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東京高等裁判所 昭和56年(う)1727号 判決

所論は、事実誤認の主張であつて、要するに、本件公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和五五年二月二〇日午前三時五〇分ころ、業務として普通乗用自動車を運転し、東京都葛飾区四つ木一丁目九番先の新四ツ木橋を金町方面から向島方面に向かつて進行中、前日の降雪で当時右橋の手前は路面が湿潤し、橋上は寒気のため路面の凍結が予想されたから、あらかじめ減速徐行し進路の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右橋上付近の道路状態に留意することなく、右橋上の路面が凍結しているのに気付かず、漫然時速約八〇キロメートルで進行した過失により前方約八七メートル地点の右橋上第一通行帯上で路面の凍結のため滑走している細川等(当時五一歳)運転の普通乗用自動車を認め、停止等の措置をとつたが及ばず、自車を左斜め前方に滑走させて右細川運転車両に衝突させ、よつて、その衝撃により同人に加療約三週間を要する頭部擦過傷等の傷害を負わせた」というのであるが、原判決は、これに対し、被告人には叙上の減速徐行義務を認めることができないから犯罪の証明がないことになるとして被告人に対して無罪を言い渡し、その理由として、本件事故前日に降雪があつて、本件当時新四ツ木橋の手前の道路が濡れた状態にあり、かつ、その時期が厳寒期であることは肯認できるとしながら、(一)被告人が本件事故地点手前の新葛飾橋を通過した際、「凍結注意」の標識が出されているのを認めたが、その橋上路面は凍結しておらず、まして本件の新四ツ木橋には「凍結注意」の標識さえ出されていなかつたこと、(二) 新四ツ木橋は東京都区内の重要幹線道路であるのに、当時その橋に「凍結注意」等の標識が出されていなかつたことからすると、道路管理者や警察さえも当夜新四ツ木橋上の路面凍結を予想していなかつたことが認められ、また、当時の同橋上の路面は凍結のため何らかの規制を必要とした状況にあつたにもかかわらず、これに気付かなかつたため、その規制がなされていなかつたこと、(三) 本件被害者の細川等は普通乗用自動車(タクシー)を運転して被告人車の前方を先行していたものであるが、同人もまた新四ツ木橋の凍結を予想せずに進行し、橋上の路面凍結によりスリツプしてブレーキをかけたところ、回転する状態で停止したこと、を指摘し、これらの諸点にかんがみると、被告人が新四ツ木橋上の路面凍結を予想できなかつたこともやむをえないと考えられ、したがつて、その路面凍結を予想して被告人に減速徐行を要求することは公平と期待可能性の見地から疑問があり、被告人にその義務を認めることはできないというのである。しかしながら、本件事故当時の気象条件、事故現場及びその付近の道路状況、その湿潤状況とその視認が可能であつたこと、事故地点手前の新葛飾橋には「凍結注意」の警告板が設置されていたこと、事故前に自動車運転者に対し滑走事故の危険があるので注意されたい旨のラジオ放送がなされていたことなどの客観的状況と、これらの諸状況に対する被告人の認識等を合わせ考えると、被告人には新四ツ木橋上の路面凍結を十分予想できたことは明らかである。してみると、これが予想できないとした原判決は、証拠の取捨選択及びその評価を誤り、事実を誤認したものであつて、その結果、減速徐行義務を否定するという過失判断の誤りを犯したものであるから、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決は到底破棄を免れないというのである。

