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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)31号 判決

一 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、審決に原告主張の違法が存するか否かについて検討する。

1 引用発明と本願発明との目的の相違について

本願発明の要旨は前記のとおりであり、また、引用例に金属アルミニウムの含有量の点を除いて審決認定のとおりの発明(引用発明)の記載のあることは原告の認めて争わないところである。してみると、本願発明と引用発明とは、いずれも酸化アルミニウムを主体として、これに金属アルミニウムを含有せしめたものを適当な接着剤で塊状とした金属精錬用造滓剤に関する発明であることにおいて共通するものであることが明らかである。

そして、成立に争いのない甲第一号証(本願発明の特許出願公告公報)及び第三号証(引用例)によると、造滓剤は、鉄や鋼などの金属を溶解精錬する際に、これを溶融物に投入することにより溶融物の酸化を防止するとともに溶融物中の酸化物を還元することを主たる目的として使用されるものであること、従来、右造滓剤の原料として金属アルミニウムや再生金属アルミニウムを溶解精錬する際に発生するアルミニウムドロス中の低品位物で通称アルミニウム残灰と呼ばれるもの又はこれに適当の金属アルミニウムを混和させたものが使用されていたが、右の造滓剤は粉末状のものであつたため、炉内に投入する際、内部の高温上昇ガスによつて飛散したり、酸化して還元力を失うなどの損失や人体に有害な粉じん等を発生させるなどの不都合な現象を生じたこと、引用発明と本願発明は、前記のとおり、いずれも右の造滓剤を塊状とするものであるが、その目的は、ともに右の造滓剤の不都合な現象を防止し、炉内に投入する造滓剤が内部の高温ガスによつて飛散したり還元力を失うことなく溶融物に到達するようにするためであることがそれぞれ認められる。

原告は、本願発明の主たる目的は精錬金属の歩留りの向上にあり、右認定の目的は副次的なものにすぎないかのように主張するが、精錬の目的と造滓剤の性状に鑑みると、金属の歩留りの向上を目的として造滓剤の改善を試みることは当業者の当然に留意すべきところであつて、引用発明と本願発明に共通する前認定の目的である造滓剤の飛散等の防止も結局は精錬金属の歩留りの向上に資するものと解されるうえ、前掲甲第一号証によると、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、先ず、従来の造滓剤にみられた前記の不都合な現象について記載(一頁一〇ないし二四行目)された後、続いて、「本発明は上記の欠点を除去することを目的とするもので、酸化アルミニウム粉末を含むアルミニウム残灰を単独に又は金属アルミニウムを混和したものを鋼種により後記の接着剤を用いて約一・五ないし七立方センチメートルの塊状に形成せしめたものである。」(二五ないし三〇行目)との説明記載がなされていることが認められ、これによると、本願発明の主目的は引用発明と同様、造滓剤が粉末状であることによる使用時の飛散や還元力の喪失等の防止にあるとして出願されたものであると認めるのが相当であつて、右事実によると、引用発明と本願発明とは、そもそも目的において共通し、その間に相違点としてとりあげるべき特段のものはないというべきである。

したがつて、審決が引用発明と本願発明の目的について、造滓剤の粉末状態による種々の欠点を除くことを目的とした点において一致するものと認めたことに何らの過誤はなく、原告の前記主張はいずれにせよ理由がない。

2 引用発明と本願発明との構成上の相違について

原告は、引用発明と本願発明の造滓剤は金属アルミニウム含有率を異にし、技術的発想を異にするものである旨主張する。

引用発明の造滓剤がアルミニウム残灰を原料とするものであることは前記のとおりであるところ、前掲甲第一、第三号証及び成立に争いのない乙第一号証によると、いわゆるアルミニウム残灰には通常約一〇%の金属アルミニウムが含まれていること、引用発明の造滓剤はアルミニウム残灰をコールタールピツチ又はアスフアルトなどの接着剤で固めて塊状とするものであることが認められ、右事実によると、引用発明の造滓剤の原料であるアルミニウム残灰も一〇%内外の金属アルミニウムを含有するものであることが明らかである。

この点について、前掲甲第三号証によると、引用例には実施例が二例記載され(五欄六五行目ないし六欄六三行目)、造滓剤の原料としてのアルミニウム残灰については、金属アルミニウムを除去し、それによつて一〇%又は望ましくはそれ以下の遊離金属を含む粉末状のアルミニウムかすを用いる旨の記載があることが認められるが、なお、引用例には、右実施例の記載に先立つて、本発明は特定グレード又はタイプのアルミニウムかすに限定されるものではない旨の説明記載(五欄五七ないし六三行目)があるうえ、特許請求の範囲の項の記載(七欄一〇行目ないし八欄三二行目)をみても、引用発明の造滓剤の原料としてのアルミニウム残灰について金属アルミニウム含有率を特に限定したものではないことが認められ、これらの点を総合して考えると、引用発明は、原告主張のように、造滓剤の原料のアルミニウム残灰から金属アルミニウムを除去して特に金属アルミニウム含有率を一〇%以下に限定する趣旨のものではないと認めるのが相当である。

これに対し、本願発明の造滓剤は金属アルミニウム含有率が一〇%ないし三〇%のものであることは前記発明の要旨から明らかである。しかし、この点をとりあげて、引用発明は造滓剤の原料中の金属アルミニウム含有量を減少させようとするのに対し、本願発明はこれを増加しようとするものであつて、両者は技術的発想を異にするものとみることが相当でないことは、前認定のとおり引用発明はアルミニウム含有率を特に限定したものではないことに照らし、明らかであつて、他にそのような事実を認めるに足る証拠はない。

