東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)403号 判決 1981年7月30日
原告 マヌエル・フエルナンデス・ソシエダード・アノニマ
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が昭和五五年八月一八日に同庁昭和五三年審判第一五八二八号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。
第二当事者の主張
一 原告主張の請求の原因
(一) 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五〇年三月二六日、別紙(一)のとおりの構成(ただし、色彩は省略した。)を有する商標(以下「本願商標」という。)につき、第二八類ブランデー類を指定商品として商標登録出願をしたが、昭和五三年八月一二日拒絶査定を受けたので、同年一一月八日審判の請求をしたところ、これに対し、特許庁は、同庁同年審判第一五八二八号事件として審理のうえ、昭和五五年八月一八日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は、同月二七日原告に送達された。
(二) 審決の理由の要点
本願商標は、別紙(一)に表示した構成よりなり、第二八類「ブランデー」を指定商品とし、昭和四九年商標登録願第一五八一五四号に係る商標と連合する商標として、昭和五〇年三月二六日に登録出願されたものである。
これに対し、登録第一〇〇八三七三号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙(二)に表示した構成よりなり、第二八類「ブランデー」を指定商品として、昭和四五年一〇月一三日に登録出願、昭和四八年四月九日その登録がなされているものである。
よつて、本願商標と引用商標との類否について判断すると、別紙(一)に示す本願商標は、ほぼ方形状輪郭内に書体の異なる各種の文字及び各種の図形並びにこれらと各種の色彩との結合よりなるものであるけれども、中央部やや下部位置にオールドスタイル・ローマン風書体をもつて白抜き風に配されてなる「ETIQUETA NEGRA」の文字が、他の欧文字及び図形部分に比して圧倒的顕著に大きく横一杯に書き表わされてなるので、該文字の部分も独立して看者の注意を強くひく部分であるといわなければならない。
そうとすれば、本願商標は、該文字に相応し「エテイケツタネグラ」の称呼をも生ずるものというを相当とする。
他方、引用商標は、別紙(二)に示すとおり、だ円風瓶形輪郭内に各種の文字及び各種の図形の結合よりなるものであつて、これが取引にあつては、通常商標などを胴ばりと称して添付する位置に「ETICHETTANERA」の文字を白抜き風にしかも看者の注意を喚起するよう円弧状に明確に書されてなる文字もまた、該商標権者の製品マークと認定しうるから、該文字部分より生ずる称呼をもつて取引に資される場合も決して少なくないものと認めうるところである。
したがつて、引用商標は単に「エテイケツタネラ」の称呼をも生ずるものというを相当とする。
そこで、「エテイケツタネグラ」と「エテイケツタネラ」の各称呼を比較すると、前者は七音、後者は八音という比較的音数の多い構成音からなるものであつて、僅かに末尾音部分において「グ」音の有無の相違があるにすぎないものであるから、両者それぞれを全体として一連に称呼する場合には、その全体としての称呼において彼此紛わしい類似のものというを相当とする。
したがつて、本願商標と引用商標とは、上記称呼上類似の商標であり、かつ両商標の指定商品もまた同一のものと認定しうるから、結局、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号に該当するものとして、その登録を拒絶すべきものである。
(三) 審決を取り消すべき事由
審決は、本願商標の称呼が「ETIQUETA NEGRA」の文字から生じ、引用商標の称呼が「ETICHETTA NERA」の文字からも生ずるとした点で、その結論に影響を及ぼすべき誤りがある。
本願商標中の「ETIQUETA」や引用商標中の「ETICHETTA」は、わが国で「エチケツト」、英語で「ETIQUETTE」と称している語のスペイン語とイタリア語である。そして、「エチケツト」なる語が商品の内容を表わすための「ラベル」の意味を有することは、「ワイン」や「ブランデー」などを取り扱つているわが国の洋酒業者の間では、すでに知られていることである。