そこで、所論にかんがみ、原審記録を精査し、当審における事実取調べの結果を合わせて、まず、被告人が事故当夜新四ツ木橋上の路面凍結を予想できたかどうかについて検討するに、関係証拠によれば、本件事故当時の気象条件、事故現場の道路状況などの客観的状況と、これらの諸状況に対する被告人の具体的な認識等について、以下の事実を認めることができる。すなわち、(1)東京都内には、本件事故前々日の昭和五五年二月一八日午後一〇時五五分から午後一一時五分、午後一一時二五分から翌二月一九日(以下、事故前日という)午前三時五分までの間それぞれ降雨があり、その後午前五時五〇分から午後零時二〇分までの間降雪、次いでみぞれとなつて午後零時四〇分から午後一時二〇分までの間再び降雨があり、その間午前九時五〇分に大雪注意報が発令され、これは午後二時五分に解除されたが、午後三時現在の積雪量は一センチメートルであつたこと、及び同日から翌二〇日にかけての都内千代田区における最低気温は二〇日午前三時現在の〇・八度であるとともに、本件事故現場からごく近い距離にある都内葛飾区金町浄水場一番一号所在の東京都水道局金町浄水管理事務所において測定した右両日の最低気温は二〇日の零下二・六度であつたことがそれぞれ認められ、これらを総合すると、本件事故が二〇日の午前三時五〇分ころであつたことからして、その時刻ころは寒気が最も厳しかつた時間帯であつたと考えられ、しかも新四ツ木橋が綾瀬川、荒川に架設された大河川橋で、風雨等を遮るものもない吹きさらしの場所であることを考え合わせると、本件事故時ころにおける新四ツ木橋上の気温は右金町浄水管理事務所における零下二・六度を更に下回つていたものと推認され、したがつて、路面が湿潤していればその路面は当然凍結する状態にあつたと認められること、また、(2)本件事故現場の新四ツ木橋は、金町方面から向島方面に通ずる国道六号線(通称水戸街道)に設けられた綾瀬川、荒川の両河川上に跨がる全長約九一〇メートルに及ぶ大河川橋で、被告人の進路である金町方面から向島方面に向かい右橋上に至るには、通称新四ツ木橋交差点を通過してこれに引き続く新四ツ木橋上り線入口から同橋に進入し、一〇〇分の五の急勾配を有する上り坂を約二一〇メートル進行して橋上平坦部分に達するのであるが、その橋上平坦部分は長さ約四八一メートル、更にその前方は長さ約二一九メートルの勾配一〇〇分の五の下り坂になつており、橋上には上下各二車線(片側車道幅員約六・五メートル)があつて、その左側に幅員約三・二メートルの歩道が設けられているのであるが、右橋上は風雨等を遮るものもない吹きさらしの場所であつて、市街地に比し著しく寒気の厳しいところであるうえ、湿度も高いと認められ、事故当時のような気象条件下においては融雪等により路面が湿潤していれば当然路面の凍結が予想される場所であること、更に、(3)事故当時新四ツ木橋にさしかかるその手前道路から同橋にかけて路面が湿潤していたこと(この点につき、被告人は、原審公判廷において、右の事実を否定し、路面が湿潤していなかつたと弁解するが、被告人自身捜査段階においては、検察官に対し、「前日に雪が降り橋の手前も路面が濡れておりました。」と供述して、右事実を認めていたものであるうえ、本件事故の約二五分後に現場に急行し実況見分を実施した警察官長谷川実、同川上晏弘を始めとして、本件被害者の細川等など、独り被告人を除いて、皆一致して路面が湿潤していたことを具体的に述べていることに照らし、被告人の弁解は到底措信できない。)、また、新四ツ木橋の橋上は、衝突地点から約一六二メートル余り手前の地点、すなわち、まだ橋上平坦部分に達しないその手前約三四メートルくらいの上り坂途中の地点あたりから凍結が始まり、そこから衝突地点まで橋上は全面的に凍結していたこと、その凍結開始地点から前方の路面凍結は、当時街路灯の明かりで路面が光つて見え、かつ、上り坂であることからして前方をよく見ていさえすれば、凍結を発見できる状態にあつたこと、これに加えて、(4)新四ツ木橋手前の江戸川に架設された新葛飾橋には「凍結注意 スピード落せ 亀有警察署」と記載された広報警告板が設置され、自動車運転者一般に対し橋上路面の凍結のおそれを警告し、注意を喚起していたこと、更に、(5)警視庁交通部の広報活動として、本件事故前に自動車運転者に対し、降雪による滑走事故の危険があるので注意されたい旨のラジオ放送がなされていたこと、などの諸事実が認められ、これに、被告人は事故前日に降雪があつたことから、路面凍結を予想して出庫前に自己の運転する本件車両の後輪にスノータイヤを着装させて走行していたこと、被告人の原審公判廷において述べるところによれば、被告人は冬期において河川橋上の路面は凍結のおそれが強く、したがつて、降雪後に自動車を運転するような場合には途中の路面が乾燥していても、河川橋上を通行する時には注意しなければならないことを一般的な知識として持つていたことが認められるほか、「私は銀座から客を乗せて松戸に行つたが、新葛飾橋を通過する際、行く時は多分凍つているという頭で行つた。」旨、また「四ツ木橋や都内の道路はどうかなという感じがありましたが、新葛飾橋は普通に走つている時でも凍結注意と書いてあるので注意して走つておりました。」などと供述して、本件事故当夜河川橋上の路面凍結を予想して走行していたこと、更に、被告人は、新葛飾橋には冬期間「凍結注意」の警告板が掲出されていることを前々から知つており、本件当夜もこれを現認していたこと、そして、何よりも被告人は新四ツ木橋にさしかかるその手前の路面が湿潤していたことをも具体的に認識していたのであつて、この事実は前述した被告人の検察官に対する供述内容等に徴し明らかであることなど、証拠上認められる被告人の具体的な認識内容を合わせて考察すると、深夜の走行に習熟しているタクシー運転手である被告人が大河川橋である新四ツ木橋上の路面の凍結を予想できたことは明らかであり、かつ、前方さえよく見ていれば、橋上平坦部分に達するその手前約三四メートルくらいの上り坂途中から現に凍結していることを認識することができたものといわなければならない。

