東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)142号 判決
成立に争いのない甲第一号証及び第二号証によれば、本件意匠と引用意匠との間には、次の相違点が認められる。
(1) 本件意匠においては、シリンダーの排出管の取付け部分より下方の吸込管が、段を設けてアール状に形成されて急に細くなり、さらに、その下が口栓を貫通して下方にテーパー状に細くなり、口栓を貫通した吸込管の下方先端はその周囲を突縁に形成している。これに対し、引用意匠においては、シリンダー下方にこれと一体に形成された口栓部が、両肩部を下広がりに張出して逆円錐台状をなし、壜口に嵌合する部分の上端部が最も太く、下方に向け先細に形成されている壜口下方部に対応する下端部においても、シリンダー部に比べて顕著に太く形成され、そこから、シリンダーの口径の<省略>より小さい口径の円筒状の吸込管下部が下方に突き出している。
(2) 本件意匠においては、吸込管と口栓とは別体であり、吸込管が口栓を貫通する形で嵌合している。これに対し、引用例においては、口栓部が長い吸込管の上部を囲繞するような態様でこれと一体に形成されている。
(3) 本件意匠においては、空気抜けは、口栓外周に断面V字状に切削して設けられているから看者の眼にふれることは少ない。これに対し、引用例においては、空気抜けである通気管は、排出管の反対側で、口栓部の直上部の肩部を下広がりに張出した部分から外方に湾曲突出している。
(4) 本件意匠においては、排出管の形状大きさは、意匠全体に占めるウエイトが大きく、分注器のシリンダーの部分と排出管の部分とが、ほぼ同じウエイトにおいて看者の視覚に映じ、また、排出管は、その形状が変形S字状で長く、折曲部において丸味を帯び、シリンダー部のほぼ下端から突出しているのに対し、引用意匠においては、シリンダー部とこれに続く口栓部とのウエイトが全体的に大きく、排出管は、反対側の通気管とともに、小さいウエイトにおいて看取され、かつ、短小で太く、変形逆Z字状に角張つて、シリンダー部の下端のやや上部から突出している。
右(1)ないし(4)の相違点がある以上、両意匠は、これに審決認定の共通点があり、これらの共通点からその限りにおいて共通の印象が惹起されるとしても、もはや、全体としては、看者に異なる印象を与える非類似の意匠とみるのが相当である。
そうであれば、結局、両意匠の右のような相違点をもつて、意匠上は取り上げるほどの顕著な差異とはいえず、両意匠は類似するとした審決は、その判断を誤つた違法のものというべきである。
よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註その一〕本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告(旧商号日本硝子量器株式会社)は、意匠に係る物品を「分注器」とする別紙図面(一)記載のとおりの登録第三七八三四七号意匠(昭和四六年一月一八日意匠登録出願、昭和四九年一月一〇日設定の登録。以下、「本件意匠」という。)の意匠権者である。被告両名は、原告を被請求人として、昭和四九年二月一八日、本件意匠の登録無効の審判を請求したところ、特許庁昭和四九年審判第八五九号事件として審理され、昭和五五年四月一日、本件意匠の登録を無効とする旨の審決があり、その審決の謄本は同年四月二三日原告に送達された。
二 本件審決の理由の要点
本件意匠の構成、意匠に係る物品及び登録出願、設定登録の各日は、前項記載のとおりである。
本件意匠の基本的構成態様は、シリンダーと、該管内に挿入されるプランジヤーとから成るもので、シリンダー部は、排出管を下部周側面より突出させ、下方部に弁室、吸込管を垂直状に連続させて、通気用縦溝のある口栓部が弁室部を囲繞する態様に形成され、プランジヤー部は、案内杆が垂設されている円盤が右側に偏心して頭部に接合されている態様のものである。
