東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)61号 判決
審決に、これを取消すべき違法の点があるかどうかについて判断する。
1 原告は、液相におけるヒドロホルミル化反応に有効な触媒が気相におけるヒドロホルミル化反応に有効なものとはいえない旨主張する。
成立について争いのない甲第二号証(第一引用例)によれば、第一引用例には、被告主張のとおりの第一引用例の原発明が記載されているものであつて、オレフインを一酸化炭素及び水素と接触させてアルデヒドを合成するヒドロホルミル化反応において、配位子として有機化合物MR3(ただし、Mはリン、ヒ素又はアンチモン。RはC6~C18のアリール又はアリールオキシ基。)を有するロジウム錯体であつて、配位子として一酸化炭素と塩素、臭素及びヨウ素の少なくとも一つの元素と少なくとも二つの化合物MR3とを有するものを含有する触媒は、ヒドロホルミル化反応が気相において行われる場合も液相において行われる場合も、ともに有効な触媒となるものであることが開示されている。しかも、ヒドロホルミル化反応においては、触媒が溶媒に溶解している液相における反応であつても、これが担体上に担持されている気相における反応であつても、オレフイン、一酸化炭素及び水素の原料ガスが接触反応を生じるに際し、触媒として格別異なつた作用を奏するものとは解されず、原告も反応の生じる確率の差異を挙げるにとどまるものである。
そして、成立について争いのない甲第三号証(第二引用例所収文献)によれば、第二引用例には、ベンゼン溶液中でヒドロホルミル化反応を行う場合の知見に基づくものとして、第一引用例において前示のとおり気相及び液相の双方のヒドロホルミル化反応において有効に使用されることが開示されているRhCl(CO)(PPh3)2と比較して、本願発明において用いられる触媒の一つであるRhH(CO)(PPh3)3が、一層有効な触媒であることが開示されている。
してみれば、液相におけるヒドロホルミル化反応の触媒として有効でありながら、気相におけるヒドロホルミル化反応の触媒として適用できないものが存在する可能性は否定できないとしても、気相及び液相の双方のヒドロホルミル化反応を通じて有効な触媒として多種存するうちの一つである第一引用例記載のRhCl(CO)(PPh3)2に代えて、第二引用例においてこれと比較のうえより一層有効であるとされたRhH(CO)(PPh3)3を、第一引用例におけると同じく、担体上に担持させて気相におけるヒドロホルミル化反応の触媒として適用すること、すなわち、本願発明の触媒に想到することは、当業者が容易になし得ることと認められる。
2 原告は、第一引用例はH含有ロジウム錯体については気相のみならず液相における触媒としての有効性すらなんら開示していない旨主張するが、前示のとおり、第二引用例において本願発明において適用される触媒が開示されているのであるから、原告の右主張はなんらの意味を有するものではない。
3 原告は、更に、ヒドロホルミル化反応における基本的活性触媒はRhH(CO)(PPh3)2であり、出発触媒から右活性触媒が生成されるまでの期間が反応の抑制期間となり、ハロゲン含有ロジウム錯体を出発触媒として使用するときは、右抑制期間を短縮するためハロゲン受容体を添加することになり、このため多くの欠点が生じるとして、本願発明は出発触媒として段階的に基本的活性触媒に近いものを採用することにより、触媒反応の確率上液相反応に比して不利な気相反応でありながら、実用上高収率を得られるものを完成したものであり、右の点は第一引用例にも第二引用例にもなんら開示されていないのみならず、第一引用例と第二引用例の教示するところは矛盾しているのであるから、各引用例から本願発明に想到することは容易でない旨主張する。
しかしながら、右主張の前提となる出発触媒からの基本的活性触媒の生成、それまでの反応抑制期間、これを短縮するためのハロゲン受容体の添加に関する各事項については、本件全証拠によつてもこれを認めることができず(前掲甲第三号証によれば、RhH(CO)(PPh3)3が溶液中でRhH(CO)(PPh3)2に解離することが記載されているが、これは原告の右主張に沿うものではない。)、成立について争いのない甲第四号証の一、三、四、七、一六(本願発明に係る出願当初の明細書及びその後の各手続補正書)によれば、右のような事項については、本願発明に係る出願当初の明細書にもその後の手続補正書にもなんら触れられているものではないうえ、前掲甲第二号証によれば、第一引用例の発明においてハロゲン受容体を添加することの記載はないのであるから、原告の主張は前提を欠くことになり失当であるのみならず、そのような知見に基づく発明として本願発明の新規性、進歩性を論じることもできない。なお、前示のとおり、第二引用例の開示に基づき、本願発明の触媒を適用することが容易であると認められる以上、第一引用例においてRhH(CO)(PPh3)をRhH(CO)(PPh3)2に変換して触媒として利用することが開示されているか否か、ひいて第一引用例の教示するところが第二引用例の教示するところと矛盾するかどうかに関する原告の主張については、判断するを要しない。
4 なお、原告は、ヒドロホルミル化反応を気相において行う場合、ヒドリドカルボニル錯体の触媒を用いるときは、クロロカルボニル錯体の触媒を用いるときに較べ触媒活性の点で著しく有利である旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、また、たとえそのような触媒活性上の利点が存するとしても、それは第一引用例の発明の触媒に代えて第二引用例の開示した触媒を用いるとの構成を採つたことによる予期し得る効果というべきものであつて、第一引用例及び第二引用例に基づき本願発明に想到することが容易であるとの前示判断を左右するに足りない。
5 以上のとおりであつて、本願発明は第一、第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとした審決の判断に誤りはない。
よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
担体上のロジウム触媒の存在下で、水素及び一酸化炭素との反応によりオレフインのヒドロホルミル化によるアルデヒドを製造する方法において、前記担体が多孔支持固体から成り、当該支持固体にヒドリドカルボニルビス(三置換ホスフイン、アルシン若しくはスチビン)ロジウム化合物若しくはヒドリドカルボニルトリス(三置換ホスフイン、アルシン若しくはスチビン)ロジウム化合物を含んで成る触媒の溶液が吸収されており、かつ、前記反応を前記一酸化炭素の分圧が一五〇~七五〇Psigの条件下にある気相反応で行うことを特徴とするアルデヒド製造方法。