しかるに、原判決は、まず、新四ツ木橋の手前にある新葛飾橋には「凍結注意」の標識が掲出されていたのに、その橋上路面は凍結していなかつたのであり、まして新四ツ木橋には「凍結注意」の標識さえ出ていなかつたといい、同橋上の路面凍結を予想できなかつた理由の一つとして挙げるのである。しかしながら、新葛飾橋に掲出されていたのは、「凍結注意 スピード落せ 亀有警察署」と記載された警告板であつて、それは、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令(昭和三五年一二月一七日総理府令・建設省令第三号)に定められた警戒標識ではもちろんなく、その掲記内容からも明らかなように、亀有警察署がその管内には大河川橋が多く、冬期には夜間寒気のため橋上路面の凍結が一般的に予想され、特に降雪や降雨の時には路面凍結による滑走事故が発生しやすくなるところから、同署独自の交通事故防止対策の一つとして、広報的意味で例年一月一〇日ころから二月末までの間常時管内の大河川橋に設置して自動車運転者に注意を喚起していたものであつて、事故前日の降雪により新葛飾橋上の路面凍結のおそれがあるとして急拠設置されたものでないことは明らかであるところ、被告人は、かねてから新葛飾橋に「凍結注意」の警告板が設置されていたことを認識していたうえ、冬期の厳寒期には河川橋の路面が凍結するおそれがあることをよく知つていたこと、加えて、本件当夜新四ツ木橋に進入しようとした際、冬期の厳寒状態にあつた同橋の手前の路面が湿潤していることをも具体的に認識していたのであるから、「凍結注意」の警告板が亀有警察署管内の新葛飾橋にあつて本田警察署管内の新四ツ木橋になかつたからといつて、その橋上路面の凍結を予想できなかつたといえないことは明らかである。そして、更に言えば、新葛飾橋はその橋上路面が乾燥していたのに、新四ツ木橋はそれと異なり、橋にさしかかるその手前から路面が湿潤し、被告人はそれを現認していたのであるから、被告人がいうように新葛飾橋を通過する際には路面が凍結しているであろうことを念頭において運転したというのであれば、それにも増して新四ツ木橋上の路面凍結を予想して、より一層慎重な運転をなすべきことが期待されて然るべきであり、自動車運転者として、右警告板の設置されているところだけ注意すれば足りるというものではなく、もちろん警告板の設置されている警察署管内だけを注意すればよいというものでもないのであるから、新四ツ木橋に警告板が設置されていなかつたことをもつて、路面凍結を予想せずに運転することを是とすることができないことは明らかである。

