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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)71号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)の各事実については、当事者間に争いがない。

二 そこで、請求の原因四の審決を取消すべき事由の存否について判断する。

1(本願発明の特徴)

成立に争いのない甲第二号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、本願発明は、「半導体基板に均一な成長皮膜を成長しうる皮膜の気相成長あるいは気相エツチング等の気相処理工程を含む半導体装置の製造方法に関する」(本願発明の特許公報第一欄第二三行ないし第二五行)ものであり、前記当事者間に争いがない本願発明の要旨記載の構成からなるものであるが、「均一な皮膜の成長もしくは均一な気相エツチングを行うことができ、かつ、一時に多数枚の処理を行うことができる新しい気相処理法を提供せんとするものであつて、」この目的を達成するために、「特殊な装置を用いず、現在ある装置を用いて」(同第二欄第一八行ないし第二二行)、「主面が対向するように複数の半導体基板を反応室の長軸方向に立てて配列し、反応ガスを減圧状態に保たれた反応室内に導入して半導体基板に気相エツチング処理又は気相成長処理を施すこと」(同欄第二四行ないし第二八行)、すなわち、横方向に長い反応室(横形反応室)を用いて(同欄第三四行、第三五行)基板に気相エツチング処理又は気相成長処理を施すに当たつて、反応室内を減圧状態に保つこと(<1>)、及び基板を対向立置きすること(<2>)を組合せることを特徴とするものであることが認められるところ、本願発明にいう気相成長処理の概念について、これが拡散前処理(すなわち、基板の表面から一定深さまで基板内部に不純物を拡散(再拡散)させて多層構造を得る拡散の前処理として、右不純物を基板内部に広く浅く拡散させた第一次拡散層を形成するために、基板物質とガスの化学反応により右不純物質を含む反応生成物をガラス質の堆積層として基板表面に堆積、成長させること)における堆積層の形成を含まないものであるかどうか、及び、基板の対向立置きの概念について、これが、基板面が介在物なしに互いに直接向い合う配列のものに限定されるかどうか、争いがあるので、まず、これらの点について判断する。

(一) (気相成長処理について)

(1) 成立に争いのない甲第五号証ないし第九号証、乙第二号証、第五号証の一ないし五及び弁論の全趣旨を総合すれば、一般に、気相成長処理とは、ガス状化合物を加熱された基板の上に供給し、ガス状化合物の成分間の化学反応(気相反応)あるいはこれと基板物質との一種の化学的結合を利用して、基板物質自体は消耗させることなく、シリコンなどの半導体の結晶、更に種々の金属物質や絶縁物のような無定形物質をガス中から析出させ、これを基板の表面上に被着させて多層構造を得る処理方法であつて(その代表的なものが、基板のもつ結晶配向性と同じ配向性をもつたシリコンの単結晶層を、その基板表面上に成長させるエピタキシヤル成長である。)、この処理によつて基板表面上に析出、被着した物質の皮膜(層)は、完成後の半導体装置の一つの層として(すなわち、半導体結晶の場合は半導体素子の一つの層として、金属物質の場合は配線の要素として、絶縁物の場合は層間絶縁などとして)最終的に用いられるようなものを指すものであること、これに対し、拡散とは、加熱された基板の表面から内部へ不純物を滲透させて一定の不純物濃度分布を形成させ多層構造を得る処理方法を指すものであり、そのうち、特にプレデポジツト法においては、拡散前処理として、不純物を広く浅く拡散させた第一次拡散層を形成するために、不純物を含む反応生成物を基板表面上に堆積、成長させるものであるが、この堆積層は、あくまで中間工程において存在するだけであつて、完成後の半導体装置の一つの層として最終的に用いられるものではなく、再拡散(正規の拡散)を行う前に除去されるべきものであること、右のような気相成長処理による被膜と拡散前処理による堆積層の相違故に、気相成長処理においては、処理の均一性すなわち被膜の厚みの均一性は、直ちに半導体装置の品質にかかわるものとして厳格に要求されるものであり、そのため、処理の均一性を向上させることを技術課題として種々の工夫がされてきたのに対し、拡散前処理における堆積層の形成においては、半導体装置の品質は後の再拡散のための熱処理に左右される部分が多く、処理の均一性に対する要求は小さいのであつて(堆積層は一定の厚み以上ありさえすれば、それを超えた部分で厚みにバラツキがあつても差支えない。)、そのため、処理の均一性に問題があると考えられていた基板の対向立置き方式が十分実用化されていたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

