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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)164号 判決

事実及び理由

原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

1  本願考案の目的、効果について

原告は、審決が、本願考案と引用例のものとの相違点について判断するに当り、本願考案の目的、効果を誤認している、と主張する。

当事者間に争いのない本願考案の要旨(請求の原因、二項)によれば、本願考案が多重反射型超音波固体遅延子のなかでも、特に、入力変換子と出力変換子とを同一の面に設けた型に属するものであることは明らかである。

ところで、成立に争いのない甲第二号証によれば、本願考案の明細書(第一欄第二四行~第二欄第六行)には、「本考案は、……特に入力変換子と出力変換子とが同一面にある超音波固体遅延子の改良に関する。近時、超音波固体遅延子は、小形化、低価格化の傾向にあり、その一傾向として、……第一図に示したような形状の遅延子本体1の同一面に入力変換子2と出力変換子3とを電極4、4′を付して位置せしめた遅延子が用いられている。しかしながら、このような形状の超音波固体遅延子は、……損失が増加するという欠点を有している。本考案は、入力変換子と出力変換子とが同一面にあり、かつ、全体が五角形となるような遅延子を提供し、……上記欠点を除去しようとするものである。」との記載があることが認められるから、本願考案は、小形化、低価格化に加えて超音波の損失もまた小さい遅延子を得ようとするものであることが認めうるのであつて、小形化、低価格化ということが明文をもつて考案の目的として特別に記載されていなくても、これを本願考案の目的の一部というに妨げはない。

被告は、右記載中の「近時、超音波固体遅延子は、小形化、低価格化の傾向にあり、……」の部分について、それは従来のものについて述べているにすぎず、一般に、そのような「多重反射型」遅延子は周知であつて、その特徴は小形化、低価格化を図ることにあつたのであるから、前記のような記載があるからといつて、本願考案の目的、効果が、他の同型の遅延子と較べて特に小形化、低価格化を図るものとすることはできない、と主張している。

しかしながら、同型、すなわち同じ「多重反射型」の超音波固体遅延子といつても、その中には更に種々の形状、構造のものがあり、それらの間で、一定の遅延時間を得るに要する主面面積や製造価格が異なるであろうことは当裁判所に顕著な事実である。したがつて、一般に「多重反射型」の目的、効果が小形化、低価格化にあるとの一般論をもつて、その型の中でも更に特定の形状、構造のものであることを特徴とする本願考案についてまでも、その目的、効果には格別、小形化、低価格化が含まれないとするのは当らない。

また、仮に、本願考案の目的、効果が、他の同型の遅延子と比較して、特に小形化、低価格化にあるとまではいえないとしても、超音波の損失を小さくするという主目的の下で、同時になお「多重反射型」の一般的特徴である小形化、低価格化の利点を可及的に維持、追及することは当然の要請であつて、本願考案の目的、効果とするに足るものである。

そして、弁論の全趣旨によれば、本願考案と引用例のものを比較すれば、本願考案は原告主張のような小形化、低価格化の効果を奏するものであることが認められる(別紙第三図面の第一図、第二図(〔編註〕省略)参照)。

被告は、右のような効果は明細書に記載されていないと主張するが、既述のように、本願考案の目的、効果には小形化、低価格化が含まれていることがその明細書の記載によつて認められるのであり、かつ、本願考案と引用例のもののそれぞれにおいて、同一の遅延時間が得られるように寸法を定めて対比すれば当然に原告主張のとおりの相違が生ずることは自ら明らかであるから、被告の右主張は採用できない。、

以上のように、本願考案は、遅延子の小形化、低価格化を考案の目的、効果としているものであるのに、審決は、本願考案が引用例のものと較べて条溝を設けていないことの相違点について、引用例のものが一個の条溝を設けることにより小形にしたものであることを認めながら、条溝を設ける必要がない場合に、これを設けないようにすることは引用例のものからきわめて容易になしうることとして本願考案の進歩性を否定するに至つているのであるから、右審決の判断は、その前提において本願考案の目的、効果を誤認しているものというべきである。