また、本願商標中の「NEGRA」や引用商標中の「NERA」は、英語の「NEGRO」と同じく、「ニグロ・黒」を表わすスペイン語・イタリア語である。そして、原告及び引用商標権者自身は、「ETIQUETA NEGRA」や「ETICHETTA NERA」を一種の品質表示として使用しているものであり、商品の出所を表示する商標として使用しているものではないのである。わが国の例でいえば、「黒ラベル」とでも称するものとして使用しているのである。わが国において外国語とくにスペイン語やイタリア語は広く行きわたつているものではないが、取引者にとつては、「エチケツト」が「ラベル」の意味であることが判るのであるから、これらの文字が自他商品の識別力を有するものとは考えないものであり、したがつて、これらの文字から商標の称呼を抽出されることはない。
さらに、たとえ「エチケツト」なる意味を知らないような取引者・需要者であつても、本願商標の称呼が「ETIQUETA NEGRA」から生じ、引用商標の称呼が「ETICHETTA NERA」から生ずると判断する可能性はない。すなわち、まず、本願商標は、ラベルそのものを表わす図形商標であり、商標全体を観察して、外観・称呼・観念が生ずるものである。とくに、本願商標は、普通名称である「BRANDY EXTRA」のすぐ下に位置する図形+数字の部分に特徴があるもので、「ETIQUETA NEGRA」の部分は、これから称呼を生ずるような特徴を有するものではない。
引用商標についても、取引者・需要者は、「ETICHETTA NERA」の意味がわからない取引者・需要者において、引用商標の称呼が「ETICHETTA NERA」から生ずるとは考えないものである。引用商標はブランデーの瓶そのものを商標として登録されたものであるが、その称呼は、「VECCHIA ROMAGNA」の文字からのみ生ずるものである。なぜなら、商品名である「BRANDY」の文字のすぐ上にこれらの文字が位置しており、同一文字が引用商標の下部にも表示されているからである。
審決は、商標中に含まれる文字はすべて称呼決定の対象となると判断しているようであるが、商標の称呼は、自他商品の識別力を有する部分と有しない部分、普通名称が表示されている商標上の位置等を判断資料にし、自然に生ずるものを採用すべきである。本願商標や引用商標の場合は、「ETIQUETA NEGRA」や「ETICHETTA NERA」から称呼が生ずるのではなく、他の顕著な部分より称呼が生ずるものである。また、両商標は外観上著しく異なつており、称呼を含めた商標全体を基準に考えれば、明らかに非類似の商標である。
したがつて、「ETIQUETA NEGRA」や「ETICHETTA NERA」からもその称呼が生じうるとした判断は誤つており、これらを基準として、両商標が称呼上紛わしく、本願商標が商標法第四条第一項第一一号に該当するとした審決は、違法として取り消されるべきものである。
二 請求の原因に対する被告の認否及び主張
(一) 請求の原因(一)及び(二)の各事実は、いずれもこれを認める。
(二) 審決を取り消すべきであるとする請求の原因(三)の主張は争う。審決の判断には何らの違法もない。
1 審決は、原告の主張するように、商標中に含まれる文字はすべて称呼決定の対象となる、という前提をとつているものではない。
審決において、本願商標から「エチケツタネグラ」の称呼を生ずるものとしたのは、「ETIQUETA NEGRA」の文字が他の図形あるいは文字部分に比較して圧倒的に顕著に表わされていること、また、審決で直接言及はしていないが、この文字が商品ブランデーについて品質等を表わす語として国内において一般に使用されている事実は見当らないこと、及び、わが国においてスペイン語が広く普及しているとはいえないし、少なくとも、前記文字が商品ブランデーの品質等を表わす語であると需要者が認識するものとは認められないことから、取引の経験則からみて、この文字部分の特徴によつて取引に当る者も少なくなく、いわゆる商標の要部として機能するものと判断できるからである。
引用商標から「エテイケツタネラ」の称呼を生ずるものと判断したのも、ほぼ同様の理由からである。
2 「ETIQUETA」又は「NEGRA」のそれぞれの語が原告主張のような意味を有するものであることは否定するものではないが、このことなどから、本願商標から「エテイケツタネグラ」、引用商標から「エテイケツタネラ」の各称呼をそれぞれ生ずるものとした審決の判断に誤りがあるとすることはできない。
