大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)20号 判決

1 請求の原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

2 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について判断する。

(一) まず、第二引用例記載の表示装置に用いられるネマチツク液晶に関する優先権主張日当時における技術水準について検討すると、

(1) 第二引用例には、その表示装置の実施に適するネマチツク液晶材料としてウンデカ2、4―デイノイツク アシド及びノナ2、4―デイノイツク アシドが例示されており、その動作温度領域は、前者が三二~六二・五度Cであり、後者が二三~五三・五度Cであることは当事者間に争いがないから、ほぼ室温で動作するネマチツク液晶材料である物質が当時知られていたことが明らかである。

(2) 当時知られていたネマチツク液晶材料である物質の寿命が短いことは、当事者間に争いがない。

(3) コリメート光(Collimated beam light原・被告の用語では「視準光」)については、成立に争いのない甲第七号証、乙第二号証によれば、第二引用例記載の表示機能が光の散乱(scattering)に基因すること(甲第七号証第六欄第二八行ないし第三九行)は明らかであり、散乱とは入射光の角度と無関係な角度で光を発する現象であることが認められるから、必ずしもコリメート光(平行光線)でなければならない理由はなく、ただコリメート光であればコントラストが良くなることが期待されるにすぎない。

したがつて、当時、ネマチツク液晶を時計用表示装置として用いる上での難点は、寿命の点だけであつたということができる。

(二) 原告は、第一引用例記載の時計表示装置の代替品を選択するとすれば、それよりも著しく実用性、耐久性が劣る第二引用例記載の表示装置がその選択の対象に考えられないことはきわめて明白であり、第一引用例記載の時計表示装置を第二引用例のもので置換するという着想は、当業者にとつて至難なものであつた旨主張する。

しかしながら、本願の補正後の発明の要旨は、前述のとおりであつて、固体時計の装置に関し、これを構成する部品、すなわち絶縁性の前面板・背面板及び第一電極装置・第二電極装置を含む液晶表示装置、並びに計時出力発生用の集積回路とその配置、組み合せが示されているにとどまり、その特許請求の範囲には、原告主張の欠陥(本件出願の優先権主張日当時、ネマチツク液晶を時計用表示装置として用いる上での難点は寿命の点だけであつたことは前述のとおりである。)を除去ないし軽減するための技術的手段を何ら含んでいないことは明らかである。更に、成立に争いのない甲第三号証の一ないし三によれば、本願明細書には、「固体時計の現在の開発状態では、液晶の利用について遭遇する困難はこのような液晶の寿命が比較的短かく限られていることにある。この液晶に腕時計の電池の寿命と近似する一年以上の寿命を期待することは近い将来に実現し得ないであろう。この発明の目的は、実用的な固体時計として液晶表示材料をその比較的に限定された全寿命を通じて有効に使用することができる実用的な固体時計を提供するにある。」(明細書第三頁第三行ないし第一一行)、「液晶26はほとんど電力を必要とせず、比較的廉価で、良好な光学的性質を有する好適の表示物質であるが、重大な欠点をもつている。すなわち、液晶の寿命は比較的限られており、例えば腕時計に対して通常要求される寿命よりもはるかに短い。」(第六頁第一八行ないし第七頁第二行)と記載されているだけで、そのような欠陥を克服する技術的手段、特に室温で長期間安定に動作する液晶物質については何ら記載するところがない。前掲甲第三号証の一ないし三によれば、本願明細書には前記記載に引き続き、「前記の問題はこの発明に従つて電池42を第3図、第4図及び第5図に示したような腕時計文字板構体に集積することによつて解決される。」(第七頁第三行ないし第五行)と記載されているが、電池42を右のように腕時計文字板構体に集積して液晶を励起状態にしても、室温で長期間安定に動作する液晶材料を用いるのでなければ、本願発明における液晶表示装置が通常腕時計に要求される寿命を保つことができないことは明らかであつて、そのような液晶材料についての技術的思想が開示されていない以上、前記の問題が解決されたとすることはできない。

なお、本願の補正前の発明の要旨は、前述のとおりであり、補正後の発明の要旨と対比しても、液晶表示装置及び集積回路の具体的構成についての限定が省かれているだけであつて、その実質的内容には変りがない。

