東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)184号 判決 1980年12月23日
原告
越山康
被告
東京都選挙管理委員会
右代表者委員長
小川睦郎
右訴訟代理人
鎌田久仁夫
右指定代理人
小野拓美
外四名
主文
原告の請求を棄却する。ただし、昭和五五年六月二二日に行われた衆議院議員選挙の東京都第三区における選挙は、違法である。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実《省略》
理由
一被告の本案前の主張について。
(一) 被告は、本件訴は公選法二〇四条が規定する選挙無効の訴の範ちゆうに入るものではなく、不適法である、と主張する。確かに、原告が本訴の根拠として主張する公選法二〇四条は、選挙規定の有効を前提とし、選挙の管理執行上の瑕疵があつた場合に当該選挙を無効とするための訴訟を予想して規定されており、選挙規定自体の違憲、無効を理由として選挙の効力を争う場合までをも予想し、規定されたものでないことは、同条に定める訴訟の被告が選挙管理委員会とされていることや、訴訟の結果、当選人がなくなつたなどの場合の再選挙に関する規定(同法一〇九条、三四条)などに照らすとまず疑いはない。
しかし、選挙規定に基づく単なる管理執行上の瑕疵以上に重大な瑕疵というべき選挙規定それ自体の違憲、無効を理由とする選挙無効の訴が、前記規定の許容する範囲外であり、かつそのような訴を許すべき実定法規が存在しないからとしてその提起を許されないとするのは、本末転倒であつて妥当ではなく、選挙人は右のような場合には公選法二〇四条の訴訟形式をかりて選挙無効の訴を提起することができると解すべきである(最大判昭和五一年四月一四日民集三〇巻三号二二三頁)。
被告の主張は失当であり、採用できない。
(二) また被告は、国会議員の選挙区別定数をいかに定めるかは高度の政治問題に属し、立法府が自ら解決すべき筋合であるから、定数配分規定の効力判定は司法審査に親しまず、これを訴訟の中心問題とする本件訴は不適法である、と主張する。
右定数を国会がいかに定めるかについては種々の政治的判断が加えられるべきことは否定できないが、定数配分規定の内容が合理性を欠く場合においても司法審査を排除する程高度の政治性を有するとは思われず、また被告主張のような理由でその効力の判定を司法審査から除外すべきであるとも解し難い。
被告の主張は失当であり、採用できない。
二請求の当否について。
(一) 請求原因1は当事者間に争いない。
(二) 原告は、本件定数配分規定は平等選挙を保障する憲法に違反するから、同規定に基づいて行われた本件選挙は無効である、と主張するから、以下、この点について検討する。
1 衆議院議員の定数、選挙区および各選挙区において選出すべき議員数は公選法別表第一の定めるところによるとされ(憲法四三条二項、四七条、公選法一三条一項)、別表第一は全国を行政区劃に従い、地域的に分割して選挙区を編成し、これに議員定数を細分して一定の議員数を割当て、各選挙区において選挙することとしているから(公選法一二条一項)、右選挙の結果選ばれた議員は全国民の代表ではあるが(憲法四三条一項)、その選出方法としては地域代表制がとられているものであることは疑いをいれない。
2 別表第一は、昭和三九年法律一三二号による改正の結果、選挙区の数は一二四、議員定数は四九一人と増加、増員され、更に昭和五〇年法律六三号による改正にかかる本件定数配分規定により選挙区の数は一三〇、議員定数は五一一人に増加、増員された。
3 憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条但書を通覧すると、主権在民の民主主義を標榜し、国民の自由、平等に重きをおく憲法が、国会議員の選挙につき、いわゆる形式的平等主義すなわち国民個々人の事実上の相違を捨象して各人を均しく取扱うことを要請する平等選挙原則をとることは明白であり、この選挙における平等原則が、単に選挙資格の平等を意味する、投票の数的平等の保障を意味するだけではなく、前記のように地域代表制をとる選挙制度下において、より実質的な価値である選挙権の内容すなわち投票価値の平等を異なる選挙区間においても保障するものであることは、「日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」との憲法前文および両議院は全国民の意思を適正、忠実に反映し、これを代表する議員で組織される、との趣旨の同法四三条一項から見ても、明らかである。そしてこの選挙区間の投票価値の平等が、各選挙区において選出する議員一人当り人口または有権者数の均等化によつて実現されるべきことについても多言を要しない。
