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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)45号 判決 1980年7月23日

原告 エタブリスマン ダンジヤンソシエテ アノニム

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告期間につき、附加期間を九〇日とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、「特許庁が昭和五三年審判第一二五四七号事件について昭和五四年一〇月八日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告)

請求原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四八年一〇月一六日特許庁に対し、別紙第一のとおりの構成よりなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を第一七類「被服(運動用特殊被服を除く。)布製身回品(他の類に属するものを除く。)、寝具類(寝台を除く。)」として商標登録出願をしたところ、昭和五三年三月二七日拒絶査定を受けたので、同年八月一五日これに対する審判を請求し、この請求は同年審判第一二五四七号事件として審理されたが、昭和五四年一〇月八日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一〇月三一日原告に送達された(なお、出訴期間について、附加期間を三か月と定められた。)。

二  審決の理由の要点

本願商標の構成、指定商品及び登録出願の日は前項記載のとおりである。

他方、登録第六二三九五七号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙第二のとおり、「ダン」の片仮名文字と「DAN」の欧文字を上下二段に左横書きにしてなり、第一七類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品として、昭和三六年二月八日登録出願、昭和三八年九月三日設定登録、昭和四九年四月二三日商標権存続更新の登録がされているものである。

そこで、本願商標と引用商標の類否について検討するに、本願商標は、別紙第一のとおり、対の円輪郭を中心に線を組合せた構成からなる図形内に、「Dan Jean」の欧文字(「D」と「J」の文字は赤く塗りつぶしてある。)を表示してなるものであり、該図形部分からは特定の称呼を生ずるものとは解されないものであるから、「Dan Jean」の欧文字部分に相応し、これより一応英語読みに「ダン ジーン」又は「ダン ジエイン」の称呼を生ずるものということができる。

しかしながら、本願商標中に表示されている「Jean」の文字については、各種の英和辞典によれば、「丈夫な綾織綿布」又は「その布で作つた作業衣、ズボン」を意味する英語であり、「Jean Pants」といえば「デニムで作つた作業ズボン」を意味するように、商品の品質、素材を示すものということができる。

これを本願商標の指定商品との関係において考察すると、「綾織綿布で作つた作業衣、ズボン」等が一般に販売されている事実に徴すれば、これら綾織綿布で作られた商品に本願商標が使用された場合、「Jean」の文字部分は、単に商品の品質を表示する記述的部分に過ぎないか、又は、極めて識別力の弱い部分とみることができるから、その要部をなす部分は「Dan」の文字部分に存するといわざるをえない。

したがつて、本願商標からは、「ダン ジーン」、「ダン ジエイン」の外に、単に「ダン」の称呼をも生ずるものである。

これに対し、引用商標は、前記構成に徴し、上段の片仮名文字の部分は、下段の欧文字の振り仮名的役割を果すものと解されるから、全体として「ダン」の称呼を生ずることが明らかである。

そうすれば、本願商標と引用商標とは、綾織綿布の商品に使用するときは、ともに「ダン」の称呼を共通にする類似の商標であり、かつ、その指定商品も同一であるから、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号の規定に該当し、登録することができない。

三  審決の取消事由

審決は、本願商標から「ダン」の称呼が生ずるとし、結局、本願商標が引用商標に類似するものであると判断しているが、本願商標は「ダン ジヤン」又は「ダンジーン」と一連にのみ称呼され、「ダン」の称呼は生じないから、審決の右判断は誤りである。以下に詳述する。

1 本願商標の出願者(原告)はフランス法人であり、その指定商品の被服はフアツシヨン性があり、特にフランスフアツシヨンとは深い関係をもつものであるから、フランス語読みに「ダン ジヤン」の称呼を生じ、かつ、「Dan Jean」は原告の商号の略称にも当るから、その称呼を重要視すべきである。

2 英和辞典によれば、「jean」が「丈夫な綾織綿布」の意味を有し、複数形において一般に「衣服、ズボン」の意味を有することは争わないが、他方、「Jean」は英和辞典によれば「女子又は男子の名」「ジヤン大公」の意味を有し、仏和辞典によれば「ジヤン(男子の名)」の意味を有するものである。本願商標中の「Jean」は頭文字が大文字であるから、英和辞典又は仏和辞典をひく人は後者の意味にとるであろうことは明らかである。

