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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)337号 判決 1982年9月30日

原告 株式会社金門製作所

被告 金門精工株式会社

主文

特許庁が同庁昭和五三年審判第四五九九号事件について昭和五五年九月三〇日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、登録第四九一一七一号商標(以下、「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は、別紙のとおり、やや太線で六稜星を描き、その内部に、十字形を表わした図形の下部に「DIAMETRING」の欧文字と「ダイヤメツトリング」の片仮名文字を横書きしてなり、旧第一七類「紡績用リング及び他類に属しない機械器具及びその各部並びに各種の調帯、ホース及びパツキング」を指定商品として、昭和三〇年四月一四日登録出願、昭和三一年一一月一三日設定の登録、昭和五二年四月一八日商標権存続期間更新の登録がされたものである。

原告は、被告を被請求人として、昭和五三年三月二三日、「本件商標の登録はその指定商品中、化学機械、繊維機械及びこれらの類似品を除く商品についてはこれを取消す。」旨の審判を請求したところ、特許庁昭和五三年審判第四五九九号事件として審理され、昭和五五年九月三〇日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同年一〇月一五日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

本件商標の構成、指定商品及び登録出願、設定登録、商標権存続期間更新登録の各日は、前項記載のとおりである。

請求人(原告)は、請求の理由として、「本件商標は、その指定商品中、現行商品区分上化学機械に属する「洗滌機」、「繊維機械」及びこれらの類似品を除いては、権利者によつて過去三年間一度も使用されていない。被請求人(被告)が乙第一、第二号証によつて立証しようとしている六稜星の中に十字形を収めた図形のマークの使用は、本件商標の使用とは相違し、また、具体的商品の使用でもないので、本件商標の使用とはいえない。右は上記商品について商標法第五〇条第一項の規定に該当する。」と述べた。

被請求人(被告)は、「(1)被請求人は本件商標の六稜星の中に十字形を収めた図形のマークを商品「一回転クラツチ」に本件審判請求前三年以内に使用していた。右商品「一回転クラツチ」は本件商標の指定商品中の制動機又は制止器に該当する。上記事実は乙第一号証(被請求人発行の立石電気株式会社に対する昭和五二年三月二四日付の請求書)によつて立証する。(2)被請求人は本件商標の六稜星の中に十字形を収めた図形のマークを商品「ストツプバルブ」に本件審判請求前三年以内に使用していた。右商品「ストツプバルブ」は本件商標の指定商品中の、活栓に該当する。上記事実は乙第二号証(被請求人発行の福島県北機械工業協同組合に対する昭和五二年六月一日付の請求書)によつて立証する。」と述べた。

そこで検討するに、乙第一号証は、被請求人の発行した昭和五二年三月二四日付の立石電機株式会社に対する請求書であり、乙第二号証は、被請求人の発行した昭和五二年六月一日付の福島県北機械工業協同組合に対する請求書であつて、いずれも商品に関する取引書類の一つと認められるところ、該請求書中にはその上部右側にいずれも六稜星の中に十字形を描いた構成よりなる図形が表わされており、また、商品欄に、前者には「一回転クラツチ」の、後者には「ストツプバルブ」の文字が記載されており、該請求書における前記商標の使用は前記商品についての商標の使用と認められる。

しかして、該請求書中に表わされた前記図形は、本件商標における構成中の文字部分と分離して観察され、独立して自他商品の識別機能を果すものと認められる図形部分と同一の構成よりなり、被請求人の使用にかかる前記商標と本件商標とは出所標識として同一のものと認められるとともに、その使用する商品においても請求にかかる指定商品の一つと認められるものである。

してみれば、被請求人は、商標の使用と認められる取引書類に、本件商標を、本件審判の請求前三年以内に日本国内において、使用していたことが認められるから、商標法第五〇条の規定により本件商標の登録を取消すべき事由はなく、本件審判請求は理由がない。

三  本件審決の取消事由

(一)  審決が乙第一号証及び乙第二号証を証拠資料として被告による本件商標の使用を認定したのは、誤りである。

(1) 乙第一号証及び乙第二号証はいずれも控書類であつて、代表者名の記載も印鑑の押捺もなく、このような内部の控文書をもつて現実の取引に供された請求書と認定するのは、違法である。特許庁の登録商標使用事実認定に関する審査基準においても、取引書類は原則として現実の取引に使用されたものであることが把握できるものでなければならないとされている。