公選法別表第一がその末尾において、「本表は……直近に行われた国勢調査の結果によつて更正するのを例とする。」と規定しているのも、選挙区間の投票価値の平等を実現するため、人口移動に伴つて生ずるその時々の人口分布に比例して各選挙区への議員定数配分がなされるべきこと、すなわち人口比例主義をとることを示すものにほかならない(この別表第一末尾の規定は訓示的なものではあるが、人口(有権者数もおおむね人口に比例すると考えて差支えない。)把握の方法をつくして更正の必要が生じたと認められるときは、できる限り早期に、更正がなされるべきことを命じているものである。)。
定数配分に際しこの人口比例主義を最大限に尊重すべきことは、選出すべき議員数が同数である他の区(過疎区)に比し、人口もしくは有権者数が二倍の選挙区(過密区)の選挙人の一票の投票価値は右過疎区の選挙人の一票の投票価値の二分の一に過ぎず、このことは右過密区の選挙人一票に対し右過疎区の選挙人には二票が与えられていることと同視できるという不合理を生ずることに照らしても明らかであり、単にその属する選挙区(これは或る行政区劃に住所を置くという偶然事で決せられる。公選法二一条。)の如何により、異なる選挙区の選挙人間に、右述のような投票価値の差が生ずることは前記平等原則に反するものであつて、到底、容認できない。
4 この点に関し、被告は、議員定数配分については、人口的要素のほかに行政区劃の歴史的沿革、住民構成、交通事情、産業、経済、自然等の地理的条件などのいわゆる非人口的要素をも考慮すべきであり、また常々、政治的、経済的、文化的に不利益を受けている過疎地域を、議員定数配分上、都市部より多少優遇し、その投票価値を大きくすることが必要であると主張する。
もとより選挙区の設定、分割につき行政区劃が基準となつていること前記のとおりであるから、選挙区の設定、分割と密接、不可分の関係にある、選挙区への定数割当につき、行政区劃がもつ影響力は小さいものではないが、もともと不確定要素の多い非人口的要素を強調することは前記人口比例主義の立場と相容れないものであり、ここでこれまでこの非人口的要素への過度の考慮が人口比例主義の貫徹をいかに妨げてきたかを想起すべきである。
また議員定数配分における過疎地域優遇についての被告の主張は、都市部の住民は常々経済的文化的に利益を受けているとの見解を前提とするものであるが過疎地域とか都市部とかの概念それ自体あいまいであり、右見解は漠然として具体性に欠けるのみならず過密都市における生活環境、物価などの問題をも考え合わせると、右前提自体採りえないものである。
5 このように考えてくると、端数の切り上げ処理の問題やある程度の前記非人口的要素を考慮に入れるにしても、選挙区のなかで議員一人当り人口もしくは有権者数の最少のもの(最大過疎区)の議員一人当り人口もしくは有権者数と選挙区のなかで議員一人当り人口もしくは有権者数の最多のもの(最大過密区)の議員一人当り人口もしくは有権者数との比率(いわゆる最大格差)がおおむね一対二を超えるような場合には、そのような定数配分を定めた定数配分規定は、全体として、前記憲法が保障する選挙における平等原則に反し、憲法に違反するといわざるをえない。
6 この点に関し、被告は、最大過疎区と最大過密区における議員一人当り人口もしくは有権者数を比較すべきでなく、全国の人口を全国議員定数で除した全国平均議員一人当り人口を基準とし、これとの比較をなすべきである、と主張する。
しかしもともと不平等とか差別とかは抽象的基準との比較で決せられるものではなく、具体的な存在間における格差としてこれをとりあげて決せられるべき問題であるのみならず、被告主張のような全国平均的数値を基準とすれば、選挙区への議員割当数が過多、または過少であつても、その異常性が平均値に没入され、看過されるおそれがあるから、被告の右主張はたやすくは採用できない。
