東京高等裁判所 昭和56年(ラ)1164号 決定 1982年11月16日
抗告人 高石良弘
相手方 高石充子
主文
原審判を次のとおり変更する。
抗告人は、相手方に対し、婚姻費用の分担として、昭和五四年九月一日から同年一二月三一日までは一ヵ月金三五、〇〇〇円、同五五年一月一日から同五六年三月三一日までは一ヵ月金四五、〇〇〇円、同五六年四月一日から同居または離婚に至るまで一ヵ月金五五、〇〇〇円の割合による金員を各該当月の末日限り(既に期限到来の分は直ちに)相手方に持参又は送金して支払え。
理由
一 抗告の趣旨
原審判を取消し、本件を東京家庭裁判所に差戻す。
二 抗告の理由は、別紙(昭和五七年二月三日付準備書面)記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
三 先ず、抗告人及び相手方の婚姻生活を中心とした事実関係については、次に付加・訂正するほかは原審判理由欄2項に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原審二丁表一〇行目「不和となり」の次に「実母松は同年中に別居したが、」を加える。
2 同三丁表七行目「一〇月分」から同九行目「一八七、五六六円」までを「分三、九〇二、六二一円」(前同三、四五四、〇二〇円)」と訂正する。
3 同四丁表五行目「一〇月分」から同七行目「円」までを「分五、七一一、六五二円(前同四、八五二、九九一円)」と訂正する。
四 抗告人・相手方間の婚姻費用分担については、東京家庭裁判所昭和四九年(家)第一六七八号事件の審判(以下、「前審判」という。)により月額二万円とされているのを変更する必要性及び理由が不明である、との主張について。
本来、夫婦は互に協力扶助し合い、各自の生活を維持するための費用及び未成熟子を養育するために要する費用はこれを分担すべきであり、これは別居中といえども当然の事理であるといわなければならず、その分担額については、原則として一定の限度までは夫婦は相互に可能な限り同程度の生活維持のために必要な額を算定し、特別の事情が存する場合には右算定額を増減修正すべきである。
そうだとすれば、抗告人及び相手方の前項認定の生活状況、殊にその経済的条件によれば、相手方申立ての昭和五四年九月一日に遡つて前審判による婚姻費用分担額を変更すべき必要性は明白である。従つて、前審判を変更すべきものとした原審判は正当である。
五 婚姻費用分担額算定にあたり、いわゆる労研方式を用いたこと及びその際の総合消費単位を抗告人一〇五、相手方九五としたことはいずれも失当であるとの主張について。
婚姻費用分担額算定の方法としては、(1)夫婦それぞれの実際に要する生活費等を具体的に算定する、いわゆる実費方式、(2)生活保護法による生活扶助基準によつて算定する、いわゆる生活保護基準方式、(3)人事院の行う給与勧告の基準となる標準生活費、総理府の家計調査報告等の資料により生活水準を算定する、いわゆる標準生計費方式及び(4)労働科学研究所が実施した実態調査にもとずいて作成した総合消費単位を用いて生活費の分配を算定する、いわゆる労研方式(昭和二八年発表)等が考えられるところである。
しかし、右のうち(1)は夫婦それぞれの生活実態を反映するに十分な資料を把握することが困難であり、(2)はその算定額は多くの場合低額に過ぎ、(3)はあくまでもその生活費は平均値であつて、具体的な生活構造を反映していないという欠点が大きく、右のいずれの方式についても客観的合理性を保証することができない。
ところで(4)のいわゆる労研方式は、発表されてからかなりの期間が経過したという欠点があることは否定できないところであるが、飲食住居費のほか文化的消費支出を含む多数の指標を設定した生活実態に基き、性別、年齢、作業度、就学程度の各別に定められた消費単位及び基準単位の最低生活費に依拠したものであつて、当事者の具体的な収入を基準として家族の具体的構成に合せて分担額を算定し得るものであり、その算定額に、別居に至つた事情及びその経過期間、同居の可能性並びに固定度の高い当事者の職業費及び教育費、収入に対する寄与度等一切の個別的事情により増減修正を施すならば、右方式は総合性を具有しかつ簡明な算定方式と認められるのであつて、前記の他の算定方式よりも十分に客観的合理性を有するものといえる。