なるほど、気相成長処理と拡散前処理における堆積層の形成を、気相反応による生成物が基板上に被着するという現象面でとらえれば、両者共通する面がないわけではないが、拡散前処理における堆積層の形成について、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例。第一頁左欄第三一行、右欄第三七行、第二頁左欄第二三行)では一貫して「堆積」と表現され、前掲甲第七号証でも、「表面に吸着」(第一九七頁第二三行)、「初めについたもの」(同頁末行)と表現されていて「気相成長」という語は用いられておらず、その他本件全証拠によるも、「気相成長」という語が拡散前処理における堆積層の形成を含むものとして用いられている例は見当たらないし、そもそも、技術は一定の技術目的を達成する手段であり、その目的の相違(ひいては、処理全体の構造の相違)故に異なるものと認識されている技術を、一部の現象面での共通性を理由に同一視することは相当でない。

被告は、成長皮膜の厚みが均一であるかどうかは、気相成長処理であるかどうかの判断基準にはならない旨主張するところ、確かに、前示のとおり処理の均一性すなわち成長皮膜の厚みの均一性が厳格に要求される気相成長処理を施しても、結果として均一な厚みの皮膜が得られるとは限らないが、気相成長処理においては、皮膜の厚みの均一性が直ちに半導体装置の品質にかかわるが故に、処理の均一性を向上させることを目的ないし技術課題として種々の工夫がされてきたのに対し、拡散前処理における堆積層の形成においては、かかる目的ないし技術課題は存しないのであつて、かかる目的ないし技術課題の相違も一つの基準として両者は明確に異なる技術として認識されているのであるから、現実の処理結果の均一性を取り立てて問う被告の右主張は当を得ない。

また、被告は、拡散前処理においても気相成長によつて生成物が基板表面に堆積するものであり、そして、気相成長処理においてもその過程で生成物の基板内部への拡散が行われるものであるから、両者が区別し難いかのように主張するが、気相反応による生成物が基板上に被着するという一部の現象面での共通性を理由に両者を同一視するのが相当でないことは前示のとおりであり、また、前掲甲第九号証及び弁論の全趣旨によれば、気相成長処理においてもその過程で不純物の基板内部への拡散現象を伴うことが認められるが、同号証及び弁論の全趣旨並びに前記認定によれば、気相成長処理においては、基板表面上に均一な厚みの皮膜を形成することを技術目的とするものであつて、拡散現象はできる限り防止しなければならないものであるのに対し、拡散は、気相成長処理において発生を防止すべき拡散現象を積極的に利用して基板内部に一定の不純物濃度分布を形成させることを技術目的とするものであることが認められ、両者は技術的思想として明確に区別されるものであるから、右主張は採用しえない。

更に、被告は、前掲乙第二号証、第五号証の一ないし五、甲第七号証、第八号証を援用して、拡散においても皮膜の厚みの均一性が要求される旨主張するところ、右各証拠には、被告の答弁及び主張二1(一)(3)に引用された各説明、公式が記載されていることが認められるが、そこにおいて厚みの均一性が要求される旨記載されている層が、拡散前処理によつて形成される堆積層(被告のいう堆積した不純物層)を指すものとは認められず(かえつて、右各号証及び弁論の全趣旨によれば、右厚みの均一性が要求される層とは、拡散前処理によつて基板の浅い個所に生じた、不純物の濃度が高い第一次拡散層及び基板の再加熱により第一次拡散層を基板深部へ再拡散させて得られる再拡散層を指すものであることが窺われる。)、前示のとおり、右堆積層は一定の厚み以上ありさえすれば、それを超えた部分で厚みにバラツキがあつても差支えないのであるから、右主張も失当である。