(2) 被告の商号は「金門精工株式会社」であるところ、乙第一号証には被告会社名の表示はなく「金門商事株式会社」の表示のみがあり、また、乙第二号証には被告会社名と「金門商事株式会社」の両者が併記されているにすぎないので、乙第一、二号証は、被告の発行にかかるものということはできない。

(3) 乙第一号証及び乙第二号証中の「六稜星の中に十字形を描いた図形」は、同号証中の商号の記載の前部に付されているものであつて、このような記号の使用は、単なる社章の使用と認定すべきものである。

商標法第二条第三項第三号にいう取引書類における表示とは、請求書の品名欄に、商品との関係で具体的な記載がある場合のことをいうのであつて、商号と一体化した単なる社章の使用をもつて、商標の商品に対する使用と認定することは誤りである。

(二)  本件商標は、「六稜星の中に十字形を描いた図形」の下部に、「DIAMETRING」の欧文字と「ダイヤメツトリング」の片仮名文字を二段に横書きした一体的な結合商標であり、図形部分、文字部分のいずれが欠けても、その一体性が欠けることになるものである。しかして、商標法第五〇条にいう「登録商標の使用」とは、登録された商標と同一又は取引社会の通念上同一と認められる範囲内の商標の使用を指すものであり、取引社会の通念上登録商標の使用と同一と認められる商標の使用とは、例えば登録商標の要部とは認められない附記部分を除いて使用する場合、縦書きの文字商標を横書きにして使用する場合のごときであるところ、審決のいうように、本件商標中、文字部分から分離された図形部分のみから成る商標を、本件商標と出所標識として同一の商標であるとし、右図形商標の使用も本件商標の使用であるとすることは、商標法第二五条に規定する商標権の専用権の範囲を不当に拡大するものである。

登録商標に類似する商標については、法は第三七条第一号で、無権利者による類似商標の使用を侵害とみなす旨のいわゆる禁止権について規定し、第五一条及び第五三条で権利者の登録商標に類似する商標の使用について、一定の場合に不正使用として登録商標登録を取消すことがある旨規定し、類似商標の使用は商標権の専用権の範囲に入らないことを明らかにしている。しかして自己の登録商標に類似する商標について専用権を得ようとすれば、連合商標の登録をすべきである。

右に述べたように、登録商標の使用と登録商標に類似する商標の使用とは異なるものであり、乙第一、二号証におけるような、本件商標中の図形部分のみから成る商標の使用は、本件商標の使用とはいえないにもかかわらず、図形部分のみの使用をもつて、本件商標の使用であるとした審決の認定は、誤りである。

パリ条約第五条のC第二項の規定の趣旨は、人が一の同盟国において登録された商標を有する場合、その同盟国において登録商標の附記的部分を変更して使用しても、商標の要部(附記部分を除いた部分)が登録された形態と同一であると認められれば、その同盟国は保護を縮減してはならないというものであつて、それは、各国毎に言語や効能書の表示の仕方、製造者名、産地等の表示方法が異なることを考慮しての当然の規定であり、本件事案のごときに解釈適用されるべきものではない。

(三)  被告は、昭和四四年頃から昭和五三年まで本件商標を指定商品について使用していたことを立証するとして、乙第八号証(商品カタログ)を提出するが、右カタログには、その作成の時期を示す記載はないから被告主張の期間中における本件商標の使用を立証する資料とはなり得ない。

被告提出の乙第九号証の一、二は、それに表示された日付自体いずれも本件審判請求の登録の日(昭和五三年五月一一日)より三年以上前のものであつて、被告主張事実の立証とはなり得ない。

第三被告の陳述

一  請求の原因一及び二の事実は、いずれも認める。

二  同三の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。

(一)  原告は、乙第一、二号証は内部の控文書であり、審決がこのようなものをもつて現実の取引に供された請求書と認定したのは違法である旨主張する。なるほど、乙第一、二号証は、被告会社の控えではあるが、これと同一の文書が相手方(請求先)に交付されている(乙第六号証参照)のであるから、審決がこれにより本件商標の使用を認定したことに誤りはない。