従つて、本件において原審判がいわゆる労研方式によつて総合消費単位を用いて婚姻費用分担額を算定したことは正当であり、また、相手方も職業を持ち就労していること等の記録にあらわれた一切の事情を参酌しても抗告人及び相手方ら各別の消費単位の決定にも何ら不当な点はない。
六 婚姻費用分担額について、申立ての時点まで遡つて増額変更したのは失当であるとの主張について。
婚姻費用分担額について過去に遡つて額の決定をすることが許されない理由はなく、将来に対する分担のみを命じうるにすぎないと解すべき何等の根拠はない(最高裁判所決定昭和四〇年六月三〇日家庭裁判所月報一七巻七号九一頁)。従つて、右の点についても原審判は正当であるといわなければならない。
七1 ところで、前記三項で認定した抗告人及び相手方らの生活関係を前提として、各人のいわゆる労研方式の総合消費単位、抗告人一〇五、相手方九五、長女文子八〇(但し、小学生当時は六〇)、松六五を用いて昭和五四年以降の双方の収入の計算上の按分額は、次に付加するほかは原審判四丁裏末行冒頭から同五丁裏五行目末尾まで記載のとおりであるから、これを引用する。
「昭和五六年の収入は、相手方三、四五四、〇二〇円(月額二八七、八三五円)、抗告人四、八五二、九九一円(月額約四〇四、四一六円)、松三〇四、三〇〇円(月額二五、三五八円)であるので、同様按分額を求めると、
(95+80/95+80+105+65)×(287,835円+404,416円+25,358円) ≒ 364,005円
で約三六四、〇〇五円となり、相手方の前記平均月収との差額は七六、一七〇円である。」
2 抗告人及び相手方双方の収入を按分計算した結果は右1記載のとおりであるが、前記認定事実及び一件記録上認められる、抗告人と相手方は昭和四六年六月別居して以来既に一〇年以上を経過していること、長女文子は中学生となつたこと、抗告人及び相手方双方ともに現状では、和解して同居する意欲はないこと(東京家庭裁判所調査官○○○作成の調査報告書参照)、抗告人は勤務先会社の役員でもあるが主として営業活動に携わつていること等の一切の諸事情を総合し参酌すると、前1項記載の計算との按分額そのままでは相当ではなく、抗告人は相手方に対し、
(一) 本件婚姻費用分担額増額の申立てのなされた月に属する昭和五四年九月一日から同年一二月三一日までは一か月三五、〇〇〇円。
(二) 昭和五五年一月一日から同五六年三月三一日までは一か月四五、〇〇〇円。
(三) 昭和五六年四月一日以降同居又は離婚に至るまでは一か月五五、〇〇〇円。
をそれぞれ負担すべきである。
右の結果、抗告人及び相手方の前記認定にかかる各収入を前提として、それぞれの消費可能な生活費(月額。ただし、抗告人と同居する松の収入二五、三五八円を控訴人の生活費の一部とみる。)は、次のとお
りとなる。
ア 昭和五四年九月一日から同年一二月三一日まで
抗告人 三三二、三二四円
相手方 三〇〇、〇七三円
イ 昭和五五年一月一日から同年一二月三一日まで
抗告人 三六一、一九三円
相手方 三一八、〇三七円
ウ 昭和五六年一月一日から同年三月三一日まで
抗告人 三八四、七七四円
相手方 三三二、八二五円
エ 昭和五六年四月一日以降
抗告人 三七四、七七四円
相手方 三四二、八三五円
八 以上の次第であるから、抗告人は、相手方に対し婚姻費用の分担として昭和五四年九月一日から同年一二月三一日までは一か月三五、〇〇〇円、同五五年一月一日から同五六年三月三一日までは一か月金四五、〇〇〇円、同年四月一日(当事者間の長女文子が中学生となつた月)から同居または離婚に至るまで一か月五五、〇〇〇円の割合による金員を各該当月の末日限り支払う義務がある。よつて、本件抗告は一部理由があるから、これと結論を異にする原審判を右の限度において変更し、また、前審判(東京家庭裁判所昭和四九年(家)第一六七八号事件につき同裁判所が同年三月一四日に言渡し確定した審判)もこれに伴つて昭和五四年九月一日以降の分を右同様に変更し、抗告人に対し主文第二項に記載のとおりの支払いを命ずることとし(なお、昭和五四年九月一日以降抗告人において前審判によつて支払つた婚姻費用は、本決定において定める金額の内金として支払つたものとみなす。)、家事審判規則一九条二項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 磯部喬 松岡靖光)