以上によれば、本願発明の特許出願当時、気相成長処理と拡散前処理における堆積層の形成(ないし拡散そのもの)とは、半導体装置製造の分野において明確に異なる技術として認識されており、前者が後者を含むものとは認識されていなかつたものといわなければならない。

なお、前掲乙第二号証には、「拡散は一種の気相成長法であると考えられぬこともない。」(第二二頁左欄第一一行、第一二行)という記載のあることが認められるが、右記載は、むしろ気相成長と拡散とが異なる技術として認識されていたことを示すものというべきであり、少なくとも右認定を左右するものではない。

(2) 一方、前掲甲第二号証の一、二によれば、本願発明の明細書において、気相成長処理という語が右(1)にみた一般的用法と異なつた意味で用いられているものであることを示す記載は存しないのみならず、「本発明においては、横方向に長い反応室が使用され、基板が立てて横方向に配列されることによつて、多数の基板の装着が可能である。従来、気相拡散に用いられてきた石英管もしくは同様な形状の磁器管がこの目的のために使用できる。……従来、このような反応室を用いて外熱することにより気相成長させることは全く行われていなかつた。」(本願発明の特許公報第二欄第三四行ないし第三欄第一六行)と記載されていて、本願発明にいう気相成長は、気相拡散とは明確に区別されていること、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明において、「気相エツチング処理又は気相成長処理」(特許請求の範囲及び前同第二欄第二七行、第二八行)、「気相成長あるいは気相エツチング等の気相処理工程」(同第一欄第二四行、第二五行)等と記載され、「気相成長」が、処理の均一性が厳格に要求される気相エツチング(前掲乙第二号証によれば、気相エツチングは、気相成長の可逆的反応を利用して、気相成長とは逆に半導体、金属、絶縁物を一定の深さで除去し凹所を形成する処理方法であり、気相成長とは表裏一体のものであつて、気相成長の語が広い意味では気相エツチングをも含むものとして用いられることもあることが認められる。)と同等のものとして対をなす形で併記されていることが認められる。

(3) 右(1)、(2)に検討したところによれば、本願発明にいう気相成長処理は、気相成長の一般的用法と同様、拡散前処理における堆積層の形成を含まないものであるといわなければならない。

(二) (基板の対向立置きについて)

本願発明にいう基板の対向立置き、すなわち、特許請求の範囲記載の「複数の半導体基板をその主面が反応室の長軸方向において対向するように立てて該長軸方向に配列」することにおける「対向」とは、複数のものが互いに向い合うことであるから、通常、両者の間に他の物が介在することなしに直接向い合う場合を指すものと解されるところ、前掲甲第二号証の一、二によれば、本願発明の明細書には、本願発明においては「半導体基板であれば、両面の均一な気相エツチングが、多数枚につきなされる」(本願発明の特許公報第三欄第二六行、第二七行)、「本発明にて生じた一つの特長は、気相成長あるいは気相エツチングが基板の両面に均一に生ずる事である。」(同欄第三二行ないし第三四行)と記載されていること、実施例としても、基板が介在物なしに向い合う配列のもののみが示されていること(第2図、第3図)、反対に、基板間に介在物を置くような配列をすることを示唆する記載は存しないことが認められるので、本願発明にいう基板の対向立置きとは、前記「対向」の通常の用語法に従い、基板面が介在物なしに互いに直接向い合う配列を意味するものと解するのが相当である。

被告は、右の、基板の表裏両面の同時処理についての明細書の記載は、単なる一実施例の効果を述べたにすぎないのであつて、それをもつて直ちに本願発明の効果とすることはできないと主張するが、右記載の内容自体及び発明の詳細な説明における記載個所に照らせば、右記載は一実施例についての記載ではなく、本願発明そのものの作用効果についての説明であることが明らかであるから、右主張は失当である。

2 (第一引用例の技術内容、特に基板の配列方法)

