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東京高等裁判所 昭和56年(う)892号 判決 1981年9月16日

被告人 井上友一

昭一七・三・一三生 貴金属商

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人遠藤雄司作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官窪田四郎作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。なお、当審第一回公判期日において、弁護人は、控訴趣意書第一点の一ないし四は、控訴理由としての事実誤認を主張するものではなく、被告人に対する量刑上考慮すべき事情として主張するものである、とその趣旨を説明し、他方検察官は、控訴趣意書第一点の五の主張に対し、論旨は理由がない、と答弁を補足した。

一  控訴趣意第一点の五(事実誤認の主張)について

1  論旨は、要するに、原判決は原判示第二の塩酸エフエドリン約五・二七七キログラムの所持につき被告人に営利の目的があつた旨認定判示しているが、被告人は右の塩酸エフエドリンを営利の目的で所持したものではないから、原判決には事実の誤認がある、というのである。

2  記録及び証拠物を調査して検討すると、関係証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告人は、昭和五五年三月覚せい剤取締法違反罪による懲役三年六月の刑を受け終り、札幌刑務所を出所した後、暴力団関係者等に世話になつているうちに覚せい剤取締法違反の疑いにより警察から追及を受けることとなり、この追及を逃れるためホテルを転々とし、その間貴金属品のブローカーを始め、同年八月ころから、肩書住居地の居室に「山崎弘」なる偽名で隠れ住むようになつた。

ところで、被告人は、右の仕事のかたわら、同年七月ころから、相当多量の覚せい剤の密売をするようになり、暴力団関係者等に対し、一〇〇グラム当たり七〇ないし八〇万円で売り捌き、相当額の利益を手中に収めていた。

(二)  被告人は、渡部鐵男及び木田時彦を通じてそのころ知つた香港在住のジミー・チエーンこと鄭念臻から覚せい剤を入手するルートを確保しようと考え、同年八月下旬ころ、渡部、木田の両名を介して鄭に対し覚せい剤の譲渡方を申し入れ、そのころ、鄭の運び屋コーンなる中国人から約一キログラムの粉末を二五〇万円位で入手した。この粉末は、しかしながら、覚せい剤を含有せず、その原料である塩酸エフエドリンを含有するものであり、被告人は、右の入手後この事実を知つた。

(三)  しかし、被告人は、その後も木田を通じ、鄭に対し覚せい剤を注文し、同年九月上旬ころ、二回にわたり、合計約三キログラムを一キログラム当たり二五〇万円で入手した。そのいずれの場合にも、被告人はこれらの粉末が前回同様覚せい剤原料を含むにすぎないものであるかもしれないことを認識しており、そして、実際にこれらの粉末は覚せい剤を含有せず、塩酸エフエドリンを含有するものであつた。

(四)  被告人は、右の(二)、(三)の塩酸エフエドリンを含有する合計約四キログラムの粉末を自己の手許に保有しながら、その取扱い方法につき、まず、自ら直接に、又は木田を通じて、鄭に対し、「このようなガセネタは返すから、その代金を返せ。」と迫りながら、これを取引条件として同人から真の覚せい剤を引き出そうと交渉し、更にはコーンが運んでくる真の覚せい剤を何とか先に受領してしまい、その代金を鄭が右の粉末の代金を返さないことを理由に支払わないで済まそうと考えるようになつた。

(五)  被告人は、右のような考えを抱きつつ、同年九月下旬、木田を通じて鄭に対し覚せい剤四キログラムを注文し、その結果、コーン及びリユウなる中国人と取引することになり、そのころ、リユウから覚せい剤結晶約一・五キログラムを入手したほか、コーンから(二)、(三)と同様の粉末約一キログラムを入手した。右の取引の価格は、被告人側において脅迫まがいの行為を加えたため、いずれも、通常よりも低額となつたが、その額はいずれも数百万円に上り、被告人は右両名に現金でこれを支払つた。

(六)  なお、被告人は、右の取引と前後して、手持ちの覚せい剤を密売のため小分けした際、(二)、(三)、(五)の粉末の一部をこれに混入させ、その増量をはかつた。

(七)  被告人は、同年一〇月九日ころ、以上の(二)、(三)、(五)、(六)の粉末及び覚せい剤の一部を、前記被告人方居室において一括所持していたが、原判示第二の塩酸エフエドリン約五・二七七キログラムはその一部であり、同日警察官が捜索差押令状を執行し、これらを差し押え、本件の起訴に至つたものである。

