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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)26号 判決 1983年3月31日

原告 シー・ティー・エス・コーポレイション

右代表者 ジェームズ・エス・テイラー

右訴訟代理人弁護士 中村稔

同 松尾和子

同弁理士 大塚文昭

同 今城俊夫

右訴訟復代理人弁護士 小林俊夫

被告 特許庁長官 若杉和夫

右指定代理人 村越祐輔

<ほか一名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告期間につき、附加期間を九〇日とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が同庁昭和五〇年審判第三七三五号事件について昭和五四年九月二九日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「電気抵抗素子とその組成及びその製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九六九年三月三日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四五年三月三日特許出願をしたところ、昭和五〇年二月五日拒絶査定謄本の送達を受けたので、同年五月六日これに対する審判を請求し、昭和五〇年審判第三七三五号事件として審理されたが、昭和五四年九月二九日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同年一〇月一三日原告に送達された(なお、出訴期間として三か月が附加された。)。

二  本願発明の要旨

(1)  結合材と、前記結合材の溶融した環境内で結晶成長及び寸法的に増大せしめられるルテニウム化合物とイリジウム化合物とを含む群から選び出された伝導結晶よりなる、組成物に対して少なくとも二重量%の固形物と、そして溶融したガラス質結合材内での前記伝導結晶の結晶成長を制御するための手段とからなり、前記手段は二〇ミクロン以下の平均粒径を有する不活性で非コロイド状の化学的に反応しない粒子よりなる、組成物に対して少なくとも一・五重量%の固形物を含んでいることを特徴とする抵抗組成物。

(2)  隙間のある不活性のマトリクスと、前記マトリクス内に配置されたルテニウム化合物とイリジウム化合物とを含む群から選び出された伝導結晶よりなる隙間のある伝導相とを有し、前記マトリクスは前記伝導結晶に境接し前記結晶の隣接し合うものを離間する平均粒径二〇ミクロン以下の不活性で非コロイド状の化学的に反応しない結晶成長制御粒子からなり、さらに前記マトリクス及び伝導相を結合するガラス質の結合材とを含有している抵抗素子。

三  本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、本願発明の出願前に頒布された刊行物である米国特許第三四一六九六〇号明細書(以下「引用例」という。)には、ガラス微粉末と、イリジウム、ロジウム及びルテニウムよりなる群から選択された貴金属の少なくとも一つを含む貴金属化合物の溶液と、MgSio3, AI2o3, CaSio3, BaSio3, PbTio3及びPbZro3よりなる群から選択された少なくとも一つの充填材の粒子とからなる混合物を加熱して、ガラス、充填材及び貴金属微粒子よりなる乾燥混合物を製造し、この乾燥混合物を粉砕して粉末にし、揮発性液体と混合して耐熱性非電導性基体に層状に塗布し、そしてガラスの溶融温度以上かつ金属の溶融温度以下の温度で焼成して金属粒子と充填材とが均一に分散したガラス相を形成させることによって抵抗素子を得ることが記載されており、そして燬焼材料、すなわち前記乾燥混合物は、好ましくは少なくとも三二五メッシュの篩いを通過するのに充分な小さな大きさの粒子になるように粉砕すること、及び充填材は全混合物の三ないし四〇重量%の量で含まれることが記載されている。また、充填材の添加により、サーメット抵抗材料の焼成中に金属が団塊になるのが防止されることも記載されている。

そこでまず、特許請求の範囲第一項に記載の発明(以下「第一発明」という。)を引用例に記載の技術内容と比較して検討するに、本願明細書の発明の詳細な説明には、伝導結晶の結晶成長を制御するための手段としてアルミナ、バリウム・フェライト及びステアタイトが例示されているから、本願第一発明と引用例に記載のものとは抵抗組成物の構成組成の点で一致しており、ただ、前者においては伝導結晶成長を制御するための手段が二〇ミクロン以下の平均粒径を有するのに対し、後者においては、前記手段に相当する充填材についてそのような限定が付されていない点で相違する。