乙第一、二号証には、「金門商事株式会社」の表示があるが、被告は、本件商標について、昭和三六年三月三〇日金門商事株式会社に対し通常使用権を許諾しているものである。

乙第一、二号証には、上部右側に本件商標の要部と同一のマークが表示されており、商品欄に商品名が表示されているのであるから、審決が乙第一、二号証における商標の使用は該商品についての商標の使用であると認めた点に誤りはない。現行法においては、いわゆる社章も商標登録されているのであつて、社章であるからといつて、本件商標の要部と同一のマークが商標でないとはいえない。

(二)  原告は、本件商標の図形部分のみの使用では本件商標の使用に当らない旨主張する。

しかし、登録商標の不使用取消に際し、登録商標の使用であるかどうかは、「商標は自他商品の識別標識であり、その機能は究極的には取引社会における需要者の判断によつて支えられるものである」点を考慮して判断されるべきであつて、図形部分のみの使用で登録商標の使用を認定したからといつて、直ちに審決に誤りがあるとすることはできない。

乙第一、二号証における図形のみの商標と本件商標とが、出所表示として同一のものであると認めた審決に誤りはない。

パリ条約は、商標法に優先して適用されるべきものであるところ(商標法第七七条、特許法第二六条)、同条約第五条のC第二項には「商標の所有者が一の同盟国において登録された際の形態における商標の識別性に影響を与えることなく構成部分に変更を加えてその商標を使用する場合には、その商標の登録の効力は、失われず、また、その商標に対して与えられる保護は、縮減されない。」と規定されている。これによれば、本件商標の図形部分のみの使用の場合でも、商標の識別性に影響はないのであるから、商標の不使用を理由として商標登録が取消されることはないというべきである。この点からも、本件商標の使用を認めた審決の判断に誤りはない。

(三)  乙第八号証は、昭和四四年頃印刷発行され、昭和五三年までに数度増刷発行された被告会社の商品カタログであるが、同号証においては、本件商標の図形部分を文字部分と離して特別に表示し、文字部分は関連商品名と共に記載してある。

乙第九号証の一、二は、取引先の承認を受けた商品一回転ローラクラツチ製造のための図面綴であるが、その表紙の最上段に本件商標の図形部分が明瞭に表示されている。

第四証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、審決取消事由の存否について判断する。

成立に争いのない甲第二号証によれば、本件商標は、別紙のとおり、「六稜星の中に十字形を描いた図形」の下部に「DIAMETRING」の欧文字(大文字D、M、Rが他の大文字より幾分大きくしてある)と「ダイヤメツトリング」の片仮名文字を二段に横書きにした、図形と文字との結合から成る商標であると認められるところ、審決は、審判手続における乙第一、二号証(本訴における甲第一〇、一一号証――本訴における乙第一、二号証と同じものと認められるので、以下これを乙第一、二号証と表示する)に表わされた、本件商標中の図形部分と同一と認められる「六稜星の中に十字形を描いた図形」のみの商標としての使用も、本件商標の使用にあたるとした。

乙第一、二号証は、内部の控文書であり、且つ乙第一号証には被告会社名の表示すらないから、このようなものをもつて、被告が本件商標を使用していたことの証拠とすることはできないとの原告の主張及び乙第一、二号証に表示されている図形は単に社章の表示であつて、商標として使用されているものではないとの原告の主張に対する判断はさておき、乙第一、二号証に表示された「六稜星の中に十字形を描いた図形」(本件商標から文字部分を除いた図形と同一のものと認められる)が商標として用いられた場合に、その使用は本件商標の使用といえるかどうかという点について考えるに、本件商標は、前認定のように、図形と文字の結合したものであり、その結合は、いずれを主要部分とし、いずれを補助的(附記的)部分とするかとの判断を不能ならしめるほど分ちがたいものであつて、本件商標から図形部分のみを抽出して、それを商標として使用したとしても、その使用は、もはや本件商標の使用であるということはできない。