具体的態様において、シリンダーは口縁周側部に下向きテーパーを付した突縁を表わし、周側面の上半部に、同様に刻まれている目盛線が四箇所に付されており、シリンダーより細い排出管は、左下周側部(正面図において)より左前方に向けて湾曲状に少し突出させ、それより垂直状に上方に向けてシリンダー全長の<省略>を高さとし、それより先細に表われている排出口部を、湾曲させた頂部より斜下方に向け、高さの<省略>に達する長さに形成したもので、シリンダー下端部を狭窄した弁室管は、シリンダー全長の<省略>の長さで、さらに小径にした吸込管にはその吸込口縁よりやや上部に輪状突部が付されており、通気用のV字状縦溝のある逆円錐台状をなす口栓が、弁室管周側面の右中央部に穿たれている通気孔に連係して弁室管下半部に嵌挿されている態様のものである。
プランジヤーの円盤は、シリンダー口縁部より大径で、下面右方部にシリンダーと少し間隔をあけてシリンダー全長の<省略>の長さの案内杆が垂設され、該杆には、下部に、下広がりにテーパーを付した突縁のある円盤状の目盛指示環が遊嵌され、締付螺子で係止されている態様のものである。
これに対し、本件意匠の登録出願前に日本国内において頒布された刊行物である米国特許庁一九六五年一〇月一二日発行の「OFFICIAL GAZETTE」(特許庁資料館受入昭和四一年三月二二日)所載の登録第三二一一三三五号LIQUID DISPENSING DEVICEの意匠(以下、「引用意匠」という。別紙図面(二)(〔編註〕省略(参照。)の態様は、次のとおりである。
基本的構成態様は、シリンダーと、該管内に挿入されるプランジヤーとから成るもので、シリンダー部は、排出管を下方部に、弁室、吸込管を垂直状に連続させ、通気管の突出する口栓部がその弁室、吸込管上部を囲繞する態様に形成され、プランジヤー部は、案内杆が垂設されている円盤が右側に偏心して頭部に接合されている態様のものである。
具体的態様において、シリンダーは、口縁周側部に垂直面を表わした突縁を表わし、周側面に目盛線が付されており、シリンダーより細い排出管は、右下方の周側部(正面図において)より右前方に向けて水平状に少し突出させ、それより垂直状に上方に向けてシリンダー全長の<省略>を高さとし、それより先細に表わされている排出口部を、緩やかに湾曲させながら斜下方に向け、高さの<省略>に達する長さに形成したもので、シリンダー下端部に表わされている口栓部は、肩部を下広がりに張出させた逆円錐台状の、左肩部(正面よりみて)に細い通気管を湾曲して突出させた形状で、球状弁室部及び小径の円筒状吸込管の上部までを囲繞する態様に、シリンダーと一体的に形成されているものである。
プランジヤーの円盤は、シリンダー口縁部より大径で、下面右方部にシリンダーと少し間隔をあけてシリンダー全長の<省略>の長さの案内杆が垂設され、該杆には、下部に、下広がりにテーパーを付した突縁のある円盤状の目盛指示環が遊嵌され、締付螺子で係止されている態様のものである。
本件意匠と引用意匠とを対比すると、意匠に係る物品は同一で、態様において、基本的構成態様は、通気部の態様の相違を除いては同様に表われており、具体的態様においても、シリンダーの口縁周側部に突縁を表わし、周側面に目盛線が付され、シリンダーより細い排出管は、下方周側部より前方に向けて少し突出させ、それより垂直状に上方に向けて折曲し、それより先細に表われている排出口部を、少し湾曲させて斜下方に向け、高さの<省略>に達する長さに形成したもので、通気部を有する逆円錐台状の口栓部が、シリンダー下部に垂直状に連続する弁室及び細い吸込管を囲繞する態様に設けられている点で共通し、プランジヤー部は同態様に表わされているものである。
相違点としては、排出管の高さと折曲部の形状に多少の相違があり、口栓部の取設態様が本件意匠においては弁室管に嵌挿されているのに対し、引用意匠ではシリンダーと一体的に形成されており、また、逆円錐台状をなすその形状にも、肩部を下広がりに張出させている点に相違があり、通気部の態様も、本件意匠においては口栓部に設けられている縦溝が弁室管に穿たれている通気孔に連係して形成されているのに対し、引用意匠では、細い円管が口栓の肩部より湾曲状に突出して形成されている点が相違し、その他、シリンダー口縁及び弁室の形状において多少の相違、目盛線の本数の相違等が挙げられる。
