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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)66号 判決

【主文】

特許庁が同庁昭和五三年審判第五一一七号事件について昭和五五年一月二四日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

【事実】

「請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、第八三〇、七六一号特許発明(名称を「酸素・油バーナによる電気アーク炉の補助溶解方法」とし、昭和四五年一月一九日特許出願、昭和五〇年六月一六日出願公告、昭和五一年一〇月一二日設定の登録がされたものである。以下、この発明を「本件発明」、この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。原告及び訴外日本酸素株式会社は、昭和五三年四月一〇日、被告を被請求人として、本件特許を無効にすることについて審判を請求し、特許庁昭和五三年審判第五一一七号事件として審理されたが、昭和五五年一月二四日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同年二月二七日原告に送達された。

二  本件発明の要旨

材料の溶解期に電極と酸素・油バーナを併用同時操業を行なう電気アーク炉において、前記炉に付設した酸素・油バーナのうち少なくとも一本のバーナをほぼ前記炉の中心軸とシルレベルの交叉する点に向けて配設して燃射し、溶解初期における鋼浴の形成を促進し材料の落ち込みをスムーズにし、電気エネルギーの投入を早期に安定させることを特徴とする酸素・油バーナによる電気アーク炉の補助溶解方法。

三  本件審決の理由の要点

本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。請求人らは、証拠として、「工業加熱」第六巻第一号(昭和四四年一月)第二六頁ないし第三一頁(甲第一号証)、「STEEL TIMES」第一八八巻第五〇〇五号(一九六四年六月一九日)第八二一頁ないし第八二三頁(甲第二号証)、「The British Foun-dryman」第六〇巻第一一部(一九六七年一一月)第四二五頁ないし第四三二頁(甲第三号証)、証明書(甲第四号証の一)、購入通知書(甲第四号証の二)、納品書(甲第四号証の三)、入庫伝票(甲第四号証の四)、証明書(甲第五号証)、証明書(甲第六号証の一)、購入伝票(甲第六号証の二)、図面(甲第七号証)、証明書(甲第八号証)を提出した。

請求人らの主張の要点は、本件発明は、甲第一号証ないし第三号証に記載された酸素・油バーナの同時操業法から容易に推考し得たものであり、また、甲第四号証ないし第八号証に示されるとおり、その特許出願前に公然実施された発明であつて新規性はないというにある。

そこで、検討するに、本件発明は、材料の溶解期に電極と酸素・油バーナを併用同時操業を行なう電気アーク炉において、炉に付設した酸素・油バーナのうち少なくとも一本のバーナを、ほぼ前記炉の中心軸とシルレベルの交叉する点に向けて配設して燃射することを必須の構成要件の一つとするものであるところ、甲第一号証には、バーナがアーク炉の生産性向上に使用されること、炉の中心に向けて設置されることが述べられ、特に第三一頁にはバーナの取付け要領が図示されているけれども、本件発明の前記必須構成要件については何ら示唆するところは見出せない。甲第二号証には、酸素・油バーナを炉中に放射状に、最も遠い電極に向けて傾斜角一五度で設置し、燃焼させることが記載されているが、本件発明の前記必須構成要件については記載するところがない。そして甲第三号証には、電気炉天井の第二電極の向い側に特別孔を設け垂直に対し二〇度の角度でバーナが設けられ、溶解初期にアークが飛ばされて数分以内にバーナに点火されたことが述べられているが、バーナの指向されている位置がどの部分であるかは明確でなく、本件発明の前記必須構成要件についての示唆は何もされていない。したがつて、本件発明が甲第一号証ないし第三号証の記載から容易に推考し得たものとすることはできない。

また、甲第四号証ないし第八号証の証明内容は、その事項について証明をする権限を有する者によりなされているとするに足りる根拠が不明であり、また通常の場合、営利を目的とする企業が自己の企業秘密に属する事項をいたずらに公開しないことは社会通念と認められることからみて、これら甲第四号証ないし第八号証に示された事項が公然知られたものあるいは公然実施されたものと認めることはできない。

以上のとおり、本件特許についてこれを無効とすべき事由が存するとはしえない。

四  本件審決の取消事由

本件審決には、次のとおり、これを違法として取消すべき事由がある。

1  審決は、甲第一号証には、バーナがアーク炉の生産性向上に使用すること、炉の中心に向けて設置することが述べられ、特に第三一頁にはバーナ取付け要領が図示されているが、本件発明の必須構成要件である「炉に付設した酸素・油バーナを、ほぼ炉の中心軸とシルレベルの交叉する点に向けて配設して燃射する」ことについては何ら示唆するところは見出せない、としているが、誤つている。