そこで、右1における検討の結果を前提に、原告が誤りと主張する第一引用例の技術内容についての審決の認定のうち、第一引用例記載の発明では、基板がどのように配置されているか不明であるとした審決の認定の正否について判断する。

(一) 成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例は、「真空装置内での二酸化シリコンの熱分解被着」と題する専門家の研究論文であり、真空装置内でのテトラエトキシシランの低温熱分解による二酸化シリコン膜の被着についての研究に関するものであることが認められ、そこには、複数の基板を減圧状態(一五μないし三〇μ)に保たれた反応室内に配置し、反応ガス(テトラエトキシシランガス)をその長軸方向に流して、基板に気相成長処理を施すに当たり、反応ガスの供給量を増減させて二酸化シリコン膜の基板への被着速度を増減させ、その被着速度の変化と反応室の長軸方向に沿う均一な被着領域の増減との相関関係をみる実験(具体的には、反応ガスの供給量を最大にしたとき(第2図のA、B、C線の場合)と、これをニードル弁の調節により順次減少させて流量計の読みとり値を一四・五(D線の場合)、九・八(E線の場合)、五・〇(F線の場合)としたときとについて、直径一インチの基板を前後両端と中央に一枚ずつ等間隔に計三枚配置した、長さ六インチの石英ボートを反応室内で前後にずらせて、長軸方向の異なる位置における二酸化シリコン膜の被着速度分布を測定する実験)を行つたことが示されているが、右実験において、右複数の基板を反応室内(の石英ボート上)にどのように配列したかは、明記されていない。

(二) しかして、第一引用例の発行(昭和四三年六月)当時ないし本願発明の特許出願(同年一二月一九日)当時(この両者の間には約六か月の開きがあるが、本件に顕われた全証拠を調べてみても、この間に、当該分野につき本願発明に係る技術上格別の進歩があつたものとするに足るものの存しない本件では、技術水準に差はないものと考えるに妨げがない。)における基板への気相成長処理の技術水準について、原告は、気相成長処理においては基板の平置き方式が慣用されていたと主張し、被告は、平置き方式とともに対向立置き方式及び平行立置き方式も広く知られていたと主張するので、前掲甲第四号証ないし第六号証、第八号証、第九号証、乙第二号証、第五号証の一ないし四、成立に争いのない甲第一三号証、乙第一号証、第三号証、第四号証、第六号証により検討するに、甲第五号証(雑誌「電子材料」昭和四一年一〇月号)、第六号証(同じく昭和四二年六月号)、第八号証(昭和四三年四月一五日社団法人電子通信学会発行・同会東京支部編著「半導体集積回路技術」)、第九号証(昭和四三年四月一五日発行・㈱パナテツク社編集「最新IC技術入門」)、第一三号証(「Journal of the Electrochemical Society」一九六一年(昭和三六年)五月号)、乙第二号証(雑誌「電子材料」昭和四二年一月号)には、横形反応室を用いるエピタキシヤル成長を含む気相成長処理においては(特に、甲第八号証、第九号証、乙第二号証では、対向立置き方式又は平行立置き方式が用いられている拡散と対比する形で)、基板の平置き方式が用いられていることが示されており(なお、被告は、右各証拠は、気相成長一般ではなく、特に慎重な処理を要するエピタキシヤル成長に関するものである旨主張するが、甲第五号証、第六号証、第八号証、第九号証中の装置ないし基板の配列方式についての記載は、直接的にはエピタキシヤル成長に関するものとはいうものの、甲第五号証、第九号証においては、エピタキシヤル成長という語はエピタキシヤル成長以外の気相成長を除外するものではなく、気相成長一般を代表するものとして用いられていることが認められ、甲第六号証、第八号証にも、エピタキシヤル成長とそれ以外の気相成長とでは、異なる装置ないし基板の配列方式が用いられることを示す記載はない。そして、乙第二号証には、「エピタキシヤルとは『基板結晶上に基板と同一結晶軸方向を有して結晶が存在していること』と定義されている。ここでエピタキシヤル技術と呼んでいるものはこの定義を包含して広い意味で用いており気相成長法と名付けられるものである。」(第二二頁左欄第二行ないし第六行)と明記されており、エピタキシヤル技術という語が気相成長法という語と同義のものとして扱われている。)、一方、第二引用例(甲第四号証・昭和三九年七月七日出願に係る特許公報)、乙第一号証(一九六四年(昭和三九年)五月一日出願に係る米国特許第三四〇九四八三号明細書)、第三号証(昭和三四年一二月三日出願に係る特公昭三六-七六〇八号特許公報)、第四号証(昭和四一年九月三〇日出願に係る実公昭四三―二七〇八五号実用新案公報)、第六号証(昭和三七年六月八日出願に係る特公昭三八―一九七五七号特許公報)には、一応、基板面が反応室の長軸方向に直交するように配列する方式が、乙第三号証、第五号証の一ないし五(昭和四三年一一月二五日発行・集積回路ハンドブツク編集委員会編著「集積回路ハンドブツク」)には、一応、平行立置き方式が、それぞれ示されていることが認められる。

