東京高等裁判所 昭和55年(ラ)1210号 決定 1981年5月28日
抗告人
内田洋子
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。抗告人を処罰しない。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙のとおりである。
抗告の理由の第一点は、要するに、抗告人(被審人)は取締役片山達也が住所を東京都千代田区内から渋谷区内に移転したことを知らなかつた、というのであるが、当裁判所は、抗告人(被審人)が片山達也の住所の移転を了知していたか又は了知しうる情況にあつたものと判断するものであつて、その理由は、原決定理由(一枚目裏七行目から二枚目表四行目まで)を引用する。これと異なる事実を前提とする抗告人の右抗告理由は理由がない。
抗告の理由の第二点は、要するに、前記片山達也に有限会社ヴエロニカを代表する権限があつたから、同人が自ら住所変更の登記申請をすべきであり、これを懈怠した責任は同人にある。というのであるが、記録を精査しても、右会社の定款若くは社員総会において又は定款に基く取締役の互選をもつて前記片山達也が右会社を代表すべき取締役に選任されたと認めるに足りる資料は存在しない。のみならず、有限会社において取締役が数人あるときは、会社を代表すべき取締役が定められない限り各自会社を代表する権限を有するものである(有限会社法二七条)ことからすれば、取締役の住所の変更登記(同法一三条二項四号、同条三項、商法六七条)につき、各取締役がそれぞれその変更登記義務を負担しているものと解されるし、しかも、抗告人が登記簿上筆頭にして最古参の取締役であるのであるから、抗告人の所論は採用することができない。
抗告の理由の第三点は、要するに、前記片山達也は有限会社ココットにおいて取締役として昭和五五年七月二日に自己の住所変更の登記申請をしたが、このことについて同人は処罰されていないのであるから、本件の処罰は不公平である、というのであるが、仮に右主張のように有限会社ココットにおいて取締役片山達也が住所変更したに拘らず所定の期間内に変更登記の申請をせず、期間徒過後に申請し、これにつき同人が処罰を受けていないとしても、このような事情をもつて直ちに本件処罰を違法とし取り消さなければならないものといわなければならないものではない。所論は採用することができない。
抗告の理由の第四点は、要するに、法定期間経過後であるのに、その期間内であると偽つて変更登記申請した者が処罰されず、法定期間経過後であることを隠さずに正直に変更登記申請した者が処罰される現行の制度は妥当性を欠くものである、というのであるが、記録を精査しても、右主張を認めるに足りる資料は存しない。従つて、所論は採用することができない。
抗告の理由の第五点は、要するに、抗告人(被審人)を過料二万五〇〇〇円に処した原決定は、量定が過重である、というのであるが、記録に顕われた一切の事情を考慮しても、原決定の定めた金額が過重であるものとは認めることができない。
その他、記録を精査しても原決定を取り消すべき理由を見出すことができない。
よつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(鈴木重信 井田友吉 高山農)
〔抗告理由書〕
右抗告人に対する商法違反抗告事件について、次のように陳述します。
一、原審に提出した陳述書の記載を援用し、以下の主張を付加する。
二、有限会社ヴェロニカの取締役は、抗告人と片山達也の両名であり、事実、両名で右会社の業務を執行しているものであるが、抗告人は静岡県富士市に居住し、片山達也は東京都内に居住している関係上、同人の住所が千代田区から渋谷区に移つたことは、了知し得なかつたものである、
三、仮りに、そうでないとしても、片山達也には有限会社ヴェロニカの代表権があり、同人が自ら住所変更の登記を申請すべきであり、それを懈怠した責任は、先ず同人にあると考えるので、抗告人が処罰を受けるのは不合理である。
四、更に同人が本件と同一の日である昭和五五年七月二日に住所変更の登記を申請した、富士市伝法九四六番地の六、有限会社ココット(取締役は同人一名)については、今以て同人は処罰を受けておらず誠に不公平である。(同社の登記簿謄本を追て提出する。)
五、仮りに、抗告人に故意又は過失があると認められた場合でも、前述の事情のもとで金二万五千円の過料の量定は過重である。