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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2539号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一<証拠>によれば、控訴人は昭和四八年以降株式会社紫野(原審共同被告。以下単に「紫野」という。)との間で継続的に京呉服等の取引をしてきたこと、紫野は、昭和五一年一二月二八日現在で控訴人に対し金二五六万二〇〇〇円の買掛金債務を負担しており、同日控訴人に対しその担保として紫野所有の繊維製品を引き渡したが、更に昭和五二年一月三一日手形決済資金に当てるため控訴人から金三〇万円を借り入れるとともに紫野所有の繊維製品を追加して控訴人に引き渡したことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

二被控訴人が、昭和五一年九月二日ごろ控訴人に対し、控訴人と紫野との間の取引を継続するために右日時ごろ締結された繊維製品取引契約について生ずる紫野の一切の債務を連帯して保証する旨約したこと、前記のように二回目の繊維製品が紫野から控訴人に差し入れられた昭和五二年一月三一日に、控訴人と紫野との間で、同日現在の紫野の控訴人に対する債務三〇〇万円(後記のとおり昭和五一年一〇月以降右両者間に取引はなかつたから、前記二五六万二〇〇〇円の買掛金債務と前記貸金債務とに利息等を加えた金額と推測される。)のうち二六六万四〇〇〇円の弁済に代えて右二回にわたつて差し入れられた商品合計二四七点を控訴人に譲渡する旨の代物弁済契約が締結されたこと、紫野が同年四月一日に倒産したことは、いずれも当事者間に争いがない。

三<証拠>によれば、前記のように紫野が倒産した直後の昭和五二年四月二七日、控訴人と紫野との間で、前記代物弁済契約を合意解除し、前記二四七点の商品を控訴人が紫野に返還し、これによつて復活する金三〇〇万円の債務を紫野が昭和五二年五月から昭和五三年八月までの間に一六回にわたつて分割弁済すること、紫野において一回でも右分割金の支払を遅滞したときは残債務につき期限の利益を失うことを内容とする債務弁済契約が締結されたが、紫野は右契約による弁済を全く履行しなかつたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

四被控訴人は、前記代物弁済に伴つて控訴人と紫野との間の継続的取引契約は合意解除又は解約により終了したと主張するので、この点について判断する。

控訴人と紫野との間で昭和五一年一〇月以降は商品取引が行われなかつたことは当事者間で争いがない。このような状況のもとで、前記のとおり、二度にわたつて商品が紫野から控訴人に引き渡され、それら商品は前記代物弁済契約によつて紫野の控訴人に対する債務のうち買掛金債務のほぼ全額に相当する債務の弁済に充当されており、また、右代物弁済当時紫野は三〇万円の手形の決済資金にも事欠く状態にあつたものである。更に、前記のとおり紫野は右代物弁済の約二か月後に倒産しており、また、<証拠>によれば、前記債務弁済契約においても、控訴人と紫野との間の商品取引を将来にわたつて継続することが予測されていたような気配は窺われず、むしろ、前記のとおり商品の返還により債権を復活させるとはいえ、その復活した債権につき公正証書の作成を約束するなど、基本的には残債務の整理を図る趣旨の契約であること、実際にも、右商品返還後においては、従前のように紫野自体が営業主体として活動するのではなく、紫野の債権者である訴外田守こと石名坂登が右商品を引き取り、これを紫野の代表者である瀬田義雄個人に委託して販売させることが予定されていたものであることがそれぞれ認められる。

以上の各事実に照らせば、前記代物弁済の時点において控訴人・紫野間の前記継続的取引契約は両者間の合意により終了したものと認めるのを相当とし、証人瀧隆司の供述中、右に抵触する部分は心証を惹かず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

五以上によれば、被控訴人は、右契約終了時の残債務額三三万六〇〇〇円についてのみ連帯保証責任を負うものというべきところ、本件連帯保証契約において遅延損害金の割合を日歩八銭とする旨の約定があつたとの控訴人の主張事実は弁論の全趣旨により被控訴人において明らかに争わないものと認められるから、これを自白したものとみなす。

そうすると、控訴人の本訴請求につき、被控訴人に対し金三三万六〇〇〇円及びこれに対する主債務者紫野が前記債務弁済契約上の期限の利益を失つたのちである昭和五二年七月一日から完済までの日歩八銭の遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余を棄却した原判決は結論において相当である。

(倉田卓次 加茂紀久男 大島崇志)

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