大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)5号 判決

原告主張の審決を取消すべき事由の存否について判断する。

1 本件訂正後の発明の特徴

成立に争いのない甲第二号証の二(本件発明の訂正明細書)によれば、本件訂正後の発明は、「改良された感圧記録材料に関するもの」であり、「印形成性成分が、これら成分に対する隔離された共通溶剤の微小滴の選択的放出と同時に、該共通溶剤の放出部分に溶解することによつて、上記成分間の印形成性接触がされる印形成系であつて、しかも、その印形成性成分の一つが加圧前の元の印形成記録材料中に存在する重合体である新しい印形成性系に関するものである(一頁左欄二六行ないし三三行)こと、そして、本件訂正前の発明は「隣接して並置されているが相互に別れ別れになつている着色印形成性成分を支持するシート材料及び圧力放出可能の液状の、前記着色印形成性成分のうちの少なくとも一つの溶剤よりなる圧力感受性記録ユニツトにおいて、前記シート材料が着色印形成性成分として発色体材料と発色体材料に反応性の重合体材料とを支持し、前記両成分が共に圧力放出可能な液状溶剤に可溶性であることを特徴とする圧力感受性記録ユニツト」(特許請求の範囲の記載)とするものであつたところ、本件訂正後の発明は、前記訂正前の発明において単に「発色体材料に反応性の重合体材料」とされていた酸性成分をフエノール系重合体材料とし、かつ、フエノール系重合体材料のうちでも、<1>フエノール類とアルデヒド類とのノボラツク型縮合物であり、<2>また、添加交さ結合剤が存在しなければ永久的に可融性であり、更に、遊離の反応性酸性水酸基をもち、<3>液体有機溶剤中で少なくとも二重量%の溶解度をもつものに限定した点に特徴があるものと認められる。

そして、前掲証拠によれば、従来、圧力感受性記録ユニツトとしては、マイクロカプセルの中の液体溶剤中に溶質として存在した発色体成分がカプセルの裂開によつて放出され、アタプルギツトクレイのような不溶性固体の酸性成分である印形成性成分に吸収させて加圧領域に印あるいは色を生じさせるものであつたことが認められ、この従来の感応記録ユニツトにあつては、「周囲の条件にその記録材料をさらすと、しばしばアタプルギツト粒子の減感を生じた。そして、この減感は粘土粒子の表面にある反応点が大気中の物質を吸収した結果、発色体材料との反応に必要なポテンシヤルを失うかあるいはそれが低下することによつて生ずると信じられた。」(一頁右欄三六行ないし四一行)ことが認められる。また、本件訂正後の発明は前記のごとき「大気感応性を有する従来の系よりはるかに改良され、しかも、下記にその特徴が示されるごとき追加的利点を有する感圧印形成の系を提供する。」(一頁右欄下から二行ないし二頁左欄二行)ものと記載され、更に、「印形成性成分が反応性接触をうけて特色ある印を生ずる。」(二頁左欄一二行、一三行)ことのほか、「一般に、印形成の点では重合体材料が印形成反応の生成に伴つて生ずる膜として存在するであろう。その重合体が膜の形態で存在するといくつかの利点が提供される。すなわち、その利点とは、印形成がされた領域を取囲んでいて研磨作用によつても、印の消失を実質的に減少せしめる保護膜を有することである。加うるに、好ましい材料、すなわちフエノール重合体の場合では、大気の水分による脱色はその重合体の水に対する不溶性によつて妨げられる。その重合体材料を連続膜としてはじめからその保持シート物上に配置すれば、容易に可溶な形態の応対性材料よりなる大きな表面積が得られる。加うるに、膜状でその重合体が存在すれば、例えば、印刷インク塗布器のごとき現存する塗布装置に対する適応性がきわめて容易に得られる。最後に、以前の系と比較してみると、その重合体が、基材と大きな親和力を有しているために、その重合体ではアタプルギツトのごとき粉末状材料の被覆によつて生ずるいわゆる「ピツキング(Picking)問題が実質的に減少する。」(一〇頁右欄四〇行ないし一一頁左欄一三行)と記載され、そのようなものであることが認められる。