また、原判決は、被告人が新四ツ木橋上の路面凍結を予想できなかつたこともやむをえなかつた、その理由の一つとして、同橋は重要幹線道路であるのに、当時「凍結注意」等の標識が出されていなかつたことをもつて、道路管理者や警察さえも新四ツ木橋の路面凍結を予想していなかつたことの証左であるとし、その点に合わせて、更に、当時同橋上の路面は凍結のため何らかの規制を必要とした状況であつたのにもかかわらず、これに気付かなかつたためその規制がなされていなかつたことを挙げるのである。しかしながら、上来説示するとおり、新葛飾橋上に設置されていた「凍結注意」の警告板は、亀有警察署が署独自の措置として、厳寒期においては河川橋上の路面が凍結するおそれがあることから、滑走事故防止のため、冬期の一定期間常時これを掲出して、自動車運転者に注意を喚起していた広報看板にすぎないのであつて、事故前日の降雪による路面凍結を予想して特別に設置したものではないのであるから、このような広報警告板が管轄を異にする本田警察署管内の新四ツ木橋に設置されていなかつたことをもつて、道路管理者や警察が同橋の路面凍結を予想しなかつたことの証左とすることができないことはいうまでもない。また、路面凍結に気付かなかつたから、その規制がなされなかつたとの指摘についてみると、確かに、道路管理者や警察が新四ツ木橋の路面凍結を具体的に知つたのは本件事故の通報を受けてからであつたことが窺われる。しかしながら、道路管理者や警察は、事故前日に大雪注意報が発令されるまでの降雪があつたことから、夜間寒気のため河川橋上の路面が一般に凍結するおそれのあることを予想し、道路管理者である建設省関東地方建設局東京国道工事事務所亀有出張所は、昭和建設株式会社に依頼し、同社をして事故前日午後五時ころまでに新四ツ木橋上の車道及び歩道上の積雪をスコツプなどを用いて除雪作業を実施せしめ、また、警察においても、降雪等による路面凍結などに起因して滑走事故が多発することを予想し、警視庁交通部交通執行課から警視庁交通管制センターラジオ放送会に依頼して自動車運転者向けに滑走事故の危険があるので注意されたい旨のラジオ放送を行い事故防止に努めたのであり、所轄の本田警察署は、本件事故当夜は管内の奥戸橋や小松橋陸橋更には環七陸橋の路面が凍結し、迂回措置等これに対する交通規制を実施したり、あるいは交通事故の処理にあたるなど多忙を極め、これらに対処していたところに本件事故発生をみたのであつて、決して新四ツ木橋の凍結を予想していなかつたものではないのである。すなわち、道路管理者や警察は、当夜新四ツ木橋を含め河川橋の凍結を一般的に予測しながらも、湿潤している路面がいつどのような状況の下において凍結に至るかを正確に把握することはなかなか困難であり、このような場合、道路管理者等において凍結のおそれのある道路を頻繁に巡回するなどして、路面の凍結を早期に発見し、事前の交通規制を実施するなどすることが望まれるのであるが、人的にも物的にも制約を受けている状況下においてかかる事前規制の実施はむずかしく、これに幹線道路の通行禁止は慎重になされるべきであるとの配慮も加わつて、市民の通報なり事故発生の届出を受けて事故後に交通規制を実施するというのが実情であり、したがつて、このような場合の道路通行の安全の確保については、これを利用する自動車運転者にそれ相応の注意深い態度が期待されているのであり、かつ、これを期待したからといつて、免許制度を採用している趣旨や自動車運転が本来人の生命、身体等に対し高度の危険を内包していることなどにかんがみれば、酷に過ぎるということはできない。してみれば、本件において、通行禁止等事前の規制がなされなかつたことをとらえて、被告人には新四ツ木橋上の路面凍結を予想できなかつたこともやむをえなかつたとする理由たりえないことは明らかである。なお、この点に関連して、弁護人は、当審弁論において、本田警察署交通課で作成された「積雪および道路凍結時における交通規制等の実施要領」によると、「積雪、凍結により危険が予想される場合、前日午後四時に関係機関の代表による対策班を本署に設置、対策にあたる」とされているのに、本件においてそのような対策が講じられていないのは、凍結による危険が予想される場合とは考えられていなかつたことを示しているというのである。しかしながら、右の実施要領なるものが、はたしてどの程度の実効性をもつているのか、そして、また、凍結による危険といつても種々の段階がありうるのであつて、いかなる程度の危険が予想される場合に関係機関の代表による対策班を設置するのか、その基準も判然としないのであるから、対策班を設置しなかつたからといつて、即凍結による危険が予想される場合でないといえないことは明らかであつて、弁護人の指摘はあたらないというべきである。

更に、原判決は、被告人が新四ツ木橋上の路面凍結を予想できなかつたことの理由の一つとして、先行する被害者細川等も新四ツ木橋上の路面凍結を予想せずに進行し、その凍結によりスリツプしてブレーキをかけたところ、回転する状態で停止したことを指摘している。しかしながら、細川も新四ツ木橋の上り坂が湿潤していたことを現認していたのであり、だからこそ、同人は、原審公判廷において、「注意力が足りなかつたと思う。雪のあとのことでもあり、プロとして細心の注意を払うべきだつたと反省している。」旨、素直に自己の不注意を認め反省の弁を述べているのであつて、細川もタクシー運転に従事する職業運転者として新四ツ木橋の路面凍結は十分予想しえたものというべく、したがつて、減速徐行義務があるのにこれを怠つたことは明らかであるのに、原判決がこの細川の不注意な行動をもつて、被告人にも新四ツ木橋上の路面凍結を予想できなかつたことの理由としたのは誤りといわなければならない。

このように、被告人として新四ツ木橋の路面凍結を十分予想できたことは叙上のとおりであるから、その路面の状況を注視し、凍結による滑走を防止するため適宜減速徐行すべき業務上の注意義務があることは当然であり、この義務を尽くしていれば本件事故は優に回避することができたのに、被告人はこの減速徐行義務を怠り、制限速度四〇キロメートル毎時の道路を約四〇キロメートルも超過した時速約八〇キロメートルの高速で新四ツ木橋の一〇〇分の五の急勾配を有する上り坂を上つて橋上平坦部分に至り、滑走して本件事故を惹起したものであるから、その過失は明らかである。

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