したがつて、本願発明は、特許請求の範囲に記載された具体的構成を有する固体時計の装置が示されていることに特徴があり、その装置に用いられる液晶材料についての技術的思想の開示を目的ないし課題とするものではないから、第一引用例記載のエレクトロルミネセント表示装置を第二引用例記載の液晶表示装置と置換できるか否かは、固体時計を構成する装置として前者を後者に置換することが容易か否かにより判断すべきである。

ところで、前掲甲第七号証及び成立に争いのない甲第六号証によれば、第一引用例記載の発明は、本願発明と同じく固体時計に関するものであり、時計表示装置としてエレクトロルミネセント表示装置を用いることを除いて本願発明と同じ固体時計の構成が示されていること、第二引用例記載の表示装置は第一引用例記載の時計表示装置と基本的構造は同じであり、かつ薄層の基板が用いられており、小型化、低電力化、電子回路による駆動が可能であつて、時計用表示装置としての適性を備えていることが認められる。そして、本件出願の優先権主張日当時、寿命は短いが室温で動作するネマチツク液晶材料である物質が知られていたことは前述のとおりであり、寿命が短いという難点はあつても、その限度で固体時計の表示装置として実用性を有するということができる。

そうであれば、第一引用例記載の時計表示装置を第二引用例記載の電極間に液晶を介在させた表示装置に置換することは、当業者の容易に推考しうるものであることが明らかである。

(三) 原告は、第一引用例には、エレクトロルミネセント表示装置について電極構造の具体的形態が何も記載されていないから、審決が本願発明と第一引用例との差異を「電極間に介在する物質が液晶であるかエレクトロルミネセント物質であるかの差異につきる」旨判断しているのは論理の飛躍であり、第一引用例のものと第二引用例のものとを組み合わせることが容易かどうか問題がある旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、エレクトロルミネセント表示装置の基本構造がパネル状で、相対向する電極間にエレクトロルミネセント物質を配置し、右電極間に選択的に電圧を印加する形式であることは本件出願の優先権主張日当時周知であり、右のような基本構造の具体化のために絶縁性の前面板と背面板を設けることは当然の措置であると認められるから、前示のとおり第一引用例には時計表示装置としてエレクトロルミネセント表示装置を用いることを除いて本願発明と同じ固体時計の構成が示されているということができ、審決の右差異についての判断は誤りとはいえない。また、エレクトロルミネセント表示装置の右のような基本構造が第二引用例記載の表示装置と実質上同一であることも、前記(二)における説示及び前掲甲第七号証に照らし明らかであるから、その構造に関して第一引用例のものと第二引用例のものとを組み合わせることについて格別の困難があるとはいえない。

(四) 以上のとおりであるから、本願発明は第一及び第二引用例に基づいて容易に発明をすることができたものとした審決の判断は正当であり、審決には原告の主張するような違法はない。

3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

〔編註その一〕 本件における発明の要旨は左のとおりである。

補正前の発明の要旨

「液晶を含んでなる表示装置と、この表示装置に接続されているこの表示装置を駆動する出力を発生させるための集積回路との組合せをもつて構成されている固体時計。」(別紙図面参照。)

補正後の発明(昭和四八年一〇月四日付手続補正書によるもの)の要旨

「互に対向する共に絶縁性の前面板と背面板であつてそれらの間に液晶が介在しているものと、前記前面板と背面板の一方の面に設けられている互に分離された複数の導電性区分からなる第一の電極装置と、前記前面板と背面板の他方の面に前記第一電極装置の各導電性区分と対向する部分を少なくとも含んで設けられている第二電極装置とを含んでなる液晶表示装置と;この表示装置に計時出力電圧を供給して表示作用を行わさせるための計時出力発生用の集積回路であつて、前記第一電極装置のそれぞれの導電性区分とこれらの区分と対向する前記第二電極装置との間に選択的に計時出力電圧を印加する手段を具備しているものとの結合からなり;前記表示装置の少なくとも前面板及びこの前面板の板面に設けられている第一又は第二の電極装置が透明とされている;固体時計。」

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面

<省略>

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