大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)196号 判決

一 原告の請求の原因及び主張のうち一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

そこで審決にこれを取り消すべき違法の事由があるかどうかについて考える。

二 本件特許第一発明の特許請求の範囲の記載が事実摘示第二、二、1のとおりであることは、前記のとおり当事者間に争いがなく、右のうち、「トリクロルゲルマンをアクリル酸と反応させることによつてβ―トリクロルゲルミルプロピオン酸を製造」することについては、出願当初の明細書(成立について争いのない甲第三号証)に全く記載されておらず、それは昭和四三年六月一九日付けの手続補正書によつて補正されたものであることは、原告の自認するところである。しかして、出願当初の明細書に全く記載されていない事項を特許請求の範囲に追加して明細書を補正するときは、その補正は明細書の要旨を変更するものというべきである。

原告は、本件特許第一発明において出発物質として用いられているβ―シアンエチルトリクロルゲルマンはトリクロルゲルマンをアクリルニトリルと反応させることによつて得られる旨原明細書に記載されており、かくして得られたβ―シアンエチルトリクロルゲルマンを加水分解すればβ―トリクロルゲルミルプロピオン酸が得られるところ、アクリルニトリル(CH2=CHCN)を加水分解してアクリル酸(CH2=CHCOOH)とすることは、当該技術分野において通常の知識を有する者からみて自明のことであるから、原明細書に記載されているアクリルニトリル(CH2=CHCN)のニトリル基(―CN)を予め加水分解したアクリル酸をアクリルニトリルの代りに用いて、これを原明細書に記載されているトリクロルゲルマンと反応させてβ―トリクロルゲルミルプロピオン酸を得る方法は、原明細書の記載からみて、当該技術分野において通常の知識を有する者にとつて自明な事項というべきであり、したがつて、トリクロルゲルマンとアクリル酸を出発物質としてβ―トリクロルゲルミルプロピオン酸に至るとする補正は、特許請求の範囲を増加するにしても、原明細書に記載された事項の範囲内であるとみることができるから、要旨変更にならないというべきである旨の主張をする。

しかしながら、アクリルニトリルを加水分解してアクリル酸とすることが、当該技術分野において通常の知識を有する者からみて自明のことであるとしても、原明細書にはトリクロルゲルマンをアクリルニトリルと反応させてβ―シアンエチルトリクロルゲルマンとすることのみが記載され、トリクロルゲルマンとアクリル酸を反応させること及びこの反応によりトリクロルゲルミルプロピオン酸を得ることについてはその片鱗だにも記載されていないのであるから、補正によつてこれを特許請求の範囲に取り込むことは、発明の要旨を変更するものであるといわざるを得ない。原告の主張は理由がない。

以上のとおりであり、昭和四三年六月一九日付けの手続補正書によつて本件特許第一発明にトリクロルゲルマンをアクリル酸と反応させることによつてβ―トリクロルゲルミルプロピオン酸を製造する旨を追加した補正は、発明の要旨を変更するものであり、本件特許第一発明は右補正書を提出した時に特許出願したものとみなされ、右時期に特許出願がされたものとみなされるとした審決の結論は、結局において正当である。

しかして、右本件特許第一発明は、本件特許第一発明が特許出願されたとみなされる昭和四三年六月一九日前に頒布された刊行物であると認められる引用例に記載された発明と同一であることは、原告の明らかに争わないところである。

三 よつて、本件特許第一発明は特許法第二九条第一項第三号の発明に該当するのに特許されたものであるから、これを無効とすべきものであるとした審決に違法の点はなく、この取消しを求める原告の本訴請求を理由なしとして棄却することとする。

〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。

1 特許請求の範囲第一項の発明(以下「本件特許第一発明」という。)

β―シアンエチルトリクロルゲルマンを塩酸又は硫酸で加水分解するか、若しくは、トリクロルゲルマンをアクリル酸と反応させることによつてβ―トリクロルゲルミルプロピオン酸を製造し、このβ―トリクロルゲルミルプロピオン酸を加水分解することからなるカルボキシエチルゲルマニウムセスキオキサイドの製法。

2 同第二項の発明(以下「本件特許第二発明」という。)

β―トリクロルゲルミルプロピオン酸を塩素化することによつてβ―トリクロルゲルミルプロピオニルクロライドを製造し、このβ―トリクロルゲルミルプロピオニルクロライドを加水分解することからなるカルボキシエチルゲルマニウムセスキオキサイドの製法。

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