2 一方、成立に争いのない甲第五号証(米国特許第二、九七二、五四七号明細書―引用例)によれば、引用例は、カーボン紙、複写紙等の着色剤の無色の原料として有用な、塩基性成分としての新規なアシルヒドラジン組成物たる発色物質に関する発明についての明細書であるが、そこには「この新規な発色物質は、通常の状態では本質的には無色であるが、ケイ酸塩類、通常の酸、ヘテロポリ酸及びフエノール性物質のようなこの発色物質に対して酸となる発色剤と充分に緊密に接触せしめられると、ただちに発色可能となるものである。この接触は、溶媒の使用によつて行なわれ、そして、溶媒の存在下又は不存在下に熱又は圧力の使用によつて行なわれる。」(1欄三六行ないし四三行)と記載され、ケイ酸塩類の例としては、クレイ、シリカゲルなどが、また、フエノール性物質の例としては、フエノール樹脂が挙げられていること、引用例の実施例6には「アタプルギツトクレイを一枚の紙シート上にふるいかけする。メタノール、エタノール又はジオキサン中に実施例4Bの一%発色物質を含有する無色溶剤を上記クレイ上に滴下すると、ただちに濃い紫色の点が生ずる。クレイがクエン酸と置換された場合は、その点は濃い青色となる。」との記載があり、酸性成分として、エタノールに溶解するクエン酸が挙げられていること、更に、実施例11にも、酸性成分としてエタノールに溶解するリンタングステン酸が記載されていることが認められる。そして、右のほかのすべての実施例における溶剤は、いずれも塩基性成分についての溶剤であり、これらの実施例には、酸性成分も同時に溶剤に溶解することを確認できる記載は見出せない。

3 原告は、審決が、本件訂正後の発明と引用例記載のものとを対比して、「圧力放出可能の有機溶剤が本件訂正後の発明では、着色印形成性成分を両方共溶解するものであるのに対し、引用例記載のものでは、発色体材料を溶解するが、フエノール系重合体を溶解するものであるかどうか具体的には示されていない点」を一応相違点<1>として認定しながら、結局、引用例の実施例6の記載内容及び「両成分を密接に接触するには、両成分共、溶剤に溶解させた方がよいことは当然であるから」との一般論によつて、「引用例記載のものは、マイクロカプセル化された溶剤が、フエノール系重合体をも溶解するものである場合も包含しているものと認められる。」と判断したのは誤りである旨主張する。

引用例は、前記認定からも明らかなごとく、アシルヒドラジン組成物とその発色方法に関するものであつて、基本的内容としては、発色物質としての特定の新規物質アシルヒドラジン類について、同物質に対応して使用される酸性成分としての発色剤及び溶剤によりどのような発色が起るかについて記載がされているものである。たしかに、引用例のこの新規な発色物質(塩基性成分)も、これに対して酸性成分となる発色剤と充分緊密に接触せしめられると、ただちに発色するものではあるが、前掲甲第五号証、ことに、前記認定によつて明らかなとおり、この接触は、少なくとも酸性成分に関しては、溶媒の存在を意図しないし認識して行なわれるものであるとは認められない。なるほど、引用例の実施例6及び11にあつては、前記認定のとおり、物質的性質としては、エタノール溶剤に溶解可能の酸性成分としてのクエン酸やリンタングステン酸が挙げられてはいるものの、これらの酸性成分たる物質は、いずれも「重合体でない化合物」であつて、本件訂正後の発明が構成の要件とする「重合体」の範疇に入らないばかりでなく、水に可溶の性質をもつている(これに対し本件訂正後の発明については、前掲甲第二号証の二の三頁左欄末行ないし六行には、酸性成分であるフエノール系重合体材料は、有機溶剤に対する溶解性及び水性媒質に対する相対的不溶性をも特徴とするとの記載がある。)から、引用例のこれらの酸性成分は本件訂正後の発明の酸性成分と対比し、本件訂正後の発明の構成及び作用効果上きわめて異なることが明らかである。また、引用例には、前記認定のごとく、酸性成分としてフエノール樹脂の名称のみが示されているにすぎず、その具体的使用例は無論のこと、どのような形態のものを用いるのかについての記載も全くない。この点、審決は、引用例の実施例6においては、クエン酸が化学物質として塩基性成分の溶媒に可溶である点を取上げて、引用例はこの溶媒がフエノール樹脂を溶解する場合も包含する旨認定したが、これとは逆に実施例6においては、前記のようにクエン酸の同効物としてアタプルギツトクレイ(酸性成分)が示されており、これは溶媒に不溶であり、しかも、当該技術分野では従来酸性成分として溶媒に不溶なものが普通に使用されていることからみて、ここにはかえつて、溶媒に不溶なフエノール樹脂を使用することが示されているにとどまるとみるのが相当である。

