東京高等裁判所 昭和56年(ネ)608号 判決
(一) 森教諭の指導は、かなり厳しいものであり、練習も全体として相当激しいものであったが、盛夏において過酷な合宿、練習、試合に終始して部員生徒に疲労を蓄積させる程のものではなかったこと。
(二) 部員生徒は、当日、明大グラウンドに赴くために、早朝起床し、片道約二時間半を要したが、試合開始前に少からず疲労していた訳ではないこと。
(三) 対戦相手校は全国一流レベルの強力チームであるが、熊谷工業チームと実力において大差はないこと。
(四) レギュラー選手のほかに準レギュラー選手や二軍部員も参加しており、選手を適宜交替させることは可能であったが、交替させなければレギュラー選手の疲労が蓄積して危険である程ではなかったこと。
(五) 熊谷工業チームが三ラウンド連続で対戦するべき特段の理由は認められないが、危険防止のために対戦するのを不可とする程の特段の理由も認められないこと。
(六) 目黒高校、久我山高校とは以前にも何度か対戦しており、又、それまでに熊谷工業チームが三ラウンド連続して練習試合をしたこともしばしばあること。
(七) 当日は熊谷工業の文化祭行事が行われており、部員生徒の中には自分達だけが文化祭に参加しないことに不満を待つ者もあったが、そのために東京遠征を嫌悪するという訳ではなかったこと。
(八) 部員生徒は第二ラウンドを終了したとき、相当に疲労していたが、そのために第三ラウンドを行うのを嫌悪していた訳ではなく、疲れて動きの悪い選手は見当らなかったこと。そして第三ラウンドの相手校の目黒高校が実力的に熊谷工業より少しく劣っていたにしても、同ラウンドは三〇対四で熊谷工業が勝っていること。
(九) 實の実力はレギュラー選手中の中位であり、当日特に疲労していた訳ではなかったこと。
以上の事実及び原判決判示の事実から判断すると、
(一) 熊谷工業ラグビー部の練習量は、高校の課外教育活動であるクラブ活動としては、かなり大きかったと認められる。しかし、そのことの結果は、部員生徒の正課や課外の勉強量の減少となって現れるが、肉体的な疲労の蓄積となる程のものではないと認められる。
(二) 従って、当日も、部員生徒の疲労の心配という理由から東京遠征を差し控えるべきであったとはいえないものと認められる。
(三) 部員生徒の疲労防止のために遠征前に練習量を減じたり、前日の練習を休むべき必要はなかったものと認められる。
(四) 部員生徒に対して、東京遠征の日、対戦相手校、消化予定ラウンド数をなるべく早く知らせることが望ましいが、それを知らせなかったとしてもそれが原因となって部員生徒が練習試合に意欲を持たなかったとか更にそれが肉体的疲労をもたらしたとは認められない。
(五) 当日の準備運動の時間が何分であったかについては争いがあるが、第三ラウンド開始時は既に五〇分のラウンドを消化しているのであるから、第一ラウンド開始前の準備運動の多少は全く影響がなかったものと認められる。
(六) 本件事故は第三ラウンド開始後五分位の時に発生したのであるから、第一ラウンドから通算すると、五五分位ということになる。翌五〇年度から高校生の試合時間は六〇分とされたこと(前掲証人中村誠、森喜雄の各証言によって認められる)からみても、事故時に實や他の部員が異常に疲労していたとは認められない。
なお森教諭が、転倒時の受け身のしかたや頸部筋力の強化等の安全のための基礎訓練をなおざりにしていたと認めるべき証拠はなく、前掲証拠によれば、むしろ、安全のために必要な訓練は充分に施していたものと認めることができる(頸部強化の鍛練としては、首懸垂、肩車上げ、一対一で組合って行う首ねじり等を行い、雨天の時は体育館内で回転運動、倒立運動を行っており、そのほか上級生になるとフオワードでは特に三対三等のスクラムを組み首を強化する訓練を行っていた。)。
2 学校長及び教育委員会側の過失について
右に判示したように、森教諭について、控訴人ら主張のような過失を認めることができないのであるから、学校長や教育委員会についても過失を認めることはできない。
3 県の債務不履行責任について
控訴人實と被控訴人との間には在学契約が存し、右契約に基づいて、後者は前者に対して所謂安全配慮義務を負うものと解すべきである。しかし、右義務は抽象的に論ぜられるべきではなく、単に課外教育活動としてのクラブ活動中に負傷したということから直ちに抽象的な安全配慮義務に違反したことになり、被控訴人において帰責事由の不存在を主張立証すべきことになるものと解すべきではない。
右義務はそれが問題となる具体的状況に応じて具体的内容を有するものであり、本件においては、右義務の具体的内容は控訴人らが主張する過失の基礎となる具体的内容と同一であると解すべきである。しかるに、既に判示したように、右過失を認めることができないのであるから、右義務を認めることもできないものと云わねばならない。
三 結局、本件事故は、ラグビーのような肉体がぶつかり合う格闘技において、極めて稀にしか起こり得ないが、しかし絶無とすることはできない種類の出来事であると認めざるを得ない。
(田中 武藤 安部)