大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1514号 判決 1982年12月09日

(ネ)第一四八四号控訴人・(ネ)第一五一四号被控訴人

(債権者)

稗田善彦

右訴訟代理人

荒木勇

池田道夫

魚野貴美夫

(ネ)第一四八四号被控訴人・(ネ)第一五一四号控訴人

(債務者)

日本中央競馬会

右代表者理事長

武田誠三

右訴訟代理人

浦上一郎

前田幸男

畠山保雄

田島孝

石橋博

主文

一  (ネ)第一五一四号控訴人の控訴に基づき、原判決主文第一、二項を取り消す。

本件仮処分申請を却下する。

二  (ネ)第一四八四号控訴人の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも(ネ)第一四八四号控訴人・(ネ)第一五一四号被控訴人の負担とする。

事実

〔当事者の求める裁判〕

(一)  (ネ)第一四八四号控訴人・(ネ)第一五一四号被控訴人(以下「債権者」という。)

(1)  原判決中債権者敗訴部分を取り消す。

(2)  (ネ)第一四八四号被控訴人・(ネ)第一五一四号控訴人(以下「債務者」という。)は、債権者が美浦トレーニングセンター南Gの二〇馬房を使用するのを妨げてはならない。

(3)  (予備的申立)債務者が債権者に対し昭和五六年二月二二日付でした調教師免許不更新処分の効力を東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第八七五五号地位確認等請求訴訟の判決の確定まで停止する。

(4)  (ネ)第一五一四号事件控訴人の控訴を棄却する。

(5)  訴訟費用は第一、二審とも債務者の負担とする。

(二)  債務者

(1)  主文同旨

(2)  債権者の予備的申立を却下する。

〔主張及び証拠関係〕

当事者双方の主張は、次のとおり付加又は訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は、記録中の原審及び当審の証拠目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

(一)  原判決の事実摘示の訂正

(1)  原判決四枚目裏三行目に「騎棄」とあるのを「騎乗」と改める。

(2)  同八枚目裏九行目に「ホーオヒダカ」とあるのを「ホーオーヒダカ」と改める。

(3)  同九枚目表六行目に「馬主としも」とあるのを「馬主としても」と改める。

(4)  同一九枚目裏八行目に「本訴」とあるのを「本案」と改める。

(二)  債権者の主張

(1)  債務者がいわゆる特殊法人であるにしても、その業務内容等からみて公法人であるとはいえず、本件処分は行政処分たる性格を有するものではない。

仮に、債務者が公法人であるとしても、債務者の行う調教師の免許の更新は雇用契約の更新に類似しており、免許不更新行為は解雇行為とみるべきものである。そうすると、解雇理由の瑕疵ないし不存在が問題となる本件では労使対等の原理が支配し、本件処分に公定力はなく、その効力を民事訴訟ないし行政事件訴訟法上の当事者訴訟によつて争いうるものと解すべきである。したがつて、同法四四条の規定を根拠として本件仮処分を不適法であるとする債務者の主張は、理由がない。

(2)  仮に、本件処分が行政処分たる性格を有し、これについて民事訴訟法上の仮処分をすることができないとすれば、債権者は、行政事件訴訟法二五条二項に基づき本件処分の効力の停止を求める。すなわち、本件の本案訴訟として債権者の提起にかかる東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第八七五五号地位確認等請求事件の訴訟が係属しており、本件処分により債権者は回復困難な損害を現に受けているところ、右処分の効力が停止されても公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれは皆無であり、また、本件処分が違法なものであることは既述のとおりであるから、本件処分の効力は本案判決の確定まで停止されるべきである。

(三)  債務者の主張

(1)  本件処分は、行政処分たる性格を有するものであるから、これについて民事訴訟法上の仮処分をすることはできず、本件仮処分申請は不適法である。

すなわち、勝馬投票券の発売を伴ういわゆる競馬は、元来は刑法一八七条一項(富くじ発売罪)の規定によつて禁じられた行為であるが、競馬法規の定める所により、その規制の下に行われる場合に限り、「法令による行為」として刑法三五条により特にその違法性を阻却されるものであり、競馬法一六条、日本中央競馬会法二〇条一項三号等の競馬法規の定めるところによつて特殊法人たる債務者の行う調教師の免許は、右違法性阻却のための条件たる規制の一環である。そして、右免許制度は、前記のように特に違法性を阻却された競馬につき、その公正を確保する必要上、私人が自由に調教業務を行うことを禁止し、債務者の行う調教師免許試験の合格者に限つて右一般的禁止を解除し、適法に調教業務を行うことを可能ならしめているものであり、かかる調教師の免許は、事柄の性質上私法上の行為であるとは到底考えられず、国から公法人たる債務者に授与された一方的な公法上の規制権能に基づいて行われるところの公権力の行使にあたる行為というべきである。このことは、昭和二九年九月一六日日本中央競馬会法が施行されて債務者が従前の国営競馬を引き継ぐ以前の競馬法旧一六条の規定が、「省令の定めるところにより、政府が行う免許を受けた調教師又は騎手でなければ、国営競馬の競走のため馬を調教し又は騎乗することができない。」と定めていたことに照らしても明らかである。