2  遅延子の形状と条溝との関連性について

原告は、審決が、本願発明と引用例のものとの対比判断に当り、遅延子本体の形状上の相違と条溝の有無をそれぞれ分離して個々に判断したことにより、本願考案の進歩性の判断を誤つたものである旨主張する。

成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例のものにおいて、条溝を設けないとすれば、伝播径路の長さが減少し、その結果、遅延子の大形化を招くことになることは明らかである(別紙第三図面第七図(〔編註〕省略)参照)。また、同号証によれば、引用例のものにおいて、条溝のある部分はそのままにしておいて他の方向に主面面積を五〇%拡張して、長方形の一つの角部を切り欠いた形状としても(別紙第三図面第八図の形状)、伝播径路は少しも増大しないことも明らかである。したがつて、この形状で原形のものと同じ遅延時間を得ようとすれば、主面面積は著しく増大することになる。

そうすれば、本願考案は、引用例のものを基にしてこれを見れば、主面の基本形状の長方形への変更と、条溝の省略という、それぞれ個別的にはむしろ大形化の結果を生ずる条件を組合せることによつて、逆に小形化の目的、効果を達成しているものである。このようなことは、形状と条溝との特殊な関連性に基因するもので、形状と条溝の有無とを切り離して個々に考察しても容易に想到できることではない。

被告は、本願考案の遅延子の主面形状は長方形であるから、条溝を設ける必要がない旨主張しているが、長方形の場合に条溝を設ける必要がないことが自明のことであると認めるに足る証拠はない。

結局、審決が、形状と条溝の有無について、それらを個々に、形状については設計的事項にすぎないとし、条溝を設けない点についてはきわめて容易になし得たものとして、本願考案の進歩性を否定するに至つたのは、前記関連性を看過した結果その判断を誤つたものといわなければならない。

3  以上のように、審決は、本願考案の目的、効果を誤認し、かつ、超音波固体遅延子における形状と条溝との関連性を看過した結果、本願考案の進歩性の判断を誤つているのであるから、違法であり取消を免れない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容する。

〔編註〕本件における当事者の主張は左のとおりである。

二 本願考案の要旨

遅延子本体11の主面形状が長方形の一つの角部を四五度の角度に切り欠いた五角形であり、前記切り欠き面aに入力変換子12と出力変換子13とを位置せしめ、前記入力変換子12から出た超音波が前記出力変換子13に到達するまでの伝播径路が、前記切り欠き面a以外の四つの面b、c、d、eのそれぞれに反射点をもち、かつ、前記伝播径路の反射点はすべて前記四つの面b、c、d、eに存在していることを特徴とする超音波固体遅延子。(別紙第一図面(〔編註〕省略)参照)

三 審決の理由の要点

一方、本願考案の登録出願前日本国内において頒布された刊行物・特公昭四六―三二二九九号公報の第三図(以下「引用例」という。)には、遅延子本体の主面形状が正方形の一つの角部を四五度の角度に切り欠いた五角形であり、前記切り欠き面に入力変換子と出力変換子とを位置せしめ、更に、前記切り欠き面に対向した一つの面に一個の条溝を設け、前記入力変換子から出た超音波が前記出力変換子に到達するまでの伝播径路が、前記切り欠き面以外の四つの面及び条溝の両側壁に反射点をもち、かつ、前記伝播径路の反射点は、前記四つの面及び条溝の両側壁に存在していることを特徴とする超音波固体遅延子が記載されている。

(別紙第二図面(〔編註〕省略)参照)

そこで、本願考案と引用例のものとを比較すると、

<1>  本願考案の遅延子本体の形状が長方形の一つの角部を四五度の角度に切り欠いているのに対し、引用例の遅延子本体の形状は正方形の一つの角部を四五度の角度に切り欠いている、