本願商標が「ダン ジーン」「ダン ジエイン」「ダン ジヤン」と称呼された場合、「Jean」の部分を「丈夫な綾織綿布」「その布で作つた作業衣、ズボン」の意味にとる人は殆どいないと考えられる。なぜなら、日本国内においては右の「綾織綿布」等をあらわす語又は文字としては「ジーンズ」又は「jeans」が極めて多く使用され、広く親しまれているからである。

本願商標の指定商品の分野では、二語又は三語を並べて構成した商標を採用する場合が極めて多い。これは、デザイナーの氏名又は会社(商店)の名称を商標として採用するからである。この商品区分は、有名な「ピエール・カルダン」「ピエール・バルマン」「イヴ・サン・ローラン」等の氏名商標と並んで「Jean」の文字を含んだ氏名商標又はこれに類した商標が数多く登録されている(甲第三号証ないし甲第二六号証)。そして、これらの商標における「Jean」の部分から綾織綿布の意味を感得しうる商標は全く見当らない。これらの商標を見、聞く者は、氏名、名称として認識するであろうことはいうまでもない。また、これら登録例では第一七類の指定商品を単純に指定していて、「ジーン製被服」等の限定は全くされていないのである。このことでも、「Jean」の部分が記述的文字として認識されていないことが窺われる。

したがつて、本願商標における「Jean」の部分を記述的部分であるとして、「Dan」の部分を要部と認定することは全く誤りであり、本願商標は一連に「ダンジヤン」又は「ダンジーン」と称呼されるものである。

3 その上、本願商標は、日本には昭和四八年頃より一連に「ダンジヤン」の称呼のもとに商品子供服について使用し、各種の宣伝を通じてこれが「ダンジヤン」の称呼を生ずる商標であることの認識を高めてきたのである(甲第二八号証ないし第三七号証、第三八号証の一ないし四)。

この使用状態からみるとき、本願商標から「ダン」の称呼が生ずるとするのは余りにも不自然というべきである。

(被告の主張について)

「Jean」が名前として認識されるならば、一語であつてもその認識はなんら変らないはずであり、また、外国人の氏名の表わし方として、フアミリー・ネームを前に、フアースト・ネームを後に置く場合がままあることを考えれば、本願商標中の「Jean」が後半部に位置していたとしても「jeans」と書かない限り、本願商標「Dan Jean」は氏名商標又はこれに類した商標として認識されることは明らかである。

甲第三号証ないし第二六号証の各商標における「Jean」の部分のみが果してフアースト・ネームであるかどうかは疑問である。また、右各甲号証に示すように「Jean」の文字が多く使用されればされる程、「Jean」の文字が男子又は女子の名前を表わすものと認識され、しかも、その位置も関係ないものとなつてくるのである。

要するに、本願商標は、「Jean」が後半部にあつても、この文字部分がいわゆる「ジーンズ」(綾織の綿布)の意味にとられることはなく、「ダンジヤン」「ダンジーン」の一連の称呼をもつて取扱われる商標である。

(被告)

請求原因の認否と主張

一  請求原因一、二の事実は認める。

二  同三の主張は争う。

1 その1の主張について

原告がフランス法人であり、本願商標はその商号の略称であることと本願商標からいかなる称呼を生ずるか、とは別問題である。

商標の称呼は、これを採択使用する者の意図とはかかわりなく、もつぱら、その構成自体から客観的に定められるべきものである。

また、商標が欧文字で構成されている場合、現在のわが国における外国語使用の実情に鑑れば、その商標は一応その文字の普通の英語の発音による称呼を有するものと解するのが相当である。

2 その2の主張について

「jean」の英語を仮名書きした「ジーン」の文字はすでに日本語化した外来語として、各種の外来語辞典にも掲載されている。

商標のもつ観念は、いちいち辞典を繙いてその意味、内容を斟酌するものではないから、これを根拠として、本願商標中の「jean」の文字よりフランス語読みに「ジヤン」の称呼、「男子の名」の観念を生ずるとするのは当らない。

