東京高等裁判所 昭和56年(う)2189号 判決
被告人 中村英、タオ・イン、又は梁こと梁冠英
〔抄 録〕
論旨は、いずれも、被告人がインドシナ難民、更には「難民の地位に関する条約」(以下「難民条約」という。)及び「難民の地位に関する議定書」(以下「議定書」という。)にいういわゆる「条約難民」であることを前提とする主張であるので、控訴趣意に対する判断に先立ち、まず、被告人がインドシナ難民、更には、いわゆる「条約難民」に該当するかどうかについて検討する。
記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、被告人が公訴事実記載の昭和五二年一一月二七日本邦に入国当時、「難民条約」及び「議定書」にいう難民に当らないことはもちろん、いわゆるボートピープル若しくはランドピープルにいうインドシナ難民でないことも、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の一において詳細に説示するとおりであって、すべてそのとおり肯認することができる。殊に、被告人が中国華僑の父とベトナム国籍の母との間に生まれ、昭和五〇年二月ころまで家族とともにラオスを居住国としていたこと、及び被告人が昭和五〇年二月二〇日からの本邦在留中にラオスの戦乱のため同国に帰国することができなくなり、同年八月一九日、当時、既にラオスからタイを経由して台湾に脱出していた父をはじめ家族(ただし、母を除く)の住む台湾に出国せざるをえない状況にあったことは関係証拠により認められるが、他方、被告人は、その後約二年間、台湾で父をはじめ家族とともに生活し、ホテルのボーイなどをして稼働していたばかりでなく、この間一九七六年(昭和五一年)三月三日には、当時、既に台湾において新戸籍を編製していた父の戸籍に入籍していること、そして、今回の本邦への入国に際しては、中国(台湾)国民として同国政府から正規の手続により新たに梁冠英名義の護照(旅券)の発給を受けていることも記録上明らかであるから、これらの事実に徴すると、被告人が、前記の本邦在留中にラオスの戦乱のため同国に帰国できなくなったという意味において実質的難民性に変わりがないとしても、その後中国(台湾)の国籍を取得し、かつ、同国での定住、保護を受けていることが明らかであることからみて、「難民条約」一条C項の規定の趣旨に照らし、被告人について、「少なくとも、(今回)の本邦人国前においては、右の意味での難民性も既に失なわれていたものというべきである。」とした原判決の判断は正当として是認することができる。
(内藤 石田 松永)