<2>  引用例のものでは切り欠き面に対向した一つの面に垂直に一個の条溝を設けているのに対し、本願考案はそのような条溝を設けていない、ことの二点で両者は相違し、その他の点では一致している。

そこで、右相違点について検討するに、

相違点<1>

遅延子本体の主面形状を、長方形に選ぶか、正方形に選ぶかは、超音波の伝播径路の長さに応じ、当業者の必要により、きわめて容易になしうる設計的事項にすぎない。

相違点<2>

引用例のものは、切り欠き面に対向した一つの面に垂直に一個の条溝を設けることにより、遅延子本体の形状を小形にしたものである。すなわち、一個の条溝を設けない遅延子本体に一個の条溝を設けることにより、遅延子本体の形状を小形にしたものである。したがつて、条溝を設ける必要がない場合に条溝を設けないことは、引用例のものからきわめて容易になしうることである。

したがつて、本願考案は、引用例記載の考案に基いて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第三条第二項の規定により、実用新案登録を受けることができない。

四 審決の取消事由

審決は、本願考案と引用例のものとの相違点についての判断を誤り、その結果、本願考案の進歩性を誤つて否定するに至つたもので、違法である。以下に詳述する。

1  本願考案の目的、効果について

審決は、本願考案と引用例のものとの相違点<2>についての判断において、「引用例では、……条溝を設けることにより、……小形にしたものである。したがつて、条溝を設ける必要がない場合に条溝を設けないことは、……きわめて容易になし得たものと認められる。したがつて、本願の考案は、……容易に考案をすることができたものと認められる」としている。この審決の判断は、明らかに、本願考案が「条溝を設ける必要がない場合の考案」、すなわち、小形化の必要がない場合の考案であることを前提としている。

しかしながら、本願考案は、その明細書に明記されているように(甲第二号証の第一欄第二七行~第二八行及び第二欄末行~第三欄第四行)、超音波固体遅延子の小形化、低価格化を目的とするものであり、かつ、その効果を奏するものである。現に、本願考案と引用例のものとを、同一の遅延時間が得られるように寸法を定めて比較しても、本願考案の遅延子の面積は引用例のものの面積の一、六分の一となるのであり、加うるに、本願考案では加工に困難を伴う条溝の設置を必要としないのであるから、大巾に小形化、低価格化が可能となるのである(別紙第三図面の第一図、第二図参照)。

したがつて、審決の前記判断はその前提において既に誤つている。

被告は、一般に、「多重反射型」の超音波固体遅延子の特徴は小形化、低価格化にあるから(乙第一号証)、本願考案の目的、効果も他の「多重反射型」超音波固体遅延子と比較して特に小形化、低価格化にあるとは認められないと主張するが、乙第一号証のものは実用に甚だ遠いものであり、その形状、構造に則つた他の例を考えてみても、実用可能なものは、本願考案と較べて甚だ大形になるのを免れないのであるから、被告の右主張は失当である。

2  遅延子の形状と条溝との関連性について

審決は、本願考案と引用例のものとの対比判断に当り、遅延子本体の形状上の相違点と条溝の有無という相違点とを分離して個別的に論じ、それぞれについて、本願考案は引用例のものからきわめて容易に推考できるものであるとし、そのことから直ちに本願考案は引用例のものからきわめて容易に考案をすることができたものとしている。

しかしながら、本願考案や引用例のものが属する多重反射型固体遅延子においては、遅延時間が一定の場合、遅延子本体の主面形状、切り欠き、変換子の位置、反射面、反射点の位置等の諸条件があり、その一つを変えれば直ちに他の条件を変える必要があるというように、これらの諸条件は密接不可分の関係にある。したがつて、本願考案と引用例のものとの相違点を検討するに当つても、右諸条件の相互の関連を考慮しながらこれを検討しなければならない筈であるのに、審決は、前記のように、これをしていないのである。