しかしながら、引用例には、焼結前における粉砕された材料の大きさに関して、前記のごとく「好ましくは少なくとも三二五メッシュの篩いを通過するのに充分に小さな大きさ」という記載があり、そして、この記載は、粉砕粒子の大きさが三二五メッシュの篩いを通過する大きさ、すなわち四三ミクロンよりも小さい粒径の方がむしろ好ましいことを示唆していると認められる。しかも、一般に粉砕粒子はある範囲の広がりを有する粒度分布を示すのが普通であり、前記粉砕粒子には充填材も含まれているのであるから、技術常識より考察するならば、引用例に記載の三二五メッシュの篩いを通過するものにおいては、充填材の平均粒径は四三ミクロンよりも低くなっていると推測することができる。してみると、本願第一発明において、前記手段の平均粒径を二〇ミクロン以下に限定することは、引用例の記載内容に基づいて当業者ならば容易になしうることである。

次に、特許請求の範囲第二項に記載の発明(以下「第二発明」という。)を引用例に記載の技術内容と比較して検討するに、両者の抵抗素子は、前者においては、(1)隙間のある不活性マトリクスと隙間のある伝導相とを有する構造をもつこと、(2)平均粒径二〇ミクロン以下の結晶成長制御粒子を含むものであるのに対し、後者においては、これらの限定がされていない点で相違し、その他の点では一致している。

そこで、前記(1)の点について検討するに、本願第二発明の抵抗素子は、明細書第九頁第八行ないし第一〇頁第八行及び第一三頁第一行ないし第一四頁第九行に記載された方法によって得られるものと認められるが、これらの方法と引用例に記載の方法との間には、製造条件、特に焼成条件の点で格別差異があるとは認められないから、本願第二発明の抵抗素子と引用例に記載の抵抗素子との間に構造上格別の差異があるとは認められない。

次に、前記(2)の点について検討するに、本願第二発明における結晶成長制御粒子は、第一発明における伝導結晶の結晶成長を制御するための手段と同一のものを指すと認められるから、(2)の点については、第一発明について説示した理由と同様の理由により、当業者ならば容易に限定しうるものである。

そして、本願第一発明及び第二発明の奏する作用効果について検討するに、引用例には、充填材が焼成に際して金属が団塊になるのを防止する旨の記載があり、これは充填材が金属粒子が大きくなるのを阻止する作用を有することを示唆しているものと認められ、しかも、本願発明の明細書には、前記手段又は前記結晶成長制御粒子の平均粒径を二〇ミクロン以下に限定したことによって奏する作用効果が具体的に明示されていないから、本願第一発明及び第二発明の奏する作用効果が格別顕著なものとは認められない。

以上のとおりであるから、本願第一発明及び第二発明は、引用例に記載された技術内容に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四  本件審決の取消事由

引用例の記載内容が審決認定のとおりであることは、争わないが、本件審決には、次のとおり、これを違法として取消すべき事由がある。

1  本願発明の抵抗組成物を引用例記載の抵抗素子と比較すると、一応、引用例のガラス微粉末が本願発明の結合材に相当し、引用例のイリジウム、ロジウム及びルテニウムよりなる群から選択された貴金属が本願発明の結晶成長及び寸法的に増大せしめるルテニウム化合物とイリジウム化合物とを含む群から選び出された伝導結晶に相当し、引用例の充填材が本願発明の伝導結晶成長を制御する手段に相当するものであるといえる。

しかしながら、引用例の前記貴金属と本願発明の伝導結晶とは、以下に述べるように相違するのに、審決はこの相違点を看過したものである。

引用例の前記貴金属は、イリジウム、ロジウム又はルテニウムという金属であるのに対し、本願発明の伝導結晶は、明細書においては、結合材の溶融した環境内で結晶成長を示す酸化ルテニウム又は酸化イリジウムという酸化物として例示されている。このような差異は、引用例の抵抗組成物より形成された抵抗体の導電機構が金属導電となると考えられるのに対し、本願発明の抵抗組成物より形成された抵抗体の導電機構は酸化物導電であるので重大である。

被告は、本願明細書の発明の詳細な説明の項に、ルテニウム化合物及びイリジウム化合物は金属ルテニウム及び金属イリジウムを含むと解される記載があるとして、特許請求の範囲における「ルテニウム化合物とイリジウム化合物」は、金属元素であるルテニウム及びイリジウムを含むと主張する。

しかし、この主張は技術常識に反するものである。化合物と元素とが峻別されていることは自然科学における最低限の常識であり、例えば、酸素化合物という範疇に酸素元素が包含されることはありえない。

