東京高等裁判所 昭和55年(行コ)77号 判決 1982年11月01日
千葉県成田市天神峰三三番地三
控訴人
小川嘉吉
右訴訟代理人弁護士
葉山岳夫
同
近藤勝
同
大川宏
千葉県成田市花崎町八一二番地一二
被控訴人
成田税務署長
遠藤昭伍
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被控訴人
国
右代表者法務大臣
坂田道太
被控訴人ら指定代理人
榎本恒男
同
石原明
被控訴人成田税務署長指定代理人
手塚進
柳馨
被控訴人国指定代理人
吉岡旻
同
鈴木司郎
右当事者間の昭和五五年(行コ)第七七号不動産差押処分等取消及び相続税債務不存在確認請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人成田税務署長が昭和四八年一一月二一日原判決添付目録記載の土地に対してなした差押処分を取り消す。控訴人が被控訴人国に対して昭和四四年八月一三日付相続税申告書に基づく五三三万五〇〇〇円の相続税債務を負担していないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は次のとおり訂正及び付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(原判決の訂正)
原判決三枚目裏八、九行目「資産税課」を「直税課資産税係」と改め、五枚目裏五行目「これによる」を削り、九枚目裏二、三行目「資産税課係官」を「直税課資産税係官」と改める。
(当審における主張)
一 控訴人
本件評価基準による地目別標準価額は、昭和四三年四月の公団といわゆる条件派四団体との覚書調印により定められた、いずれも一反当り、畑一四〇万円、田一五三万円、山林原野一一五万円、宅地二〇〇万円の買収価額に基づいて、それぞれに〇・七をかけて定められた価額であり、右買収価額は、公団の依頼により財団法人日本不動産研究所が昭和四二年一一月三〇日の時点において、また株式会社日本不動産銀行が同年一〇月一五日の時点において鑑定した、いずれも一反当り、畑一一二万円、田一一〇万円、山林原野七七万円、宅地一五一万円という評価額に、千葉県における田畑等の価額の上昇率による時点修正を加えたものと比較しても、明らかに高額に過ぎる価額である。しかも、右地目別標準価額は、公団と条件派四団体との間の覚書により空港建設予定敷地と同一条件で買収することが取り決められているアプローチエリア及び騒音地域内の土地については適用がなく、後二者の時価評価は従前どおり固定資産税評価額に対する倍率方式によっている。したがって空港建設予定敷地内の土地のみの評価額を高額に取扱う本件評価基準はきわめて不合理であって、公平さを欠き租税公平の原則に違反する。
そのうえ、空港建設予定敷地についての、土地収用法二六条の事業認定の告示は昭和四四年一二月一六日になされており、控訴人が相続により本件農地の所有権を取得したのはそれより前であるから、買収を予定した前記の標準価額により右農地の時価を評価するのは明らかに不合理である。
二 被控訴人ら
不動産の価額は、社会的、経済的及び行政的な諸要因の相互作用により形成されるものであって、公団の空港建設予定敷地の買収価額も決して高額なものではなく、その価額が公表されたのちは、右予定敷地内の土地について、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われるときでも、右買収価額を指標として取引価額が形成され、それを大幅に下回ることはないであろうと考えられるので、本件評価基準が標準価額を右買収価額の七割の金額と定めたことには合理性があり、右標準価額は本件農地の時価評価の基準として適正である。
また、アプローチエリア(誘導燈など航空保安施設用地で滑走路の末端から一一〇〇メートル・幅三〇〇メートルの土地)の予定地については、土地収用法二六条の事業認定の告示はなく、買収や収用も予定されておらず、航空法により建築物の高さや類似燈火の設置などについて制限があるが、法律上、特に建築の制限はなく、耕作も売買も可能である。公団はアプローチエリアの予定地内の土地を空港建設予定敷地と同一の買収価額で買収しているけれども、前者の買収価額は後者のそれと異なって、法律等によって凍結されてはいない。そのほか、アプローチエリア予定地は空港建設予定敷地と比べて面積が狭いことなどの事情を考慮すると、両者の時価評価の方式が相違するからといって、本件農地の評価方法が不公平であるとはいえない。