また前記のような、最大格差いかんにより定数配分規定全体の合違憲性をみる、という方法をとらず、特定選挙区における議員一人当り人口もしくは有権者数とその全国平均値とを比較検討して、定数配分規定中、当該選挙区に関する部分だけの効力を吟味する立場(いわゆる可分説)があるが、定数配分においては過密区に対する議員配分の過少だけではなく、過疎区に対する議員数配分の過多も問題とすべきである。過疎区議員数減員と過密区議員数増員とは相関連せしめることが重要であり、議員定数の総枠は不動のものとして、人口移動に伴ない、議員数の選挙区間移動がなされるべきである。もし可分説をとれば安易に過密区に対する議員数増員のみがなされ、人口移動が続く限り、議員定数が無限に増加していくおそれがある。従つてこの立場は採りえない。
7 右述したところを前提として、本件定数配分規定が前記平等原則に反し、憲法に違反するかどうかを考える。
前記のように本件定数配分規定は昭和五〇年法律六三号による改正にかかるものであるが、<証拠>によると、右改正は改正前直近の国勢調査である昭和四五年施行の国勢調査により把握された人口を斟酌してなされたものであること、右国勢調査時における各選挙区の人口および議員一人当り人口は別表一のとおりであることが認められ、これによると議員一人当り人口の最少区(最大過疎区)である兵庫県第五区(議員数三、人口三三八、一〇五人、議員一人当り人口一一二、七〇一人)と最大過密区である東京都第七区(議員数四、人口一、三一六、七九九人、議員一人当り人口三二九、二〇〇人)の各議員一人当り人口を比較すると、1対2.92であることが認められる。
従つて前記基準に照らすと、定数配分の結果、最大格差が一対二を超える選挙区を是認する本件定数配分規定は、全体として、その改正当時すでに、前記平等原則に反し、憲法に違反する、といわざるをえない(なお西ドイツ連邦選挙法においては、平均人口からの距離はプラス、マイナスとも100分の33.3分の1をこえてはならない、とされている由であるが、プラス、マイナスが右比率の両選挙区間の最大格差は一対二となることから、右規定の合理性を認めることができる。前記国勢調査時における全国人口一〇四、六六五、一七一人を議員定数五一一で除すると、議員一人当り全国平均人口は二〇四、八二四人となり、これと比較すると前記兵庫県第五区の議員一人当り人口は、マイナス一〇〇分の四四であり、東京都第七区の議員一人当り人口はプラス一〇〇分の六〇であり、いずれも一〇〇分の33.3分の一を超えている。念のため原告の選挙区である東京都第三区では前記国勢調査時における人口一、〇八二、九五〇人、議員数四、議員一人当り人口二七〇、七三八人であつて、これを議員一人当り全国平均人口と比較するとプラス一〇〇分の三二である。)。
8 全国各選挙区における人口もしくは有権者数は五年毎に行われる国勢調査(統計法四条二項但書の簡易国勢調査を含む。)のほか、国会議員選挙の際、または毎年公選法に従つて調製登録される基本選挙人名簿、もしくは住民基本台帳法による同台帳記載者調査によつても把握可能であり、現にこれらによる人員数は毎年公表されているものであるが、前記昭和五〇年における定数配分規定改正時の人口資料を提供した昭和四五年施行の国勢調査後に把握された人口、有権者数に基づいて、最大過疎区と最大過密区間における議員一人当り人口もしくは有権者数の比率(最大格差)を以下、検討してみる(なお、以下の各選挙時における有権者数はいずれも自治省又は都道府県選挙管理委員会発表のもので当裁判所に顕著な事実である。)。
(1) 昭和四七年一二月一〇日に行われた衆議院議員選挙における有権者数は本件定数配分規定を定めた当時、既に判明していたと認められるところ、これに本件定数配分規定における議員数をあてはめて計算した場合の最大過疎区である兵庫県第五区(議員数三、当日有権者数二三七、五一六人、議員一人当り有権者数七九、一七二人)と最大過密区である東京都第七区(議員数四、当日有権者数九三九、四六六人、議員一人当り有権者数二三四、八六六人)間の最大格差は、1対2.96である(全国平均議員一人当り有権者数一四四、三六三人と両選挙区の議員一人当り有権者数との比率は、兵庫県第五区のそれは、マイナス一〇〇分の四五であり、東京都第七区のそれは、プラス一〇〇分の六二である。)。