被告指摘の本願明細書第三〇頁第一八行ないし第三一頁第六行中の「ルテニウム元素のような結晶状物質あるいは酸化物あるいはルテニウムのようなルテニウム化合物」との記述は、もともと、日本語として不明確であることは認める。しかし、これを合理的に解釈するならば、「ルテニウム元素のような結晶状物質あるいは酸化物」とは、「物理的・化学的特性においてルテニウム単体に類似する結晶状のルテニウム化合物あるいは酸化物」のことである。また、明細書中の「ルテニウムのようなルテニウム化合物」とは、「物理的・化学的特性においてルテニウム単体に類似するルテニウム化合物」のことである。

1  引用例には、伝導相としてのイリジウム、ロジウム又はルテニウムの金属粒子が結晶成長を示すものであるとの特別の記載はないから、引用例の充填材は、伝導相としての金属粒子間に与えられて、それらの金属粒子を単に物理的に分離し、焼結及び溶融操作中に金属粒子同志が互いにくっつき合って固まりとなってしまうのを防止する働きをしているものにすぎない。したがって、引用例における「充填材が焼成に際して金属が団塊になるのを防止する」との記載は、右のような充填材の作用を述べたものにすぎないものと解釈されるべきである。

これに対し、本願発明の結晶成長制御手段は、伝導相としての酸化ルテニウム又は酸化イリジウムが結晶成長を示すものであるから、これらの結晶成長を制御するためのもので、この結晶成長を制御するということは、金属粒子が互いにくっついて固まりとなってしまうのを防止することとは全く異なることである。

右のように、引用例の充填材は、結晶成長を制御するためのものではなく、本願発明の結晶成長制御手段とは、たとえ、アルミナ等という物質の点で一致するものであっても、その目的とするところの作用は全く異なるものである。

そもそも結晶とは、空間的に周期的な原子排列をもった固体物質で、空間格子構造をもつものであるが、この結晶が成長するとは、右の周期的な原子排列が相似形を維持しつつ、三次元的に増大することをいうのである。したがって、また、結晶成長においては、結晶成長速度が凝固速度に比例し、また、成長速度が結晶の方向によって異なり、成長速度の最も遅い方向に垂直な結晶面が最も良く発達するなどの整然とした物理的・化学的法則性が存在するのである。結晶成長の制御手段とは、このような結晶成長を一定の限度で止める作用をもつものを意味する。本願発明においては、酸化ルテニウム又は酸化イリジウムが整然とした空間的に周期的な原子排列をその相似形において維持しつつ、三次元的に増大するときに、その物質の内部構造に着目してこれを結晶成長と表現し、その結晶成長を制御する手段をとっているのである。

被告が主張するように、イリジウム、ルテニウム等の金属が結晶構造を有し、溶融した状態から凝固した状態へと相が変容するときに、結晶構造が現われること自体は否定しない。しかしながら、このことと、本願発明と引用例の作用の差異とは無関係である。けだし、引用例において金属粒子が団塊化するのは、右にいう結晶構造の存在とは無関係な作用によるものであるからである。引用例は、金属合金の溶融温度よりは低い温度で加熱するものであるところ、一般に単一系粉体を融点の三分の二程度の一定温度で加熱すると、粉体粒子はまず互いに凝集し、接触点で結合して、時間の経過とともにその結合部は次第に肥大していくのであるが、引用例においても、粉末粒子は決して溶融温度までは熱せられないのであるから、右と同様の反応が起っているとみるのが合理的である。要するに、引用例における金属粉末粒子の凝集結合作用は、本願発明における結晶成長作用とは異なるのである。したがって、引用例における充填材の作用と本願発明における結晶成長制御手段の作用とは異なるものであるのに、審決はこの相違点を看過したものである。

3  審決は、本願発明の結晶成長制御手段の平均粒径を二〇ミクロン以下に限定する点について、引用例にそのような限定が付されていないことは認めているが、引用例の充填材の平均粒径は四三ミクロンよりも低くなっていると推測することができるとし、しかも、本願発明の明細書には、結晶成長制御粒子の平均粒径を二〇ミクロン以下に限定したことによって奏する作用効果が具体的に明示されていないとしている。

しかしながら、本願発明の明細書に記載されているように、本願発明は、結晶成長制御粒子の平均粒径を二〇ミクロン以下とすることによって、焼成中の伝導結晶の結晶成長を制御して、本願発明の目的である高いシート抵抗、改善された雑音特性、電圧安定性及び耐電圧特性を有した抵抗素子を得ることができるという格別の効果を得ているのである。