次に、航空機の騒音により生ずる障害が著しい空港の周辺の区域(以下「騒音対策地域」という。)内の土地については、土地所有者から買取りの申出があれば、公団は空港建設予定敷地と同一の価額で買入れてはいるけれども、その買入れは同予定敷地の買収とは全くその性格を異にする。騒音対策地域内の土地について、公団に対し土地所有者が右の買入れの申出をするかどうかは自由であり、土地利用については用途上若干の制限はあるとしても、空港建設予定敷地とは用途制限の内容が全く相違する。たとえば、特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法(昭和五三年一〇月一九日施行)では、騒音対策地域における学校、病院、住宅の建築は禁止されているが、事務所、倉庫等の建築、農地としての耕作、ゴルフ場としての使用等は禁止されていない。同地域内の土地については、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われ、その取引価額も公団の買入れ価額を上回ることも十分考えられ、また、右買入れ価額も凍結されてはいないので、両者の時価評価の方式が相違するからといって、本件農地の評価方法が不公平であるとはいえない。
(当審で取調べた証拠)
一 控訴人
甲第一〇、第一一号証を提出し、当審証人佐山忠の証言及び当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第一一号証の成立は認めるが、同第一二号証の成立は不知であると述べた。
二 被控訴人ら
乙第一一、第一二号証を提出し、当審証人青野正昭の証言を援用し、甲第一一、第一二号証の成立は認めると述べた。
理由
当裁判所も、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないと判断するが、その理由は次のとおり訂正及び付加するほか、原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。
(原判決の訂正及び付加)
一 原判決一五枚目表五、六行目「の各証言及び原告本人尋問(第一、二回)の結果」を「、当審証人青野正昭の各証言並びに原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果」と、同裏八行目「資産税課」を「直税課資産税係」と、一〇行目「資産税相談係長」を「同課資産税相談係長」と改め、原判決一六枚目裏七行目「松戸係官は、」の下に「同税務署備付の地図と照合して」を加え、原判決一七枚目裏三行目「分納手続」を「年賦延納の手続」と、原判決一八枚目表六行目「資産税課係官」を「直税課資産税係官」と、同裏四、五行目「原告本人尋問」を「原審における控訴人本人尋問」と、原判決一九枚目表二行目「原告本人」を「原審における控訴人本人」と改め、一一行目から同裏九行目までを次のとおり改める。
「しかも、成立に争いがない乙第一号証の六及び前掲松戸証人の証言(第一、二回)によれば、税務署職員が納税義務者に代って申告書を代筆することは、職務上禁止する取扱にはなっておらず、申告期限が迫っているときなどには、このような代筆は時々なされており、本件の場合も、控訴人が同税務署に来たのが申告期限の最終日の午後三時ころであって、控訴人はひとりで申告書を作成することは大変であるとの様子を示したので、松戸係官はやむなく代筆することに応じたものであり、右代筆について、控訴人は「四四年二月一三日父小川梅吉死亡による相続税申告については種々都合により申告期限まで遅れてしまったので、代筆をお願い致しましたこの申告書は私が責任を持ちます」旨の自筆による書面を同税務署長宛に提出していることが認められる。そして、控訴人は、前認定のとおり、不本意ながらも本件農地について、本件評価基準が定める標準価額によって価額を評価・記入し、相続税額を算出したことについて、一応納得して申告書を提出したもので、その間松戸係官が控訴人に対し、過度にわたる不当な勧奨・説得をしたり、強制的な言辞や態度を示したなどと認めるに足りる証拠はない。」
二 原判決二一枚目裏三行目の次に次のとおり加える。
「なお、付言するに、成立に争いがない乙第七号証によれば、本件評価基準は、東京国税局長が所轄管内の各税務署長に対して発した通達であり、昭和四四年に生ずる相続について、空港建設予定敷地内の土地の地目別標準価額等を定めたものであることが認められ、右評価基準は同年三月二七日付で出されたことは当事者間に争いがないけれども、相続税の申告期間は、相続により財産を取得した者が、その相続の開始があったことを知った日の翌日から六か月間であり、また、相続の承認又は放棄をなすべき期間も、自己のために相続の開始があったことを知った時から三か月であることからみて、昭和四四年に生じた相続について相続財産評価の標準価額を同年三月二七日付で出したことは必ずしも遅いとはいえず、しかも、原本の存在及びその成立に争いがない乙第六号証と対比すれば、本件農地に関しては、右評価基準の標準価額は昭和四三年四月二二日以後のそれと同額でなんら変更がないことが認められるので、右標準価額によって本件農地を評価することに違法、不当な点は認められない。」
三 原判決二二枚表一〇行目「また、」から同裏六行目までを次のとおり改める。