しかしながら、後者の各証拠のうち、第二引用例は、拡散前処理における堆積層の形成(ないし拡散)に関するもの(本願発明にいう気相成長処理が拡散前処理における堆積層の形成を含まないことは前記1(一)のとおり。)であり、乙第三号証記載の技術は、高純度シリコン板の上にシリコンを分解、生成させて極めて高純度のシリコンを収率よく得るための技術であつて、いずれも、成長皮膜の厚みの均一性が厳格に要求される本願発明にいう気相成長処理の技術とは異なるものである。乙第一号証、第四号証、第六号証は、気相成長処理に関するものではあるが、乙第一号証記載の技術は、名称を「半導体材料の選択的被着」とする発明に関するものであり、基板の限られた小領域に気相成長処理を施す(ただし、常圧下)ものである点で、乙第四号証記載の技術は、中央部に直線状に形成された溝と、該溝の両側に一定角度をもつて形成され、その側面に基板を載置すべき複数個の枝溝とを有する特殊な半導体加熱治具を用いるものである点で、乙第六号証記載の技術は、平行な切断面により、完全には切断することなく、(析出後に切り離すべき)一個所でつながつているように平行な多数の薄板状部分に切断した半導体を用いる点で、いずれも、その当時の一般的な技術水準を示すものとしては採用しえない。また、乙第五号証の一ないし五も、本来は確立された技術の紹介書という性格の強いハンドブツクではあるが、気相成長処理における基板の平行立置き方式の熱分解装置を示す図を伴つた「有機Si化合物の熱分解」の説明部分は、「これは、Sio2気相成長法として最初に提案されたものである。」(第二〇四頁第一行、第二行)と記載されているように、確立された一般的技術の説明というより、むしろ歴史的な経過の紹介という面が強い(しかも、右説明の個所で引用されている文献である甲第一三号証には、前示のとおり、(平行立置き方式ではなく)平置き方式が示されている。)。