(2)  債権者は、予備的に行政事件訴訟法上の執行停止の申立をしているが、本案訴訟が係属しているのは東京地方裁判所なのであるから、右申立は同法二八条の裁判管轄の定めに反するのみならず、右本案訴訟は調教師たる地位の確認を求めるものであるから、執行停止申立の前提たる本案訴訟に該当しないものというべきであつて、右申立は不適法である。

理由

一まず、本件仮処分申請の適法性について検討する。

競馬法一六条は、省令の定めるところにより債務者が行う免許を受けた調教師でなければ、中央競馬の競走のため馬を調教することができない旨を定め、また、日本中央競馬会法(以下「競馬会法」という。)二〇条一項三号には、債務者の行う業務の一つとして「調教師及び騎手を免許すること」が挙げられている。このような調教師の免許制度の趣旨は、中央競馬の公正な運営を確保しその健全な発展を図るため、これに出走すべき馬の調教を行う者を一定の水準の人格、技術等を備えた者に限定することにあるものと解され、これら法律の規定を受けて、競馬法施行規則は、一定の欠格事由(同規則三条参照)に該当しない者を対象に身体、学力、人物、技術について行う免許試験に合格した者に対して免許を行うべきものとし(同規則一条の五、二条)、また、免許を受けている調教師につき一定の事由が生じた場合には、債務者はその免許を取り消すべきものと定めている(同規則六条)。なお、昭和二九年法律第二〇五号附則一二項により改正される前の競馬法においては、現行の中央競馬に相当する競馬は国営競馬として政府によつて主催されていたが、右国営競馬の競走のために馬を調教する者は政府の行う免許を受けなければならないものとされ(右改正前の競馬法一六条)、具体的には農林大臣が右免許を行うものとされていた(当時の競馬法施行規則――昭和二三年農林省令第八二号――三七条一項参照)。また、債務者は、競馬の健全な発展を図つて馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与するため競馬会法により競馬を行う団体として設立された法人であつて、農林水産大臣による一般的監督に服する(競馬会法三一条)ほか、規約で調教師の免許に関する事項について定め、これにつき農林水産大臣の認可を受けなければならないものとされている(同法八条)。

以上のような法制の内容及びその沿革に照らせば、前記免許制度は、中央競馬の公正な運営と健全な発展を公益にかかわるものと認め、これを実現するために中央競馬に出走すべき馬の調教業務についても一定の公法的規制を加えるのが相当であるとの見地から、右調教業務にたずさわることのできる調教師の資格を免許によつて限定するという方法で右規制を行うこととし、前記のような法規や規約の下において具体的に右調教業務を行う者を決定する行為は債務者に行わせることにしたものであるとみることができ、また、右免許の性質は、単に受験者の適格性の有無を判定する作用にとどまるものではなく、債務者が自らの責任ある判断に基づいて中央競馬の競走のために馬の調教を行うことができるという法的地位を与えることを内容とする権力的な作用であると解されるから、これを行う債務者は、法律によつて特に付与された優越的な地位に立つて右権限を行使するものであつて、右免許は、かかる性質の作用として公定力を有し、行政事件訴訟法上の「公権力の行使」たる性格を帯有するものというべく、また、債務者は、右免許を行う限りにおいて、同法上の行政庁にあたるものというべきである。

したがつてまた、右免許ないしはその更新を拒否する処分も、同様の性格を帯有するものというべきである。

債権者は、右免許の実質は雇用契約の締結であり、右免許の更新の拒否処分は解雇行為の性質を有する旨主張するが、そのように解すべき実定法上の根拠は見当たらない。

したがつて、債権者の調教師としての免許の更新を拒否した本件処分の効力を争い、債権者に対し調教師の免許が更新された場合と同様の地位を仮に定めることを求める本件仮処分申請は、行政事件訴訟法四四条の規定に照らし不適法といわざるを得ない。

二債権者は、予備的に、行政事件訴訟法二五条二項の規定により本件処分の効力の停止を求めている。しかしながら、右規定によるいわゆる行政処分の執行停止は、行政処分の取消しの訴え(同法三八条三項により右二五条二項が準用される場合については、同法にいう無効等確認の訴え)の提起があることを前提としてその訴訟の係属する裁判所(同法二八条参照)に申し立てるべきものであるところ、債権者が本案として主張する訴訟は当裁判所以外の裁判所に係属するものであるばかりでなく、本件のような仮処分手続においてかかる申立をすることは法の予定しないところであるから、右申立はこの点において既に不適法であるといわなければならない。

三以上のとおり、本件仮処分申請は不適法であり、これが適法であることを前提として右申請の一部を認容した原判決は失当である。よつて、債務者の控訴に基づき原判決中本件仮処分申請を認容した部分を取り消したうえ右申請を却下し、債権者の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。なお、債権者の本件処分の効力の停止の申立は前記のとおり不適法であるからこれを却下するが、右は判決事項ではないので主文に掲げない。

(倉田卓次 下郡山信夫 加茂紀久男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例