東京高等裁判所 昭和56年(う)1551号 判決 1982年4月14日
被告人 杉本織枝
昭二九・三・一四生 会社員
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人山口紀洋が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官五味朗が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
事実誤認の主張について(所論第一点)
所論は、要するに、原判決は、被告人が昭和五五年一二月一七日東京都渋谷区本町五丁目四五番一二号池田荘二階三号の自室において火炎びん二本を所持した旨認定したが、(一)火炎びんを入れた紙袋から検出された指紋を基礎として被告人が火炎びんを所持したと認定することは証拠のうえで十分とはいえないうえ、(二)その内容液の分析も十分されず、被告人の所持目的や使用方法を確定するに足る証拠もないのに、右火炎びんが火炎びんの使用等の処罰に関する法律一条所定の火炎びんにあたるとし、被告人がそれを所持していたと認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。
しかしながら、原判決の認定は、その挙示する証拠(なお司法警察員作成の検証調書を証拠に供した原判決に所論指摘のかしの存しないことは後記のとおりである。)により優に肯認することができ、その余の証拠を精査し、当審における事実取調の結果に照らしても原判決には事実の誤認はない。
所論にかんがみ付言すると、原判決が本件火炎びんを入れた紙袋に付着していた指紋だけで被告人が本件火炎びんを所持していたと認定したものでないことは、その挙示する関係証拠をみれば明らかであつて、右証拠によると、本件火炎びん二本は、司法警察員田島忠尚らが昭和五五年一二月一七日午後九時五〇分から翌一八日午前〇時一〇分までの間池田荘二階三号の被告人の居室で実施した捜索差押および検証の際に押収されたもので、いずれもガソリン、硫酸の液体を六三三ミリリツトル型ビールびんに入れて口元にコルクせんをし、びんは透明のビニール袋で包んだうえ、二本並べて長方形紙袋に入れ、さらに紙袋ごと紙製手提げ袋に入れ、右紙袋、手提げ袋はいずれも封がされておらず、中のものを自由に取り出せる状態になつていたこと、右びん入りの袋は日常しばしば開扉されると認められる室内押入れの下段中央付近の一番手前の個所に、押入れを開けばすぐ見える状態で置かれていたこと、検出された被告人の指紋は右長方形紙袋の側面のかなり下の辺りに付着していたこと、その形式・体裁・内容に照らし十分信用性を認めうる被告人の検察官に対する供述調書によれば被告人は、火炎びん所持の具体的・詳細な事実関係については黙秘しているものの、「私の生き方として火炎びんを預かり持つていた。私は闘いの過程で持つていた……。」旨供述していること、右検証の際に被告人の居室押入れ南側に置かれたボーリング手提げバツクの中から赤色ヘルメツト一個(前面に労共闘、後方に戦旗と白色で記載)が発見されたこと、かねてより火炎びん闘争の貫徹を標ぼうしている戦旗共産同の機関誌「戦旗」一九八一年三月五日付第四二八号に被告人が手記を寄せていること、以上の事実が認められるので、これらを総合すれば優に被告人に対し、本件火炎びんにつき、被告人が火炎びんであるとの認識を有していたものと推認される点も含め、その所持の事実を認定することができるといわなければならないから、所持の認定を論難する所論は理由がない。
また、本件火炎びんはいずれも、内容液としてガソリン約四〇〇ミリリツトル、硫酸約二〇五ミリリツトルを充填してコルクの口せんがしてあり、びん胴部には競技用紙雷管を巻いてセロテープと輪ゴムで固定してあり、同種物体による投てき実験によつても、投てきの結果びんの破壊または口せんが外れることによつて内容液が流出し、硫酸が紙雷管に接触して発火し、ガソリンに引火・燃焼することが認められ、本件火炎びんの構造、形状、機能、隠匿・所持の態様に照らしても、それが国民の日常生活上許される正当な用途に使用されるようなものとは到底考えられないところであつて、人の生命、身体又は財産に害を加えるのに使用される典型的な触発式火炎びんであることが明らかであるといわなければならない。そして本件火炎びんが火炎びんの使用等の処罰に関する法律一条にいわゆる「人の生命、身体又は財産に害を加えるのに使用されるもの」にあたるかどうかはその物自体の構造、形状、機能、隠匿・所持の態様等から客観的に判断されるべきことであつて、所持者自身の具体的な所持目的や使用方法が明らかにされないと火炎びんにあたるかどうかも確定できないというわけのものではないのであるから、前示のように被告人の所持にかかる火炎びんが典型的な触発式火炎びんであることが明らかな本件において、被告人にそれが火炎びんであることの認識があつたことを推認しうる以上、その所持罪が成立することは当然であるといわなければならない。被告人の所持目的や使用方法の詳細を確定するに足る証拠がない場合は火炎びんの所持罪を認定することはできないとする所論もまた失当である。
訴訟手続の法令違反の主張について(所論第二点)
所論は、要するに、原判決が証拠として挙示する司法警察員作成の検証調書は、違法な検証に基づき作成されたものであるから証拠に供することはできないのに、右検証調書を証拠に採用した原裁判所の措置には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
しかしながら、右検証は所定の手続を経て適法に実施されたものであり、右検証調書が真正に成立したものであることは証人田島忠尚の原審供述に照らして明らかであり、また原審記録によれば、原審検察官が、右検証調書を刑訴法三二一条三項書面として取調請求をしたのに対し原審弁護人は第五回公判期日においてその取調請求に対しては特に異議をとどめることなく、右調書は右期日に証拠として採用・取調べられた経過が明らかであつて、原裁判所の措置に訴訟手続の法令違反は認められない。
量刑不当の主張について(所論第三点)
所論は、要するに、原判決の量刑(懲役一年二月、保護観察付執行猶予三年)は、重きに過ぎて不当である、というのである。
しかしながら、証拠上推認される本件火炎びんの威力、危険性のほか、被告人は前記のとおり火炎びん闘争の貫徹を標ぼうする戦旗共産同に所属するか、あるいはその同調者として活動する過程で本件火炎びんを隠匿・所持し、現在も同派の闘争方針を是認していることが認められ、再犯の虞れを否定し去ることができないのであるから、所論指摘の同種事案の量刑例を考慮し、また有利または同情できる情状を被告人のためできるだけ斟酌してみても、原判決の量刑が不当に重過ぎるとは認められない。
論旨は、いずれも理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 小松正富 林修 苦田文一)