加えて、これら後者の各証拠(乙第五号証の一ないし五を除く。)は、前者の、気相成長処理において基板の平置き方式が用いられていることを示す各証拠が技術雑誌又は単行本であるのに対し、いずれも、特許又は実用新案の明細書(特許公報、実用新案公報)であるところ、一般的にいつて、開発当初の技術が特許等の明細書の形で発表され、それが実用化され、成熟した技術となるとともに技術雑誌によつて紹介され、次いで単行本として出版される傾向にあること、成立に争いのない甲第一四号証によれば、米国モトローラ社が第一引用例発行の五年余後の一九七三年(昭和四八年)一二月一九日に出願し、一九七五年(昭和五〇年)に登録された、名称を「真空中でシリコンを用いて多結晶シリコンを被着させるための方法及び装置」とする発明に係る米国特許明細書でも、発明の背景として、従来技術の実際では石英ボート上に複数の基板が平置きされる旨(第一欄第一六行ないし第二四行)記載されていること、前掲甲第五号証、第六号証及び弁論の全趣旨によれば、気相成長処理において基板の平置き方式が用いられるのは、気相成長処理では前示のとおり処理の均一性が厳格に要求されるため、反応ガスをできる限り均一に複数の基板に当てる必要があり、そのためには、基板を平置きしてその表面に沿つて反応ガスを流すのが適切であつて(更に、処理の均一性向上を図るため、基板を平置きした発熱板を上流側へ向けてやや傾斜させ、あるいは、一端から下地面とやや角度を変えた向きに反応ガスを送入し、器壁に衝突せしめて反転させた後に平置きの基板に当て、あるいは、基板を平置きした発熱板と平行に、複数の孔を設けたノズルを入れ、その孔から反応ガスを基板表面に向けて噴出させるなどの工夫がされていた。)、上流側の基板が反応ガスの流れを遮るような形になる対向立置き方式は適切でないと認識されていた(このことは、右のように平置き方式の枠内で、処理の均一性向上のための各種の工夫がされていたことからも裏付けられる。)からであると認められることを併せ考えれば、第一引用例の発行当時、気相成長処理においては、処理の均一性への厳格な要求を満たすため、基板の平置き方式を用いることが技術常識とされ、この平置き方式が最も実際的な技術として当業者によつて慣用されていたといわなければならず、前示のように基板の限られた小領域に気相成長処理を施すに当たつて対向立置き方式を用いる発明に関する米国特許明細書(乙第一号証)あるいは歴史的な経過の説明という意味で平行立置き方式を示すハンドブツク(乙第五号証の一ないし五)が存したからといつて、被告主張のように平置き方式以外に対向立置き方式及び平行立置き方式も、本願発明の属する技術の分野において広く知られていたとか、広く用いられていたとかいうことは到底できない。特に、対向立置き方式が実際に用いられていたことを認めるに足る証拠はない(乙第一号証のような米国特許明細書に対向立置き方式が示されているからといつて、直ちにそれが実際に用いられていたとはいえないし、乙第四号証も、前示のとおり一般に開発技術開示の初期の形式に係るものというべき実用新案公報であるのみならず、そこに示された基板の載置が本願発明にいう対向立置きとは全く異なることは、前記1(二)の説示から明らかである。乙第六号証も同様である。)。

かかる技術水準のもとで、第一引用例の実験において慣用技術とは異なる基板の配列方式を用いたのであれば、専門家として当然そのことについて説明したはずであるのに、第一引用例には基板の配列方法が示されていないのであるから、第一引用例の実験においても、慣用技術である平置き方式を用いたが、それがあまりに普通に広く用いられていたものであるが故に、平置き方式以外の方式に考え及ばなかつたか、あるいは平置き方式を用いることは当然であると考えて、基板の配列方法について説明することにまで想い到らなかつたと解するのが相当である。

被告は、第一引用例の筆者において、もし、基板の平置き方式と対向立置き方式との間には気相成長に関して何らの類似性もないという認識があつたならば、当然基板の配列方法についての説明がなければならないはずであるから、これについての説明がないということは、基板の配列方法は特に問題にされなかつたことを意味し、その記載内容は、基板の配列方法に関係なく当てはまるものであると主張するが、当時、横形反応室を用いる気相成長処理といえば直ちに二つの方式が思い浮ぶほど平置き方式とともに対向立置き方式も広く用いられあるいは用いるに相応しいものとして認識されていたという事情があれば、それにもかかわらず基板の配列方法について説明がないのは、いずれの方式をとつても、当該実験に関する限り類似性があり、実験結果に影響がないという認識があつたからだといえないこともないが、気相成長処理においてそのように対向立置き方式が広く用いられあるいは用いるに相応しいものとして認識されていたという事情の存しないことは前示のとおりであるから、右主張は採用しえない。