「また、控訴人は原審において、本件相続の前後に空港建設予定敷地内の土地が相続された事案で前記標準価額によらないでその時価が評価され申告された例や、相続税の申告自体がなされなかった例がある旨供述し、当審証人佐山忠もそれに副う証言をし、成立に争いがない甲第六号証の一ないし六、第七、第八号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和四六年八月七日に相続された同予定敷地内の土地が固定資産税評価額に対する倍率方式で時価評価されて相続税の申告がなされ、それについて格別の税務上の措置が採られていない事例があることが認められる。しかし、相続税は申告納税方式で税額等が確定する国税であるので、税務署長がその申告にかかる課税標準等又は税額等の誤りを積極的に調査し、更正処分等をする法律上の作為義務があるとまでは認めることはできないので、右事例があることにより直ちに控訴人の正当な申告が平等原則違反の瑕疵を帯びるということはできない。
(当審での控訴人の主張に対する判断)
一 原本の存在及びその成立に争いがない乙第六号証、当審証人青野正昭の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件評価基準により定められた地目別標準価額は、昭和四三年四月二二日公団が成田空港対策地権者会、同部落対策協議会などに対して提示した、空港建設予定敷地内の土地の地目別買収価額のほぼ七割の金額であり、右買収価額は、控訴人の主張するように、財団法人日本不動産研究所が昭和四二年一一月三〇日時点で鑑定した地目別評価額に時点修正を加えたものと比較しても高額であることは認められるけれども、その差額はさ程のものではないうえ、空港の早期設置という運輸行政上の要請に基づき、同予定敷地内の土地については、土地収用法による収用手続が予定されており、その場合、収用に対する補償金額は、事業認定の告示の時の土地の価額を基準とし、これに権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて算定する凍結方法が採られていること(同法七一条)を考慮すると、右買収価額は不当に高いということはできず、しかも、前記の標準価額はその七割の金額であるから、時価評価の基準として不当であるといえないことは明らかである。そして、アプローチエリア予定地及び騒音対策地域内の土地については、被控訴人ら主張のような航空法による建造物の高さの制限等、特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法による航空機騒音障害防止特別地区内における学校、病院、住宅の建築禁止の用途制限等の規制はあるが、空港建設予定敷地内の土地と異って、公団による収用が予定されているのではなく、任意に公団と土地所有者との間で売買契約がなされているものであり、法律上、地価凍結の規制もない。そして、成立に争いがない乙第三ないし第一〇号証(第四、第六号証については原本の存在とその成立に争いがない。)によれば、相続税算定に当っての、土地の時価評価は、路線価又は固定資産税評価額に対する倍率方式が普通の評価方法であり、地目別標準価額による評価方法は特例的なものであることが認められる。そうだとすると、アプローチエリア予定地及び騒音対策地域内の土地の時価評価について倍率方式が採用されていることは妥当でないとはいえず、標準価額を定めた本件評価基準は、合理性を欠き租税公平の原則に違反するともいえない。
なお、空港建設予定敷地内の土地について、土地収用法二六条所定の事業認定の告示が昭和四四年一二月一六日になされたことは当事者間に争いがないが、空港の位置はすでに昭和四一年七月五日政令第二四〇号により千葉県成田市と定められており、前掲乙第六、第七号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる同第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、本件相続時において、本件農地が同予定敷地の範囲内に含まれており、同法による収用が予定されていた土地であることが認められるから、前記の買収価額のほぼ七割である標準価額によって、その時価を評価したことにも合理性を欠く点はない。また、控訴人が空港の設置に反対し、公団の本件農地の買収の申込に応じないとしても、これにより本件農地の時価の算定に異動をきたすものとはいえず、したがって右結論を左右することはできない。
二 以上のとおり、本件評価基準により定められた標準価額により本件農地の時価を評価し税額を算出した松戸係官記載の本件相続税の申告書について、一応その記載を納得のうえ自己の申告書として提出した控訴人の右申告行為には、更正の請求以外に錯誤による無効の主張を許さなければ控訴人の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるとは認めることができず、また、右申告行為が租税公平の原則に違反する点も認められないので、その無効を主張する控訴人の主張はいずれも採用することができない。
(結論)
よって、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 藤原康志 裁判官 片岡安夫)