記簿上の所有名義者が右に述べたとおり松井大吉になつていたことの当然の帰結にすぎないから、これも右財産が松井大吉の留保財産に属したと認める資料たりえない。そして、その他に、右財産が松井大吉の留保財産であつたと認めるに足りる資料は見出しがたい。
なお、相手方松井脩を除くその余の相手方らは、原審において、仮に右財産目録記載の財産が松井大吉の隠居時の留保財産には含まれていなかつたとしても、松井大吉は隠居後これらの財産を時効によつて取得した旨主張しているが、この主張については、原審が審理を尽した形跡がない。
そうすると、原審は、本件遺産分割の対象となる財産の範囲について事実誤認ないし審理不尽の違法をおかしたものといわざるをえないから、その余の抗告理由について検討するまでもなく、原審判は取消しを免れない。そして、本件については、更に審理を尽させるため、これを原審に差戻すのが相当である。
よつて、主文のとおり決定する。
(川上泉 奥村長生 橘勝治)
財産目録<省略>