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東京高等裁判所 昭和56年(ツ)37号 判決 1981年9月22日

上告人 八木種衛

右訴訟代理人弁護士 眞田順司

被上告人 伊藤照男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人眞田順司の上告理由第一点について

原審が認定した事実関係のもとにおいては、上告人がなした本件建物賃貸借契約の解約の申入れは正当の事由を具備していないとした原審の判断は、正当として是認することができ、右判断に所論の違法はない。論旨は、原審の認定と相容れない事実もしくは原審の認定しない事実に立脚して原判決を攻撃するものであり、採用することができない。

同第二点について

賃借人は特定物の引渡しを内容とする債務を負う者として善良な管理者の注意をもって賃借物を保存する義務を負う(民法四〇〇条)から、建物の賃借人が建物の模様替えをするなど賃借物に変更を加えることは原則として許されないところであり、したがって、これを禁止、制限するとともに、違反があった場合には、賃貸人が契約を解除しうるものとする特約は、その効力を是認すべきである。しかし、他方において、賃借人は、賃貸借の目的に適い、かつ建物の種類、構造に即した合理的な方法で賃借物を使用収益しうる権利を有するのであるから、右使用収益に必要な限度で賃借物に変更を加えることはできるものというべきであり、ことに民法六〇八条一項が賃借人において必要費すなわち目的物の原状を維持しもしくは原状を回復するに必要な費用を支出したときは、直ちに賃貸人に右費用の償還を請求しうるものと規定した趣旨にかんがみれば、賃借人は、賃借物につき右の範囲の修繕をすることができるものと解するのが相当である。これを本件についてみるのに、原審が認定したところによれば、被上告人の被相続人亡伊藤太一が本件建物に加えた工作は、いずれも天井の落下、建物の傾斜あるいは梁の折損等を防止するため老朽化した柱や梁に鉄柱、鉄板、丸鋼等を添えて補強したものであるというのであり、本件建物の原状を維持する範囲に属すること明らかであるから、亡伊藤太一の右行為は、原判示造作模様替えの制限に関する特約には違反しないとした原審の判断は正当として是認することができ、右判断に所論の違法はない。論旨は、原審の認定しない事実に立脚して原判決を攻撃するものであって、採用することができない。

同第三点について

原判決が上告人、被上告人双方の事情を勘案すれば、上告人が本件建物の即時明渡しを求める以上、被上告人に対し立退料その他の金銭的補償をなすべきであり、右立退料等の提供がない限り、解約申入れの正当の事由が具備するものとは認め難い旨判示したことは、所論のとおりである。しかし、このように裁判所が賃貸人において立退料等の提供をなすべきものと判断したからといって、常に必らずしも賃貸人に対し立退料等の提供と引換えに建物の明渡しを求める判決の申立てをするかどうかについて釈明をしなければならないものではなく、まして、原判決摘示事実によれば、上告人は、亡伊藤太一、同人死亡後は被上告人が昭和二一年以来本件建物の北西側の増築部分の敷地を不法に占拠している旨の主張を前提として、被上告人に対しその地代に相当する損害金債権を有するから、立退料の支払いに代えて右債権を免除する旨主張しており(もっとも、右前提事実は、原審において証拠がないと判断された。)、これによれば、上告人がその主張するような形での金銭的補償であれば格別新規に立退料を提供する意思がないことが窺われるのであるから、このような弁論の状況のもとにおいて、原審が上告人に対し前叙の釈明をしなかったことについて所論の違法があるものということはできない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 蕪山厳 安國種彦)

<以下省略>

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