商標法第五〇条が、「商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品についての登録商標の使用をしていないとき」という場合の「登録商標の使用」とは、商標権者が指定商品について登録商標の使用をする権利を専有する(商標法第二五条参照)範囲、すなわちいわゆる専用権を有する範囲内における登録商標の使用をいうものであつて、その範囲を超え、商標権者が禁止権を有するに止まる範囲、すなわち、指定商品又は指定商品に類似する商品についての登録商標に類似する商標の使用(商標法第三七条第一号参照)を含まないものと解すべきである。しかして、商標権者が登録商標について有する専用権の範囲は、指定商品についての登録商標と同一もしくは取引の社会通念上これと同一と認められる範囲(例えば商標の要部ではない附記的な部分を多少変更して用いるとか、横書きの文字商標を縦書にして用いるとかの場合)である。そうではなくて、登録商標に類似するに止まる商標の使用も登録商標の使用であるとすると、連合商標の制度(商標法第七条)は、全く無意味になつてしまうのである。これを本件についてみるに、本件商標と乙第一、二号証表示の標章とは類似するものと認められ、したがつて右標章が商標として用いられるときには、本件商標の商標権のもつ禁止権はこれに及ぶが、右商標の使用は本件商標の商標権の専用権の範囲内であるとはいえないものである。

被告は、パリ条約第五条のC第二項の規定を引用して、本件商標の図形部分のみを使用した場合でも、本件商標の登録の効力は失われない旨主張する。

しかし、パリ条約の右条項は、「登録された際の形態における商標の識別性に影響を与えることなく構成部分に変更を加えてその商標を使用する場合」には、その商標の登録の効力は失われないこと、すなわち、商標の附記的部分に多少の変更を加えてこれを使用しても、社会通念上登録商標の使用であると認められるときは、商標の登録の効力は失われない旨を規定したに止まり、本件商標のうちの図形部分のみの使用でも本件商標の使用であると認められるべきことを規定したものではない。被告の主張は理由がない。

なお、被告は、本件審判請求の登録前三年以内に本件商標が使用されていたことの立証として、本訴において、乙第八号証及び第九号証の一、二を提出する。

しかしながら、乙第八号証(被告会社のカタログ)は、これがいつ発行されたものか明らかでない(乙第一一、一二号証によつても、その発行期日を確定することはできない。)から、これにより本件登録取消請求にかかる指定商品について、本件審判請求の登録(昭和五三年五月一一日――成立に争いのない甲第一三号証)前三年以内に本件商標が使用されたことを認定することはできないのみならず、右乙号証においては、表紙下部部分に被告会社名と、本件商標中図形部分と同一の図形が近接して表示してあるところから、同号証における商標の使用と認められる部分は、乙第一、二号証におけると同じく、右図形部分のみであり、表紙右上部分の「DIAMET RING」「DIA TRAVELLER」とある部分及び表紙以外に「DIAMET RING」「HOLDER」「LUB-CON」などと表示してある部分は商標としての表示ではなく、商品を説明するためのものとして使用されているにすぎないものと認められるから、右乙号証をもつて、被告が本件商標を使用していたことの立証とすることはできない。

乙第九号証の一、二(被告会社の承認用図面綴)については、同号証の一に昭和四九年四月八日、同年五月一七日、同月二〇日の各日付印、同号証の二に昭和五〇年二月二八日、同年三月四日、同月五日、同月一三日、同月一五日の各日付印があるが、いずれも本件審判請求の登録前三年以内の期間内(昭和五〇年五月一〇日から昭和五三年五月一一日まで)のものではなく、他に右期間内に相当する日付の記載は見当らず、右乙号証をもつて右期間内に本件商標が使用されたことを証明するものとすることはできない。

以上のとおりであつて、審決が乙第一、二号証における「六稜星の中に十字形を描いた図形」のみの使用をもつて本件商標の使用にあたるとした判断は誤りであり、他に本件登録取消請求にかかる指定商品について本件審判請求の登録前三年以内に本件商標が使用されたことを認めるべき証拠はないから、原告のその余の主張についての判断をなすを要せずして、本件審決は、これを違法として取消すべきものである。

三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高林克已 杉山伸顕 八田秀夫)

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