特に、審決は、条溝の有無の相違点について、引用例のものが「一個の条溝を設けない遅延子本体に一個の条溝を設けることにより遅延子本体の形状を小形化したものである」とした上で、「したがつて、条溝を設ける必要がない場合に条溝を設けないことは、引用例記載のものからきわめて容易になしえたものと認められる。」と断定しているのであつて、この判断は、遅延子本体の形状とは無関係に、条溝の設置が小形化に有用であることを前提としている。

しかしながら、このような前提が正しいのは引用例のものの形状を採る場合だけであつて、それと異なる本願考案の形状の場合には、そのようなことは言えないのである。

すなわち、引用例のものにおいては、条溝を設ければ伝播径路が長くなるから、一定の遅延時間を得るための遅延子本体の大きさは、条溝を設けることによつて、確かに小さくなる。しかしながら、本願考案の形状においては、仮に一個の条溝をb面から測つて引用例のものと同じ位置に設けたとしても、伝播径路は却つて短くなるのであつて、小形化とは逆に大形化が必要となる(別紙第三図面の第八図(〔編註〕省略)参照)。そして、右条溝と対称的の位置に更に別の条溝を設けたときに初めて本願考案とほぼ同等の大きさでよいことになるが(別紙第三図面の第九図(〔編註〕省略)参照)、その場合には、伝播損失の著増と加工の困難化という重大な欠点を生むことになる。

以上のように、引用例のものにおいて一個の条溝を設けたことにより遅延子本体の小形化が達成されているのは、本体の主面形状が正方形であるから実現できたまでであつて、本願考案のようにそれが長方形である場合には、条溝の設置により、逆に大形化してしまうのである。

したがつて、既述のように、遅延子本体の小形化を考案の目的、効果とする本願考案において、条溝を設けないことは、引用例の記載から容易に推考できない筈のものであり、これを容易とした審決の判断は明らかに誤りである。

(被告)

請求の原因の認否と主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の主張は争う。

1  その1の主張について

原告が指摘する本願考案の明細書の記載(甲第二号証の第一欄第二七行~第二八行)は、従来の超音波固体遅延子について述べたにすぎないものである。そして、一般に、多重反射型超音波固体遅延子は本願考案の登録出願前に既に周知であり、この型の遅延子が小形化、低価格化を特徴とするものであることも同様に周知のことであつた(乙第一号証の第七七六頁第一二行~第一五行)。本願考案の超音波固体遅延子はこれと同種の多重反射型と呼ばれるものであるから、同種の従来のものと同程度の小形化、低価格化ならば当然のことであるにすぎない。したがつて、本願考案の目的、効果が他の多重反射型超音波固体遅延子に比して、特に小形化、低価格化にあるとするのは当らない。

また、原告が指摘する本願考案の明細書の他の記載(甲第二号証、第二欄末行~第三欄第四行)に、「(遅延子が)面b、c、d、eの各面において、特に面bにおいても反射点をもつことにより」(第三欄第一行~第二行)とあるのは、入力変換子と出力変換子が設置されている面以外のすべての面に反射点をもつということである。しかしながら、そのような多重反射型超音波固体遅延子は周知である(乙第一号証の第七七六頁図3、5)から、原告の指摘する前記明細書の記載があるからといつて、本願考案が従来品と比較して特に大巾に小形化されるものであるということはできない。

また、原告は、本願考案と引用例のものとを、同一の遅延時間をもたらすように寸法を定めて比較すれば、本願考案の遅延子の面積は引用例のそれの一、六分の一となり、しかも加工に伴なう困難を必要としないので、大巾に小形化、かつ低価格化が実現される旨主張するが、そのようなことは、本願考案の明細書に何ら記載されていないことである。

2  その2の主張について

本願考案の遅延子本体の主面形状は長方形であるから、条溝を設ける必要がないのである。しかも、本願考案が属する多重反射型超音波固体遅延子の分野においては、条溝を設けないものが条溝を設けたものよりも先に現れていたのであるから、条溝を設ける必要がない場合に、それを設けないようにすることはきわめて容易に考えられることである。

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