(三) 右のように、第一引用例の実験においては基板は平置きされていたものであることは、成立に争いのない甲第一六号証により、第一引用例の筆者の一人であるジエローム・クレイチマン自身が、特許庁宛の宣誓供述書において、当該実験では、基板は、反応ガスがその主表面に沿つて平行に反応室内を流れるような状態で石英ボートの上に置いたものであり、この平坦置きあるいは非垂直置き(すなわち平置き)は、気相成長処理において当時最も実際的で普通に用いられていた配列方法である旨を述べていることが認められることにより裏づけられるものであるし、また、前掲甲第三号証によれば、第一引用例の実験データを示す第2図において、AないしF線のいずれの場合も、前後両端及び中央の計三点の測定値を結んだカーブの水平方向の長さがすべて五インチであることによつても裏づけられるものである(なぜなら、前示のとおり、直径一インチの基板計三枚が長さ六インチの石英ボートの前後両端と中央に(at the ends and in the center)置かれたものであるが、各基板ごとに一個所で厚みを測定する場合中心点で測定するのが最も常識的であり、そうすると、平置きした両端の基板の各中心点は、石英ボートの両端縁からそれぞれ〇・五インチ中央寄りとなり、中央の基板の中心点からそれぞれ二・五インチ離れるので、その結果が長さ五インチのカーブとなつて表わされていると考えるのが自然であるからである。もし、基板を対向立置きしたものであれば、両端の基板は両端縁から〇・五インチ中央寄りの個所に立置きされたことになるが、そうすると、両端(at the ends)という用語が必らずしも適切なものとはいえなくなる。)。

(四) 以上のとおり、第一引用例における基板の配列方法は平置き方式であると認められるから、第一引用例記載の発明では、基板がどのように配置されているか不明であるとした審決の認定は誤りであるといわなければならない。

3 (第二引用例の技術内容)

本願発明にいう気相成長処理が拡散前処理における堆積層の形成を含まないものであることは前記1(一)説示のとおりであるところ、第二引用例には、本願発明における基板の配列方法と同じ対向立置き方式が示されているものの、それは、拡散前処理における堆積層の形成(ないし拡散)に関するものにすぎないことは前記2(二)説示のとおりであり、したがつて、本願発明にいう気相成長処理に関するものでないことが明らかであるから、第二引用例に、「気相成長処理(本願発明におけると同じ意味での)に際して」、基板を対向立置きすることが記載されているとした審決の認定は誤りであるといわなければならない。

4 (減圧処理(<1>)と基板の対向立置き方式(<2>)との組合せの容易性及び作用効果についての判断)

以上検討したところにより、審決にこれを取消すべき違法の点が存するか否か判断する。

審決は、その趣旨必らずしも明確ではないが、第一引用例には、常圧状態下での気相成長処理と比較して減圧状態下での気相成長処理の方が処理の均一性が向上することが示されているとし、そして、(1)基板の配列方法が不明であるとすることにより、右の減圧処理(<1>)により処理の均一性が向上するという命題は、平置き方式、対向立置き方式など基板の配列方法いかんにかかわらず成立し、適用できるものであり、<1>と基板の対向立置き方式(<2>)とを組合せても、処理の均一性が<1>のみの場合より顕著に向上するというような格別の作用効果を奏するものとは認められないとし、(2)加えて、第二引用例には、気相成長処理に際して基板を対向立置きすることが記載されているとして、<1>と<2>を組合せることは容易に想到することができるものであるとしたものと解される。