(2) <証拠>によると、昭和五〇年に施行された国勢調査における各選挙区の人口および議員一人当り人口は別表二のとおりであることが認められ、これによれば、最大過疎区である兵庫県第五区(議員数三、人口三三二、二四三人、議員一人当り人口一一〇、七四八人)と最大過密区である千葉県第四区(議員数三、人口一、二三五、五三四人、議員一人当り人口四一一、八四五人)間の最大格差は、1対3.71である(全国平均議員一人当り人口二一九、〇六〇人と両選挙区の議員一人当り人口との比率は、兵庫県第五区のそれは、マイナス一〇〇分の四九であり、千葉県第四区のそれは、プラス一〇〇分の八八である。)。
(3) 昭和五一年一二月五日に行われた衆議院議員選挙における最大過疎区である兵庫県第五区(議員数三、当日有権者数二四一、二一三人、議員一人当り有権者数八〇、四〇四人)と最大過密区である千葉県第四区(議員数三、当日有権者数八四三、二四七人、議員一人当り有権者数二八一、〇八二人)間の最大格差は、1対3.49である(全国平等議員一人当り有権者数一五二、四九八人と両選挙区の議員一人当り有権者数との比率は、兵庫県第五区のそれは、マイナス一〇〇分の四七であり、千葉県第四区のそれは、プラス一〇〇分の八四である。)。
(4) 昭和五四年一〇月七日に行われた衆議院議員選挙における最大過疎区である兵庫県第五区(議員数三、当日(正確には同年九月一〇日現在、以下同じ)有権者数二四四、六九〇人、議員一人当り有権者数八一、五六三人)と最大過密区である千葉県第四区(議員数三、当日有権者数九四九、一八八人、議員一人当り有権者数三一六、三九六人)間の最大格差は、1対3.87である(全国平均議員一人当り有権者数一五七、八八四人と両選挙区の議員一人当り有権者数との比率は、兵庫県第五区のそれは、マイナス一〇〇分の四八であり、千葉県第四区のそれは、プラス一〇〇分の一〇〇である。)。
(5) 本件選挙における最大過疎区である兵庫県第五区(議員数三、当日有権者数二四四、一二六人、議員一人当り有権者数八一、三七五人)と最大過密区である千葉県第四区(議員数三、当日有権者数九六四、〇五四人、議員一人当り有権者数三二一、三五一人)間の最大格差は、1対3.94である(全国平均議員一人当り有権者数一五八、三六六人と両選挙区の議員一人当り有権者数との比率は、兵庫県第五区のそれは、マイナス一〇〇分の四八であり、千葉県第四区のそれは、プラス一〇〇分の一〇二である。なお原告の選挙区である東京都第三区の議員数四、当日有権者数七六七、九一九人、議員一人当り有権者数一九一、九七九人、議員一人当り全国平均有権者数との比率はプラス一〇〇分の二一である。)。
9 これら事実に照らすと、本件定数配分規定による定数配分は、改正後、人口の移動によりますます人口もしくは有権者数の分布と乖離し、過疎区と過密区との格差が更に大となつて平等原則違反の程度を強めていることが理解されるところ、右改正後、人口もしくは有権者数は前記のように種々の方法で把握可能であつたにもかかわらず、本件選挙までの間、何らの是正措置はとられておらないことは公知の事実であり、このことは、本件定数配分規定の違憲性を一層大きくするものである。
(三) しかし、いま、本件定数配分規定の違憲を理由に本件選挙の全部又はその一部を無効とすることにより惹起するであろう種々の法律的、政治的混乱、そしてそれにもまして、本件選挙に際し多くの選挙人および候補者が費やした莫大な労力、エネルギーを無にする結果になることについて考えると、これを無効と判断することには躊躇せざるをえない。
三結論
よつて行政事件訴訟法三一条一項に示された一般的法の基本原則に従い、選挙を無効とする旨の判決を求める原告の請求を棄却するとともに、本件選挙のうち原告の属する選挙区である東京都第三区の選挙が違法であることを宣言することとし、訴訟費用の負担につき同法七条、民訴法九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。
(吉岡進 手代木進 上杉晴一郎)