これに対し、引用例のものにおいては、充填材の平均粒径が四三ミクロンより低くなっていると推測できるとしても、特に限定がなされない限り、当然平均粒径が二〇ミクロン以上の場合もあるのであって、しかも、引用例の抵抗組成の目的は、電力印加時の初期抵抗変化を小さくすることであるから、本願発明の前記目的とは全く異なるものである。

本願発明と引用例のものとは、作用効果において右のような格別の差異があるにもかかわらず、審決はこれを看過したものである。

第三被告の陳述

一  請求の原因一ないし三の事実は、いずれも認める。

二  同四の審決取消事由の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。

1  本願発明の明細書をみると、特許請求の範囲の「ルテニウム化合物とイリジウム化合物」について、発明の詳細な説明には、酸化ルテニウム及び酸化イリジウムが伝導相を構成する材料として例示されてはいるが、ルテニウム化合物及びイリジウム化合物の定義は何もされていないから、特許請求の範囲におけるルテニウム化合物及びイリジウム化合物が酸化ルテニウム及び酸化イリジウムに限られるものではないことは明白である。

ところで、金属は通常は化合物の範疇に入らないが、本願発明の場合、発明の詳細な説明の記載によれば、特許請求の範囲におけるルテニウム化合物及びイリジウム化合物の範疇には、金属元素であるルテニウム及びイリジウムも包含されると解される。すなわち、明細書の第三〇頁第一八行ないし第三一頁第六行には、「この結晶伝導相の全部あるいは一部分の酸化状態は焼成中変化可能で、焼成に先だって抵抗組成中で呈する金属成分は焼成後の抵抗素子中でも呈する。したがって、この組成中にルテニウム元素のような結晶状物質あるいは酸化物あるいはルテニウムのようなルテニウム化合物が呈するならば、ルテニウムは、また結晶状伝導相の成分となり、元素型かあるいは二酸化ルテニウムのような化合物かどちらかの形で現われる。」との記載がある。この記載は、明らかにルテニウム金属元素それ自体をルテニウム化合物の範疇に含めた表現である。

原告は、明細書中の「ルテニウム元素のような結晶状物質あるいは酸化物」とは、「物理的・化学的特性においてルテニウム単体に類似する結晶状のルテニウム化合物あるいは酸化物」のことであり、また、明細書中の「ルテニウムのようなルテニウム化合物」とは「物理的・化学的特性においてルテニウム単体に類似するルテニウム化合物」のことであると主張する。しかしながら、明細書の発明の詳細な説明には、原告の主張する「物理的・化学的特性においてルテニウム単体に類似する化合物」については、なんらの具体的化合物名の記載がなく、他にそれを示唆する記載もないから、原告の主張は根拠を欠くものであり、客観性のないものである。

2  本願発明の明細書第一四頁末行ないし第一五頁第八行には、本願発明における「結晶」の定義がなされており、この定義によれば、結晶とは結晶性構造を意味し、そして、結晶性物質の構造単位は他形結晶としてグレイン、すなわち粒子でもよいことが記載されている。

したがって、本願発明における結晶成長制御手段の作用として「電導結晶の結晶成長を制御する」ということは、ルテニウム化合物又はイリジウム化合物の結晶構造が大きくなるのを制御して粗大粒子になることを防止することを意味するのである。

一方、引用例には、充填材の作用について、推測に基づく記載として、サーメット抵抗物質の焼成中に金属が凝結する、すなわち団塊になるのを防止する旨の記載がある。

ところで、イリジウム、ルテニウム等の固体金属は結晶構造を有するものであって、焼成に際し溶融した状態の金属が凝固すると当然に結晶構造を有するものになるのである。したがって、引用例に記載の抵抗素子においても、イリジウムあるいはルテニウム等の金属粒子は当然に結晶構造を持っているものであり、そして「金属の凝結が防止される」ということは、結局、金属粒子の結晶構造が大きくなるのが防止されるということを意味するのであり、換言すれば、金属粒子の結合による結晶構造の成長が防止されると表現することができる。

要するに、本願発明における結晶成長制御手段と引用例における充填材とは、結晶構造の粗大化を防止するという作用の点で実質的に差異はない。

3  本願発明の明細書には、結晶成長制御手段の平均粒径が二〇ミクロン以下の場合が良いことについて一応記載されている(第一六頁第二一行ないし第一八頁第一行、第一九頁第一二行ないし第二〇頁第六行)。しかし、この記載は、平均粒径二〇ミクロン以下の場合における具体的データを平均粒径二〇ミクロンを超える場合における具体的データと比較して説明しているものではないから、この記載によっては、本願発明において結晶成長制御手段の平均粒径を二〇ミクロン以下に限定した意義が明確でなく、したがって、二〇ミクロン以下に限定したことによる効果が明らかになっているとはいえない。