上述の点を総合して、両意匠を全体として観察すると、前記の共通点は両意匠の基本的構成態様に係るものであり、かつ、両者の特徴として看者の注意を強く惹く要点と認められるのに対し、口栓部の取設態様における前記の相違は、単に、機構上の相違でしかなく、弁室部の相違も、内部構造における相違であつて、意匠上は取上げる程の顕著な差異として表われてはおらず、部分的な相違と認められ、その他の相違も、全体よりみると目立つほどの差異を感じさせるとは認め難く、これらの相違が、前記共通点から惹起される共通した印象を打ち破るほどのものとは到底認められない。なお、排出管の取設方向における左右の相違は、内外管が互に向きを変えられうるものであるから、相違するものとは認められない。したがつて、両意匠は、全体として互いに類似する。
右のとおりである以上、本件意匠は、意匠法第三条第一項第三号の規定に違反して登録されたものであるから、同法第四八条第一項の規定によりその登録を無効とすべきものである。
三 本件審決の取消事由
1 審決は、意匠の類否判断における要部観察を誤つたものである。
分注器とは、定量の薬液を壜の中から吸入してこれを試験管その他の受器に分注する器具であつて、その最大量は通例一グラム程度のものから一〇〇グラム程度のものまであるが、いずれもガラス製の場合には、その目盛のほどこされたシリンダーの本体とプランジヤーの形状模様は、注射器の本体とおおむね同様のありふれた形状模様を有するのが例であり、さらに、プランジヤーの頭部に接合し定量を分注するための案内杆及びストツパーも、一定量を分注するために機能上必然的に具備されるべき形状のものである。
したがつて、これらの部分において本件意匠と引用意匠の形状模様が相互に類似しているとしても、これらの部分の形状模様は、分注器の意匠を構成するものとしては、機能上必然的に具わる形状模様としてありふれた模様の部分であるから、分注器の意匠の類否を全体的に観察する場合には、比較的小さく評価されるべきものである。審決が、この部分の共通点を両意匠の基本的構成態様に係るものとし、両者の特徴として看者の注意を強く惹く要点であるとしたのは、要部観察を誤つたものである。
2 本件意匠と引用意匠との間には、次のような相違点がある。
(一) 本件意匠においては、シリンダーの排出管の取付け部分より下方の吸込管が、栓の取り換えを容易にしうるよう段を設けてアール状に形成され、急に細くなり、さらにその下が下方に向け口栓部を貫通してテーパー状に細くなり、口栓部を貫通した吸込管の下方先端はその周囲を突縁に形成している。これに対し、引用意匠においては、シリンダーの下方の、左に通気管を突出する口栓部が、その弁室、吸込管上部を囲繞するような態様で一体的に形成され、両肩部を下広がりに張り出させ逆円錐台状をなし、壜口に嵌合する部分の直上部が最も太く、下方に向け先細に形成されている壜口の下端部においても、シリンダー部分に比べ顕著に太く形成されている。
(二) 本件意匠においては、空気抜けは、栓にV字状に切削して設けられているから、看者の眼にはふれないが、引用意匠においては、通気管は、排出管の反対側で、口栓部の直上部の肩部を下広がりに張り出させた部分から外方に湾曲突出している。
(三) 本件意匠においては、排出管の形状大きさは、全体に占めるウエイトが極めて大きく、分注器のシリンダーの部分と排出管の部分とが、ほぼ同じウエイトにおいて看者の視覚に映じ、また、排出管は、その形状を鳥にたとえれば、頸部が頭部と嘴部とを合わせたものより長いところから、全体として細長い鶴の首のような印象を看者に与えるのに対し、引用意匠においては、シリンダーの部分の看者の眼に映ずるウエイトが圧倒的に大きく、排出管は、反対側の通気管とともにシリンダーの附着部分として下部において左右にバランスを保つているという感触を看者に印象づけ、また、その排出管は、その形状を鳥にたとえれば、頸部が頭部と嘴部とを合せたものより短いところから、全体としてずんぐりした鴨の首のような印象を看者に与える。
3 本件意匠と引用意匠との間に右のような相違点がある以上、両意匠を類似の意匠ということはできない。審決は、両意匠の要部観察を誤り、両意匠の右のような相違点について、機能上あるいは構造上の相違にすぎないものであつて、意匠上は取り上げるほどの顕著な差異として表われていないとし、その結果、両意匠は、類似するものであるとの誤つた判断をした違法のものである。