本件商標中の「jean」の文字が、本件指定商品中の綾織綿布の商品に使用されたときは、明らかに商品の品質、素材を表示する記述的部分といわなければならないから、このような場合、該文字は除き、自他商品の区別標識としての識別力を有する部分(要部)を観察して類否の判断をする要部観察をし、他人の商標と同一又は類似であるときは、取引に際し他人の業務にかかる商品と混同、誤認を招く危険があるというべきである。そうすれば、このような場合には、両商標は称呼上類似のものと判断さるべきことは当然である。

原告が指摘する甲第三号証ないし第二六号証に示された商標中「Jean」の文字部分が一般に「ジヤン」と呼ばれ、男子の名前を表わすものとして認識されていることは認めるが、本願商標のように、「Jean」の文字が二語の後半部に書かれているときは別問題である。「Jean」の文字が男子の名前を表わしたものとして認識されるためには、二語又は三語から構成されている場合、名前(フアースト・ネーム)であるならば、当然、それらの語の前に示されていなければならない。本願商標においては、「Jean」の文字が後半部に書かれているのである。したがつて、取引者、需要者が「Dan Jean」を人名と認識し、後半に示されている「Jean」を名前(フアースト・ネーム)と理解することはありえない。

3 その3の主張は争う。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

原告の主張は、要するに、本願商標から「ダン」の称呼は生じない、というのである。

本願商標は、別紙第一に示すとおり、中央に「Dan Jean」の欧文字を横書きにしてなるものであるところ、わが国における外国語使用の実情に鑑みれば、商標が欧文字で構成されている場合、その商標はその文字の普通の英語の発音法により称呼されることが多いといつて差支えないから、右の構成に従つて、本願商標からは「ダン ジーン」又は「ダン ジエイン」の称呼を生ずるということができる。また、本願商標の指定商品は、第一七類「被服(運動用特殊被服を除く。)布製身回品(他の類に属するものを除く。)寝具類(寝台を除く。)」であり、そのうちの「被服」、「身回品」は特にフアツシヨン性を有し、フアツシヨンといえばフランスフアツシヨンがわが国において深い関係を有していることは経験則上明らかであるから、本願商標は、被服の分野においては、フランス語の発音による「ダン ジヤン」の称呼をも生ずるということができる。

他方、本願商標中の「Jean」の文字は、成立に争いのない乙第一号証と第二号証の各二によれば「丈夫な綾織綿布」「その布で作つた作業衣又はズボン」の意味を有する英語であることが認められるから、この種の被服が広く需要者になじまれていること及び右文字が、本願商標のように判然区別される二語の後半部に位置する構成であることと相まつて、本願商標の指定商品中の綾織綿布の商品に使用されたときには、当該商品の品質、素材を表わす記述的部分として認識され、この部分を除いた「Dan」の文字部分に着目して、これを単に「ダン」と称呼するであろうことも否定できない。

結局、本願商標からは、「ダン ジーン」「ダン ジエイン」の称呼のほかに「ダンジヤン」、さらに「ダン」の称呼をも生ずるといわなければならない。

原告は、「Dan Jean」は原告の商号の略称にも当るからその称呼「ダンジヤン」を重要視すべきである旨主張するが、当該商標からいかなる称呼が生ずるかは、その商標の構成自体に即しその指定商品の分野との関連において判断すれば足り、他に特段の事情も認められないから、採用できない。

さらに、原告は、日本における昭和四八年頃からの使用経過からみて本願商標から「ダン」の称呼が生ずるとするのは不自然である旨主張するが、成立に争いのない甲第二八号証ないし第三七号証、第三八号証の一ないし四をもつてしても、本件審決当時、本願商標から「ダン」の称呼が生じないとするには足りず、他に反対の証拠もない。

さらに、原告は、甲第三号証ないし第二六号証を指摘して、本願商標中の「Jean」の文字部分を記述的部分として認識されることはないと主張するが、これら書証に示されている商標中の「Jean」(又は「JEAN」)の文字は、いずれも二語ないし四語の冒頭の位置におかれていて、本願商標とはその構成を著しく異にするものであるし、さらに、「Jean」の文字が、上述のとおり、記述的意味を有する語とすることは否定できないから、原告の右主張は採用できない。

三  そうすれば、審決の取消を求める原告の主張は理由がないので、本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 杉山伸顕)

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