すなわち、本件発明の「バーナを炉の中心軸とシルレベルの交叉する点に向ける」という構成要件を検討すると、明細書の発明の詳細な説明の項において「本発明のようにバーナ先端を炉の中心軸HとシルレベルSLの交叉する点に向けることにより、溶解の初期に電気炉中心部の材料を溶解し鋼浴を形成する」(特許公報第二頁第四欄第一四行ないし第一七行)との記載があることにより、右の「炉の中心軸とシルレベルの交叉する点」とは「電気炉中心部」と同一と解さざるをえない。そうすると、本件発明は、バーナを炉の中心に向けて設置する第一引用例のものと同一であるから、新規性はなく、仮に本件発明の「炉の中心軸とシルレベルの交叉する点」と甲第一号証の「炉中心」とが同一でないとしても、両者の効果は実質的に同一であるから、本件発明にはいわゆる進歩性がない。

また、審決は、甲第三号証には、電気炉天井の第二電極の向い側に特別孔を設け垂直に対し二〇度の角度でバーナが設けられ、溶解初期にアークが飛ばされて数分以内にバーナに点火されたことが述べられているが、バーナの指向されている位置が炉内のどの部分であるかは明確でなく、本件特許の前記必須構成要件についての示唆は何もされていない、としているが、誤つている。

すなわち、甲第三号証の第九図の炉と本件発明の炉とを対比すると、甲第三号証の第九図の炉は、バーナを「炉の中心軸と炉底の交叉する点」に向けているのに対し、本件発明の炉は、バーナを「炉の中心軸とシルレベルの交叉する点」に向けている。しかしながら、バーナの向きを上下方向に多少変えることは実際上しばしば行なわれることであり、しかも甲第三号証の第九図のものと本件発明とでは効果に格別の差がでるとも思われない。したがつて、本件発明は甲第三号証から当業者が容易に推考したものであり、いわゆる進歩性のないものである。

2 審決は、甲第四号証ないし甲第八号証によつては、本件発明がその特許出願前に公然実施されたものと認めることはできない、としているが、誤つている。甲第四号証ないし甲第八号証の内容は、本件発明の必須構成要件を備えた電気アーク炉が本件発明の特許出願前に公然と使用されていたことを証明するものである。

すなわち、甲第四号証の一の添付図面には、バーナが「炉の中心軸とシルレベル(スラグラインともいう)の交叉する点」に向けられている図が記載されているところ、株式会社淀川製鋼所泉大津工場において、昭和四四年一〇月三日に右図面どおり電気アーク炉にバーナが取付けられ、遅くともその夜一週間位で本格操業に入つたものである。しかして、同工場においては、右電気アーク炉の操業に関し秘密保持義務を課すことなく、右電気アーク炉はオープンの状態で操業されたものである。

甲第六号証の一の添付図面には、二本のバーナのうち一本のバーナが「炉の中心軸とシルレベルの交叉する点」に向けられている図が示されているところ、株式会社中山製鋼所船町工場において、昭和四四年九月末に右図面どおり電気アーク炉にバーナが取付けられ、同年一〇月には試運転をし操業に入つたものである。しかして、同工場においても、右電気アーク炉の操業に関し秘密保持義務を課することなく、右電気アーク炉は不特定人の知り得る状態で操業されたものである。」

【理由】

請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

そこで、審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて判断する。

<証拠>によれば、本件発明の願書に添付された明細書の特許請求の範囲の記載は、当事者間に争いのない請求の原因二のとおりであるところ、これによれば、本件発明は、材料の溶解期に電極と酸素・油バーナを併用同時操業を行なう電気アーク炉において、炉に付設した酸素・油バーナのうち少なくとも一本のバーナを、ほぼ炉の中心軸とシルレベルの交叉する点に向けて配設して燃射することを要件の一つとするものということができる。

よつて検討するに、<証拠>によれば、昭和四四年一〇月頃原告会社は訴外株式会社淀川製鋼所泉大津工場の電気アーク炉に補助溶解用のダイオキシルバーナ(酸素・油バーナ)を付設し、同工場ではその頃から右アーク炉により溶解作業を行なつたこと、右バーナは材料の溶解期に電極と併用同時操業を行なうものであること、しかして右バーナは炉の中心軸とシルレベル(溶けた鋼の水準面)の交叉する点に向けて配設されていたこと、前記工場においては右アーク炉の操業に関しこれを秘密にすべきことの措置をとることなく、誰でもこれを見学することができるようにしていたことが認められる。また、<証拠>によれば、訴外株式会社中山製鋼所船町工場の電気アーク炉にも原告は昭和四四年一〇月頃補助溶解用のダイオキシルバーナ(酸素・油バーナ)を付設し、同工場においても、前同様、アーク炉の操業を自由に見学できるような状態にしていたものであることが認められる。

審決は、前記ダイオキシルバーナによる電気アーク炉の操業が当然企業秘密に属するものとし、このことを前提に営利を目的とする企業がその秘密をいたずらに公開しないことは社会通念と認められるとするが、電気アーク炉の操業が企業秘密でなければならないとする必然性はないのみならず、前認定のとおり両工場ともこれを秘密事項としてはいなかつたのであるから、公開しないことが社会通念であることを理由に公然実施を否定した審決は不当である。

よつて、その他の審決理由についての判断をなすを要せずして本件審決を違法として取消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)

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