大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(く)152号 決定 1981年7月20日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、申立人伊藤和夫、同笹原桂輔が連名で提出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論にかんがみ、関係記録を調査して検討するに、本件勾留の原因事実は、要するに、中国人である被告人が(一)昭和五二年一一月二七日本邦に入ったところ、旅券に記載された在留期間である同五三年一月二六日を経過して同五六年五月六日まで本邦に残留したという出入国管理令違反、(二)本邦に入ったときから六〇日以内に居住地所轄の東京都港区長に対し外国人登録の申請をしなければならないのに、これを怠り、昭和五六年五月六日までその申請をしないで本邦に在留したという外国人登録法違反の各事実であるが、昭和五六年七月八日の原審第一回公判期日において、被告人は、右各事実の外形的事実関係は認めたものの、中国人とされているが本当はラオス人である旨述べ、弁護人においても、被告人の国籍が中国である点を否認し、被告人はその国籍のあるラオス(旧ラオス王国)において起きた政変の結果同国に帰還できなくなったインドシナ難民である旨主張し、在日中の被告人の叔父A、叔母B子の各検察官に対する供述調書の一部を証拠調することに同意せず、また、犯行に至る経緯及び日本における生活状況等に関する被告人の検察官に対する供述調書二通の取調請求についても意見を留保し、取調未了になっていることなどの経過からすると、今後なお右争点に関し、被告人の身上、本邦入国前における居住関係を含む生活歴、本邦入国の動機、経緯等を明確にするための証人調を含む証拠調が行われることも予想されるところ、現段階において被告人の保釈を許せば、被告人の捜査段階及び原審段階における供述の変遷等に徴し、被告人において本邦在住の親族、知人ら関係者らに働きかけ、又はこれと通謀するなどして罪証隠滅をする相当なおそれがあり、また、そのような工作が実効を挙げ得る余地もあると考えられるのであるから、公判審理を担当し、諸般の状況を十分勘案し得る立場にある原裁判所が刑訴法八九条四号所定の事由があるとした原判断は、相当としてこれを是認すべきものといわなければならない。

所論は、被告人としては外国人であることを否認するわけではなく、既に検察官請求の証拠の大部分の取調も終了し、もはや本件各犯罪構成要件事実に関する限り罪証隠滅の余地はなく、また、原判断は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年八月四日条約第七号)九条三項に違反する旨主張するけれども、被告人が中国人であるかどうかは本件犯罪構成要件該当の事実そのものであるばかりでなく、更に、被告人がインドシナ難民であるかどうかは右構成要件と密接に関連し、かつ、被告人に対する科刑を含む処遇決定上重要な事項といわなければならないから、このような事項をも罪証隠滅の対象に含ませて保釈の許否を検討することは相当というべきであって、これと同旨と認められる原決定に、所論のような刑訴法八九条四号の規定を不当に拡大解釈・適用した違法があるとも、また、前記条約に違反する誤りがあるとすることもできない。

また、所論は、憲法一四条違反、前記市民的及び政治的権利に関する国際規約二条一項、二六条違反をいうが、記録に徴すれば、原決定は、被告人が外国人であることを実質的な理由として本件保釈請求を却下したものとは到底認められないから、所論はその前提を欠き、理由のないことは明らかである。

その他、所論が指摘し、記録によって認められる諸事情を十分考慮してみても、現時点においては、裁量によって被告人の保釈を許さなかった原決定が合理的裁量の範囲を逸脱したものとも認められない。

よって、本件抗告は理由がないから、刑訴法四二六条一項後段により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小松正富 裁判官 寺澤榮 村田達生)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例