したがつて結局、引用例には審決のいう「フエノール樹脂」のうちから塩基性成分と共通の溶媒に可溶のものを選定すべきことを示す記載があるとすることはできない。

そして、審決は、「化学常識上、両成分を密接に接触するには、両成分共、溶剤に溶解させた方がよいことは当然である。」というが、このような一般論を、一概に本件における圧力感受性記録ユニツトの反応の場合にそのまま当て嵌めることは、その発色のメカニズムが十分明らかではなく、かつ、従来固―液接触が支障なく行われていたことからみて、その反応について液―液の接触が常によいともにわかに速断しえないから、十分な根拠を欠くものとして肯認しえない。

右のとおりであるから、引用例記載のものは、マイクロカプセル化された溶剤が、フエノール系重合体をも溶解する場合を包含しているものとした審決の前記相違点についての判断は誤りである。

4 次に、原告は、本件訂正後の発明がフエノール系重合体材料を「<1>フエノール類とアルデヒド類とのノボラツク型縮合物であり、<2>また、添加交さ結合剤が存在しなければ永久的に可融性であり、更に、遊離の反応性酸性水酸基をもち、<3>前記液体有機溶剤中で少なくとも二重量%の溶解度をもつもの」に限定した相違点<2>についての審決の判断は誤りであると主張する。

まず、審決は「レゾール型は常温で酸により硬化して、三次元化して不溶不融になることが周知である」との前提に立つて、「三次元化したものにおいてはフエノール性水酸基の多くは三次元化したものの内に取り込まれ、露出している発色体材料と接触しうるフエノール性水酸基は少なくなるから、どのような接触方法であつても発色し難くなると考えられること」を根拠に、ノボラツク型の選択が、当業者にとつて容易であると判断したことは明らかである。しかしながら、前記のごとく、引用例には着色印形成性成分の両方を溶解させることが示されているといえないうえに、成立に争いのない甲第一〇号証の二及び甲第一二号証の二によると、フエノール類とアルデヒド類とのレゾール型縮合物のなかにも多様な態様があることが認められるから、酸性成分としての印形成性成分としてフエノール系重合体のうちから、フエノール類とアルデヒド類とのノボラツク型縮合物を選択することが審決の示すような理由によつては当業者にとつて容易であるとみることができないし、もともと、本件訂正後の発明においては、フエノール類とアルデヒド類との縮合物のうちから、特許請求の範囲の記載上明確にレゾール型縮合物が除かれ、ノボラツク型に限定されているうえに、更に、ノボラツク型のうちでも前記の<2><3>の条件をみたしていないものは除外されているものとみるのが相当であり、これらの限定について格別意義を認めなかつた審決の判断には合理的根拠があるものとはいえない。

したがつて、審決の相違点<2>についての判断も誤りといわざるをえない。

5 本件訂正後の発明は、前記のごとく塩基性成分に反応する酸性成分として前記<1>ないし<3>の条件をみたすフエノール系重合体材料を選定し、両方の着色印形成性成分を共通の液体有機溶剤に共に溶解し、反応性接触により着色印を生じさせる構成を特徴とし、これによつてアタプルギツトクレイを用いていた従来の感応記録ユニツトは改良したものであるが、引用例には右のような構成及びそれに基づく効果を示唆するような記載は見出しえないから、本件訂正後の発明を引用例記載のものから当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断は、誤りであり、審決は、違法として取消を免れない。

よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。

〔編註その一〕 本件における発明の要旨は左のとおりである。

訂正後の発明の要旨(以下、「本件訂正後の発明」という。)

(A) 支持シート材料

(B) 前記支持シート材料によつて支持されかつ隣接して並置された、着色印形成性成分と、それら着色印形成性成分の両方に対する圧力放出可能の液状の有機溶剤とからなり、しかも、

(C) 前記着色印形成性成分は、互いに隔離されており、

(D) 前記着色印形成性成分は、少なくとも一種類の塩基性発色体材料と、少なくとも一種類のフエノール系重合体材料とからなり、その重合体材料は前記塩基性発色材料に対し酸性で、該塩基性発色材料と反応して明確な色形成あるいは色変化を起すことができ、フエノール類とアルデヒド類とのノボラツク型縮合物であり、また、添加交さ結合剤が存在しなければ永久的に可融性であり、更に、遊離の反応性酸性水酸基をもち、前記液体有機溶剤中で少なくとも二重量%の溶解度をもつことを特徴とし、前記着色印形成性成分は、前記液体有機溶剤の圧力による放出で、その放出された液体有機溶剤に共に溶解し、接触して反応するようになつている、圧力感受性記録ユニツト。

(別紙図面参照)。

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙

<省略>

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!