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東京高等裁判所 昭和55年(人ナ)1号 判決 1980年3月04日

請求者 甲野太郎

右代理人弁護士 上野忠義

同 高村正彦

被拘束者 乙山春夫

右代理人弁護士 柏崎正一

拘束者 久留米ヶ丘病院院長 落良江

右代理人弁護士 大塚利彦

主文

被拘束者乙山春夫を釈放する。

本件手続費用は拘束者の負担とする。

事実

請求者代理人は、主文と同旨の判決を求め、拘束者代理人は「請求者の請求を棄却する。被拘束者乙山春夫を拘束者に引き渡す。本件手続費用は請求者の負担とする。」との判決を求めた。

請求者代理人は、請求の理由として次のとおり述べた。

一  被拘束者乙山春夫は、昭和五四年一二月七日、徳島県徳島市○○○番○××番×号乙山夏夫方において、父乙山冬夫・母乙山冬子らによって手錠を掛けられ、乗用自動車に押し込められ、麻酔薬を注射されて眠らされた上で、翌八日、東京都東久留米市小山五丁目七番三号所在の久留米ヶ丘病院に連行され、その情を知っていた拘束者である同病院院長落良江によって同病院に強制的に入院させられた者であり、被拘束者は、現在も同病院内に拘束されている。

二  被拘束者は、昭和二四年八月八日生まれで、昭和四三年三月徳島県立A高等学校を卒業し、同年四月慶応義塾大学商学部に入学して、昭和四七年三月同学部を卒業し、同年四月同大学法学部に入学したが、昭和四八年四月二九日、文鮮明を創立者とする世界基督教統一神霊協会(以下「統一教会」という。)の東京本部教会に入会した。被拘束者は、昭和五一年三月右法学部を卒業して郷里の徳島市に帰り、市民大学講座を開設するなどして活動していたところ、昭和五四年六月、かねて加盟していた国際勝共連合(以下「勝共連合」という。)の徳島県本部事務局長に就任し、日夜同連合の運動に従事していたのであって、被拘束者は、拘束される日まで心身ともに健全であった。

三  被拘束者の両親及び弟乙山秋夫は、統一教会及び勝共連合の主義主張に反対であり、以前より被拘束者を統一教会及び勝共連合の組織から脱退させたいと考えていたところ、被拘束者が信仰仲間のB子と婚約したことを聞き及ぶや、被拘束者を統一教会及び勝共連合の組織から脱退させ、かつ、B子との婚姻を阻止して両親の望む相手と婚姻させる手段はないものかと思案した。折柄被拘束者の両親及び弟は、統一教会に対する狂信的な反対者で全国原理被害者更生会の会長と名乗るC男が、既に何人もの統一教会の会員をその父母と共謀して拉致し、久留米ヶ丘病院に強制入院させることによって「更生」させたと宣伝していることを知り、同人の甘言に乗って右と同様の手段を講ずることを決め、前記一記載のような所為に出て、被拘束者を拘束者に拘束させるに至ったものである。

四  被拘束者は、拘束者による拘束と洗脳のための処理により、行動の自由は勿論、統一教会の会員としての信仰の自由、勝共連合の会員としての政治活動の自由及び婚姻の自由等憲法の保障する基本的人権をことごとく踏みにじられている。たとえ両親であっても、成人に達した息子を、意見が食い違うことを理由として精神病院に強制入院させることは許されるべきことでない。

五  よって、請求者は、統一教会東京本部の家庭部長として、会員である被拘束者の人権を守るために被拘束者の救済を求めるものである。

なお、拘束者が拘束の事由として述べる事実は、否認する。

拘束者代理人は、答弁として、「拘束者は、昭和五四年一二月八日以降被拘束者乙山春夫を、拘束者の肩書地所在久留米ヶ丘病院に入院させている。被拘束者は、別紙診断書記載のとおりの症状を呈していたので、拘束者は、精神衛生法第三三条の趣旨に則り、保護義務者である両親の同意を得て、精密検査及び治療のために被拘束者を入院させているものである。そして、被拘束者は、現在においても症状が全治しておらず、引き続いて入院治療を要するものと認められる。」と述べた。

《証拠関係省略》

理由

拘束者が、昭和五四年一二月八日以降被拘束者乙山春夫を拘束者の肩書住所地所在久留米ヶ丘病院に入院させて同人を拘束していることは当事者間に争いがない。

そこで、拘束者は、被拘束者が別紙診断書記載のような症状を呈していたので、精神衛生法第三三条の趣旨に則り、保護義務者である両親の同意を得て被拘束者を久留米ヶ丘病院に入院させているものであると主張するのであるが、《証拠省略》によっては、いまだ被拘束者が精神障害者であると診断されたものと認めることはできないものというべきであり(右各号証の診断書には病名が記載されていない。)、また、被拘束者を入院させるにつき、同人の扶養義務者のうちから家庭裁判所が選任した保護義務者の同意を得たとの事実を認め得る資料が存在しないばかりでなく、被拘束者本人の同意を得たとの事実については、その主張も、これを認め得る資料も存在しない。してみれば、その余の点について検討するまでもなく、拘束者において被拘束者を拘束し得べき事由は認められないものというべきである。

よって、請求者の拘束者に対する本件人身保護請求は理由があるから、これを認容して、被拘束者乙山春夫を釈放することとし、本件手続費用の負担につき人身保護法第一七条、人身保護規則第四六条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 杉田洋一 判事 蓑田速夫 加藤一隆)

<以下省略>

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