そして、引用例には、焼結前の材料を少なくとも三二五メッシュの篩いを通過する大きさに粉砕することが記載され、この記載は、粉砕粒子の粒径が四三ミクロンよりも小さい方が好ましいことを意味しているのであり、そして、この場合における粉砕粒子中に含まれる充填材の平均粒径は四三ミクロンよりも更に小さくなっていると推測されるのである。

そうであれば、本願発明における結晶成長制御手段の平均粒径を二〇ミクロン以下に限定することは、引用例の右記載の内容に基づいて当業者ならば容易になしうることと考えられる。そして、平均粒径を二〇ミクロン以下に限定したことによって多少優れた効果が生じたとしても、これは効果を確認したにとどまるもので、格別顕著なものとはいえない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一ないし三の事実及び引用例の記載内容が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、審決取消理由の存否について、判断する。

1  原告は、本願発明にいう伝導結晶が結晶成長を示す酸化ルテニウム又は酸化イリジウム等のルテニウム化合物又はイリジウム化合物であるのに対し、引用例における導電相は貴金属そのものであるルテニウム、イリジウム等の金属粒子であり、本願発明と引用例は抵抗組成物の組成を異にしているのに、審決はこれを誤って同じであるとしている旨主張する。

そこで考えるに、《証拠省略》によれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲には、「ルテニウム化合物とイリジウム化合物とを含む群から選び出された伝導結晶」と記載されており、本願発明でいう伝導結晶はルテニウム化合物とイリジウム化合物とを含む群から選び出されたものであることを認めることができる。

ところで化合物とは、一般に、二種以上の元素が化合した物質をいうのであり、元素自体を化合物ということはなく、金属化合物というときは、金属元素そのものは除外されるから、本願発明においてルテニウム化合物、イリジウム化合物といえば、これは元素たるルテニウム、イリジウムを含まないものというべきである。

この点に関し、被告は、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、酸化ルテニウム及び酸化イリジウムが伝導相を構成する材料として例示されてはいるが、特許請求の範囲でいうルテニウム化合物及びイリジウム化合物の定義は何もなされていないから、それが酸化ルテニウム及び酸化イリジウムに限られるものとはいえず、また、発明の詳細な説明の項には、ルテニウム金属元素自体を特許請求の範囲でいうルテニウム化合物の範疇に含ませるような表現をしているから、本願発明でいうルテニウム化合物、イリジウム化合物にはルテニウム金属元素、イリジウム金属元素も含まれるとの趣旨を主張し、原告は、発明の詳細な説明の項中の被告指摘の箇所の解釈を争っている。

右争いとなっている発明の詳細な説明の項中の記載は、「この結晶伝導相の全部あるいは一部分の酸化状態は焼成中変化可能で、焼成に先だって抵抗組成中で呈する金属成分は焼成後の抵抗素子中でも呈する。従って、この組成中にルテニウム元素のような結晶状物質あるいは酸化物あるいはルテニウムのようなルテニウム化合物が呈するならば、ルテニウムは、また結晶状伝導相の成分となり、元素型かあるいは二酸化ルテニウムのような化合物かどちらかの形で現われる。」というものであって、その意味内容は極めてあいまいであり、これを被告が主張するように、ルテニウム化合物中にはルテニウム金属元素が含まれていることを示しているものとも見ることができ、また、原告が主張するように、それはむしろ、含まれていないことを示しているものであるとも見ることが可能である。

しかし、前に説明したように、特許請求の範囲には「ルテニウム化合物とイリジウム化合物」と明記してあり、化合物の語は元素を含まないものとして一般に用いられていることを勘案すると、発明の詳細な説明の項において、特許請求の範囲で用いられている「化合物」の語は、元素を含むものであることが一義的に説明されていない本願発明においては、特許請求の範囲に表現され、一般に理解されているところに従って、「化合物」とは元素を除外したものを意味すると解すべきものである。

