東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)359号 判決
一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決取消事由の存否について検討する。
1 成立について争いのない甲第二号証(本願発明の明細書)の記載、特にその「仕上げされるべき繊維材料の浸透は従来技術においては通常、仕上剤、触媒および所望に応じ柔軟剤、染料および/もしくは湿潤剤等の添加剤を含有する浴中に繊維材料を浸漬して行われる。次いで、吸収された浴の一部は、例えば吸引、絞液または遠心分離等の機械的手段によつて繊維材料から除去され、その後乾燥される。」(同号証第九頁第七ないし第一二行)、「過去において当業者は、再現性ある効果を達成するためには常に比較的多量の処理浴液を適用し、さらに所要ならば、繊維材料とその残留浴液量が平衡に達するまで含浸浴液の一部を機械的に除去することが絶対不可欠であると考えていた」(同号証第九頁第七ないし第一二行)との各記載、同甲第三号証(引用例)の記載、特にその「織物に最大の浸漬時間を与え絞りを最高にすることは重要なことである」との記載(同号証第三三頁第二一、二二行)並びに同甲第四号証(英国特許第一一五七〇六一号明細書)、同乙第一号証(特にその第三四九頁下から第三行ないし第三五〇頁第一行)、及び同乙第二号証(特にその第三三〇頁第三ないし第一一行)の各記載をあわせ考えれば、本願発明の特許出願時においても、繊維素含有繊維材料の仕上剤による処理方法としては、繊維材料を仕上剤などを含む処理液中に十分に浸漬し、過剰処理液を機械的に絞り取つた後に乾燥処理を施すのが普通であつたものと認められる。
2 右に認定した事実及び前記争いのない本願発明の要旨に前記甲第二号証の記載、特にその「本発明は、……仕上剤さらに助剤の使用量を低減可能ならしめ、なお且つ比較的多量の仕上剤および助剤の使用を必要とする従来技術と比べて遥かに優るとは言わぬまでも少くともそれに匹敵する仕上げ効果を達成する効果をもつ繊維材料の改良された仕上げ方法の提供を目的とする。」(第三頁第一四行ないし第四頁第一行)との記載をあわせ考えれば、本願発明は、仕上剤及び助剤の使用量低減を可能ならしめると同時に、従来法と同等又はそれ以上の仕上効果を達成させることを目的とする繊維素含有繊維材料の仕上方法に関するものであり、右目的達成のため前記本願発明の要旨にあるとおりの構成をとつたものであるが、その構成のうち、特に従来法と異なる重要な点は、仕上剤を含む「処理液を絞液過剰分を含まない量で含浸させ」る点にあるものと認めることができる。
3 審決は、右の点について、本願発明は引用例と相違するとしたが、必要量だけの処理液の含浸で最大の仕上効果を期することは経済的観点から当業者が常に考慮することであるし、本願発明は、絞液過剰分を含まない量で含浸させるための具体的な手段を構成要件としているわけでもないから、単に過剰分を含まない予め必要十分な処理液量を含浸させる本願発明の構成は、当業者が容易になしうることであるとし、その効果も十分予測しうるものであるとしている。
そして、前記本願発明の要旨及び前記甲第二号証によれば、本願発明においては、絞液過剰分を含まない量の処理剤を適用する具体的な手段そのものについては、これを本願発明の構成要件としておらず、「例えば浴液をスプレイ、ロールキスィング、刷毛塗り、印捺または転写」(同号証第二三頁第三、四行)のような通常の手段によつて処理液の適用を行うものであることが明らかである。
しかし、本願発明の特許出願時には、通常前記1に認定したような処理が行われていたものであるところ、このような処理をするのは、前記甲第四号証によつても認められるように、それが仕上剤を繊維中に均一に浸透させるため必須であると考えられていたものであり、それが当時の技術水準であつたとみるのが相当であるから、当業者にとつて、なんらかの具体的手段を講ずることなしに、通常の方法で絞液過剰分を含まない処理液を繊維材料に適用することによつて、仕上剤を繊維中に均一に浸透させうると考え、本願発明における前記構成に想到することは、必ずしも容易であつたとみることはできないところである。
また、前記本願発明の要旨(本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載に同じ。)にある本願発明の構成要件は、前記甲第二号証(本願発明の明細書)によつて認められる本願発明の明細書の発明の詳細な説明に記載された事項と矛盾するものではなく、そこに記載された具体的データに基づく実施例についても技術的に不合理とみるべき特段の事情もないところ、右実施例に示された本願発明の効果は、繊維材料の処理方法として、従来法に比して顕著なものであるとみることができる。(被告は、右実施例に本願発明の要旨外の条件が設定されていることを理由に、その効果を本願発明によるものとすることができない旨主張するが、少なくとも右実施例における仕上剤等の使用量低減という重要な効果が本願発明の前記「絞液過剰分を含まない処理液の適用」の構成によるものであることは明らかであるから、被告の右主張は、この判断を左右するに足るものとはいえない。)
4 以上のとおりであるから、本願発明の構成要件の一つである「繊維材料に……処理液を絞液過剰分を含まない量で含浸させ」るという構成が、経済的観点から当業者の常に考慮することであること、及び、処理手段が限定されていないことから、当業者が容易になしうるものであるとした審決の判断は、技術的根拠を欠くものであり、また、本願発明の顕著な作用効果を看過したことによるものとして、これを誤りとしなければならない。
しかして、右誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかであるから、審決には、これを取り消すべき違法の点があるといわざるをえない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
次の各工程を含むことを特徴とする繊維素に対し反応性を有する少なくとも一種の仕上剤を適用する繊維素含有材料の仕上方法。
(a)実質状乾燥した被処理繊維材料を供給し、
(b)繊維材料に繊維素に対し反応性を有する少なくとも一種の仕上剤を含み、低粘度及び五〇ダイン/cm以下の表面張力を有する少なくとも一つの処理液を絞液過剰分を含まない量で含浸させ、
(c)繊維材料中に処理液を完全に浸透させ、
(d)このように処理された繊維材料を少なくとも部分的に乾燥し、
(e)全体を通じて均一に処理された繊維材料を回収する。