しかして、前記2、3説示のとおり、第一引用例における基板の配列方法は平置き方式であり、第二引用例は、本願発明にいう気相成長処理とは異なる、処理の均一性が格別問題とならない拡散前処理における堆積層の形成(ないし拡散)に関する技術であるから、仮に、前掲甲第三号証によつて認められる第一引用例中の「いくつかの代表的動作の結果を第2図に示す。極めて均一な被着領域は、炉の中央から入口側へずれていた。供給速度が最大の場合は、位置ずれは約二インチであつた。供給速度が下がつたときは、予期されたように、極めて均一な被着領域はより広範囲になり、更に入口側にずれていた。しかし、いかなる場合も均一な被着領域は十分に広かつたので、直径一インチの基板上の酸化物の厚みに関しては、感知できるほどの変化はなかつた(五〇°A以下)。」(第六五〇頁左欄第三六行ないし第四六行)という記載が、常圧状態下での気相成長処理と比較して減圧状態下での気相成長処理の方が処理の均一性が向上することを開示ないしは示唆するものであると解されるとしても、それは、あくまで基板を平置きした場合のことであつて、前記2(二)説示のとおり、処理の均一性が厳格に要求される気相成長処理では、反応ガスをできる限り均一に複数の基板に当てるため、基板を平置きしてその表面に沿つて反応ガスを流すのが適切であり、上流側の基板が反応ガスの流れを遮るような形になる対向立置き方式は適切でない(現に、成立に争いのない甲第一五号証によれば、常圧状態下での基板の対向立置き方式による気相成長処理では、平置き方式による処理と比較して複数の基板間及び一枚の基板内における被膜の厚みに極端なバラツキの生じることが認められる。なお、同号証の実験について被告の主張するところ(被告の答弁及び主張二5(一)(2))は、原告の反論(請求の原因四5(二)(2))のとおり、当を得ないものといわねばならない。)と認識され、それ故、対向立置き方式は実際には用いられず、平置き方式を用いることが技術常識とされ、この平置き方式が最も実際的な技術として当業者によつて慣用されており、更に、処理の均一性向上のため平置き方式の枠内で、基板を平置きした発熱板を上流側へ向けてやや傾斜させるなどの工夫がなされるという段階にとどまつていた本願発明の特許出願前の技術水準のもとにおいては、第一引用例に開示ないしは示唆された減圧処理(<1>)の技術的思想により処理の均一性を向上させようとするときに、その目的に対して消極に作用すると考えられていた基板の対向立置き方式(<2>)を採用することは技術常識に反することといわなければならず、また、気相成長とは異なる技術と認識され、処理の均一性が格別問題とならない第二引用例記載の拡散前処理(ないし拡散)の技術における対向立置き方式を、処理の均一性が厳格に要求される気相成長処理に適用することは、技術思想上の必然性がないものといわなければならないのであつて、いずれも容易に想到しうることとはいえない。

そして、前掲甲第二号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、本願発明は、右のように技術常識に反して減圧処理(<1>)と基板の対向立置き方式(<2>)とを組合せることに想到し、気相成長処理には実際上用いられていなかつた基板の対向立置き方式(<2>)を、減圧処理(<1>)との組合せにより、気相成長処理にも適用できるものとした結果、原告主張の<イ>ないし<ニ>の作用効果を収めたものであることが認められ(<ニ>の基板の表裏両面の同時処理を可能にしたという作用効果が本願発明そのものの作用効果であることは前記1(二)説示のとおりである。)、特に、各基板間の処理の均一性を向上させながら、多数の基板の同時処理を可能にしたという、<イ>及び<ロ>を同時に実現した作用効果(この点は、前掲甲第一五号証によつても実験データをもつて裏づけられるところである。)は、第一引用例及び第二引用例からは予測しえない格別のものというべきである。この点、審決が、<1>と<2>とを組合せても、処理の均一性が<1>のみの場合より顕著に向上するというような格別の作用効果を奏するものとは認められないとするのは、<イ>及び<ロ>の同時実現という本願発明の格別の作用効果を正しく把握しないものであつて、誤りである。

したがつて、本願発明は、当業者が第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。

しかるに、審決は、前記2、3説示のとおり、(1)第一引用例における基板の配置の方法が不明であり、かつ、(2)第二引用例には気相成長処理に際して基板を対向立置きすることが記載されていると誤認した結果、<1>と<2>を組合せることに想到することの容易性の判断を誤り、本願発明の奏する格別の作用効果を看過し、もつて、本願発明は第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたとしたものであつて、審決には、結論に影響を及ぼすべき認定及び判断の誤りがあることが明らかであるから、審決は違法として取消されねばならない。

三 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容する。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

複数の半導体基板をその主面が反応室の長軸方向において対向するように立てて該長軸方向に配列し、反応ガスを減圧状態に保たれた反応室の前記長軸方向に流して、半導体基板に気相エツチング処理又は気相成長処理を施すことを特徴とする半導体装置の製造方法。(別紙図面(一)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

図面(一)

<省略>

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