そうすると、本願発明の伝導結晶はルテニウム金属元素、イリジウム金属元素を含まないものであるのに対し、引用例における導電相を構成すべきものはルテニウム、イリジウム等の金属粒子であるから、この点で両者は抵抗組成物の構成を異にするというべきであり、審決は、本願発明と引用例のものとの対比において、右の相違点を看過したものといわなければならない。

しかしながら、本願発明における伝導結晶を構成するルテニウム化合物(又はイリジウム化合物)は、ルテニウム単体(又はイリジウム単体)が伝導結晶を構成する場合とその物理的特性、化学的特性において類似することは、原告自身主張するところであり、本願明細書の前指摘箇所の記載はその旨を示しているとも解することができ、またその事実を否定的に解すべき証拠もないから、本願発明における伝導結晶と引用例の導電相との間には、それらが抵抗組成物を構成する場合、その特性において格別の差異はないというべきであり、引用例に示されたルテニウム、イリジウム等の金属粒子に代えて、ルテニウム化合物及びイリジウム化合物を、伝導結昌を構成するものとして採用することは、当業者が容易になしうるところというべきであるから、審決における前記相違点の看過は、その結論に影響を及ぼさないというべきである。

2  原告は、引用例には、伝導相としてのイリジウム、ロジウム又はルテニウムの金属粒子が結晶成長を示すものであるとの特別の記載はないから、引用例における充填材は、導電相としての金属粒子間に与えられて、それらの金属粒子を単に物理的に分離し、焼結及び溶融操作中に金属粒子同志が互いにくっつき合って固まりとなってしまうのを防止する働きをしているにすぎないのに対し、本願発明の結晶成長制御手段は、伝導相としての酸化ルテニウム又は酸化イリジウムが結晶成長を示すものであるから、これらの結晶成長を制御するためのものであって、引用例の充填材とは作用の点で全く異なる旨主張する。

そこで、本願発明でいう結晶成長制御の意味するところについて検討するに、本願発明において伝導結晶を構成する実施例として挙げられている二酸化ルテニウム及び二酸化イリジウムは、いずれも高温において分解あるいは解離するまでは熱に対してかなり安定であるとされていることからみて、これらの伝導結晶は焼成時にほぼその結晶構造を保持しながら原告のいう結晶成長をするものと考えられる。そうすると、本願発明において伝導結晶の結晶成長を制御するということは、結晶粒子の結合を制御してそれが必要以上に粗大になるのを防止することを意味しているものと解される。

一方、引用例の抵抗組成物の導電相を構成する金属粒子は溶融温度まで熱せられることはないのであるから、引用例においても、金属粒子は粒子の状態のまま、すなわち結晶構造を保持した状態で焼成され、充填材の粒子によって、その結晶成長が制御されているものと解される(引用例―第六欄末行ないし第七欄第八行―中の「金属の凝結すなわち団塊化が防止される」との趣旨の記載は、結局、金属粒子の結合を一定の限度で制御してその粗大化を防止することを意味しているものとみることができる。)。

右のとおりであるから、本願発明と引用例とは伝導結晶の結晶成長を制御する手段を備えている点で一致するとした審決の判断に誤りはない。

3  原告は、本願発明においては結晶成長制御手段の平均粒径を二〇ミクロン以下とすることにより、本願発明の目的である高いシート抵抗、改善された雑音特性、電圧安定性及び耐電圧特性を有する抵抗素子を得ることができるという格別の効果を得ていると主張する。

そこで、検討するに、引用例には、焼成前の材料を少なくとも三二五メッシュの篩いを通過する大きさに粉砕することが記載されている(この点は当事者間に争いがない。)ところ、三二五メッシュの篩いの目は四三ミクロンであるから、引用例の充填材の粒子は、大きな粒子でもその粒径は四三ミクロンよりは小であり、しかも、一般に粉砕粒子はある範囲の広がりを有する粒度分布を示すのが普通であるから、平均粒径は更に小であると推測するのが相当であり、本願発明の結晶成長制御手段の平均粒径との間にさしたる差は認められないのみならず、本願明細書にも結晶成長制御手段の平均粒径が二〇ミクロン以下の場合と、それを超える場合とで、抵抗組成物の特性に格別の差異が生ずることを示す具体例は記載されていないから、本願発明が平均粒径を二〇ミクロン以下と限定したことに限界的意義は認められず、本願発明がそのような数値範囲を採択したことは、引用例の記載に基づいて当業者が容易になしえたものというべきである。

三  よって、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高林克巳 裁判官 楠賢二 杉山伸顕)

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