第三証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因(一)及び(二)の各事実(特許庁における手続の経緯及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決にこれを取り消すべき原告主張のような違法の点があるかどうかについて検討する。
(一) 前記争いのない事実によれば、本願商標は別紙(一)のとおりの構成を有しているものであり、一方、引用商標が別紙(二)のとおりの構成を有するものであることは、原告もこれを争わないところである。
(二) 右各構成自体によれば、審決の説示するとおり、本願商標については、中央部やや下部位置に他の欧文字及び図形部分に比して顕著に大きく横一杯に書き表わされている「ETIQUETA NEGRA」の部分も独立して看者の注意を強くひき、これから「エテイケツタネグラ」の称呼をも生ずるものであり、引用商標については、中央円内下部に円弧状に明確に書き表わされている「ETICHETTA NERA」の部分も看者の注意を喚起し、これから「エテイケツタネラ」の称呼をも生ずる、とみるのが相当である。
(三) ところで、原告は、本願商標及び引用商標における「ETIQUETA」及び「ETICHETTA」の各文字は「ラベル」という意味を持つスペイン語及びイタリア語であり、同じく「NEGRA」及び「NERA」の各文字は「ニグロ・黒」という意味のスペイン語及びイタリア語であつて、右各商標の指定商品であるブランデーを取り扱う洋酒業者等の取引者は、「ETIQUETA」及び「ETICHETTA」が「ラベル」の意味を有することを知つており、「ETIQUETA NEGRA」や「ETICHETTA NERA」がいわば「黒ラベル」のように一種の品質表示として使用されるもので、自他商品の識別力を有するものとは考えられないから、これらの文字から商標の称呼が生ずることはない旨主張し、右各文字が原告主張のような意味を持つものであることは被告も争わないところであり、また、成立に争いのない甲第二号証によれば、世界の銘酒の紹介ないし解説書である同号証中に、「エチケツト(ラベル)だけが内容証明のよりどころとなっている。」として、「エチケツト」が「ラベル」を意味するものであることを示す記載があることが認められる。しかしながら、「エチケツト」という言葉を「ラベル」の意味で使用することはきわめて特殊な場合であり、また、わが国における語学教育の現状からみてブランデーの需要者の大多数の者はスペイン語ないしイタリア語を解するものとはいえないという当裁判所に顕著な事実に照らせば、前記各文字の意味が原告主張のとおりであり、同号証のような紹介ないし解説書が存在するとしても、「ETIQUETA NEGRA」及び「ETICHETTA NERA」の各文字が原告主張のような意味を持ち、品質表示的なもので、商品の識別機能を有しないと理解できる者は、とくに需要者の間では必ずしも多くはないとみるのが相当である。してみれば、少なくとも、相当数にのぼる需要者に関しては、本願商標及び引用商標の各構成自体から前認定の各称呼が生ずることを原告主張のような理由で否定することはできないものといわざるをえない。
なお、成立に争いのない甲第三号証によれば、食品特許協会の出願商標速報である同号証中では、本願商標は図形商標として分類され、「ETIQUETA NEGRA」の称呼にあたる「エ」の項には記載されていないことが認められるが、このことは、需要者の関係で前記のとおりの称呼が生ずるとみることの妨げとなるものではない。
(四) さらに、原告は、本願商標はその構成自体からも原告主張の図形+数字の部分に特徴があり、引用商標についても、その構成自体により、称呼は「VECCHIA ROMAGNA」の部分からのみ生ずる旨主張するが、右各商標の前記構成をみれば、原告主張の右各部分からもそれぞれ何らかの称呼を生ずることは考えられるけれども、商標に関し複数の称呼を生ずることのあることはいうまでもないところであるから、原告の右主張は前記認定を左右するに足りない。
以上によれば、審決には、原告主張のような誤りはなく、その認定判断は正当ということができるから、原告の請求は理由がないといわなければならない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石澤健 楠賢二 杉山伸顕)
別紙(一)<省略>
別紙(二)<省略>