東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)328号 判決
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
(一) 成立に争いのない甲第二、第五号証の各一・二によれば、本願発明は、帯状材料、特に紙又は厚紙の塗装装置の転がりドクターであつて、帯状材料の上に施された塗料が保持体内に支承された転がりドクターロールと対応圧力ロールとによつて一様に均される形式のものに関し、その目的としては、既に提案されている、ロール体をできるだけ細い針金で構成し、これを十分に弾性的に支承するべく調節装置、スリツトを設けた板ばねに取付けた装置においては従来避け難かつた被覆層の条痕の発生を確実に防止し、かつ、部品の容易な交換を保証し、経済的に製作できる転がりドクターを構成することにあり、この目的を達成するために、転がりドクターロールがゴム弾性的な、耐摩耗性の材料内に支承され、この材料により一八〇度より大きな角度にわたつて包囲されていて、転がりドクターロールの直径が転がりドクターロールを受容する保持体の内径よりも大きくなつている構成が採用されていることが認められる。
したがつて、本願発明においては、転がりドクターロールを受容する保持体がゴム弾性的な、耐摩耗性を有する材料により構成されていることは、必要不可欠であり、この保持体の構成により、本願発明は、被覆層における条痕の発生を確実に防止することができ、かつ、転がりドクターロールを固定する保持部材及びその取付部材を不要として、製作費の減少、部品交換の容易化など経済性を高めるとともに、転がりドクターロールを一八〇度よりも大きな角度にわたつて包囲するゴム弾性的な、耐摩耗性の材料よりなる保持体内に転がりドクターロールを単に押込むことによつて簡単に挿入し、またこれを保持体外に容易に引き出すことができ、しかもその脱落を阻止することができるという作用効果を奏するものであることが認められる。
(二) これに対し、成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例は、紙に被覆を施すための装置として、被覆材料が紙に適用されるべき正しい分量になるよう適用転子の表面に過剰に供給された被覆材料を拭取り、被覆膜の厚さを正確に制御し維持するための回転式修正具(転がりドクターロール)が、成層化されたフエノール樹脂、腐蝕に耐える金属又はその他適当な材料によつて造られる割目付支持物のごとき任意適当な装置(保持体)によつて支持されていることが認められる。
そして、成立に争いのない乙第一、第三号証の各一ないし三によれば、引用例の転がりドクターロールを受容する保持体の材料である成層化されたフエノール樹脂は、フエノール樹脂の溶液を紙、布等に含浸させて乾燥後、積み重ねて加圧加熱し積層成形したものであることが認められる。
しかして、引用例の右のように成層化されたフエノール樹脂は機械的強度が強く、比較的弾性もあることが認められるものの、この弾性は天然ゴムや合成ゴムのゴム弾性とは異質のものであり、いわゆる金属材の有する弾性と類似するものを意味することは、技術常識からみて明らかである。
このことは、前掲甲第六号証に、転がりドクターロールを受容する保持体の材料として、成層化されたフエノール樹脂が腐蝕に耐える金属と並列して記載されていること(第三頁右欄末行)、保持体(修正具61の支持物62)は、修正具61の長さ全体にわたつて適当な間隔の所においてほとんど修正具61に届くような長孔71を設けることによつて撓みうるものと記載されていること(第四頁左欄第二七行ないし第三〇行)からも裏付けられる。被告は、引用例には、保持体が可撓性のある支持装置であることが記載されている旨主張するが、それは、長孔71を設けることによつて得られる可撓性であることが前記の記載から明らかであつて、本願発明の保持体が備えるゴム弾性的な性質とは異質であることは否定し難い。
そして、本願発明における保持体がゴム弾性を有することにより、前記(一)認定のような作用効果を奏するものであり、このような作用効果は、保持体がゴム弾性を有しない引用例では達成することができないことが明らかである。
(三) 審決は、「本願発明の保持体がゴム弾性的な材料とはいえ本願発明の実施例によればシヨアー硬度が九〇度ないし九五度の硬質材料であつて、引用例のフエノール樹脂、金属等の材料からなる保持体と比べて作用効果に格別の差異が認められない。」と判断している。前掲甲第五号証の二によれば、本願明細書には、本願発明の有利な実施態様ではシヨアー硬度九〇度ないし九五度のポリウレタンエラストマが優れている旨記載されていることが認められる。しかしながら、成立に争いのない甲第一四、第一七ないし第一九、第二一号証の各一ないし三及び乙第五号証の一・二並びに弁論の全趣旨によれば、シヨアー硬度に関して種々の表示手段があることは一般に知られたことであり、本願発明の明細書によつては、シヨアー硬度が、原告が援用する成立に争いのない甲第一六号証の一ないし六に記載された試験結果に示されたシヨアー硬度Aを意味するものと限定することはできないけれども、被告主張のように一義的に日本工業規格に従つたシヨアー硬度と解しなければならない根拠も見出し難い。むしろ、本願発明の明細書にその保持体はゴム弾性的な性質の材料と定義され、特定されていることが本願発明の技術的思想を理解する上で重要であり、シヨアー硬度について特段の定義がないことでもあり、特許請求の範囲の記載においてゴム弾性的な耐摩耗性の材料とだけ規定された保持体の材料を、有利な実施態様として記載された実施例に関する記載から「本願発明の実施例によればシヨアー硬度が九〇度ないし九五度の硬質材料」とことさら限定して判断することは誤りといわなければならない。
3 以上に検討したとおり、本願発明と引用例の各保持体は、その材料を異にしており、本願発明の保持体が引用例の保持体にないゴム弾性を有することにより、引用例のものでは期待し難い作用効果を奏することが認められるから、この点に関し、保持体の材料としてゴム弾性的な、耐摩耗性の材料を用いることは当業者が必要に応じて容易になしうるものであり、全体としてみても本願発明には引用例のものが奏する以上の顕著な作用効果が認められないとした審決の判断は誤りである。そして、審決における右判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、審決はこれを違法として取消さなければならない。
4 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
帯状材料、特に紙又は厚紙の塗装装置の転がりドクターであつて、帯状材料の上に施された塗料が保持体内に支承された転がりドクターロールと対応圧力ロールとによつて一様に均される形式のものにおいて、転がりドクターロールがゴム弾性的な、耐摩耗性の材料内に支承されていて、この材料によつて一八〇度よりも大きな角度に亘つて包囲されていて、転がりドクターロールの直径が転がりドクターロールを受容する保持体の内径よりも大きくなつていることを特徴とする塗装装置の転がりドクター。(別紙図面(一)参照。)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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