以上の事実が認められる。

3  被告人が、前記のようにしてコーンを介して鄭から入手した塩酸エフエドリンの粉末を、覚せい剤ではなくその原料を含有するものであると認識した後の時点において、そのまま他に転売して利益をあげる具体的な計画を有していたとまで認めるに足りる証拠はないけれども、前記2に認定した各事実、就中、被告人が、前記のように、鄭から入手した塩酸エフエドリンの粉末の一部を覚せい剤の増量に用いた事実、更には密売するための覚せい剤を入手することを目論み、右の粉末を鄭との間の覚せい剤取引につき自己に有利な交渉材料として引続き保有していたことなどに徴すると、被告人が営利の目的により本件(原判示第二)の塩酸エフエドリンを所持していたと解するのが相当であり、記録を精査しても右の認定判断を左右すべき事由は存しない。要するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が営利の目的で原判示第二の塩酸エフエドリンを所持したとの事実は結局これを肯認することができるのであつて、原判決には所論のような事実誤認はない。

二  控訴趣意第一点の一ないし四、第二点(量刑不当の主張)について

論旨は、要するに、本件公訴事実のうち覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反の点につき、木田時彦が入手経路の上では被告人より「元」に位置し、かつ、被告人の右の各違反につき完全に一体化した共犯であつたから、原判決が被告人に対し、懲役一〇年及び罰金二〇〇万円に処したのは、木田に対する懲役二年の量刑に比較し余りにも権衡を失するものであり、その他被告人の年齢、生育歴、反省及び長期にわたる未決勾留期間等によれば、原判決の量刑が著しく不当である、というのである。

記録及び証拠物を調査して検討すると、本件は、被告人が、いずれも法定の除外事由がないのに、(一) 昭和五五年一〇月八日ころ、営利の目的で覚せい剤結晶約一・二九三グラムを所持し、(二) 同月九日ころ、麻薬約一・七二グラム及び大麻約六三・八七六グラムを所持するとともに、営利の目的で覚せい剤結晶約一・六六一キログラム及び覚せい剤原料である塩酸エフエドリン約五・二七七キログラムを所持し、(三) 同日ころ、けん銃一丁及び実包三〇発を所持した、という事案である。

記録にあらわれた本件各犯行の罪質、動機、態様、ことに被告人が大量の覚せい剤を密売して利を図ろうとし、積極的に入手先を探し求め、多額の資金を動かしながら、キログラム単位の覚せい剤及び覚せい剤原料を入手し、これを所持していたばかりか、麻薬及び相当多量の大麻を所持し、更には危険な拳銃及び実包まで所持していたことに照らすと、犯情は極めて悪質である。

のみならず、被告人はこれまでに窃盗、賍物牙保罪により二回にわたり懲役刑の執行を受けたことがあるほか、原判決の累犯前科の摘示のとおり、覚せい剤取締法違反罪により懲役三年六月の刑を執行され、昭和五五年三月下旬出所したのに、その後生活を改めることなく、ほどなく暴力団関係者との接触を再開し、本件各犯行に及んだものであつて、甚だ規範意識を欠き更生の意欲にも乏しいといわざるをえない。

従つて、被告人の刑事責任はまことに重大であつて、この際その刑期が相当長期に及ぶこともやむを得ないところである。

所論は、木田時彦との刑の不均衡を主張するが、同人に対する量刑は、覚せい剤原料である塩酸エフエドリン約九四〇グラムの譲渡と覚せい剤の一回の自己使用との犯罪事実に対するものであつて、被告人に対する本件犯罪事実とは内容的に大きな相違があり、かかる相違をさし措いて両者の刑の軽重を論ずることはできない。また、所論は、木田に対する公訴提起手続を被告人に対するそれと比較し、不公平で差別的であると論難するけれども、仮りに所論のような問題が木田に対する公訴提起手続に含まれているとしても、そのことの故をもつて、被告人に対する量刑を左右すべきものとも考えられない。被告人に対する量刑は、被告人に対する起訴犯罪事実を基礎とし、これにあらわれた諸般の情状を検討してこれを定めれば足り、かつ、そうすべきものであつて、原判決が量刑の事情として判示するところは相当として是認できる。

してみると、被告人が本件各犯行につき一応反省の情を示していること、その他被告人の生育歴、年齢など所論指摘の有利な情状を斟酌しても、原審の量刑は未決勾留日数の算入の点を含め不当に重いとは考えられない。

三  以上の次第で、各論旨はいずれも理由がないから、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用して、主文のとおり判決をする。

(裁判官 岡村治信 須藤繁 雛形要松)

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