したがつて、審決が引用発明の造滓剤の原料としてのアルミニウム残灰について、「主成分は酸化アルミニウムであつて、アルミニウムは一〇%程含んでいる」と認定したうえ、本願発明と引用発明との比較において、「酸化アルミニウムを主体としてこれに金属アルミニウムを一〇%程含有させたものを接着剤で塊状とすることにおいて一致するものと認められる。」と認定したことに何らの過誤はなく、両発明の技術構成上の差異を看過誤認したものでもないというべきである。

3 本願発明が造滓剤の塊の大きさを限定した意義について

前掲甲第一号証によると、本願発明の明細書中の発明の詳細な説明の項には、造滓剤の大きさに関して、「そしてアルミニウム残灰を原料として、これを単独に又は金属アルミニウム分を必要量に調整するために金属アルミニウム又は金属アルミニウム含有率の高いもの(例えば前記五メツシユ下のアルミドロス)を混和したものを上述の如き接着剤を用いて重量約三~一〇グラム、又は容積約一・五~七立方糎程度の果実の種子のような形状を有する塊状に造塊するものである。」(二欄二七ないし三四行目)、「本願にかかる塊状造滓剤の容積に関し、前述の実施例の範囲では、一・五立方糎以下の大きさの場合、炉等内にある高温雰囲気中での温度上昇が早く溶融物到達時の脱酸効果の甚だしい減少が予想され、かつ七立方糎以上の大きさの場合、簡単な造塊器による造塊が容易でないであろう。」(四欄三四ないし三五行目)との説明記載があるほか、本願発明において造滓剤を塊状としたことによる効果の説明として、「また塊状とするため、粉末状で投入したとき有効成分の一つである金属アルミニウムが高温雰囲気中で燃焼酸化し酸化アルミニウムに変化して脱酸効果を失うことなく、塊状のままの状態を維持して溶融物に達し得るものである。」(三欄三ないし八行目)との記載があることを認めることができるが、他に本願発明において造滓剤の塊の大きさを約一・五ないし七立方センチメートルと定める上下限の数値の臨界的意義を的確に認めるに足る説明記載はない。したがつて、これらの各記載事項に徴すると、塊の大きさの一・五立方センチメートルという下限は、造滓剤を塊状とすることによつて成分中の金属アルミニウムの効力の減損を生じない有効範囲の数値を意味するものであり、また、七立方センチメートルという上限は、造滓剤としての成形作業上の便宜や経済性に基づくものと解するほかなく、これらの限定要件は、当業者であれば当然に実験的に適宜決定しうる範囲の技術的事項に属すると解するのが相当である。このように解するのが相当であることは、造滓剤の塊の大きさに関連ある事項として、金属アルミニウムの含有量に関し、甲第一号証中に、「本願にかかる造滓剤の組成について、金属アルミニウムの含有をほぼ一〇%以下とする場合、……滓の流動性及び脱酸効果の不充分が予想され、かつ金属アルミニウムの含有をほぼ三〇%以上とすることは、組成中の金属アルミニウム分が多いため簡単な造塊器では造塊が容易でないであろう。」(四欄二五ないし三三行目)との説明記載があることに照らしても肯認しうるところである。

原告は、本願発明の造滓剤はその塊の大きさの故に滓の表面に滞つたり滓を通り抜けることなく滓中で溶融反応して造滓効果を高め、金属アルミニウム含有率と相俟つて精錬金属の歩留りを格段に向上させる旨主張する。そして、前掲甲第一号証によると、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、本願発明にかかる造滓剤を使用した実施例についての記載があり、これによると、造滓剤を四kg/t使用したとき、粉末状の場合の歩留りは八二・六%であるのに対し、塊状の場合は八六%であり、造滓剤を五kg/t使用したときは、粉末状の場合の歩留りは八三・五%であるのに対し、塊状の場合は八七・四%であつたことが認められる。しかし、これらの実施例では、造滓剤を粉末状で使用する場合に比して本願発明の塊状とした場合のほうが比較的歩留りが高いことを示しているにすぎず、一方、引用発明も造滓剤を塊状とすることにより精錬金属の歩留りの向上に資するものであることはさきに認定したとおりであるから、本願発明の造滓剤のほうが引用発明のものに比し格別顕著な効果を奏するものということはできず、他に原告主張の事実を認めさせるに足る証拠はない。

したがつて、審決が、本願発明において造滓剤の塊の大きさを限定したことの意義について、「実験による確認を経ないでした予測的感覚により定められたものであり、かつ顕著な技術的意味はなく、適宜定めうる程度のものということができる。」、「当業者が必要に応じて任意になしうるものというべきである。」とした判断に誤りはない。

三 以上の次第で、原告の主張はすべて理由がなく、本願発明は、目的、構成及び効果のいずれの点からみても、同種技術である引用発明に基づいて容易に推考しうるとした審決の認定判断は正当である。

よつて、審決を違法としてその取消を求める原告の請求は理由なしとして、これを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四五年三月二八日、名称を「金属精錬用塊状造滓剤」とする発明について特許出願をし(昭和四五年特許願第二五八四一号、以下この発明を「本願発明」という。)、昭和五〇年二月一五日出願公告されたが(特公昭五〇―四一六五号)、同年四月一五日特許異議の申立があり、昭和五一年三月二日拒絶査定を受けた。そこで原告は、同年六月八日審判を請求し、これが特許庁同年審判第五九七八号事件として審理されたが、昭和五四年一二月二六日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)があり、その謄本は昭和五五年一月二六日原告に送達された。

2 本願発明の要旨

酸化アルミニウムを主体として、これに金属アルミニウムを一〇%ないし三〇%含有せしめたものを適当なる接着剤を以て約一・五ないし七立方糎の塊状としたことを特徴とする金属精錬用塊状造滓剤。

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