大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(う)1983号 判決

所論は、要するに、原判決は被告人が本件二万円を窃取したと断定したが、被告人は大工として稼働していて毎月三〇万円ないし四〇万円程度の収入があり、本件当日も三万六五〇〇円の現金を所持していて金銭的に困窮していたわけでないから、窃盗をする動機を欠いているばかりでなく、原判決は、また、本件窃盗の現場に遺留されていた靴跡と被告人が履いていた運動靴の印象痕が類似していること、及び被害者宅侵入口の割られたガラス片と外観形状、屈折率からして同種と思われるガラス片が被告人の所持していた軍手に付着していたことをもつて、被告人が本件窃盗を犯したものであることの有力な証拠としているが、右現場遺留足跡と似たような靴底をもつ運動靴は無数に存在しうるから、単なる類似の程度をもつて被告人を犯人と断定することは許されず、また、右各ガラス片が共に一・五二六の屈折率を示していることをもつて原判決がそれらの同種であることの根拠としている点については、右一・五二六という屈折率の測定値の正確性に疑問があつて一・五二という数値の限度でしか信頼性を有しないものというべきであるとともに、この程度の数値の一致をもつて同種のガラス片ということができないばかりか、仮に一・五二六という数値が正しいとしても、このような屈折率をもつ窓ガラスは数多く存在するから、たまたま同じような屈折率のガラス片が被告人の軍手に付着していたとしても、被告人が建築大工であつて職業柄ガラス片に接する機会が多いことをも勘案すれば、これをもつて被告人が犯人であるとする証拠とするには足りないといわなければならないというのである。

そこで検討すると、まず、犯行動機の不存在をいう点については、凡そ金銭的に困窮していない限り窃盗罪を犯すことはないと断定できないことは、改めて断るまでもないばかりでなく、各参考人調書によれば、被告人は、昭和五五年一一月一五日に同月分の給料三八万円を得たものの、家計費のほか、借金の返済、競馬、競輪等の賭けごとやキヤバレーの遊興費などにそれを費消してしまい、同月二〇日ごろ母親吉澤うめから三万円、同月二五日ごろ友人村上俊夫から一万五〇〇〇円を借用しなければならない状況に陥つていたことが認められるから、被告人が金銭に不自由を感じていて、その意味で所論のいう窃盗の動機を有していたことは明らかというべきである。なお、この点につき所論は、被告人が右村上から一万五〇〇〇円を借用した事実はないというが、右借用の事実は、同人の検察官に対する供述調書並びに被告人が本件逮捕時に右村上から借りたのに見合う千円紙幣一五枚を所持していた事実に照らし優に肯認することができる。

次に、足跡の類似性やガラス片の同種であることを以て被告人が犯人であることの証左とすることの当否について考察すると、原判決は、その判文から明らかなとおり、足跡が類似していること及びガラス片が同種であることから直ちに被告人を犯人と断定しているわけではなく、これを原判決が挙示するその余の情況的事実、即ち、被告人が職務質問をうけた際の言動の内容、その時処と本件被害との場所的、時問的な近接性、被告人が逮捕されたときズボンの左ポケツトの中にあつた裸の一万円札二枚が本件被害紙幣と金種及び枚数などの点で一致することなどの諸事情と合わせて被告人の犯罪事実を認定しているものであるところ、原審における証人田中邦博の供述及び同人作成の足跡に関する鑑定書によれば、本件被害現場に遺留されていた足跡の一つと被告人の履いていた運動靴の右足の印象痕とが、全体の大きさ、踏付部、踵部の横線模様の筋数及びピツチ幅、踏付部下方右側、踵部右側の輪郭形態、踏付部下方左側の三筋のふくらみの状況等において同一の様相を呈し否定点を見出せず、具体的な特徴的欠損等を欠くため同者が同一の靴によつて印象されたとまでは言い難いにしても類似性の程度は大であることが認められるとともに、原審における証人田久保豊の供述及び同人作成の鑑定書によれば、被害者宅侵入口の割られたガラスの細片と被告人の軍手に付着していたガラス片とが、その外観形状においてほぼ類似し、屈折率も共に一・五二六の数値を示したこと、右一・五二六という数値は浸液法によつて測定した結果得られたもので正確なものであること、及び二個のガラス片がこのように等しい屈折率を呈するのは、単に同一メーカーの同種のガラスであるというだけでなく、同じ機会に同じ溶融炉から製造されたものであると言つて差支えない程度に同種性があることを示すものであることもそれぞれ認められるから、遺留足跡の類似性及びガラス片の同種性に関する右諸事実が、本件犯行と被告人とを結びつけるうえにおいてかなりの程度の証拠価値を有することは疑問を容れる余地がなく、従つて、これらの情況的事実と前記のその余の情況的諸事実とを総合して、本件窃盗が被告人の犯行であるとした原判決の認定は正当というべきである。

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